観用少女  投稿者:柄打


※はじめに
 筆者は「WHITE ALBUM」をplayしたことがありません。
 よって、本作品の登場人物の性格付けは、図書館のSS作品を元にしています。
 それでも良いと言う方は、お読み下さい。
 なお、ツッコミは随時受け付けます。
 では。

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 観用少女「プランツドール」を知っていますか?
 観用少女「プランツドール」とは、生ける人形。
 一日三度のミルクと、週一度の砂糖菓子を養分として
 プランツドールは生き、その美しさを保つのです。
 けれども、人形にとっての最も重要な栄養は
 惜しみなく注がれる愛情なのです。

 		花に水を与えるように
 		少女に愛を与えなさい。


   〜〜PLANTS DOLL〜〜


 その日は、私にとって何度目かの人生『最悪』の日でした。

「弥生先輩。今度私達、つきあうことにしたんです」
 
 この一言で、また一つ私の恋が終わりました。
 最後まで、何一つ言葉されることのなかった想い。
 彼女もまた、何一つ気付かぬまま、私の前から消えていくのでしょう。

 そんな当然な不運の、不幸な一日の最後、
 	突然、ショウウインドゥの向こうに妖精が現れたのでした。


「ああ、あの人形(プランツ)か。「由崎」という名前だ」
 眼鏡をかけた痩身のマスターはそう教えてくれました。
「あの子は・・・」
 店のマスターは紅茶を勧めながら、由崎という名の人形について話してくれました。
「名人の名を持つ職人が、丹誠込めて育て上げた逸品だ」
 正に、その通りでした。
 しかし彼女には、人形特有の完成された美しさのようなものは感じられません。
 彼女の魅力は、そういった美しさとは、全く別次元のものです。
 目にした者を必ず振り向かせるような、そんな不思議な魅力が彼女にはありました。

 癖のない綺麗な黒髪。均整のとれたプロポーション。
 そして、暖かな春の日差しのような、柔らかな雰囲気。

 けれども、私にはそんな彼女の魅力が画竜点睛を欠いているように思えてなりません。
 そして、しばらく彼女を見つめているうちに、その答えに思い至りました。
「なぜ、彼女は瞳を閉じたままなのですか?」
 そう。彼女は確かに微笑んではいますが、その瞳は閉じられたままだったのです。
「おや、お嬢さんは、その理由を知らないのかい?」
 マスターが驚きの声を上げました。
 私が素直にうなずくと、彼は軽く思案した後に教えてくれました。
「待っているんだよ」
「待っている?」
「プランツは、自分の気に入った人の前でしか目覚めないんだよ。
 それは、プランツが『運命の王子様を待つ眠り姫』だからに他ならない」
 彼は自分の前に置いた紅茶を一口啜ると続けた。
「その唯一人を待ち続けている。『由崎』もそうだ。
 運命の者が現れるまで、ずっと眠りながら、あそこで待ち続けているんだ」

・・・・要するに、こういうことですね・・・・・

		『彼女は、私では目覚めない』

「毎度」
 声に、背中を押される感じで店を後にしました。
「まあ、彼女が気に入ったのなら時々でも見に来るといい」

 マスターの声が、やけに耳に残りました。

 そして気が付けば、毎日彼女を眺めに行っている私がいます。

・・・・・最悪、ですね・・・・・・

 綺麗
 彼女を見る度にそう思う。
 もし、目覚めてくれたなら。そして、そしてもし・・・・
 ・・・・しかし、私には何もできない。

・・・ハァ・・・・
 溜息と共に軽く手を伸ばす。
 硝子の冷たい感触が、指先に触れる。
 たった一枚の硝子に隔てられているだけで、私には見ることしかできない。


「君はもう、来ない方がいい」
 そんな日々が続いたある日、私は店のマスターからこう言われました。
「最初に言っただろう。由崎は由崎だけの王子様を待っている」
 それは、私が何度となく直面した現実。
「それは残念ながら、貴女じゃない」
 幾度となく告げられた言葉。
「いくらここに来ても無駄なんだよ」
「しかし、私は・・・・」
「そりゃ、見てる分にはあんたの勝手だ。
 しかし、あんたは、由崎の王子様になりたいんじゃのか?」
 ええ。
 私は、自分のこの性癖を否定するつもりはありません。
・・・晒け出すつもりもありませんが・・・

 しかし・・・・
 そこまで考えたとき、ふと私の中に疑問がわき上がりました。
 私は、それほど未練がましい性格だったのでしょうか?
 本当に、私は未だ、彼女の王子になりたいと考えているのでしょうか?

 マスターは、わたしのこの沈黙を肯定と解釈したようです。
「それなら・・・・・」

バタン!

 それ以上彼の言葉に耳を傾けることはせず、私は店を後にしました。

 結局、私は何だったのでしょう?
 王子になろうと滑稽に足掻いている道化なのでしょうか?
 確かに一度、私は、彼女の瞳を見たいと切に思いました。
 しかし、それが出来るのは、私ではない誰か。なら、・・・・・

・・・・・なら!?・・・・・

 ああ、そうか・・・・・
『私は、あそこで彼女を永遠に眠らせる事の出来る、魔女になりたかったんだ・・・』


 それから数日、あの店に足が向かうことはありませんでした。

 しかし、さらに数日後、ちょっとした用事で外出した私の足は、
何故かそれが当たり前であるかのように、あの店へと向かっていました。

 あの角を曲がれば、店のショウウインドゥが見えるはずです。
 そして、彼女が・・・・

・・・・・・・・居ない!!

 その瞬間、全ての思考は破棄され、私は店の扉を勢い良く開いていました。

トン・・・・

 扉を開けた瞬間、私の視界を、黒く柔らかな何かが遮りました。
 同時に、私の胸の中に飛び込んできたものがあります。

「ぇ?・・・・」

 思わず受け止めたそれが、私の両腕にかける負荷は、驚くほど軽いものでした。
 そして、一瞬私の視界を遮ったものが、髪の毛であることが解りました。
 癖のない綺麗な黒髪。均整のとれたプロポーション。
 そして、暖かな春の日差しのような、柔らかな雰囲気。

 彼女が、私の腕の中にいました。
 そして、私が切望した瞳の輝きと共に、こう言ってくれたのです。

「ありがとう、弥生さん」

 天使の囁き。
 そして次の瞬間、右の頬に柔らかなものが触れました。

「!!」

 その時、私の中の何かが満たされました。
 同時に頭の中が真っ白になり、何も考えられません。
 私は頬を押さえ、ただ、呆然と彼女を見つめることしか出来ませんでした。

 そして彼女はもう一度微笑むと、彼女の王子様の元へと去っていきました。
・
・
・
「由崎が、ここを離れるのを嫌がってね」
 マスターが紅茶を勧めながら教えてくれた。
 私が来なくなって直ぐ、彼女の王子様が現れたそうです。
 なるほど・・・・
『やはり、私は魔女だったようですね』
 魔女が目を離した隙に現れた王子様は、見事お姫様を目覚めさせましたとさ・・・
「童話の終わりは、いつも『めでたしめでたし』、か・・・・・」
「そうだな。しかし、古今東西ほとんどの童話のお姫様は、
 魔女がいたからこそ王子様に出会えたんだがな」
「――!!」

ガチャン!

 驚いて落としかけたティーカップが、ソーサーにぶつかり耳障りな音をあげます。
 顔を上げると、マスターがどこか意地の悪そうな微笑みで見つめていました。
 どうも、無意識に言葉にしていたようです。
 努めて冷静を装い、再び紅茶に口を付けました。
 アールグレイ独特の刺激が、幾分気持ちを和らげてくれました。
 まったく、彼女と会って以来、私のペースは乱されっぱなしです。
 そんな私の姿を見、どこか愉快そうにマスターは続けました。
「そして、彼女はそのことを知っていたのさ」
「えっ!?」
 自分がどんな表情をしているのか確認は出来ませんが、
どうも、ずいぶんと間の抜けた顔をしているようです。
 その証拠に、マスターが声を殺して笑っています。
 私が軽く睨むと、彼は咳払いを一つしてから、何事も無かったかのように続けました。
「だから、あの子は王子様が現れた後も、囚われの塔に残ったのさ。
 自分に愛を注いでくれた魔女に、お礼を言うためにね」

「・・・・クスっ・・・・・」

 思わず笑いがこみ上げてきました。
 こんなに自然に笑ったのは、何年ぶりでしょう?
「クスクスクス・・・・」
 笑いは止むことなく、とうとう私は肩を震わせて笑い出してしまいました。
 まったく・・・貴女には敵いませんね、由崎・・・・・
 知らず知らずのうちに、私は右の頬をおさえていました。
 結局私は、魔女になっていたつもりの道化者、というわけですか。
 ・・・でも何故でしょう?
 	そんな道化の私を、私は、大好きになれそうな気がしました。


 		植物はその優しさで人を和ませる。
 		少女(プランツ)もまた、同じ存在である。

 		〜〜花には水を、少女には愛を〜〜