ぽつ、ぽつ。 雨が降り出した。 静かに重くのしかかってくる暗い空に、風の音。 そのうち淀んだ空気がじっとりと肌を撫でる。 空気が湿気を増してくるに従って、自分の存在感もゆっくりと奈落の底に落ちていくようだ。 男ははっきりした意識があるのに、不思議なことに夢見心地でそこにいた。 やがて雨は激しく窓を叩きつけて、男の耳を刺激した。 右手にある冷たい金属の感触が、唯一この世と彼を繋ぐ接点だった。 硝煙の匂い。 薬夾が地面を叩く瞬間が、やけに間延びして聞こえた。 「は、ははは」 笑い声? いや。 緊張のあまり喉から零れた空気を振るわせる、ただそれだけのもの。 それは音。 「…」 一度。 二度。 三度、四、五、六度。 彼は震える指で引き金を引き続けた。 自分の名を紡ごうとする口が怖くて。 怖くて、怖くて。ただひたすら、ハンマーがただかちかちなるだけになっても引き続けた。 自分の、かつて憧れていた女性に対して。 もうすぐ警察がくるだろう。 銃声はこの閑静な住宅地に十分聞こえていたはずだ。 ――それでも俺は… それだけで済むはずはない。 しかし、彼の心の中には一切の恐怖も迷いもなかった。 あの寸前までがたがた震えて、銃を握るのも考えられなかったというのに。 大丈夫だ。 どこからかそんな声が聞こえた気がした。 まだ、弾はある。 やがて警察は、元彼女の部屋に突入するだろう。 彼が仕掛けたブービートラップが、女性の部屋を粉々に吹き飛ばし、そしてビルその物を倒壊させるだろう。 もう怖い物などない。 怖くなんかない。 ――でも、きみのいないせかいにはいきていけそうにもない そして彼は立ち上がった。世界という名の敵に、一矢報いるべく。http://www.interq.or.jp/mercury/wizard/