いつまでもともだちでいよう 投稿者: ピナレロ
 浩之。

 あかりちゃん。

 おめでとう。

 その祝福の言葉だけが、心の中から溢れ出てくる。

 小さい頃からずっといっしょだったから、いつも二人の考えてることが、自然と感じら
れたから。

 だから、今の二人が来ることを、ずっと確信していた。

 浩之とあかりちゃんが、お互いの想いを、結びあえたことを。






 でも、本当は少し心配でもあったんだ。

 あかりちゃんの浩之を想う気持ちは、どんなことがあっても変わらないことは分かって
いた。

 でも浩之ったら、おっきくなるにつれて、いつもそっけない態度で。

 それでも本当は、あかりちゃんを想う気持ちが変わってないことも、僕は分かってた。

 彼女をいつも、大切にしていること。

 その気持ちを、心の奥にいつも大事にしていることを。



 だけど、ゴールデンウィークの前日、浩之は周りから見てもはっきりと分かるようにあ
かりちゃんを避けていた。

 そんな浩之も、ピリピリとして近づきがたいほどに、周りに苛立ちを尖らせていた。

 あかりちゃんに聞いても、「なんでもないよ」といって微笑するだけ。

 でも、その微笑みの奥に悲しみが顔をのぞかせていることも、彼女の瞳にうっすらと浮
かぶ涙で、気が付いたんだ。

 どうしたんだろう。

 いつもの二人じゃない。

 訊きたくても訊けない疑問と、不安を抱いて、長いゴールデンウィークを過ごした。



 でも、修学旅行の当日、そんな不安は杞憂でしかなかったんだ。

 その日からの二人は、もうただの『幼なじみ』じゃないってことが、分かったから。

 『恋人』である二人が、そこにいるってこと。

 二人とも、改めて言ってはくれないけど。

 北海道にいるときも、いつも二人はいっしょで、周りで見ている僕たちが恥ずかしいく
らいだったよ。

 あ、それと、志保も傑作だった。

 だって、浩之たちのそばでもじもじして、話しかけにくそうにしている志保なんて、初
めて見たから。

 誰だって、あんな二人に当てられたら、話しづらいよね。

 あと、矢島君がそんな浩之たちを見て、修学旅行中ずっと落ち込んでたっけ。

 一度あかりちゃんの仲を取り持ってもらえるよう頼まれたこともあったけど、それも断
って正解だったね。

 クラスのみんなはそんな矢島君をしきりに気にしていたから、彼もすぐに元気になると
思う。

 彼にも、きっといい人が見つかるよ。

 浩之も、そう思うよね。






 でも、それからの僕たちって、どこかおかしいよね。

 まるで、浩之たちの周りに、なんだかバリアが覆ってるみたいで。

 僕や志保と、二人の間に、少し距離が出来たように感じるんだ。

 いや。

 もしかしたら、バリアを張ったのは、僕たちの方かもしれない。

 距離を作ったのは、僕たちかもしれない。

 浩之やあかりちゃんは、今までと変わりなく、僕たちと接してくれてる。

 でも、僕たちの方が気遣って、どことなくそっけなくしたり、少し避けたりしている。

 わざとじゃないんだ。

 僕だって、今でも、今までと変わりなく浩之たちといっしょにいたいと思ってる。

 でも、頭のどこかで『邪魔しちゃいけない』『今までの浩之たちじゃない』って、考え
るようになったんだ。

 今までこんなこと、考えたこともなかったのに。

 志保もそんなこと、考え出したんじゃないかな。

 いつもの志保は、それこそ休み時間毎に浩之のそばに来て、いろんなことを浩之に話し
ていた。

 浩之も、そんな志保に話を合わせたり、くだらなそうに邪険にしたり。

 そばで見ている僕は、そんな二人がすっごくおかしくて、いつも笑ってた。

「志保も浩之のこと、好きなんだな」て、自然に感じられたんだ。

 だけど、もう志保は、以前ほど浩之のそばに来なくなったね。

 どちらかといえば、僕の方によく話し掛けてくるようになった。

 で、僕と志保が話してると、

「なーに二人して話してんだよー」

 って、浩之たちが顔を出して、やっといつもの4人になれる。

 ほんの少し前では、考えられなかったのに。



 きっと志保は、本当に、浩之とあかりちゃんのことが好きなんだ。

 だからこそ、二人の関係を、すごく大事に思ってるのかもしれない。

 二人の関係を、そっとしておきたいんだ。

 大切にしたいんだ。

 志保って、あんな性格だけど、ホントはとっても友達想いなんだよ。






 でも、そんな今の僕たちを、志保は、いや、僕も、不安に思いだしている。

 十数年間変わることの無かった、僕たちの関係。

 「幼なじみ」という、「友だち同士」という、いつまでも変わらないと、信じてきた関
係。

 それが今、少しずつ、形を変え始めている。

 時が経つにつれて、その不安が大きくなっていくのが、分かるんだ。

 志保もそれは、同じなのかもしれない。

 もしかしたら、志保の方が、僕よりも大きい不安を抱えているのかもしれない。

 なぜかって?

 この前、浩之とあかりちゃんが、いっしょに下校しているところを、志保といっしょに
見ていた。

 仲よく手を取り合って帰って行く二人の後ろ姿を見て、志保は僕に、こう言ったんだよ。



「――あたしたち、これからどうなっちゃうんだろーね」って。



 ほんと、僕たちって、これからどうなるんだろうね……。






 だから、浩之。

 僕、決めたんだ。



 浩之から『卒業』すること。



 今までの僕って、いろんなところで、浩之に、甘えたり、頼ったり、助けられたりして
いたから。



 例えば、浩之。

 僕が、ハムスターを飼い始めた理由って、知ってる?

 いや、覚えてる?

 あれはね、浩之のおかげなんだよ。

 まだ僕らが幼稚園に行ってた頃、浩之がボスって名前のおっきい犬を飼いはじめて、僕
はそれがすごく羨ましかった。

「ぼくももひろゆきみたいないぬ、かいたい!」

 ってお母さんに言っても、いつもダメって言われてた。

 それが悲しくって、そして、いつも僕泣いてた。

 そんなこと浩之に話したら、浩之、笑って僕に、こう言ってくれた。

「はむすたーなんかいーんじゃねーか? おまえでもかえるよ」

 そのことをお母さんに話したら、そしたらお母さん、しょうがないなって顔して許して
くれた。

 そして、お母さんといっしょに、浩之とあかりちゃんと僕の4人で、いっしょにペット
ショップに行ったんだよね。

 どの種類がいいか、店の中で話してたら、ペットショップの人が、

「ジャンガリアンなんか小さくてかわいいから、ボクたちでも飼えるよ」

 って言ってくれた。

 浩之も、

「これならおまえににてるから、ピッタリだよ」

 って進めてくれて、それで決まったんだよね。

 ボクがハムスターを、浩之とお母さんがかごを、あかりちゃんが餌を持って、いっしょ
に家へ帰った。

 そして、僕の家で、かごの中を元気に駆け回るハムスターを見て、みんなで笑いあった
んだよね。

 あのとき僕、本当に嬉しかった。

 僕も浩之とおんなじだって。

 浩之が言ってくれたから、ペットを飼えたんだって、すごく嬉しかったんだ。

 あれから僕、ハムスターを飼うならジャンガリアンだって、心に決めたんだ。



 でも浩之は、僕にもう一つ大事なことを教えてくれた。

 それは、僕たちが小学生に上がってしばらくたったある日。

 僕がハムスターの世話を一人でするのにも慣れてきた頃。

 浩之の飼ってたボスが、急な病気で死んでしまった。

 そのときの浩之、今まで見たこともないぐらい、大きな声で泣いて、落ち込んで。

 学校にいても、あんなに元気のない浩之、初めて見た。

 それからの浩之、学校から帰ってきても、家から出てこなくて、ふさぎ込んでたよね。

 僕とあかりちゃんで、浩之の家の前まで「あそぼーよ」って呼びにいっても、出てきて
くれない日々が続いた。

 あかりちゃんも、そんな浩之と、死んじゃったボスのことを思って、浩之の家の前で泣
いてたんだ。

 僕はただ、そばで泣き続けるあかりちゃんを慰めることしかできなかった。

 でも、そんな二人を見て僕は――



 ――いっしょに泣くことができなかった。



 悲しくなかったわけじゃない。

 僕だって、ボスといっしょに遊んだことを思い出すと、本当に悲しかった。

 でも、不思議と、涙は流れなかった。

 悲しみよりも大きい、『大事なこと』を知ったから。

 いや。

 浩之に、教えられたから。

 それは――



 命あるものは、必ず死ぬということ。

 ボスとも、僕のハムスターたちとも、いつかは別れなければならないということ。



 そのことを、浩之から、身をもって教えられた気がした。

 本当は、僕自身が気づかなければならないことなのに。

 でも、悲しみに暮れるよりも、今は、そこから前に進まなければならないって、そんな
気がしたんだ。

 だから、僕は泣くことより、あかりちゃんを、浩之を、元気付かせることが大事だと思
った。

 そんな僕の励ましで、浩之も、あかりちゃんも、すぐに元気になってくれて、それがと
ても嬉しかった。

 僕も、二人のために、力になってあげることができたから。



 僕が今もハムスターを飼っていること、ときどき浩之はあきれるけど。

 でも、それはね。

 浩之が教えてくれた、大事なこと。

 忘れないように、すぐに思い出せるようにしているからなんだ。



 それと、僕がサッカーを始めたとき、浩之驚いてたよね。

 小さい頃の僕は、体があんまり丈夫じゃなくて、よく学校を休んでた。

 浩之も、

「おまえもなんかスポーツやった方がいいんじゃねーか? いっしょにサッカーやろうぜ」

 って、言ってくれてたけど、どちらかというと、冗談半分だったよね。

 だから、

「僕もサッカーやる!」

 って言ったときの浩之の驚き方といったら、ほんとにびっくりしたような感じで。

 なんだかとてもおかしかったよ。

 でも、それからの浩之は、僕に、本当に親身になって教えてくれた。

 時に、僕のだらしなさに、厳しく叱ってくれたり。

 時には、僕の上達を、自分のことのように喜んでくれたり。

 そんな浩之を見て、そんな浩之の気持ちに答えたくて、僕は懸命に練習した。

 そして、僕の初めての試合。

 僕と浩之がツートップ。

 いきなりのスタメン出場。

 一番びっくりしたのは僕だけど、周りのみんなは、僕の上達ぶりをとても高く買ってく
れてた。

 監督にスタメン出場を一番勧めてたのも、浩之だったね。

 僕のお母さん、姉さん、あかりちゃんのおばさん、あかりちゃん、浩之のおばさん、ク
ラスのみんな。

 みんなが応援にきてくれた。

 その試合で、いきなり僕、ハットトリックを決めたんだよね。

 ゴールを決めた後、みんなから思いっきり抱きつかれたり、もみくちゃにされたり。

 最初すごくびっくりしたけど、こんな風に喜んでくれるんだって知って、なんだかとて
も嬉しかった。

 でも、あのハットトリック。

 ホントは、浩之が決めてもおかしくなかったよね。

 だけど浩之、ゴール前でわざと僕にアシストしてくれて。

 そのこと、浩之に聞いても、

「おまえノーマークだったろ。存在感薄いから、フォワードにはもってこいだよ」

 って冗談言って、笑ってた。

 僕は、それが浩之の本心じゃないことが分かってたから、いっしょになって笑えたんだ。

 本当は、僕のことを思って、パスしてくれたってこと。

 僕にサッカーの面白さを知ってもらおうという、浩之からのプレゼントだったってこと。

 結局、その試合は3対0で僕たちが勝った。

 チーム全員で、応援してくれたみんなに手を振ると、すっごい拍手と声援が返ってきた。

 ……そのとき仰ぎ見た空の色が、まだ忘れられないでいるんだ。

 沈みかけてゆく夕日に染められた真っ赤な夕暮れと、グラデーションを織りなすように
広がる蒼空。

 今まで見たことないような、信じられないほど美しい空。

 その空を見たときの気持ちは、まるでその空に吸い込まれるような、すごく気持ちのい
いものだった。

 今までの僕だったら、感じることのなかった気持ち。

 体をこわして、部屋のベッドで寝ているだけだったら、絶対に味わえなかった気持ち。

「……もっとがんばれば、一生懸命やれば、またこの空を見られるかな。またこんな気持ち
になれるかな……」

 そんな思いが、そのときの僕の中を駆けめぐった。

 そして僕は、サッカーを教えてくれた浩之に、心から感謝したんだ。



 だから、僕がここまで上達できたこと。

 僕が、サッカーにも、勉強にも、一生懸命に打ち込めること。

 みんな浩之のおかげなんだ。

「全部おまえの実力で、俺のせいじゃねーからな」

 って浩之は言うけど、僕は、僕がここまで来られたこと、全部浩之のおかげだと思って
るんだ。






 ねえ、浩之。

 こうやって振り返ると、僕って浩之に頼ってばっかりだよね。

 いつもいつも、僕は浩之やあかりちゃんのそばにいて、そして二人から、いろんなこと
を教わって。

 僕が、浩之の側にいるときの気持ち。

 それは、大きな船に乗って、大海原を駆けめぐっているような気分なんだ。

 心地よい潮風を体で感じながら、果てしない大海原を、僕のすすみたい場所へ導いてく
れる。

 そんな安らぎと、開放感と、心地よさを、僕に与えてくれる。

 そこにはなんの不安も、悲しみもない。

 僕にとって、浩之が、いや、浩之の側にいる僕こそが、僕のすべてだったんだ。






 でも、僕は、船から下りなくちゃいけない。

 もう船は、僕のすすみたい場所へは導いてくれないから。

 浩之の、本当に大事な人のために、その船は進まなければいけないから。

 だから僕は……もう船には乗らない。

 これからは、自分の船で、そして、自分が決めた航路を進まなくちゃいけないから。

 今までのように、安心して、頼れるものが側にあるなんてことは、ないと思う。

 きっと、大きな波に飲み込まれて、溺れそうになったり、進むべき方向を間違えて、途
方に暮れたりするかもしれない。

 でも、後悔はしない。

 それは、僕が決めたことだから。

 僕が、僕であるための、残された道だから……。






 でも、浩之。

 これだけは忘れないでほしい。

 僕たちは、これからもずっと、友達だってこと。

 だから。

 浩之。

 困ったことがあったら、僕にも相談してほしい。

 あかりちゃん。

 泣きたくなるようなことがあったら、僕にも話してほしい。

 それに、志保にも、彼女にもいろんなことを話してあげてほしい。

 今まで志保が、浩之やあかりちゃんに、そうしてあげていたように。

 だって、僕たちは、ずっと、友達だから。






 いつまでも。

 いつまでも。

 友達だから。



 いつまでも。

 いつまでも。

 いつまでも。

 友達だから。






 友達だからね……。






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タイトル:いつまでもともだちでいよう
コメント:彼はわかっていた。いつの日か、この関係が終わることを。
ジャンル:独白/To Heart/雅史

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