幻鏡庭園(1) 投稿者:柄打 投稿日:6月30日(金)23時38分
	紅い世界

	全てを染める夕焼け
	燃え上がる炎
	アスファルトに流れる血
	鳴り響くサイレンの光

	そして
	それらを映す、砕け散った鏡

			フェードアウト・・・・・・・


〜〜幻鏡庭園〜〜


一日目  夕刻 校舎前

「あちゃぁ、結局こないな時間か・・・・」
 たった今校舎から出てきたお下げの少女、保科智子は時計を見てそう呟いた。
 既に空は紅く染まり、彼女の足下からも長い影法師がのびている。
 ふと見上げた智子の瞳に、真っ赤な夕日が映った。

 不意に幼い頃の記憶が蘇ってきた。


	 幼い女の子が泣いていた。
	 女の子の側には、同い年くらいの男の子がいた
	『こないな時間に泣いとると、化け物に捕って食われてしまうで』
	『!!』
	 女の子が驚いたように顔を上げる。
	『だから夕暮れは、逢魔が時っつーねん』
	 言いながら、女の子の頭をポンポンと優しくたたく。
	『もう泣き止み、智子』
	 そして男の子は・・・・・・・


「自分が泣かしとってよう言うわ・・・・・」
 小さくポツリと呟く。
 そしてそのまま暫く、夕日が映し出す過去を眺め続けた。


「あほくさ。今更なに考えとるんやろ、私」
 溜息と共に軽く呟くと、のんびりと歩き出した。
 途中、校門へと続く並木の下に、見知った顔を見付けた。
「長岡さん!?」
 志保の方も智子を確認したらしく、軽く手を挙げると無言で歩み寄って来た。
「どないしたん。佐藤君でも待ってるん?」
 グラウンドからは、まだサッカー部の威勢の良い声が聞こえてくる。
 しかし志保は、軽く首を横に振ると智子の目の前までやってきた。
「ちゃうんやったら、一緒に帰らん?」
 少し前までの彼女からは考えられない台詞だ。
 しかし、彼女にあの頃の何者をも寄せ付けぬ雰囲気は既に無く、
徐々に友人も増えてきている。
 志保は、そんななか、比較的早くできた友人の一人だった。
 そんな智子の申し出に軽く笑みを返すと、右手で彼女の頬にそっと触れた。
「?。なんやの? ながっ」
 それ以上言葉を続けることは出来なかった。

 口が、ふさがれてしまったから。

			志保の唇で・・・・・・・・・・・

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
	・
	・
	・
	・
	・
	・
	・
	・
	・
「先輩、お疲れさまでした」
「うん。お疲れ」
 部の練習を終えた雅史は、校門前に佇む見知った後ろ姿を見付けた。
「あれ!保科さん。どうしたのこんな時間まで」
 既に太陽は姿を隠し、夜の帳が降りてきている。
「保科・・・・さん?」
 返事がない。かといって、立ち去る様子もない智子を不審に思い、雅史は走り寄った。
	・
	・
	・
「どーした、佐藤?」
 女生徒の目の前で、手をヒラヒラと振っている雅史に部員の一人が声をかけてきた。
「・・・・・うん、何故だか硬直してて・・・」
 彼にしては珍しく、本気で困った顔をして答えた。
 その表情に興味を引かれ、彼は雅史の隣まで歩み寄ってみた。
「・・・・なんか、すげーショックを受けたって顔だな」
「・・・どーしようか?」
「どーするって、お前・・・・・・・・・」

 真剣に悩む男二人の眼前で、保科智子は真っ白に燃え尽きていた・・・・・・



二日目  朝 教室

 鞄の中身を机に移していると、不意に声がかけられた。
「おはよう、佐藤君。昨日は、えらい迷惑かけたな」
「あ、おはよう。保科さ!!・・だ、大丈夫?」
「何が?」
「な、何がって・・・」
 雅史が心配するのも無理はない。
 今の智子の姿は、修羅場モード明けの同人作家よろしくやつれ、
目の下にはバッチリくまが出来ている。
 雅史が改めて声をかけようとしたとき、教室の入口から声が響いた。
「オーッス。雅史、委員長」
「おはよう。雅史ちゃん、保科さん」
「こら、ヒロ!ちょっと待ちなさいよ」
「あ、おはよう、浩之。あかりちゃんに志保も。早いんだね今日は」

	ガターン!!

 派手な音が教室に響き渡った。
 見れば、躓いたのか、智子が机と一緒に倒れていた。
「何やってんの?智子、大丈夫?」
 やってきた志保が、心配そうに手を伸ばすと、
「い、い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 文字通り、脱兎のごとく駆け出していった。
 しばし、呆然と見送る一同。
「な、なにあれ?」
 行き所の無くなった手を漂わせ、再び呆然とする志保。
「さ、さあ?」
 あかりも志保同様に呆然としたままこたえた。
「またお前が何かやったんじゃねーのか?」
「な!失礼ね。なんで、あんたはそーいう考えしか出来ないのよ、ヒロ」
「おめーの日頃の行い見てれば、誰だってそう考えるさ」
「な、なんですてぇ!!」
 浩之の言葉に志保が噛みつき、毎度おなじみの光景が始まる。
「何か、昨日も様子が変だったんだよね、保科さん」
「それ、本当!雅史?」
「え!う、うん。昨日、部活の帰りに会ったんだけど、その時も・・・」
 志保の勢いに押されるように、思わずのけぞりつつ答える。
 そんな雅史が答えきる前に、
「ほーらみなさい。やっぱり、私のせいじゃないじゃない」
 浩之に向かって、以外と豊かな胸を反らす。
「なにがやっぱりなんだよ」
「あら、もう忘れたの。私には昨日、ゲーセンであんたをこてんぱんに負かして、
ヤックでおごってもらっていたって言う、立派なアリバイがあるじゃない!」
「な!こてんぱんて、最後の1ゲームだけだろ!」
「あらぁ、どこからか負け犬の遠吠えが聞こえてくるわね」
 ほっほっほ、と勝ち誇った笑いが続く。
「くっ・・・・」
 流石の浩之も、これにはぐうの音も出なかった。
「でも、一体何があったのかな?」
「そうだね。なんか心配だな、保科さん」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 智子が飛び出していった方向に、全員が心配げな視線を送るのだった。


さて、それからというもの・・・・・

「ヤッホー!元気してた?休み時間の友、志保ちゃんじょー・・・」
 	ガタガタガタン!!
 机を蹴散らし、教室から逃げ出す。
・
・
・
「あ、智子。悪いけど、これヒロに返し・・・」
 	クルっ。ダダダダダ・・・・・・
 回れ右。間髪入れずにダッシュ。
・
・
・
「ねえ、智子。一緒に帰・・・」
 	スタスタスタ・・・
 シカト・・・・・


「なによなによ、何なのよあの態度!!」
 今日一日、万事この調子だった。
 いつもの帰り道。部活で居ない雅史を除いた、いつもの顔ぶれ。
 ただそこに、いつもの笑顔はなかった。
「いいかげん、温厚な私でも怒るわよ」
「し、志保・・・・」
「まあ、志保が温厚かどうかはともかく」
「なによそれ!」
「確かに委員長のあの態度は異常だな」
「うん・・・・何があったんだろ、保科さん・・・」
「お前、本当に心当たり無いのか?」
「しつっこいわね!あればこんなにイライラしないわよ!!」
「だよなぁ・・・・」
 ここで会話が途切れ、暫く気まずい沈黙が続いた。

		ハァ・・・・

 三人が揃って軽く溜息をついた。
 思わず顔を見合わせた三人に、僅かな笑顔が浮かんだ。
「ふっ。しゃーない。明日委員長に聞いてみっか」
 そう言った浩之の顔には、いつもの笑みが戻っていた。
「うん。私もそれが良いと思うな」
 ほにゃっと、柔らかく微笑むあかり。
「変なこと言って、さらに怒らせたりするんじゃないわよ」
 いつもの、浩之に対してだけ見せる、何処か挑発的な志保の微笑み。
「なっ!それが尻拭いをしてやろうってヤツにかける言葉か?」
「だから、私のせいじゃないって言ってるでしょうが!!」
 再び怒鳴りだす志保。しかし、そこに先程までのギスギスした雰囲気はない。
「あはは・・・」
 それが解るから、あかりも今度は笑顔で二人を見つめている。
 いつもの帰り道。いつもの顔ぶれに、いつもの笑顔が戻った。

 だから、そんな自分達を物陰から見つめている人影があることに、
彼らが気付くはずもなかった。


続く