Cryptic Writings Chapter1:COMA 最終話『裏切り』  投稿者:日々野 英次


前回までのあらすじ
  
    耕一は自分を尾行してきた者を逆に尾行するが、警察署への襲撃を許してしまう。
    相手はメイドロボだった。
    メイドロボは最後の手がかりをつみ取ると、素早く逃走を始めた…


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Chapter 1

主な登場人物
 柳川祐也
  26歳。最近サクラ気味。

 柏木耕一
  20歳。結局次郎衛門と同様、彼が復讐の牙を剥いたのは麻薬組織だった?
     報われない愛を貫く男。

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 耕一は赤い髪のメイドロボ――HM-13セリオ型を捉えていた。
――畜生
 失敗だった。
 もし警察署に行くことが分かっていたなら連絡をしたというのに。
 もう彼の姿は半分鬼の姿をしていた。空高く跳躍し、普通の人間ならば捉えられない速さで疾駆する。
 それでも相手との距離は縮まる気配はない。
 
  ひゅぅぉおおお

 妙な風切り音と同時に、黒い塊が自分に向けて飛んできているのを確認する。
 すぐに低く跳躍する。
 見る間に地面が遠くなると同時に、彼が今までいた場所に金属製の物が弧を描いて突き立った。
――!
 彼が地面に足をつけたとほぼ同時、セリオはこちらに向き直って両腕を差し上げていた。
 彼が認識した瞬間、さらに同じ物が次々に飛んでくるのが分かった。
「があああ」
 半ば咆吼のような叫び声と共に、彼は今度は大きく跳躍する。
 距離は10mない。

  ひゅぅぉおおおお

 背中側から襲いかかってくる殺気。
 彼は無理矢理両腕を振って身体を回した。
 彼の視界を幾つもの黒い刃が被っている。それをできる限り腕で叩き落とす。

  ぞぶ

 それでも幾つかは身体をかすめ、肩と右腕に命中する。

  ざん

 大きく両足を使い着地と同時に振り向き、セリオに肩から抜いた金属片を投げつける。
 と、同時にもう一度跳躍した。今度は低く、完全に獲物をしとめる高さで。
 一気に伸ばした右手から爪が音もなく伸びる。

  ぎし

 だが、彼の右手の爪は、掌で受け止められてしまう。
 華奢な女性の腕で。
――馬鹿な!
 今の耕一の跳躍には、乗用車並の重さがあったはずだ。
 鋭い爪の先には恐ろしい圧力があったはずだ。
 すぐに間合いを広げ、彼は身構える。停止した視界に人影がはっきり映る。
 彼の突撃を受け止めた彼女の掌は傷一つついていない。
――いや、いくらメイドロボでも…車ではねられて平気なはずないだろ?
 だがそれを片手で、しかも平気な顔をして受け止めたのだ。
「…排除します」
 差し上げた右手の袖が開き、その下にある白い偽物の肌が縦に裂ける。
 いや、割けた。まるで花が開くように。
 そして、その下から凶悪な刃が幾つもせり出してくる。
 人造の瞳の奥は大きく開き、真っ赤な光を湛える。
――先刻の攻撃はこれか…

  ざざざあああああ

 照準を始めたセリオから逃れるため、彼は素早く回り込むように地面を滑る。
 が、まるで何も考えていないように白刃を発射する。

 HM-13には巨大な耳カバーがつけられている。
 HM-12と比較すると、体積ではおよそ倍、長さだけでも約1.5倍近くある代物だ。
 これは衛星からの電波を受ける都合上、面積を広く取らなければならないからである。
 彼女の目は『衛星』を介する事で莫大な情報量を瞬時に得る事ができる。

  ひゅぅぉおおお

 『刃』は必要な情報のみを処理し与えることで、風を切り最小半径1mで旋回するミサイルなのである。
 耕一が聞いた風切音は圧搾空気がフラップに吹き付けられる音である。
  
 的確に自分に向かって綺麗な円弧を描く刃。
 笛が鳴るような音と共に、今度は全て耕一の右脇腹を抉った。
 勢い余って壁に叩きつけられ、大きな血の塊を吐く。
 セリオの背が見える。特徴的なアンテナと、亜麻色の髪が見える。
――ちくしょ…う
 人間の姿ではこれが限界だ。

  ぎりぎりぎり

 彼は脇腹の刃をぐずぐずの脇腹から抜き取りながら、馬鹿にされているような気持ちになって歯ぎしりをする。
 奴は背を向けているのだ。
 無防備に背を向けているのだ!
 奴は俺に背を向けているのだ!
「がああああああああ」
 今度は防げまい。
 振るえば届く距離。それを無理矢理踏み込んで捉える。
 恐らく、当たればそれで片が付いただろう。先程のように受け止めることすらできないはずだ。
 受け止められなければフレームが持つまい。
 そう、当たれば。

  ばし

 今度は強烈な衝撃に全身が硬直する。
 見れば、胸元に何かくっついている。射出型スタンガンだ。
「姑息なぁっ」
 スタンガンを引きちぎってセリオの側頭部を狙って拳を振るう。
 が、今の一瞬の麻痺した時間が命取りだった。
 ほんのわずかに拳がかすっただけで、セリオは耕一に向き直って間合いを離した。
 耕一の拳がコンクリの壁にめり込む。
 セリオが両腕を差し上げる。
――まだのこってるのか?
 耕一は覚悟を決めた。
 このまま殺られる位なら。

  ざわざわ

 髪の毛がまるで生き物のように蠢動し、筋肉が内側から圧力を受けてさらに膨れ上がる。
 目が赤くなり、威圧的な殺気が放射される。見る間に傷が塞がっていく。
 だが。
 セリオは腕を下げた。
「最優先プログラム確認」
 言うなり地面を蹴って走り出した。
 再生を始めたとは言えかなりの深手だ。無理して追う事はできない。
――…くく、収穫があったのか、なかったのか…
 人が近づく前に退散しよう。
 彼は鬼の気を引っこめて、そのまま路地から柏木家に向かうことにした。
 

  ぴぴ ぴぴ ぴぴ

 携帯のベルが鳴った。
「はい柳川です」
『柳川?…耕一だ』
 電波を介しても、彼が衰弱していることが分かる。かすれた声で息をつぐように彼は声を出していた。
『大丈夫か?今どこだ』
 柳川の慌てた声。思わず耕一は笑い声を漏らしていた。
――何慌ててるんだ…
「柏木の屋敷…家だよ家。…なに…若干手こずって…収穫と言えるかどうか分からないがな」
『そうか』
 しばらく沈黙する。
「セリオに…やられた。メイドロボだっけ?来栖川重工の」
『メイドロボ?…やはり、そうか』
「重武装に改造された奴だ。どうやら…関わりはありそうだな」
 耕一は電話口で梓に支えられている。
 右脇腹から幾つか左にまで抜けた刃を含めて7発の刃によって、彼の腹部はぐしゃぐしゃになっていた。
 驚異的な再生力でかろうじて息があるが、失血した分は簡単には補えないようだ。
『ああ。…御苦労さん。本当に大丈夫なんだな』
――馬鹿野郎、気に済んじゃねえよ
 耕一は目眩を起こしそうな頭を振り、必死に元気そうな声を出した。

 留置所はしばらく穴が開いたまま使用することになった。
 書類関係の手続きは相当あるのだが、それは柳川の仕事ではない。
 警察官の負傷者は2名。うち一名はぼろ雑巾のような原型を留めぬ死体になっていた。
「災難だったな」
 偶然残業中だった柳川達がその始末をした。
 まだ書類上の手続きが必要な物もあり、数日はその事務で追われる事になるだろう。
「はい。しかし、もしこれが妨害工作であるならば非常に有効ですね」
 長瀬はむうと唸った。
「…そうだな…うん、確かに」
 署内のビデオカメラは――恐らく妨害電波により――初めからほとんど映っていなかった。
 コンピュータによる解析で、侵入者を特定することができた。が。
「犯人の意図は分かっても、相手を特定するのは難しいな」
「若干、『メイドロボを改造できる』だけの施設を必要としますけど」
「今のご時世、個人でも不可能ではないからな」
 しかも、ご丁寧に最後の手がかりを奴は殺していった。
 今までに起きた殺人事件の犯人はほぼ間違いなくあのメイドロボだろう。
「…暴走の線で固めた方が良くないか?」
 長瀬は眉根を寄せると煙草をくわえる。
「メイドロボにあれだけの腕力を必要とし、武装をすることが考えられますか?」
 長瀬はそれには答えずに煙草の煙を燻らせる。
 柳川も、今の問いに明確に答えて欲しいわけではない。
 犯人の意図が明らかな捜査妨害であり、彼らはある程度の施設を持っている麻薬組織…
 それも、国内で製造販売を行っているのだ。
「そうだな。今回の件も含め、しばらく『捜査中』と言うことにしておこう」
 ようするに、マスコミに流す情報の度合いを言っているのだ。
「早い目に検挙を頼むよ、柳川」
 長瀬が困ったような表情ですがるふりをするのを、柳川は苦笑して応えた。
「できる限りは」

 それから柳川は薬の工場の位置を割り出そうとして、隆山の全図を持ち出していた。
 少なくとも違法な薬品製造であるからにはそれなりの場所を選ぶだろう。
 それに、薬品の合成そのものは実験室規模でできるとしても、貯蔵や梱包はそうはいかない。
 『純国産』の可能性というだけであるが。
――ふむ
 Eden's ApplesにしてもHysteria Heavenにしても、隆山以外ではまだ検挙されていない。
 とすれば、ここに工場があってもおかしくはない。
 どちらにせよ犯人がメイドロボを改造できるだけの敷地を有していることだけははっきりしている。
 だが、今調べている限りではまだまだ場所が特定できそうにない。
 そうこうしているうちに矢環が一枚地図を持ってきた。
「警部補、見て下さい」
 隆山全図に×印が入っている。入れたのは柳川本人だ。
 さらに、その×に一部青い○を入れている。
「このうち、この○の書いている部分は今使われていないそうです。
使われて、というよりも使えない位設備はいかれているらしいですね」
 そう言うと彼は透明なビニールをさらにその上にかけてみせる。
 ビニールには何カ所かに印を打っている。
「…この地図は」
「ええ、以前に殺人事件が起こりましたよね。薬物がらみと思われるものが」
 報告書の提出後手に入れたデータのことだ。
 あれは事件の概要が似ているだけで、薬がらみだとははっきりしていないので使用を凍結していたのだが。
 矢環は独断であのデータを調べたのだろう。
「その時のデータを、実は昨日徹夜で地図に起こしたんです」
 ガイシャの行動、普段の行動半径等が事細かに記入されている。
 それも、事件当日前後ばかりのデータである。
「…!成る程」
 全部ではないが、事件のほとんどがある程度共通する場所を持っていた。
 面白いことに、分かっている限りの犯人の行動にも共通していた。
 隆山のはずれ、2キロ四方程度の広さ。しかも、そこに一つ赤い×印がある。
「でかした。よし、ここの下調べだ。情報を集めろ!俺は現場付近を見てくる」
「はいっ」
 柳川はジャケットを取って署を飛び出した。
 場所は分かっている。これでも隆山の地理には詳しい方だ。
 それに今回は周辺を見て回るだけだ。車を飛ばしてほんの小一時間で終わる。
 車はだんだん人気のない場所へと進んでいく。
 地図の示していた場所はあまり人気はない。
 昔は簡単な農薬工場だったとされているが、既に内部施設は解体され、
 倉庫として借用されている事になっている。
 借り受けた人物は須藤光政という会社員らしい。
 個人的に借りている事になっている。
――…少し探ってみるか?
 令状もなく、いかに警察官と言え踏み込んだりできない。
 周囲の人間に簡単な質問をするのが関の山である。
 工場の敷地周辺は畑が並ぶ平和な、しかしあまり人がいない場所に建てられている。
 柳川は直接車で踏み込むのをやめ、側の山道に停めることにした。

 少し雲行きが怪しくなってきた。
 急速に重くなる気配に、雨の匂いが混ざり始めた。
――ふむ
 廃工場、というよりもただの倉庫にしか見えない。
 柵もなく、ただ広い土がむき出しになった駐車場があるぐらいだ。
 シャッターは全て閉まっている。
 昼間では、あの壁におまけ程度に張り付いた窓は暗いだけで、何も見えない。
――側までいってみるか
 大きさはおよそ3階建ての屋内プール施設程度。
 背の低いアパートが3つ入らない位の敷地に、周囲の畑。
 彼が歩いている道も轍に石がごろごろしていて、雑草が生えたい放題の道だ。
 普段はトラクターが走っているんじゃないか?と思うほどだ。
 あまり近づいても利益はない。が、道を探すふりをして少し歩いてみる。
 雨が、降り始めた。

  がたん

 妙な音が聞こえた。
 慌てて彼は気配を探ってみる。
 周囲には誰もいない。
――落ち着け
 一度目を閉じ、大きく息を吸う。
 鬼の血が全身を鋭敏に変える。鳩尾から放射状に膨らむ感触と同時に、一気に意識がクリアになる。
 今まで見ていた世界。
 それが、急にストップモーションになりきめ細かいものへと変わる。
 雨粒ですら、まるで止まって見える。
 金属が軋むような音が彼の耳に聞こえる。
 同時に。
――血…
 微かな血の臭いが、彼の鼻腔をくすぐった。
 狩猟者の『本能』が、流れているはずの匂いをかぎ分けたのかも知れない。
――いや、違う。大量に血が流れているんだ。
 柳川は慌てて中へ入る方法を探した。
 倉庫の入り口は以外に簡単に見つかった。裏側の見えない場所の扉が開いてた。
 柳川は懐の銃を確認しながら走る。
 入り口から気配を覗くが、先刻の物音以来、何の音も聞こえない。
 銃を構えゆっくり彼は中に入った。
 倉庫の中は水銀灯の明かりで照らされている。金属むき出しの骨組みや何の飾りもない、まるで…
――何かの劇の舞台のようだ
 閉められたシャッターのせいでできあがった閉鎖空間。
 一階には何も見あたらない。
 隔壁すらない素通りの空間に、申し訳程度に作った小さな事務室と屋根、つまり二階があるだけだ。

  じじじじ

 何か、古い蛍光灯が立てる音のようなものが聞こえる。
 他、物音はしない。
 ゆっくり階段に足を踏み入れる。できる限り足音を忍ばせながら、意識を上の階に向ける。
 頭を巡らせながら階段を上がる。昼間だというのに、窓からはぼんやりした明かりだけが漏れている。
 冷や汗が滲む。初めて事件の現場に踏み込んだ時の事を――巡査時代に関わった事件の事を思い出した。
 今思えば、あの時助かったのは、あの時の手柄は鬼の力の御陰だったのかも知れない。
 鋭敏な聴覚と嗅覚と、そして触覚。自覚した今では空気の流れすら見分ける事だってできる。

  ざっ…

 二階の入り口に立った。扉はない。

  ぎし

 彼は銃を音のした方へ向ける。
 そこは壁だ。
 ゆっくり壁に身体を当て、壁の向こうを探るように身体を動かす。
 壁の切れ目から、ゆっくり顔を横にして向こう側を窺う。
 机。ディスプレイ。コンピュータ。デスク。
 …そして、血。
 意を決して躍り込んだ。
「う」
 今まで気がつかなかったのが不思議なぐらい、血に溢れていた。
 そこは事務室のような作りで、4つの事務机を向かい合わせにしてコンピュータを並べている。
 こちら側から見えなかったが、机の下や向こう側のディスプレイやらには大量の血痕が残っているだろう。
 奥に一つ、右手に二つの死体が転がっている。
――…?
 いや、手前の死体は死体ではない。一瞬見間違ったが、人間ではなくメイドロボのようだ。
 メイドロボの内部を潤滑しているオイルが赤いせいだろう。
 あまりに精巧にできているからだ。こうして無表情に横たわっていると人間の死体にしか見えない。
 念のために銃を構えたまま、彼は奥の死体を見ようと左手の方を回る。
――酷いな
 もう判別がつかない位に引き裂かれていた。頭は砕け、胸が大きく抉られている。
――…人間業じゃないな
 彼はメイドロボの方を向いた。

  赤

 咄嗟に身体を翻す。

  ずどむ

 嫌な音を立てて壁がへこんだのが分かった。
 両足に力を込め、右手の壁に向かって自分の身体を蹴る。

  フレームから肌がそげ落ち、配線と人工筋肉が金属質に輝く肉体

 宙に浮いた柳川は、凄まじい光景を見ていた。

  血にまみれた腕に、美少女の欠片も残さない顔――だった部分

 ほんの僅かな時間だったが、時間感覚は間延びして感じられた。
 血飛沫の跡が痛々しいオフィスに立つ死神、いや、ゾンビさながらにHM-13は両腕を差し上げる。

  がしゃん

 金属同士がかみ合い、叩きつける音。
 彼女の姿は大きく変わっていた。
 パルスモータがまるで引きつけを起こすように何度も何度もロッドを前後させる。

  じゃぁああああ

 白煙が上がる。
 柳川は壁に両足がついた。
 HM-13が急に、がたがたのフレームを酷使して動き始めた。
 その動きはもう人間のように滑らかな物ではなく、まるで獲物を探す昆虫のようにぎこちない。
 柳川は壁を蹴って再び跳躍する。
 机を挟んで大きく間合いを離した彼は、ゆっくり身構えて奴の動きを見守る。
――まだ生きているのか?
 むき出しのフレームを軋ませて、確実に近づいてくる。
 獲物を捉えようとするその動きももうがたついているが、目は柳川を捉えている。
――往生しろ
 次の瞬間、柳川の目が赤く染まった。
 CCDカメラから柳川の姿が消える。
 一息で懐に入った柳川に気がついたのは、大きくノイズが走って停止する瞬間だった。
「噴っ」
 HM-13の胸に当たる部分に拳を突き込んだ。

  がしゃん

 呆気のない、ガラスが砕けるような音がした。
 と同時に、もう一度白煙が上がり、床に白い霜が降りる。

  ぱきぱきぱき

 柳川が腕を抜くと、乾いた塗料が剥がれるようにして配線やワイヤが解れて落ちた。
 フレームは人間が膝から崩れ落ちるように、ゆっくりその場に倒れた。
 ざあっというノイズのような雨音が聞こえる。
――これは…本格的に降り始めたな

 殺人事件はある程度片が付いた。
 柳川は直接関わっていた訳ではないので内部事情やらはよく分からなかったが、
 一連の猟奇的な殺人事件はメイドロボの『違法改造』による暴走、という形で締めくくられた。
 状況証拠及び物的証拠――初心者マークのような刃――が決定的な物になった。

 工場にはメイドロボを改造できるだけの施設が用意されていた。
 だが、その目的に関しては『捜査上の理由』により伏せられることになった。
 確かに押収された証拠品の中には『Hysteria Heaven』に関する書類があった。
 あの工場は販売前の――そして、それ以後の処置を行うために用意された物だったようだ。
 そして、――そう、非常に不思議なことに――須藤容疑者の死体は、獣が食い荒らしたような痕が残っていた。
 確かに手口はそっくりだった。
 だが、手に入った書類からは分からない事があった。
 この事件は、メイドロボの暴走ですらなかった。
 
 まだ幾つもの疑問点が残っている。
 『食い荒らされた跡』がある事件に関しては、実は一切解決がなされていない。
「良いんだよ、世間体はね」
 長瀬はそう言った。
「世間はこういう猟奇的な事件が、ある形で終焉したと言う事が大事なんだ」
 そう言うと柳川に向けて煙を吐く。あからさまに嫌そうな表情をする柳川を面白そうに見つめて言う。
「勿論捜査を止めるわけにはいかんがな」

 事件の被害者は共通して顧客リストに載っていた。が、『喰われた』被害者はその中には載っていなかったのだ。
 明らかに別の犯人がいる。
 この事件を利用した犯人が。
――まだ事件は解決していない
 Hysteria Heavenの製造元を探さなければ解決はない。
 だが恐らく、隆山で地道な捜査を続けなければならないだろう。所詮公務員、県警に所属する限りそれは定められたものだ。
――…貴之…俺はどうするべきなんだ…
 


 
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