目の前にいる奴は、俺から目を離そうとはしなかった。 ここに入り込んだのは、俺の気まぐれだった。どこかでうまい飯にありつけ れば、それでいい。そう思っていた。だが、こんな事態になるとは俺自身にも 予想できなかった。 奴は、俺をまっすぐに見据えていた。逃げられない。俺の本能がそう告げて いた。 何故だ? 何故俺がこんな目に遭う? 俺は、今まで本能の赴くままに生き てきた。これからもそうするだろう。だが、俺の目の前にいるこいつは、俺に 向けた目線をそらそうとはしない。何故俺の邪魔をする? 用が無いなら、俺 に構わないでくれ! 俺は心の中で叫んだ。もちろん、目の前にいるこいつには聞こえるはずもな いが。 そもそも、奴は俺を見るなり駆け寄ってきたのだ。俺が何をしたんだ? 俺 はいつものよう振る舞っていただけなのに。俺が何をしたというんだ? その直後、均衡は崩れた。奴は、俺が聞いたことのない言葉を発してきた。 それに反応するように、俺は思わず叫び声をあげていた。 「犬さん、犬さん、こんにちは」 「わんっ」 おしまい (基本的に、犬はじっと見つめられると嫌がるのです。深読み禁止)http://www1.neweb.ne.jp/wa/hamurabi/