凶器 投稿者: ピナレロ
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 オレは、ひとつの疑惑を拭い去れないでいた。
 先輩がオレを避けている。
 今までこんなこと、無かったのに。
 日の降り注ぐ中庭に、彼女のたたずむ姿はない。
 いつものように、先輩がオレの教室の前で待っていることもなくなった。
 セバスが迎えに来るまでの短い帰り道。でも、オレの横に先輩はいない。
 どうしてなんだ?
 あの時オレたちは、どんな苦難が待ち受けても、二人で乗り越えていこうと誓ったのに。
 あれからオレたちは本当に何事もなく、今まで通りにうまくいってたんだ。
 ……でもなぜ?
 わからない。



 真意が知りたくて、放課後オレは先輩の教室まで来た。
 案の定、彼女はいない。
 手近にいた先輩の同級生に行き先を訊いた。
「来栖川さん? 確かクラブハウスに行――」
 オレは話を聞き終わらずに飛び出していた。
 どこかおかしい。
 先輩はいつも、クラブのある日はオレを誘ってくれたはずだ。
 最近誘ってくれないのは、何かの理由でクラブにいけないからだと思いこんでいた。
 ……だが、それは違った。
 やっぱり、オレを避けている。
 もう、こんなのはいやだ。
 彼女がオレを避ける理由を知りたい。
 教えて欲しい。
 変えていくから。



 オカルト研究会の部室前にたどり着く。
 中にいるであろう先輩を刺激しないように、ゆっくりと扉を開けた。

 キィーぃ

 もう何度も見慣れた、日の光が射すことのない部室。
 暗闇の中に浮かぶ、蝋燭の灯火。
 その明かりに映し出されたのは――

 ――大きなハサミの刃を、口の中に差し込もうとする先輩の姿だった。

「せんぱいっ!!」
 オレは矢も立ても止まらず部室に飛び込んだ。

 ドカッ

 彼女の手からハサミを奪い取り、折り重なるように倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 先輩に、オレの体が覆い被さる。
 体重をかけないように両腕で自分の体を支えた。
「はぁ……せんぱい……なんで……」
「……」
 しかし、彼女は決してオレの目を見ようとはしない。
 傍らに落ちている魔術の本にオレは気付く。
 付箋が貼られているページをめくり、愕然とした。

『意志伝送術(テレパシー):216ページで調合した薬を飲み“意志を伝えたい”とい
う強い思いを念じながら、舌を断ち切ると身に付きます。詳細は……』

「あんた馬鹿か!! こんな事したら死んじまうだろが!!」

 ビクッ

 オレの怒声に、彼女はまるで子供のように身を縮め驚いた。
「なんで……なんでこんな……」
 彼女が、ゆっくりとオレの方に顔を向ける。
 だが、その表情は――

 ――いつもの無表情じゃない、今までに見たこともない悲しい顔をしていた。

 先輩の小さな口が、ゆっくりと開き始めた。
 彼女の今まで秘めていた想いが、オレの耳に、心に突き刺さる。

「……」
「えっ? 『私の想いは、浩之さんに届きませんでした』?」
「……」
「『私はあなたに傷つけられていました』……?」
「……」
「『想いを伝えられないのなら、舌なんていりません』……」
「……」
「……『もう“言葉”なんかいりません』……」

 彼女の二つの瞳から、溢れんばかりの雫が流れ落ちる。
 すると――

 ガバッ

 彼女はオレを押し退け、部室から走り去っていった。

 タッタッタッタッ……

 走り去る彼女の足音が聞こえる。
 その軌跡には転々と続く涙の雫が光っていた。
 後を追いかけようとして立ち上がったオレだが、一歩踏み出した時点で急激にその意欲
を失った。下半身から力が抜け、その場に跪(ひざまづ)いた。
「せんぱぁい……」
 オレの中で、オレを支えていた大事な何かが、音を立てて崩れていく。
「……ねぇ……オレなにを言ったんだよ……どんな言葉が先輩を傷つけたんだよぉ……」
 オレは頭を抱えうずくまった。
 今まで彼女と過ごした思い出を振り返りながら、自分が積み重ねてきた罪を何とか思い
出そうとした。
「ひっぐ……わっかんねぇんだよぉ……教えてくれよぉ……なぁ……」
 オレの目からこぼれ落ちる涙が床にたまり、それがオレの顔を濡らす。
 悲しみと後悔、それと彼女を失う事への恐怖が、オレの心をミキサーのように掻き乱し、
正常な思考を奪っていった。

「……頼むよぉ……芹香ぁ……愛してるからぁ……」



 泣き疲れて横たわるオレの視界に、何かが光を反射した。

 ハサミ。

 オレはゆっくりと手を伸ばし、取っ手に手を滑らせる。
 手を引き戻し、少し開いた刃を顔に向けた。

 ……こうすれば。

 ……こうすれば『想いが伝わる』んだな……?

 もう少し開き、刃を口の中に差し込む。



 そして――















―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 凶器