はじめてのクリスマス  投稿者:柄打


 つま〜んない!つまんない、つまんない、つまんないぃ!!
 昨日は日本での初めてのクリスマスイヴ。
まだ、こっちで友達は出来ていなかったけど、別にかまわなかった。
だって、姉さんと一緒の初めてのクリスマスだったから。
 一緒にケーキ食べて、プレゼント交換して・・・・・・
 きっと楽しいだろうなと思ってた。そうなると信じてた。

・・・・・でも違ってた・・・・・・・

 クリスマスパーティーは、びっくりするほど大きなものだった。
 父さんと母さん、日本で初めて会ったお爺さん。そしてもちろん姉さんもいた。
でも、それよりもっともっと沢山の知らない大人達・・・・・・
 大人達は次々と私達の所にやって来た。
そして、父さんやお爺さんにペコペコと頭を下げていった。
 すごくつまんなかったけど、他の場所へ行くことをお爺さんは許してくれなかった。
 姉さんとも、全然話せなかった。

 そして、今日のクリスマス。
 私は、朝から部屋のベットにくるまったままだった。
 さっき執事の長瀬が呼びに来たけど、頭が痛いと言って帰らせた。
『あんなパーティー、もう出たくない』

 しばらくゴロゴロしてると、ドアがノックされた。
「誰?」
「・・・・・」
 この家でこう聞かれて返事をしない人は一人しかいない。
ううん、してない訳じゃないんだけど・・・
「姉さん!?」
 私はベットから跳ね起きた。
『ひょっとして姉さんも・・・・』
 そう考えて、少しわくわくした。
 でも、そんなわくわくは2秒で無くなった。
 だって、ドアの向こうの姉さんは、綺麗な赤いツーピースのドレスを着ていたから。
 姉さんは、パジャマのまま私を不思議そうに見つめていた。
「姉さん、パーティー、出るんだ・・・・」
「・・・・・・・」
「うん、出ない。出たくない」
「・・?」
「だって、出たってつまんないし・・・
 それに、あんなの絶対にクリスマスパーティーなんかじゃない!」
「・・・・・・・・?」
「えっ?クリスマスパーティー?クリスマスパーティーって言えば、
 友達い〜〜〜っぱい呼んで、みんなでケーキ食べたり、ちょっとだけお酒飲んでみたり、
 そうそう、プレゼント交換したり!そういう、楽しいものでしょ?」
「・・・・・・・・・」
「そう。そういうものなの。姉さんだって、こんなパーティーの方が良いでしょ?」
「・・・」
「え!?」
 姉さんはペコッと頭を下げると、パーティーに出席するため部屋から出ていった。
 私は、その背中を追いかけることも、声をかけることも出来ないでいた。
「・・・『よく判りません』って・・・姉さん・・・・・」
 この時、不意に初めて会ったときの姉さんを思い出した。
 だから、何となく判った。
姉さんは、あのつまんないクリスマスパーティーしか知らないんだ・・・って。

 それからのことはよく覚えてない。
 気がつくと、ベットの上で寝ていた。
 寝る前に色々と考えていた気はするけど、起きたときには全部忘れてしまってた。
 そして窓の外は、いつの間にか暗くなっていた。

『・・・クリスマス、終わっちゃったな・・・・』

 ベット脇の、綺麗にラッピングされた大きな円筒形の箱をぼんやりと眺める。
 姉さんに渡そうと、一所懸命選んだプレゼント。
 こうして眺めていると、何故だかとても悲しくて涙が出てきそうになった。

っすん

 でも、鼻を一啜りしてグッと我慢した。どんなに辛くても、悲しくても
泣かないのが私の自慢の一つだったから。
 落ち着いて部屋を見回すと、部屋の真ん中に何か白いものがあった。
 それは、数個のショートケーキと一匹のうさぎのぬいぐるみだった。
 薄汚れ、所々繕った跡のあるそのぬいぐるみを、私はよく知っていた。
 だから、その子を抱え、私は駆け出していた。姉さんの部屋に向かって。

「姉さん!姉さん、居る?」
 力任せに姉さんの部屋のドアをノックする。
 お爺さんに見つかったら間違いなくお説教ものだけど、
今はそんなことを気にしてなんかいられなかった。
「姉さん、居ないの?」
 まだ、パーティー会場なのかな?
そう思い、走り出そうとした私の背中でドアの開く音が聞こえた。
「姉さん!!」
「・・・・・・・・?」
「『どうしました、綾香?』じゃ、ないわよ。これは、何?」
 私は、抱えていたぬいぐるみを突き付けた。
「・・・・・・・」
「もう!『うさぎさん』は、判ってるわよ。
 私が言いたいのは、何でこの子が私の部屋に居たのかって事」
 そう。私の知る限り、この子はいつも姉さんと一緒にいた。
 初めて会ったときから、昨日のような人前に出るとき以外、
姉さんは、いつだってこの子を抱いていた。
 だから、この子が部屋にいた理由を、私は思いつかなかった。
「・・・・・・・」
「えっ!?」
 だから、最初姉さんが言ったことを理解できなかった。
「ね、姉さん・・・今、なんて言ったの?」
「・・・・・・・」
「ぷ、『プレゼントです』って・・・・・姉さん?」
 言いたいことが山ほど出てきた。
 でも、何を言って良いのかさっぱり解らなかった。
 この子が、姉さんにとってどれだけ大切なのかは、私もよく解ってる。
 だって、私にも昔いたから。
 でも、私には他にもいっぱい友達がいた。けど、姉さんには・・・・・
 色々と言ってあげたいことがあった。
 沢山聞きたいこともあった。
 でも、頭はさっぱり回ってくれず、舌はちっとも動いてくれず、
私は、ぬいぐるみを掲げることしか出来なくて、
それがとっても悔しくて、なぜだかすごく悲しくて・・・

「・・・う・・・く・・・」
っすん・・・・・・ぐしゅっ・・・・・ずずっ・・・・・

 だから、涙がどんどん溢れてきて、
私はこらえるのに必死で、姉さんの顔を見ることもできなくなっていた。

なでなで・・・
「?」
 姉さんは、ぬいぐるみの頭を優しくなでながら、ちょん、と首を傾げた。
「・・・・・・・・・?」

!! ぶんぶんぶんぶん・・・

 私は、激しく頭を左右に振った。
「そんなことない!可愛いし、好きだよ」
「・・・・・」
「だめっ!!」
「!・・・・・?」
 私があまりに強く言ったから、姉さん、ちょっとびっくりした顔をした。
 でも、直ぐまた元通り。ちょん、と首を傾げて私を見てる。

「だって・・・だってこの子もらったら、姉さんがひとりぼっちになっちゃう!」

ふるふる・・・

「え!?でも・・・・・・」

なでなでなでなで・・・・・・・

「ね、姉さん!?」

 姉さんは、優しく私を抱きしめると、柔らかい手で頭をなでてくれた。
 私は意味が分からず、ただ馬鹿みたいに姉さんの顔を見つめていた。
 そしたら姉さん、今まで聞いたことのない、はっきりとした口調でこう言ったの。

「・・・綾香が、います・・・・」

 最初はやっぱり、意味が分からなかった。
 でも、分かったとき、鼻の奥がツンとなった。
 また、涙が溢れてきた。
 苦しかった訳じゃない。悲しかった訳じゃない。
 でも、次から次に涙が溢れてきて、とうとうがまんできなくなって

「姉さん・・・姉さん・・・姉さぁん・・・・・」

 私は、小さな子供みたいに声を上げて泣いてしまった。
 姉さんは、その間ずっと、なでてくれていた。


 日本で最初のクリスマス。
 姉さんと一緒の初めてのクリスマス。
 一緒にケーキ食べて、プレゼント交換して・・・・・・
 きっと楽しいだろうなと思ってた。そうなると信じてた。

 そしてやっぱり、そうだった!

 でもね、でもね、今年のクリスマスはそれで終わりじゃなかったの。

 パジャマを着替えて、ぬいぐるみをベッドの脇に置いて、
さあ、これから寝ようって時に、部屋のドアがノックされたの。
「誰?」
「・・・・・」
 この家でこう聞かれて返事をしない人は一人しかいない。
 もちろん返事をしてない訳じゃない。
「姉さん!?」
 慌ててドアを開けると、パジャマ姿の姉さんが少し気恥ずかしそうに俯いて立っていた。
 理由はすぐに解った。
 私も、初めての夜は心細くてメイド長のメリッサの部屋に潜り込んだことがあったから。
 だからその日は、私と姉さんとうさぎさんの3人で、川の字になって寝ることにした。
 姉さんは、ずっと私の袖をつかんでいた。
 私は、ちょっとお姉さん気分になって、姉さんの頭をなでてあげた。
 なんだか背中がくすぐったくて、なでられているより恥ずかしかった。
 でも、姉さんは気持ちよさそうに眠りについた。
 おとなしい姉さん。
 お人形さんみたいな姉さん。
 でもでも、とっても暖かくって優しい姉さん。

・・・・・・・・ちゅっ

 私は、姉さんの頬に優しくキスをした。
「おやすみなさい、姉さん」

 うさぎさんが、そんな私たちを静かに見守ってくれていた。