「はぁはぁはぁ・・・・・」 あたしは、走っていた。 心臓が破裂しようと、足がちぎれようと構わないくらい急いで。 ただ、一瞬でも早く目的の場所にたどり着きたくて・・・・ 〜〜 「死 そして」 〜〜 「千鶴姉!!」 病室のドアを力任せに開く。 扉の向こうにあった八つの瞳が、一斉にあたしに向けられた。 楓、初音、医師、看護婦・・・・・・ 耕一は俯いたまま、あたしの方を見ようとはしなかった。 そして、そして・・・・・・ 「千鶴姉・・・・・」 ベットの上に千鶴姉はいた。 穏やかな顔で。瞳を閉じて。 いつもの、良く見慣れた寝顔のようだった。 でも・・・・・・ その胸は、僅かも動くことは無かった。 傍らに置かれた機械は、壊れたオルガンのように、単音を鳴り響かせていた。 そして・・・・ 楓が泣いていた。 初音も泣いていた。 耕一は、ただ黙って俯いていた。 「・・・耕・・・・・一」 声が震えているのが自分でも解った。 不思議と涙は出てこなかった。 しばらく待った。でも、耕一は応えない。 「こういちぃぃ!!!」 あたしは、腹の底から絶叫した。 耕一が顔を上げるのが気配で分かった。 「千鶴姉は最後に・・・・・・最後に何て言った?」 また、沈黙が流れた。 あたしは、耕一が口を開くのを待った。 どれだけの時間が流れたのかは解らない。 それは、ずいぶん長かった気もするし、ほんの一瞬だった気もする。 「・・・妹たちのこと、頼みます・・・・って」 「ふざけるな!!」 耕一の言葉を聞いた瞬間、私は叫んでいた。 「千鶴姉は、いつもそうだ・・・・・」 あたしは、ゆっくりと千鶴姉の眠るベットへと歩み寄った。 「父さんと母さんの時も、叔父さんの時も・・・」 不意に、視界が歪んだ。 「全然、平気じゃないくせに。一人だけ、平気そうな顔して・・・」 頬に何か冷たいものが流れた。 「何でも、かんでも、自分一人で抱え込んで・・・・」 「梓お姉ちゃん・・・・・」 あたしを呼ぶ声が、とても遠くから聞こえた。 「あたしが・・・あたし達が・・・何にも、気付いてないとでも、思ったのか?」 「梓姉さん・・・・・」 唇が震えて、うまく話せない。 「それとも、自分は、そんなに、嘘を付くのが、上手いとでも、思ってたのか? 人一倍・・・不器用な・・・くせに・・・」 息が苦しい。一言口にするだけで、肺の空気が全部抜けていくような気がする。 「梓・・・・・」 「この・・・・・」 ベットの柵に手をかけ、千鶴姉の顔をのぞき込む。 千鶴姉の顔に零れた雫を見て、あたしはやっと、自分が泣いているのだと気付いた。 「この・・・・千鶴姉の偽善者野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」 ピコーン 「せ、先生!今一瞬、患者の脳波に反応が」 「なにっ!!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ!? 周りを見回すと、耕一達は何が起きたのか解らないって顔をしている。 あたしは、再び千鶴姉の顔を見つめた。 さっき迄と全く変わっていない、穏やかな顔。 「・・・・・・・・偽善者」 ピコーン 「ほ、ほら!!」 「そ、そんなバカな!」 ベット脇の機械を覗き込みながら、医師達が驚きの声を挙げる。 耕一達の動揺が、気配だけでもよく解った。 「偽善者偽善者」 ピコーンピコーン 「偽善者偽善者偽善者偽善者偽善者偽善者偽善者」 あたしは、息の続く限り言い切った。 ピコーンピコーンピコーンピコーンピコーンピコーンピコーン 「ぎ・・・偽善者」 初音の声がした。 「偽善者・・・」 楓の声がした。 「偽善者ぁ」 耕一の絶叫が響いた。 ピコーン 「せ、先生!今度は心臓が」 「し・・・信じられん・・・・」 もう、あたし達全員が叫んでいた。 「この貧乳!!」 「ぎ、偽善者」 「泥棒猫・・・」 「料理音痴ぃ」 ピコーンピコーンピコーンピコーン 「とうとう脈拍まで正常に・・・」 「い、いや、速いくらいだ!!」 ピシッ 不意に、部屋の温度が下がったかと思うと、ベッドが僅かに軋んだ音を立てた。 そして・・・・・・・・・ 「あ・・・・・・あなた達ねぇ・・・・・・」 聞き慣れた声がした。 「千鶴姉ぇ!!」 「千鶴お姉ちゃん!!」 「千鶴姉さん!!」 「千鶴さん!!」 そして、あたし達は大歓声をあげていた。 「緊急オペの準備!手が空いている者を大至急集めて」 「あ!婦長・・・・ええ、そうです。303号室の患者が・・・」 背後では、医師達が大慌てで動いてくれていた。 後日、あたしは言い出しっぺということで、 人間なら3度は死んでいる折檻を、千鶴姉からくらった。 あたしがエルクゥの生命力に感謝した、2度目の出来事だった・・・・・