月夜  投稿者:柄打


「ふう。今日の練習はきつかったかな」
 中学最後の大会も近いから、それは望むところなんだけど・・
「流石に、ちょっとダウンかな?」
 浩之と別れた公園でベンチに座り込む。
「はっ・・・・」
 溜息を一つつくと、自販機で買ったポカリを一口啜る。
 見上げると綺麗な満月が、僕を見つめてくれていた。
「・・・・・・・・・・・・・」
 不意に何か聞こえた気がして振り向いた。

・・・・・・えっとぉ・・・・・・・・・

 黒いとんがり帽子に黒マント。
 まあ、それだけなら変わったファッションだね、で済んだのだけど。
 箒。学校の庭掃除なんかでよく使われている竹箒。
 それにチョコン、と横座りしているその娘は・・・・・浮いてるんだ!
「・・・・・・・・・・・・・・」
「え?あ、ああ、こんばんわ。良い月夜ですね」
 彼女がごく自然に挨拶してきたので、僕も思わずそう答えてしまっていた。
 でも、彼女の視線は確かに僕の方を向いているのだけど、
きちんと僕を見てはいないように感じた。
「ひょっとして・・・これ?」
 僕は右手に握ったカンを軽く振って見せた。
 彼女は恥ずかしそうに頬を染め顔を伏せると、
『長時間飛んで、のどが渇いてしまって』と言った。
「えっと、飲みかけで良ければ」
 カンを彼女に差しだす。
 彼女は『ありがとうございます』といって、僕の手からカンを受け取った。
 カンを受け取るとき、僕の手に触れた彼女の手の感触が、
ポカリを飲む彼女の喉の動きが、いやに生々しく感じた。
 胸が高鳴る。顔が赤くなったいるのが自分でも解る。

・・・・・しかし・・・・・

 状況を見ても、彼女の言葉から言っても、やっぱりこの箒で空を飛んでいたらしい。
 でも、それじゃあこの娘は・・・
「・・・・ぁ・・・・」
 不意に、彼女はそう小さく声を上げると、カンを逆さまにして見せた。
 逆さまになったカンからは、一滴の水も零れてこなかった。
「え、『全部飲んでしまって、すみません』?いいですよ、気にしないで」
 幾分状況になれたのか、それとも感覚が麻痺してしまっただけなのか、
僕は、いつも通りの笑顔で答えることができた。
 何となく、彼女の頬が赤らんで見えるのは、気のせいかな?
 『すみません、必ずお返ししますから』そう彼女は言うと、
箒に乗ったまま月の光の中に融けていった・・・・・


〜〜翌日〜〜

「ねえ、浩之・・・魔女っていると思う?」
 放課後、練習に向かう直前、僕はそんなことを口にしていた。
「はぁ?」
 案の定、浩之は『何言ってるんだお前は?』という顔をした。
「あ・・・べ、別になんでもないんだ。・・・ごめん。忘れて」
 僕は曖昧な笑顔を浮かべ、そそくさと自分の下駄箱の前へと向かった。

ハァ・・・・・

 思わず溜息が漏れる。
 実際、自分でもあれが現実だったのかいまいち実感がない。
ハァ・・・・・
 また、溜息が零れる。
 いけないいけない。これから練習なんだから、気持ちを切り替えなくちゃ。
 心の中で、自分に渇を入れると下履きを取り出そうと下駄箱の扉を開けた。

・・・・・・・バタン!!

「ん?どうした、雅史?」
「え!?な、なんでもないよ」
 顔が引きつっているのが自分でも解った。
 でも、浩之は「そうか。早くしろよ」と言っただけで、下履きに履き替えるため、
わざわざ僕に背を向けて座り込んだ。
 浩之のこんなところに、あかりちゃんや志保は惹かれるんだろうな。
 そして僕は、再びおそるおそる下駄箱の扉を開いた。
 そこには、汗一つかいていないポカリのカンが置かれていた。
 カンに触ってみると、驚いたことに心地よい冷たさが伝わってきた。
「・・・・・ねえ、浩之」
「んあ?」
「魔女って、いるんだね・・・・」
「はぁ?」
 浩之の方を見なくても、彼がどんな顔をしているのかは解る。
 でも、今の僕にはそんなことは気にならなかった。


 そして、僕がその魔女と再会したのは、2年後。
 高校2年のことだった。