悪夢 第2話『I'll get even with you...』 投稿者:日々野 英次
前回までのあらすじ。
 とうとう卒業した祐介は、大学入学までの間平和で自堕落な生活を始めた。
ところが、夜のテレビの故障(?)を見てから奇妙な違和感と不安を抱き、
既視的なある予感を感じていた。



 真の闇の中。たとえ人里離れた山の中だとしても、月のない夜だとしても
星は瞬く。だがそこは何もなかった。冷たく寒い風が漂う、薄灯りすらない
空間。
 木製のベッドだけがそこにはあった。
 そしてベッドには、二つの人影が身を寄せ合っていた。永遠にこないはず
の夜明けを、そうやって永遠に待ち続けているはずだった。
 『夜明け』は、唐突にやってきた。
 闇を切り開いて、辺りは一気に明るい光に照らされた。ベッドにうずくまっ
ていた二人は急な光に目を閉じた。
 何事が起こったのか、分からなかった。
「瑠璃子ぉ」
「お兄ちゃん」
 二人は慌てて自分達が離れないように抱き合ったが、そのかいもなく二人
は凄まじい力で引き離された。

 目を、開けた。
 そこは天井があった。白い白い天井だ。
 あか抜けた白さの中に、無機質な冷たさのある白だ。見れば、自分にかけ
られているシーツも同じ色をしている。
 上半身を起こすと、そこはどうやら病院のようだった。
「…」
 大きく風を孕んだ白いカーテンが彼女の視界を遮り、そして次の瞬間、ベッ
ドが見えた。
 一瞬理解できなかった。
 だが、乱暴に投げ捨てられたシーツと、寝ていた痕のあるベッドだけが残っ
ていた。


 祐介は昨日の事が気になって、夕食時にはもう居間にいた。
 大体同じ時刻、やはりテレビが揺れ始めた。今日は食事中じゃない。祐介は
少し意識を集中してみた。

  ぱり

 数回フラッシュして、画面が真っ白になる。その白い画面に幾つか文字が瞬
く。
――英語…だ
 ものすごい勢いで流れる文字に目眩を覚えて頭を押さえると、いつの間にか
テレビはいつもの画面を取り戻していた。
 何の変哲もないテレビに姿を変えていた。
――…電波…なのか?
 側には母親がいる。
 いいや。
 彼は試しに電波を叩きつけてみることにした。

  きぃん

 母親が声にならない声を上げて口をぱくぱくさせて、空を掴もうと手を伸ば
す。
 だがテレビには何の異状もない。変な雑音すら入らない。
 そこで電波の放出をやめた。恐らくやめなければ母親が倒れてしまっただろ
うからだ。
 彼は、もう何の興味も沸かなくなって自分の部屋へと戻った。すぐ後に、父
が母を見て何か騒いでいたようだが、もう彼には関係のない話だった。
 あの映像には何かがある。喩えるならば、ホラー映画のBGM。人間の心を揺さ
ぶって恐怖心を煽る、不協和音の旋律。
 それとも、祐介には耐性があるからなのだろうか?
 漠然とした不安があの映像には含まれている。
 何故かふと瑠璃子さんの顔が浮かんだ。
――行こう
 もう何も答えてくれないだろうけれど。
 もう何も映さないだろうけれど。
 もう、僕のことを覚えているはずもないけれど。
 でも瑠璃子さんなら何か分かっているかも知れない。彼女に会えば何か分か
るかも知れない。何か知っているのかも知れない。
 月島さんの叔父が経営しているという病院。近づくことさえなかったが、何
故かそこに行かなければならない気がした。彼らが――瑠璃子さんが目覚めて
いる訳でもないのに。

  長瀬ちゃん

 また声が聞こえた気がした。

 次の日、さらに事件は大きくなっていた。
 男女5人が、全く違う場所で全く同じ状態で自殺を図っていたのだ。
「この少年らの共通点は、ただ同じ学校の生徒であったと言うだけで他には…」
 慌てて彼は死んだ生徒の名前に目を走らせた。鬼塚、平山、近藤、沢、平石。
少なくとも知っている名前はない。彼はあまり友人を持っている方ではなかっ
たが、同級生の名前ぐらい覚えている。
 彼はいても立ってもいられなくなって、病院へと急いだ。
 月島兄妹が入院する総合病院は都市中央部にある大きなものだ。だが、ここ
にはまだ一度しか訪れたことはない。あの時も本来ならば面会謝絶で病室に入
れないところを無理言って会わせて貰った。
 あれから一年経つのだ。
 あれ以来一度も来なかったのだ、いきなりでは不躾ではないだろうか。祐介
は慣れない事に少し戸惑っていた。
――電話…してからにしよう
 公衆電話にテレカを差すと、彼は電話帳を見ながらゆっくりダイヤルしてい
く。

  ぷるるるる…ぷるるるる…

 やがて発信音が彼の耳に響き、規則正しく鼓膜を叩く。
「あ、あのですね、僕は長瀬祐介というものですけど、入院されている月島さ
んについて…え?…ちょっと待って下さい?今なんて…」
 祐介の目が輝いた。
 瑠璃子さんが目覚めている!
 否応なく興奮してしまう。あの時、あの日何も言わずに兄の元へと旅立った
彼女。彼女に又会うことができる。
 しかし、次の言葉は彼にとってはあまり嬉しいものではなかった。
「え?」
 今彼女は警察に出向いているという。流石に理由までは教えてくれないが、
同じ部屋に眠っていたはずの拓也について少しだけ教えてくれた。
 兄が姿を消したらしいのだ。
――瑠璃子さんが目覚めて…月島さんが?
 瑠璃子さんは目覚めたとは言え丸々1年間寝て過ごしていたため、リハビリ
のために入院していたのだそうだ。だが、今日警察の方へ出頭の依頼が来たら
しい。
「今日中に面会したいのですけれど…あ、はい、はい…それでお願いします」

   ぴーぴーぴー

 甲高い音を立てる電話からカードを取ると、彼は時計を見た。まだ昼過ぎだ。
――取りあえず病院まで行こう…

 病院長――瑠璃子の叔父に当たる――が父親代わりで一緒についてきていた。
確かに手の施しようのない患者が目覚めて逃げるなどという戯言を警察が信じ
るはずもなく、同じ部屋に眠っていた瑠璃子に証人になって貰うつもりだった
のだが。
「誘拐の線で、調べた方が良さそうですけどね」
 警察の話によると、その日の病院の警備システムが働いていない事がログか
ら判断できたという。前日までの警報の記録はあるのに、その日に限って記録
されていないというのだ。
 まるで計画的に警報を停止させていたかのように。
 そこで、同じ部屋にいた――意識がなく植物人間であったのだが――瑠璃子
は証人ではなく重要参考人として出頭を命ぜられてしまったのだ。
「…月島さん、娘さんの話はおいておいてですね」
 瑠璃子がすぐ側にいるのに。
 しかし、叔父はそのぐらいのことは耐えることにした。なにせ彼女の話は支
離滅裂で、血縁である彼ですら理解不能であったからだ。警察も話の分かる人
間の方から、今回の事件について調書を書きたいようだ。
「はい」
 神妙な顔つきで彼は答えた。
「実は以前より少々捜査している事件がありましてね。おそらく、手口が似通っ
ているので同一犯ではないかと考えているのです」
 警察は、今回の誘拐の条件が、事件と非常に似ている点を注目していた。あ
る事件というのは彼らはこう説明した。
「最近ネットワークでの犯罪が多くなっています。その一つとして、警備シス
テムに不法に侵入してから目標の建物に侵入するというものですが、普通はネッ
トワークに乗って…失礼、繋いでいないですよね?」
 院長は少し怪訝そうな顔をした。
「…はい、うちのは…違います」
「まあ、最近は警備会社が電話線で接続しているところもあるようですが、そ
れでも普通はアクセスできません。それを、言ってみれば無理矢理繋いで操作
するんです」
 彼は詳しい話は避けたが、それでも二人の参考人――一人は被害者だが――
には難しい話だったようだ。
「ともかく同じ方法で侵入する日、警備システムが動かないように細工して、
…ある物を盗みました。他に同じ手口の人間…」
 瑠璃子は興味を持たなかった。
 持てなかった。
 別にこんな所にいる必要はない。いや、こんな所にいては、いけない。
 焦点の狂った目で少し頭を巡らせる。この部屋の中には、何もない。
「あ」
 一瞬二人の男はどきっとした。だが、声を上げた本人は全く関係のない方を
見つめていた。
「…それで、今はその情報を少しでも欲しいところなんです。恐らく…理由は
はっきりしませんが、患者さんは犯人達がさらっていったのでしょう」

 病院長は瑠璃子を乗せて車を走らせていた。
「まったく、これでは何のために警察に頼んだのか分からん」
 多くの警官の手前、彼は大人を演じていたが、結局尋問まがいの事をされた
あげく訳の分からない事件の説明やらを聞かされてもううんざりしていた。
 助手席には瑠璃子いるが、以前に会った時から既に目つきがおかしくなって
いたので気にもしなかった。
「仕事が忙しいのを無理に行って見ればこれだ。全くけしからん」
 瑠璃子は相変わらず薄笑いを浮かべたまま、何を言うこともない。彼はその
態度にいらつきを覚えた。
 が、口を開きかけてやめた。余りに不憫だからだ。
「…瑠璃子、リハビリの方はどうだ?」
「はい」
 1年間寝たきりだった身体ではまともに歩くことがままならない。筋力が弱っ
てしまっているからだ。だが、ここ一週間程の訓練で歩く位はできるまで回復
していた。
「だいじょうぶです」
 しかし、大抵の質問に対して彼女はそれしか答えなかった。
 退屈になった彼はラジオのスイッチを入れた。

  がざ…ざざ…

 チューニングに混じって妙に甲高い音が聞こえたような気がした。
「!」
 表情の少ない瑠璃子が、明らかに顔を強ばらせた。
――…る…り……こ…
 確かに、そう聞こえた。
「おにいちゃん」
 彼女は能面のような顔を、見えない兄に向けて応えた。

 病院が教えてくれた位の時間に、祐介は出向いた。相手は面会謝絶の危険な
患者ではない。今リハビリをしている、会うことのできる患者だ。
 しかし心配事がないわけではない。拓也が、行方不明なのだ。
――詳しくは瑠璃子さんが知っているだろう
 取りあえず彼は受付で自分の名前を出した。受付にいた看護婦は何か札のよ
うなものを渡してくれた。
「3階のリハビリセンターです」
 言われたとおり彼は突き当たりにあるエレベーターへと向かった。

  こつこつこつ

 夕方でも、ぽつぽつと何かの患者が受付に座っている。照明は非常に明るい
が、清潔感というよりは無機質な白さをもつ壁が逆に目にしみる。白いリノリ
ウムの床も、薬品の匂いも、彼は好きではなかった。

  ちーん

 安っぽい音がして、エレベータは3階の表示で止まった。以前にいた隔離病
棟とでも言うべき場所に比べれば、まだ人のいる環境になっている。
 『リハビリ室』
 彼は無造作に扉を開いて中に入った。中には数人の白い服を着た人間と、彼
女がいた。瑠璃子は白いバーに挟まれて、ゆっくり歩いていた。
「瑠璃子さん」
 祐介の声に、彼女は――まるで機会仕掛けのように――ゆっくりと顔を向け
た。そして、最後に会ったときのように焦点の合わない目で微笑みを浮かべた。
「キミ、面会かい」
 側にいた白い服の青年が祐介に声をかけた。彼が頷くと、青年は手招きして
部屋の隅に並んだ椅子を指さした。
「ここではあまり大きな声で話さないように。それと、部屋のあの辺り以外に
はうろうろしちゃだめだからね」
 はいと簡単に応え、彼は椅子に座って待つことにした。
 瑠璃子さんは一通り歩く練習をして、白い服をきた人間に何事か話を聞かさ
れて、やがて祐介の方へと歩いてきた。
「長瀬ちゃん」
 ああ。
 祐介は思わず涙が出そうになった。少しばかりやつれたようだが、白い肌、
おとなしい口調、彼の覚えている彼女そのままだった。
「瑠璃子さん」
「…電波、届いた?」
 彼女は無邪気な笑顔を見せながらそう言った。


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 ここで引きます。
 あんまり長いのを載せてしまうと、読んでくれませんしね。
 ああ、でも全然進展してねー(T_T)!これじゃ何時終われるんだろ?
 怒りのあまりのメールボムだけは勘弁して下さい…シクシク

 >川村飛翔サマ。
 ご反響有り難う御座いますぅ!今度全部のss読ませていただきます。
  (↑いかにも新参者)
 ノーベル式性的魅力炸裂爆薬ですか。魅力炸裂なところが…(^^)
 流石にアニキ系まで頭が回りませんでした。レミィ故に。

 >久々野 彰サマ。
  お疲れさまです。
 下らなく笑っていただければ、それで幸いです。