ましろとまくら そにょ3 投稿者:日々野 英次 投稿日:11月20日(月)20時23分
 もうすっかりおなじみになった、兎の皿の双子の姉妹。
 ちょくちょく店内に出没しては、五月雨堂の名物になっている。
 時にはスフィーよりも働き、時にはリアンよりも男共に人気を博する。
 だが、どーもまくらの方はまだまだ勉強が必要なようだった。
「と言うわけで寒中もとい海に行こうかと思うんだ」
 時は夏真っ盛り。
 そう、SSだから許される季節を無視したネタ。
 わずかにジト目を感じる気がするが、気のせいにする。
「何故『と言うわけ』なのだ」
 ましろにもこう言われてしまう始末。
 スフィーに至っては既に水着を選んでいたりするのだが。
 でも君はどうせよーちえんじ並だから。
「しかしましろよ、海という壮大な物をまだ見たことがないのではないか?」
 わざとらしく両腕を大きく開いて尊大な調子で胸をはる健太郎。
「…何の真似よ」
 呆れるスフィーの傍らではまくらが人差し指をくわえている。
「おいしいの?」
 食べるな。

 …と言う訳で。
 五月雨堂のみなさんと(何故か)結花はこぞって海に来ていた。
 いやしかしね。
 ましろとまくらとリアンと結花。
 うっわー、人外含めても四人も女の子がいるよぉ。
 これはこれで凄いぞ。
「こら」
 ほとんど胸には何にもないのに、女の子の数だけ考えても彼我勢力差は4:1。
「なんであたしが数に入っていないのよっっ」
 数にいれるか、このよーちえんじが。
 ましろはワンピースの水着に慣れないように戸惑いながら、長い髪を纏めてもらっている。
「…なんだか裸みたいだな」
「恥ずかしいですか?」
 リアンは微笑みながら横から顔を出す。
 その間も手は止まることなく、彼女の髪の毛を編み上げていく。
「…その…なんだ…」
 彼女の白い肌が僅かに上気している。
 透けるように白いだけに顔が紅いのが目立つ。
「どうもこう、苦手だ」
 そう言えばそわそわしている。
 恥ずかしいだけではないらしい。
「本当?」
 着替えてきた結花が彼女達の前に回り込む。
 何を勘違いしたのか、パレオを巻いてバレッタなぞつけている。
「似合わね」

  ごきん

「五月蠅い」
「…だいじょぶ?」
 凄い音をさせて健太郎は砂地と抱き合っていた。
 首が変な方向に曲がっている。
 冷や汗を垂らしたスフィーが心配そうに覗き込んでいるが、白目をむいたまま起きようとしない。
「ハイできました」
 ぽん、と彼女の肩を叩いてリアンはましろから離れる。
「ありがとう」
 ましろはぺこりと頭を下げると、結花の方に目を向けて続きを促せる。
「で、何か御用か」
「いや、ましろって『いなばのしろうさぎ』かなぁって思ってね」

  ぎくり

「ほら、今ぎくってしたでしょ♪」
「し、してないぞ」

  どきどき

「ほーらどきどきしてる」
「知らん。いい、『因幡の白ウサギ』の話は聞いたことぐらいはあるが」

  じーっ

 顔を真っ赤にしてふてくされた表情をするましろ。
「…な、なんだ、じっと見つめて」
 ふに、と結花の顔が緩む。
「かわいーっっっ!」


  しばらくおまちください


 もみくちゃにされて、髪の毛を纏めなおしてもらうましろ。
 リアンも苦笑している。
「そういえば、まくらは?」
 次の獲物を探そうときょろきょろする。
 可愛い物はんたー結花。
 妙なタイトルコールが、リアンの頭に響いて彼女は頭を振った。
――語呂が悪いです。そんなじゃ妖子を越えられません
 …そう言う問題ではないが。

  ざわざわ

 妙な胸騒ぎがする。
 向こうの方で、人が騒いでいるのが聞こえる。
「…まさか」
 気を失っている健太郎以外の人間が、同じ事を考えていた。

――まくらだ

 そして、ざわめく人々の真ん中では、想像に違わず彼女がいた。
 おぼれたところだったらしい。
 すぐ側の人に引き上げてもらったのか、彼女はぺこぺこ頭を下げていた。
 人の輪が崩れないうちに一斉に駆け寄る結花達。
「大丈夫?どこもおかしなところはない?」
「どうしたんだ、大丈夫か」
 彼女は充血して僅かに紅い目で、げほげほと僅かにむせながらこくんと頷く。
「…うん」
 そして、ぺっぺっとまだ残っている嫌な味を吐き出すようにして呟いた。
「海はおいしくなかったです」


 その後、がんとして家に帰ると譲らないましろに、結局帰宅する事になった。
 まだ夕日には早い時間。
 それでももう遊ぼうという気にはなれない。
「もっとちゃんと教えてやるか、誰か必ずついてやらないと」
 誰に言うともなく結花が呟いた。
 まくらの側にはましろがいる。
 ずっと側にいて、彼女の様子を見つめている。
「…わたしがもう少ししっかりしていればよかったのだ」
 結花の言葉に僅かに頭を上げて結花を目線だけで見返して、すぐにまくらに戻す。
 その様子にスフィーは苦笑いしながら、両手を自分の後ろにまわした格好で彼女を見上げる。
「ましろが悪い訳じゃないじゃない。悪いのは…」
 言いかけて、彼女はきょろきょろと一度頭を巡らせる。
 そして

  ぽん

 手を叩いた。
「けんたろわすれた!」


 その頃、健太郎は満ちてきた潮に呑まれて溺れそうになっていた。


    <おしまい>



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