幻鏡庭園(3) 投稿者:柄打 投稿日:7月5日(水)00時18分
 少々、軽率すぎたな。そう、自らの行動を振り返る。
 まあ、いい。もとよりそれほど時間があるわけではない。これで踏ん切りがついた。

 眼前に広がる、見慣れぬ町並みを眺めながら、あの日のことを思い出す。

	紅い世界
	
	その世界にあってなお映える
	燃えるような赤い髪
	冷徹な朱い瞳
	
	そして
	夕日を照り返す、鋼の冷たい輝き

			フェードアウト・・・・・・・


〜〜幻鏡庭園〜〜


三日目  放課後 教室

「まいったわねー。いくら志保ちゃんが有名だからって、偽物が現れるなんてねー」
 言葉こそいつもの調子だが、流石の志保の声にも元気がない。
 あの後、立ち直った三人は、あかりと一緒に校内を探し回った。
 しかし、結局偽志保を発見することは出来ず、今は、捜索の途中で買った
パックジュースを片手に、人気の無くなった教室で、顔を突き合わせていた。
 しばらくは重い沈黙が続いたが、それを破ったのが先刻の一言だった。
 それに触発されたのか、皆もポツポツと口を開き始めた。
「でも、一体志保の格好で何をするつもりなんだろう?」
「せやなあ・・・・」
「流石にそのへんは洗ってみねーと判らねーけどな」
 そう言って、馴染みのカフェオレを一口啜る。
「まあ偽物のセオリー通りなら、次にやることは唯一つっきゃねーな」
 三人が固唾をのんで浩之の次の言葉を待つ。
 軽く三人を見回すと、浩之はこれ以上ないくらい堅い口調で続けた。

「『本体』の抹殺だ」

 刹那、空気が音を立てて凍る。

「ってのは、まあ、極論だけどな。何?みんなして怖い顔してんだよ」

 瞬時に氷解した。

「ヒ〜〜〜〜ロ〜〜〜〜〜」
 指の関節を鳴らしながら詰め寄る志保。
「あんた、こんな状況であたしからかって楽しいの?」
 舌まで出かかった「楽しい」の一言を、身の危険から咄嗟に飲み込む浩之。
「あ、いや・・・ま、まあ、志保があまり心配することは無いと思うぜ。
あの偽物の目的は判らんけど、標的は委員長らしいから」
「な〜んでそんなことが判るのかしら?」
 浩之の胸倉を掴み、青筋を浮かべつつにこやかに訪ねる。
「だって、そーでもなけりゃ、志保の姿で委員長にキスなんかしないだろ」
「藤田君!!」
 智子の制止の声は、完全に後の祭りだった。
「・・・・・・な、なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
 志保が叫び声を上げるまでに、一瞬の間を要した。
「あ、あ、あ、あんた、よりにもよってなぁんてことするのよ。
あたしにそっちの趣味は無いんだからね」
「私かて無いわ!だいたい、私がしたんやのうて『された』んや。
長岡さんこそ、変な欲求持ってるんとちゃうんか?」
 首筋まで真っ赤に染めて怒鳴りあう二人。赤いのは怒りのためだけでは無いだろう。


「まー、雅史から聞いた話も含めると、志保の偽物が現れたのは一昨日って事になるな」
「うん、そうだね。でも、何かきっかけがあったとすればそれより前だと思うから・・」
「そーだな。なあ、委員長。ここ一週間ぐらいでなにか事件とか無かったか?」
「「何事も無かったように平然と話し進めてるんじゃ(や)ない!」」

	スパパーン

「な、なんで俺だけ・・・・」
「あは、あはははは・・・」


「それで、なにか心当たりないかな、保科さん?」
「せやなぁ・・・・・」
 おとがいに人差し指を当て、視線を宙に彷徨わせる委員長。
「一週間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

		電話の、鳴る音がした。
		『はい、保科ですけど』
		『・・・・・・智子?』
		懐かしい声が聞こえた。

 宙を彷徨っていた委員長の目が、軽く見開かれた。

		『バチが・・・当たったんかな・・・・』
		聞こえてくる声は、ひどく虚ろで儚くて、
		『智子に黙ってたりしたから・・・・・』
		そんな声を聞いたのは、これが初めてで、

「ある」

		・・・それでも、彼女が泣いていることだけは判った。

 智子は、酷く固い声でぽつりと言った。

 浩之達は、黙って智子が続きを話し始めるのを待った。
 しばらく場を沈黙が支配した後、「本当にこれが関係あるか判らんけど」
そう前置きしてから、智子はぽつぽつと話し始めた。
「前、藤田君には話したことあるんやけどな。私、神戸に住んどった頃
仲の良かった男友達がおったんや・・・・」
 照明が眼鏡に反射して、彼女の表情を隠す。

「そいつがな・・・・5日前・・・・・交通事故で・・・・・・死んだんや・・・・」

 今までとは比べものにならないほどの重苦しい沈黙が四人を包み込む。
「・・・え・・・じゃ、じゃあ何。あれは・・そいつの・・」
 沈黙を破ったのは、やはり志保の震える声だった。
 だが、その先を続けることが出来ない。
 あかりは震える手を、浩之の服の裾にのばす。
 智子は俯いたまま顔を上げない。
 だから、浩之が先を続けた。

「幽霊」

 智子の肩が小さく跳ねる。
 志保が声にならない悲鳴を上げる。
 あかりが震える手で、浩之の服の裾をギュッと掴む。
 浩之は、残り少なくなったカフェオレのパックを、音をたてて吸った。
	・
	・
	・
「ま、あれだ。明日先輩にでも詳しく聞いてみようぜ」
 さっさと下履きに履き替えた浩之が、立ち上がりながら言った。
「先輩って、オカ研の来栖川先輩?」
「ああ。この手の事なら一番詳しい人だから。
しっかし、なんだってお前の姿なんだろうな?」
「そんなの、私が知りたいわよ!」
「ホラ、しっかりしい、神岸さん。あんたが脅えてどないすんねん」
「だっ・・・・・だってぇ・・・」
「あーあー、しょうがないわねあかりは」
 へっぴり腰のあかりにしがみつかれている智子を、見かねた志保が助け船に駆け寄る。
「おーし。揃った・・・・!!」
 三人を振り返った浩之の表情が、音を立てて凍り付いた。
「?何面白い顔してんのよ、ヒロ」
「藤田君?」
「浩之ちゃん?」
 浩之の視線は三人を通り越し、背後の窓ガラスに注がれていた。
 そこには浩之を含めて『三人』の姿しか写っていなかった。
「は・・はは・・・。な、なんとなく・・・・判った・・・・」


続く