『穹』から零れた物語 投稿者:日々野 英次 投稿日:12月26日(火)07時26分
第6話 マルチの場合 


 『しばらくお待ち下さい』 

 機械的な言葉が、初期設定用の画面に映し出されている。 
 この外観はどう見ても10代の少女というロボットは、様々な実験的な要素も含んでいた。 
 よく言われていたのは『何故少女型にしたのか』という点。 
 差別だ、と言われるが、これには様々な要因が含まれている。 
 第1にマスコットとしての愛玩的な性質。 
 これでは、筋肉質な男の姿をとっている訳にはいかない。 
 第2に、庇護を受ける『アピール』として、である。 
 普通人間というのは心理的に子供には危害を加えようとしない。 
 少女であればなおのことだろう。 
 まれに、逆効果であることもあるが… 
 第3に看護ロボットとしての能力のため、である。 
 少女の姿をしている方が、患者は安心するだろう。 
 これがもし厳つい男であれば精神的にも落ち着かない。 

 ともかく、こうしてマルチは生まれた。 
 様々な思惑を持って。 

『だから、これはれっきとした犯罪なんだ!』 
 テレビのワイドショーで一人の『評論家』と呼ばれる男が叫ぶ。 
 犯罪者のような面で、自らの正論を振りかざす。 
 誰にも――誰の手にもない恐ろしい武器をもって。 
 新聞の社会面には文字が踊る。 
 先進国での出生率の低下と後進国家の足踏みが、人類の滅亡を早めていると。 
「ご主人様、何を見ているんですか?」 
 来栖川製のメイドロボはあっという間に世界を席巻した。 
 その甲斐甲斐しい態度と、守ってやりたくなるような容姿。 
 それはまさに―― 
「犯罪、か」 
 理想の姿を選んで造られた人造物。 
 そんな物を造ってしまったことは神に反する恐ろしい罪であると。 
 評論家は叫ぶ。 
 神学家は嘆く。 
 収集家は嗤う。 
 メイドロボを『物』との認識を失い始めた時、真の意味でそれは顕在化した。 


「さぁ、どう責任をとりましょうかねぇ」 
 あらゆるメディアが来栖川を叩いていた。 
「…しかし、それは罪と言えるのですか?」 
「長瀬、貴様…」 
 会長は蒼い顔をしている。 
「極東で生まれたアンチクリストによって世界は滅ぶ?はっはっはっは、ノストラダムスですか」 
 初めは世界で受け入れられ、でも実は彼はそのまま人類をむしばんでいく。 
 今まさに予言が成就しようとしている。 
 メイドロボ――マルチの手によって。 
「作り手に何ら罪はない。使う側の人間にどれだけに知識と能力を強要しようとも。 
 我々があのマルチシリーズを造らなければ、一体誰の手にそれをなしえることができたでしょう? 
 そして彼女の娘達が売れ続け、未だにベストセラーを飾っている事が新型の開発を急がせる。 
 メイドロボはこうして発展を続けているのです。 
 たまたま、それを利用する手が間違っていただけであり…我々はPL法により使用上の注意書きを載せているはず」 
 メイドロボに人権がないことが、様々な犯罪に利用されるようになる一つの原因であった。 
 だがもちろん人権など与える訳にはいかない。 
「考えても見なさい。ロボットが僅かなお金で買える時代です。もう研究者の手を離れてしまったのですよ」 
 そして社会の教科書で 
「彼女らは私の娘です。彼女達にできないことはあと一つ…子孫を残すことですよ」 
 後の世に『メイドロボによる人工半数体』の先駆けになった科白だと、呼ばれるようになる言葉を紡ぐ。 
「人類は滅びません。抑圧を受けた場合その反動が必ず現れ――より強いものが生き残るようになる。 
 自然淘汰の理論ですがね」 


 今こうやって胸の中に抱いているマルチは、子供を産むことができない。 
 もし…こういうことが続けば、間違いなく人類は滅ぶ。 
「犯罪、か…」 
 無邪気な殺意。 
 新聞に踊っていた文字を思い出す。 
 いつの間にかそれに気がつかないようにしていただけなのか、それとも―― 



http://www.interq.or.jp/mercury/wizard/index.htm