悪夢第3話 『Black chanber』  投稿者:日々野 英次


前回までのあらすじ
 瑠璃子さんは生きていた!(^^;)
 祐介は病院へ向かい、彼女と劇的な再会を果たした。だが彼女が真っ先に呟
いた言葉は。



 瑠璃子さんの言葉に祐介は眉を顰めた。あれ以来電波については良く知って
いたが、今度ばかり少しふざけているのかと思ったのだ。
「…瑠璃子さん」
 だが彼女は顔色を変えず続ける。本当は変わっているのかも知れない。
「あの日からずっと長瀬ちゃんのこと、呼んでたんだよ」
「あの日って、何時のこと?」
「目が覚めてから」
 くすりと小さく笑う。長い間眠っていたせいか、表情を浮かべる彼女の顔は
以前にもまして生気がない。白い肌もあって、まるで人形のようだ。
 狂気が見せる淫靡な魅力。
「長瀬ちゃん、もう電波は使わないの?」
 独特の笑みを張り付けたまますっと手を祐介の頬に当てる。
「…もしかして、忘れちゃったの?」

  ちり

「まさか」
 彼は彼女の手をとって自分の前に持ってくると、その手をゆっくり放した。
「月島さんを…壊してしまったのに。…瑠璃子さんも…僕は…」
 彼女と視線を合わせていられなくなった祐介は、言いながら視線をそらせた。
だが、彼女は手を添えてまたあの含み笑いをする。祐介は思わずその顔を見返
した。作り物のような顔が彼を見つめていた。
「長瀬ちゃん。お兄ちゃんが、捕まってしまったの」
 どうしても彼女の笑みが邪魔して真剣に聞こえない。だがその事実は彼も
知っている。
 いや、若干訂正する必要があるようだが。
「――捕まった?」
 彼女は頷いた。
「そうだよ。今日、お兄ちゃんから電波が届いたよ」
 そう言って彼女は自分の手を胸元に寄せた。その仕草はまるで祈りを捧げる
子供のようだ。
 祐介は確かめるようにもう一度聞いた。
「月島さんは、誰かに捕まったのか?」
「うん、そうだよ」
 祐介はそこで一度言葉を切って考え込んだ。ゆっくりした時間が流れる間、
瑠璃子は彼を見つめているだけだった。
「長瀬ちゃん。お兄ちゃんを助けてくれる?」
 無邪気な表情をしているように思える。いつかのように、焦点の合わない目
で祐介を見つめる。
 答えは初めから決まっている。
「分かった。…僕しかできないんだね」
 彼女は頷いた。
「ところで瑠璃子さん、最近少し変な事件が起こってるんだ。知ってる?」
 世間話を振るような感じに、彼は言った。一番聞きたい事だが、それでも彼
女はここに閉じこめられている訳ではない。ニュースぐらいの情報は入ってく
るだろう。
 瑠璃子はゆっくり頷いて小首を傾げる。
「…うちの高校の自殺騒ぎ…」
「それもなんだけどね」
 彼はかいつまんでテレビの話をした。少し考えればそれが無意味な会話であ
ることは分かったはずだが、何故か意味があるような気がした。
「もしかして、電波の仕業かも知れないんだ」
 果たして瑠璃子さんは頷いてくれた。彼女の方が電波について詳しいのだ。
「そうかも知れないね」
 そして人差し指を立てて見せる。
「お兄ちゃんの電波も、ラジオから流れてたよ」
「え?」
 祐介は眉を顰めて少しの間考え込む。何となく符号が一致したようなそんな
感覚に襲われたのだ。
 テレビが歪んだのは卒業式の夜。もう、あれから三日になる。
「…じゃ、…でも、どうすれば…」
 それは瑠璃子さんも分からないようだ。やはりゆっくり首を振った。
「でも、最近電波が良く届かないの。以前はまだ電波が届いたのに、目が覚め
てから全然電波が集まらないの。…まるで邪魔してるみたい」
 きっと瑠璃子さんは月島さんを捜して電波を送ったのだろう。しかし、その
返事が帰ってこないのだ。
「だから、月島さんの電波も届かなかったんだ」
 いや、そう言えば彼女に名前を呼ばれていたような気がする。ただ、それが
あまりに弱々しくて電波だと気がつかなかったのかも知れない。
 瑠璃子は祐介の顔を覗き込むように顔を近づけてくる。思わず仰け反ってし
まう祐介。
「…長瀬ちゃん」
 文字通り目と鼻の先にある顔が動く。祐介は顔に血が上るのが分かった。周
りにはまだ白衣を着た人達がいるのだ。
「な、何?」
「お兄ちゃんが呼んでる。…助けてくれ、って。でも、多分私の電波は届かな
い」
 彼は少し彼女を押して後ろに下がらせる。そうでなければとても耐えられそ
うになかったのだ。
「ラジオに流れているんだよね、瑠璃子さん。誰かが…誰かが電波を自由に使
わせないようにしているんだよ、きっと」
 再び瑠璃子が頷く。
「お兄ちゃんを助けて」

 ごろん、と祐介はベッドに横になった。
 今日の行動で収穫は一切なかった。だが、不安の形がはっきりした事が唯一
の収穫かも知れなかった。不安に対して行動することができるのは、人間にとっ
て重要な事なのだ。
 姿形のない、理解不能なものに対して人間は恐れを抱く。時にはそれが畏れ
となり神や悪魔を形作る。だがもしそれらが姿形を持って現れたらどうするだ
ろうか?
 真っ先に『信用しない』だろう。たとえば悪魔にしたって、そう言う動物が
現れた位にしか思わないのではないだろうか?
 逆に言えばそれだけ、人間は目に見えないものや理解できないものに対して
は抵抗力が少ないのだ。
――やっぱり電波だったんだな…
 病院の話によれば――瑠璃子さんとの会話では徒労に終わるであろう――瑠
璃子さんが目覚めた夜は丁度七日前らしい。
 テレビについては、今日も決まった時刻に乱れている。少なくともあれはそ
んなに前からではない。
 ラジオをつけてみることにした。彼が持ってるのは小型のイヤホンで聴くラ
ジオだが。
『…こで、次の曲』

  ざ  ざざ

――そんなに都合良く拾えるはずはない
 と思いながらも端から端までダイヤルを回してチューニングしてみる。が、
別にそれらしいものは見つからない。
――助けてくれって言ったって…手がかりがないし
 彼は適当な番組に合わせるとごろんと横になった。
 聞き慣れた誰かの曲が耳の中を流れている。窓の外は暗く、時計ももう21:00
を過ぎている。
――もう…眠いや
 目を閉じて、まるで闇の中に落ち込んで行くかのようにすぐに眠りに落ちた。


  ぱしゃぱしゃ

 水が何かを叩く音がする。

  ぱしゃぱしゃ

 そのうち地鳴りのような轟音が聞こえてきた。
――雨?
   ざざ  ざっ
 彼は身体を
   ざざ ざ がが

 彼は、窓を叩く水の塊を見た。
   ざ…
「凄い大雨だ」
 昼間だったはずな
  っざざざざ ざ

 悲鳴が聞こえる。すぐ近くだ。
 彼は雨が降り込むのを構わず窓を開ける。すると、ベランダの下にまで水か
さが増していた。
 大変だ、一階は
  がざざ  ざ ざ  ぴー

 大変だ、悲鳴が聞こえる
 祐介はゆっくりベランダの向こう側を覗いた。もう足元まで濡らす濁流が、
人間を飲み込んで凄い勢いで流れている。
 勢い良く流れる水を飲みながら叫んでいるのは…赤い髪をした見覚えのある
少女。
「新城さん!」
 祐介はベランダを乗り越えて彼女を助けることにした。
  ざざ

 大きく視界が揺れた。
 身体が暗い淵に飲み込まれる。


 気がつくと彼はベランダの桟の端にしがみついていた。
「え、え…うわ」
 足を支えるものはなく、完全に宙に浮いていた。このままでは間違いなく落
ちてしまう。
 必死になってない体力を振り絞り、ベランダを乗り越えて彼はやっと一息つ
いた。
 ふと気がつくと雨など降っていない。足下まで溜まっていた水もない。空は
雨など降る気配もなく、星灯りが綺麗な夜だ。
――あれ…
 冷静になって立ち上がろうとして、痛烈な痛みが頭に襲いかかった。頭の中
の圧力が強烈に膨れ上がったような妙な痛みだ。
――なんで…こんなことしているんだろう
 痛みに顔をしかめつつ彼は窓に手をかけた。彼が自分で出たはずなのに、窓
はきちんと閉められていた。

  がらららら

 寝ぼけたにしては冗談みたいな話だ。寝ぼけて二段ベッドから落ちるという
のは聞くが、二階から落ちたなんて、冗談にもならない。

  ぱき

 軽い音が聞こえた。何か踏んだようだ。彼がゆっくり足をどけると、そこに
はラジオが転がっていた。踏みつけたが別に壊れた様子はない。
「…あれ?」
 弱々しい紅い光を明滅させている。どうやら電池切れのようだ。イヤホンに
耳をつけてももうざーという音も聞こえない。
――…確か、ラジオをつけたまま…
 ちりちりちり…
「!」
 その時彼は、大きな電波の流れがあるのを捉えていた。

________________
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  ok.


 ちかちかと白いカーソルが次の入力を待っている。
 画面を見ながら彼は舌打ちした。
 マウスを動かし、他のプロセスを開いて見る。幾つか開いたウインドウには
今現在のプロセスの状況が表示され、常に動き続けている。
 男はその表示を見て冷たい笑みを口元に浮かべた。
 そして続けざまに幾つかプロセスを立ち上げる。そのうち一つは現在接続中
の回線を通して、ネットワークサーバに繋ぐためのものだ。

  ひいいいいいいん

 ハードディスクがほんの僅かに振動して独特の甲高い音を立てる。丁度電源
を入れた瞬間に立てる、電気器具のコンデンサの電磁波のような耳障りな音。
古い蛍光灯が出す、ちりちりという嫌な音に似た音だ。

>passward:**********

 そして、彼はおもむろにあるデータをアップロードし始めた。
「ふ」
 男は思わず漏らした、というふうに口に手を当てるが、堪えきれなくなった
のか、くぐもった笑い声の後仰け反るようにして大声で笑った。
 彼の周囲にある幾つかのモニターに、彼の姿が映り込んでいた。

 時刻は既に夜半を過ぎている。だが、それでも祐介は突き動かされるように
急いで玄関に向かっていた。
――何かとんでもないことが起ころうとしている
 もう両親は眠っている。彼はできる限り音を立てないようにして階段を降り
た。
――もう二度と、二度とあんな事件を起こさせてはいけない
 太田香奈子は回復の兆しもなく、未だに精神病院にいる。
 月島さんの暴走は様々な人間を不幸にした。
 電波は人間を不幸にしかしないんだ。スニーカーを履きながら、彼は拓也が
消えた理由を考えていた。
――月島さんなのか?
 いや。
 それはあり得ない。
 だが、明らかに電波を悪用している人間がいる。それもかなりの規模でだ。
それを分かっていて、立ち向かえるのは彼しかいない。
――瑠璃子さん、月島さんを必ず…助けてみせる
 扉を、開けた。

  
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 前々回、前回とあまり進展のない回だったので、この辺でと展開しました。
何故か新聞に掲載される連載小説を想像してしまった。話が進まない辺りが…
 瑠璃子さんの話し方が難しい。かなり省略しても大丈夫なところがいいけど。
 恐らくあと1、2回で終了するでしょう。ちなみに、ネタばらしはしません
ので伝言板、怒りのメールボム、ウィルスメール、毒電波等でなじるなりして
下さい。内容によっては応えますので…(-_-;)

 なにやら久々にここに来た気がする。
 …誰かボクのこと覚えてる?