「ただいま帰った」 たった今、自分で鍵を開けた、明かりもついていないアパートの一室。 返事などあるはずもない部屋に、解っていながらこんな挨拶をするのは、 この男ならではであろう。 誰の返事もあるはずがない。しかし、今日は違っていた。 「あ、おかえり」 女性が一人、玄関に、膝を抱え込むように座っていた。 黒髪のショートカットに、白のタンクトップ。少しきつめな感じがするものの、 間違いなく『美人』の部類に入る女性だ。 「なんだ、貴様か」 しかし、男は気にすることもなく靴を脱ぎ、部屋の電気をつける。 男の方もいわゆる『美形』と呼んで差し支えない容姿をしている。 緑の髪に鼻眼鏡。ブラウンのジャケットがよく似合っている。 「こんな時間にやってきたところで、飯など無いぞ。 まあ、泊めてやるくらいなら出来んことも無いが?」 振り返ることもなく、淡々と言い放つ。 「・・・・・・ありがとう・・・・・・・」 女性は、そのまま膝に顔を埋め小さく呟いた。 どの位そうしていたであろう? ずいぶん長い時間の様な、しかし、ほんの一瞬の様な気もする。 「そう思うのであれば!」 いつの間にか戻ってきた男が、片手でひょいとその女性を摘み上げる。 「自分の寝床の準備くらい、自分でせい。ユンナ」 男の一人暮らしにしては、妙に片付いているベッド付き8畳間に、 ユンナと呼んだ女性を軽々と放り込む。 「・・・・った〜〜〜〜!」 放り込まれた際、打った部分を撫でながら涙目になったユンナが男を睨む。 「本っっっ当に相変わらずね、大志。もうちょっと優しくできないの!?」 「何を言う。こんな時間に不法侵入した女を、文句も言わずに泊めてやろうというのだ。 今の日本に、吾輩ほど優しい人間は数えるほどしかおらんぞ!!」 いつもの、無意味に尊大なポーズで、ビシッとユンナを指差す。 「・・・本当。貴男は、変わってないんだね・・・・・・」 捨てられた子猫が、暖かい家庭を羨むような眼差しで大志を見る。 当の大志は、着替えを持ちバスタオルを肩に掛け上半身裸という、 正に『これから風呂に入りますよ』スタイルであった。 「布団のある場所は変わっておらん。解るな?」 こくん 頷くことで、肯定するユンナ。 「ならば、布団でも敷いて少々待っていろ。直ぐに出る」 再び頷き大志を見たユンナの視点が、一点で止まった。 それは、大志の腹と左脇腹から脇の下にかけての、非常に大きな醜い痕だった。 そしてこれが、大志が夏でも長袖を着、風呂でワンピースの水着を着る理由であった。 「その痕・・・まだ、残ってるんだね・・・・」 「ん?何故、貴様がそんなことを気にするのだ?」 「だ、だって、それは・・・・その傷跡は・・・・・・・」 ・ ・ ・ 『はっはっは・・・死ね、死ね、死ねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜』 狂気の笑みを浮かべ、次々と、手当たり次第に「死」を与える男。 『ウ・・・・ウィル!?・・・・・・????』 目の前の、現実を受け入れられぬ女。 『そこまでにするが良い』 圧倒的な「殺戮」に、いつもの調子で眼鏡をずり上げ立ち向かう少年。 『なんだぁ?貴様も死にたいのか?』 『生憎だが、吾輩はこんな所で死ぬつもりはない』 『人間風情に、何が出来る?』 『少なくとも、貴様を捕らえることは可能だよ、ウィル』 『ふざけるな!!人間がーーーーーーー!!!』 『!!ウィル・・・・・たいし・・・大志ーーーーーーーー!!』 ・ ・ ・ 「そうだ。この傷を付けたのは、お前ではなくウィルだ」 何もない鼻の頭を、大志の右手がおよぐ。 おそらく、いつもの調子で眼鏡を上げようとしたのであろう。 「そして、ウィルを捕らえたのは、吾輩だ」 大志は、初めて真っ直ぐにユンナの瞳を見つめながら言った。 「でも、でもぉ・・・・・」 そんな、大志を見つめるウィルの目に涙が滲む。 しかし、大志は気にかける様子もなく、ユンナの脇を抜け風呂への扉を開く。 大志のその態度に、再び捨てられた子猫のように身体を丸めるユンナ。 「・・・今更、おこがましいよね。ごめん、すぐに出て行くから・・・・」 再び俯き、出ていこうとしたユンナの背中に、大志の遠慮のない声がかかった。 「今更ながらなんだが、こはお前の家でもあるのぞ?」 「えっ!?」 「そういうことだ。まい、ぱーとなー」 普段の大志を知っている者が見たら、呆気にとられるような笑顔を見せながら、 ユンナの頭をくしゃくしゃと撫でる。 そして大志は、全く気にする様子もなく、トランクスを脱ぐと風呂に入っていった 「・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・・・」 その背中をユンナは、祈るように、すがるように見つめるのだった。