サテライトシステム〜〜その腕前 投稿者:柄打
それは、一通の社内メールから始まった。

「主任、廻ってきたメール読みました?」
「ああ、読んだよ」
来栖川研究所主任長瀬は、無精髭の伸びた顎を撫でながら応えた。
「で、どうします?」
声をかけた男ーー仮にZとしておこうーーは極真っ当な質問を返した。
「んー、そうだねぇ。彼女のことを一番良く知っている我々が、参加しないわけにはいかないでしょう」
そして、主任の返答も極真っ当なものだった。

『販売不振に喘ぐ、HM−13の新CMアイディア募集』

廻ってきた社内メールの内容は、上記のようなものだった。
廉価版のHM−12に比べると、確かにHM−13の売れ行きは良くない。

新装備「サテライトシステム」の認知不足のための買い控え。

これが、営業が出したHM−13の売れ行き不振の回答だった。
しかし、それは初期CMがヘボだったためと思っていた研究所員にとって、この募集は渡りに船であった。
「で、どうしましょう?」
「んー、一応私にはアイディアがあるんだけどね」
そう言って、一枚のフロッピーを渡す。
「その中に、CMのコンテが入ってるよ」
「へー、流石主任!早速拝見させていただきます」
「ああ。私も、前回のCMには腹を立てていたクチだからね」
研究所員Zは手近な端末にフロッピーを差し込んだ。
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「こ、これをやるんですか?」
露骨に顔をしかめる研究所員Z。
「サテライトサービスの実力を示すには、ピッタリでしょう?」
「し、しかし、この案には致命的な欠陥がありますよ」
一縷の望みをかけ反論する研修所員Z。
「ああ、”口笛”でしょ。それなら大丈夫。綾香お嬢さんのセリオに出演してもらうことになってるから」
口笛。製品版への移行に当たり、削除された機能の一つだ。
「し、しかし、製品版のCMに試作型を出すのは、まずいのでは・・・・」
「大丈夫だよ、CMで求められているのは『口笛を吹けること』じゃないんだから」
どうやら、何を言っても無駄なようである。
「は、はあ・・。・・・主任がそう仰るのなら・・・」
暗に、何かあったら全部貴方のせいだよ、と言う所員Z。
「んー?決めるのは私じゃない。広報課の連中だよ」
いけしゃあしゃあと応える主任。
・・・最早研究所員Zに出来るのは、これが採用会議で落選になることを祈ることだけだった。


・・・・それから数週間後・・・
〜〜CM開始〜〜


カウボーイハットを被り、黒のレザージャケットを羽織ったセリオを取り囲む一団。
いずれも”その道”ではトップを自称する者達である。

しかし、セリオはその一団に一歩も臆することなく言い放った。

「ーええ、貴方達の事は知っています。いずれも、”その道”の名人方」
一息つき、周りを見回す。そして、キッパリと言い放った。

「ーただし、貴方達のその腕前、日本では2番目です」

手の甲を相手に向け、純白の手袋に覆われた二本の指をピシッと立てる。
同時に軽く俯くことにより、帽子の鍔で表情を完全に隠す。

「「「「なに!では、一番は誰だ!!」」」」
色めき立つ一団。

しかし、セリオは慌てず騒がず、
ヒュゥ    口笛一吹き
チッチッチッチッチ    舌打ちに合わせ、揃えた二本の指を左右に振る
スッーーー    その指で帽子の鍔を、クイッと持ち上げる。
そのまま持ち上げた手を下ろし、親指で、ビシッと自分を指さす。    セリオなんだか誇らしげ。

そして始まる、サテライトサービスによるセリオの華麗な技の数々。

格闘技、サッカー、弓などは言うに及ばす、大工、尺八ボウガン、殺人手品等々

「「「「なっ!!」」」」

あまりの腕前に驚愕する一団。
我に返り振り返ると、そこには一枚のカードが残っているだけ。
「S」の斜体をあしらったそのカードには、

『この者 高級来栖川製品』

とだけ書かれていた。


〜〜CM終了〜〜
・・・・それから数日・・・・

がしゃ〜〜〜〜ん

来栖川広報課の窓をぶち割り、走り込んでくる茜色の違法改造車。
たまたま近くにいた、広報課の藤田(仮)は一目散に逃げ出す。
だが、

「アヤッ!」

違法改造車に乗っていた、茜色のボディスーツを着込んだ少女が、これまた茜色の鞭を放つ。
狙い過たず、鞭は藤田(仮)の首に絡まり引き倒す。
ゆっくりと歩み寄る少女。茜色のヘルメットから零れる黒髪が、歩みに合わせて揺れる。
倒れている広報課藤田(仮)の胸倉を掴むと、

「2月2日、セリオのあんな恥ずかしいCM企画を通したのは貴方?」
「い、いや違う。その日俺は有給であかりと・・・・(赤面)」
「・・・・・・・・・」

・・・・惨劇・・・・・・・

走り去る違法改造車。
ズタボロにされた広報課藤田(仮)の胸元には、『この者、女誑し怠慢社員』と書かれた
「A」の斜体をあしらったカードが残されていた。


〜〜同時刻・来栖川研究所〜〜

「主任、いーんですか?広報課じゃ、綾香お嬢様が猛り狂ってるって話ですよ・・・」
半ばこうなることを予想していた研究所員Zが、げっそりとした顔つきでぼやいた。
「いーんじゃないの。広報課には良い薬でしょう」
事も無げに返す、長瀬主任。
「んーでもなぁ・・・」
しかし、少し気まずそうに言葉を濁す。
流石に、やりすぎたと思ったのかな?と期待した研修所員Zだったが、
「こうなるんだったら、CMの最後のカードは蛇足だったと思わないかね?」
笑顔で問いかける長瀬主任。
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研究所員Zは思った。

『この者、極悪確信犯!』