傷ついた者達 投稿者:柄打 投稿日:2月22日(火)02時30分
「ただいま帰った」
 たった今、自分で鍵を開けた、明かりもついていないアパートの一室。
返事などあるはずもない部屋に、解っていながらこんな挨拶をするのは、
この男ならではであろう。
 誰の返事もあるはずがない。しかし、今日は違っていた。
「あ、おかえり」
 女性が一人、玄関に、膝を抱え込むように座っていた。
 黒髪のショートカットに、白のタンクトップ。少しきつめな感じがするものの、
間違いなく『美人』の部類に入る女性だ。
「なんだ、貴様か」
 しかし、男は気にすることもなく靴を脱ぎ、部屋の電気をつける。
 男の方もいわゆる『美形』と呼んで差し支えない容姿をしている。
 緑の髪に鼻眼鏡。ブラウンのジャケットがよく似合っている。
「こんな時間にやってきたところで、飯など無いぞ。
まあ、泊めてやるくらいなら出来んことも無いが?」
 振り返ることもなく、淡々と言い放つ。
「・・・・・・ありがとう・・・・・・・」
 女性は、そのまま膝に顔を埋め小さく呟いた。
 どの位そうしていたであろう?
 ずいぶん長い時間の様な、しかし、ほんの一瞬の様な気もする。
「そう思うのであれば!」
 いつの間にか戻ってきた男が、片手でひょいとその女性を摘み上げる。
「自分の寝床の準備くらい、自分でせい。ユンナ」
 男の一人暮らしにしては、妙に片付いているベッド付き8畳間に、
ユンナと呼んだ女性を軽々と放り込む。
「・・・・った〜〜〜〜!」
 放り込まれた際、打った部分を撫でながら涙目になったユンナが男を睨む。
「本っっっ当に相変わらずね、大志。もうちょっと優しくできないの!?」
「何を言う。こんな時間に不法侵入した女を、文句も言わずに泊めてやろうというのだ。
今の日本に、吾輩ほど優しい人間は数えるほどしかおらんぞ!!」
 いつもの、無意味に尊大なポーズで、ビシッとユンナを指差す。
「・・・本当。貴男は、変わってないんだね・・・・・・」
 捨てられた子猫が、暖かい家庭を羨むような眼差しで大志を見る。
 当の大志は、着替えを持ちバスタオルを肩に掛け上半身裸という、
正に『これから風呂に入りますよ』スタイルであった。
「布団のある場所は変わっておらん。解るな?」
 	こくん
 頷くことで、肯定するユンナ。
「ならば、布団でも敷いて少々待っていろ。直ぐに出る」
 再び頷き大志を見たユンナの視点が、一点で止まった。
 それは、大志の腹と左脇腹から脇の下にかけての、非常に大きな醜い痕だった。
 そしてこれが、大志が夏でも長袖を着、風呂でワンピースの水着を着る理由であった。
「その痕・・・まだ、残ってるんだね・・・・」
「ん?何故、貴様がそんなことを気にするのだ?」
「だ、だって、それは・・・・その傷跡は・・・・・・・」
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『はっはっは・・・死ね、死ね、死ねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜』
 狂気の笑みを浮かべ、次々と、手当たり次第に「死」を与える男。
『ウ・・・・ウィル!?・・・・・・????』
 目の前の、現実を受け入れられぬ女。
『そこまでにするが良い』
 圧倒的な「殺戮」に、いつもの調子で眼鏡をずり上げ立ち向かう少年。
『なんだぁ?貴様も死にたいのか?』
『生憎だが、吾輩はこんな所で死ぬつもりはない』
『人間風情に、何が出来る?』
『少なくとも、貴様を捕らえることは可能だよ、ウィル』
『ふざけるな!!人間がーーーーーーー!!!』
『!!ウィル・・・・・たいし・・・大志ーーーーーーーー!!』
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「そうだ。この傷を付けたのは、お前ではなくウィルだ」
 何もない鼻の頭を、大志の右手がおよぐ。
 おそらく、いつもの調子で眼鏡を上げようとしたのであろう。
「そして、ウィルを捕らえたのは、吾輩だ」
 大志は、初めて真っ直ぐにユンナの瞳を見つめながら言った。
「でも、でもぉ・・・・・」
 そんな、大志を見つめるウィルの目に涙が滲む。
 しかし、大志は気にかける様子もなく、ユンナの脇を抜け風呂への扉を開く。
 大志のその態度に、再び捨てられた子猫のように身体を丸めるユンナ。
「・・・今更、おこがましいよね。ごめん、すぐに出て行くから・・・・」
 再び俯き、出ていこうとしたユンナの背中に、大志の遠慮のない声がかかった。
「今更ながらなんだが、こはお前の家でもあるのぞ?」
「えっ!?」
「そういうことだ。まい、ぱーとなー」
 普段の大志を知っている者が見たら、呆気にとられるような笑顔を見せながら、
ユンナの頭をくしゃくしゃと撫でる。
 そして大志は、全く気にする様子もなく、トランクスを脱ぐと風呂に入っていった
「・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・・・」
 その背中をユンナは、祈るように、すがるように見つめるのだった。