灰色の“痕” 番外編 追加 梓 ― 生きてく強さ 2 ― (注)この作品は、前作「生きてく強さ」の追加シナリオです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 1.千鶴姉、ちょっと手伝ってくれる? 2.楓、初音、ちょっと手伝ってくれる? 3.かおり、ちょっと手伝ってくれる? あたしは1を選んだ。 「千鶴姉、ちょっと手伝ってくれる?」 あたしは帰ってきたばかりの千鶴姉に声をかけた。 ちょっと悪いかなとも思う。 鶴来屋から仕事で帰ってきたのに、家の手伝いをさせようだなんて。 でも、楓や初音には声をかけられなかった。 居間から聞こえてくる2人の声。 耕一の声といっしょに聞こえてくる声が。 すっごく嬉しそうだったから。 こういう時、姉ってのは損な役回りだなって思う。 妹に優しくするのは当然なんだよね。 小さい頃からそう。 楓と初音に優しくしなさい。 梓はお姉ちゃんでしょ? いつもそんなことをいわれていた。 ちょっと喧嘩にでもなったら、怒られるのは当然あたしだ。 そんなある日、あたしは気づいてしまった。 千鶴姉があまり怒られていないことに。 というより、誉められている方が多いということに。 なんでかな? 幼いながらに当時のあたしは、その不公平な原因を考えてみた。 千鶴姉が怒られない理由。 これは結構難しかった。 だって全然わからないんだもん。 考えれば考えるほど、不公平だって答えしかでてこなかった。 たぶん頭に血が上ってたんだ。 感情的だったなって思う。 子供ってそんな感じだよね。 それであたしは発想を変えた。 なんで千鶴姉は誉められるのか。 答えはすぐにわかった。 なぜかというとみんなの誉め方が同じだったから。 千鶴ちゃんは優しいお姉ちゃんだね。 それであたしは気づいたんだ。 姉は妹に優しい方が、誉められる分だけ得だって。 それ以来、あたしは優しい姉になった。 …………。 あたしって、結構現金な性格なのかもしれない。 でも楓と初音に優しくすることで、あたしは少し変わった。 心にゆとりができたんだと思う。 喧嘩するよりも笑う方が楽しい。 それに楓も初音も実は甘えたがりで。 お姉ちゃん、お姉ちゃんってくっついてくるのが。 すごく可愛かったことに気づいた。 喧嘩ばっかりしてるときは、あんなにつきまとわれるのが嫌だったのに。 えへへ。 よく考えれば、あたしも千鶴姉の後ろにいっつもくっついてた。 千鶴姉が出かけるときは、いつもいっしょに。 あれ? そういえば千鶴姉どうしたのかな。 聞こえなかったのかな? 「よう、梓。手伝いにきたぞ」 え? 千鶴姉とは全然違う声が、あたしの後ろから聞こえてきた。 い、今の声は。 ううん、そんなはずはない。 居間であたしの料理を待ってるはずだし。 「あ」 あたしは後ろを振り返ってびっくりした。 「耕一」 なんで耕一がここにいるの。 えっと、確か今手伝いにきたって…。 でも、あたしが呼んだのは千鶴姉なのにさ。 「ち、千鶴姉は?」 「ああ、千鶴さんは着替えにいってるからさ…。 ほら、梓一人だと大変だろ」 なるほど。 千鶴姉は着替えか。 確かに普通は仕事から帰ってきたら着替えるよね。 あ、ってことは…。 あたしの声は千鶴姉には聞こえなくって、耕一に聞こえちゃったんだ。 あーあ、失敗。 「いいよ、耕一はお客さんなんだから部屋で待っててよ。 すぐ作っちゃうからさ」 今耕一に手伝わせるわけにはいかないよ。 せーっかく、こっちに帰ってきてるのにさ。 今日はのんびりしてもらわなきゃ。 「いーや、俺は手伝うぞ。 俺はお客さんとして遊びにきたんじゃないから。 ここへ帰ってきただけなんだからな」 あ…。 耕一、怒ってる? あたし、そんなつもりでいったんじゃないのに。 「とと、悪い、梓。 ちょっと声がでかかったな、俺。 別に怒ってるわけじゃないんだ」 あたしはどんな顔をしていたんだろう。 耕一は優しい顔になってそういってくれた。 「ごめん、耕一」 浮かれていたあたしには、耕一はお客さんだった。 でも本当はお客さんじゃない。 お客さんなんかじゃなかったんだ。 あたしは、そんな簡単なことも忘れてた。 気づかなかった。 「ごめん、耕一」 「おいおい気にするなって。謝るんなら俺の方だ。 まったく、声ばっかでかくて嫌んなるよな。 悪い、梓。俺が無神経だった」 優しい言葉。 あたしにとっては、何よりの救いに思えた。 「うん」 「それにさ。俺、腹減っちゃって腹減っちゃって。 様子を見にきたってのもあるんだ。 結局、今晩のメニューは何なんだ?」 「へ?」 いや、だからメニューは耕一には秘密なのよ。 そのために、耕一には居間からでるなっていっておいたし。 さっき様子を見にいった時も、あえて教えなかった。 そうだよね、耕一。 うん。 だからそれはできてからのお楽しみで…。 「って、なんで耕一がここにいんのよ」 「いや、だから、手伝い」 突然吼えたあたし。 うろたえながらも答える耕一。 しばらく、時が止まった。 …プッ。 …ククッ。 ダメ、梓。 ここは笑うところじゃない。 ほら、耕一だって。 あたしは耕一の顔を盗み見た。 もう、なんて顔してんのよ耕一。 そんなに引きつった顔で。 耕一もあたしの方を見ていた。 「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」 「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」 あたしは耕一と目が合ったところで、限界にきてしまっていた。 耕一もそうだったみたい。 「な、なんて顔してんだよ耕一」 「そういう梓の方こそ鏡見ろよ、鏡」 「耕一の方が絶対変だって。潰れた饅頭みたいな顔しちゃってさ」 「お、俺が饅頭だったら、梓は溶けた雪だるまじゃないか」 笑った笑った。 あーもー、お腹痛い…。 あたしと耕一は、とりあえず大爆笑していた。 止まらない。 もうこうなっちゃうと、全然ダメ。 お腹が、お腹が。 この痛みまで可笑しさを誘ってくる。 こんなにお腹が痛くなるほど笑うのも、随分久しぶりな気がした。 − エピローグ − 「「いっただっきまーす」」 みんなの声が一つになって、晩御飯が始まった。 結局あの後、かけつけてきた楓と初音が手伝ってくれた。 耕一も手伝ってくれた。 絶対にお客さんというのは嫌だったらしい。 メニューは全部バレちゃったけどね。 でもそれでよかったんだと思う。 「ほーら、耕一ぃ」 あたしは耕一にビールを注いであげた。 ラガービール。 父さんと叔父さんがよく飲んでいたビール。 そう。 いつもこのビールを注いであげられる人がいた。 耕一が今座っている場所に。 ある日突然コップがなくなる。 飲んでくれる人がいなくなる。 でも、今日は特別。 きっとこのビールを注いであげられることが、小さな幸せなんだって思う。 うん、今日はたっぷりと飲んでもらおう。 「どうした梓?」 耕一があたしに声をかけた。 え? あ、何でもないよ。 「ははーん。なるほど、わかったぞ」 耕一の目つきが怪しく光る。 わかったって、何が? あたしは思わず首をかしげる。 「このお、呆けたって無駄だぞ、梓。 ほら、これだろ」 そういって、耕一はあたしにコップを持たせる。 そして、あたしの持っていたビール瓶をひったくった。 へ? なんだろ、耕一のヤツ。 あたしにコップなんか持たせてさ。 「ほら、俺が注いでやるよ。 まったく、ビールをじっと見つめやがって。 ほら、乾杯だ」 え? 耕一はあたしの持ってるコップに、ビールをナミナミと注ぎいれた。 そして耕一は、あたしのコップと自分のコップを軽くぶつけた。 カチンッ。 「あ、乾杯」 「あーダメですよ、耕一さん。梓はまだ未成年なんですから。 ほら、梓」 千鶴姉があたしに手を向ける。 つまり、わたしなさいってことだ。 もちろんあたしは、千鶴姉に向かってにっこりと笑い。 グビグビグビ。 一気に中身を空けた。 「おおっ、いい飲みっぷりだぞ。 なかなかイケル口だな。よし、今日はとことん飲もう」 耕一は上機嫌になり、千鶴姉はまったくもうって顔になる。 あははははは。 「はい、耕一さん」 「お、すまないねぇ、千鶴さん」 でも今日は千鶴姉の小言がなかった。 千鶴姉も、耕一の相手をする方を優先させたみたい。 耕一はコップの中身をぐいっと空けた。 トクトクトク。 耕一のコップがまたいっぱいになる。 「くうー、美人の杓だとビールがますます美味いねぇ」 耕一はずいぶん上機嫌だ。 この親父臭いセリフが、いかにも耕一らしい。 「あー、わたしも耕一お兄ちゃんにビール注ぐ」 初音がビールを持って耕一に近づいた。 新しく冷蔵庫から取ってきたらしい。 耕一の横で栓抜きを使っている。 え? 初音を待ってる楓が、今手に持ってるヤツ。 あれも栓が空いてないみたいだけど…。 耕一に何本飲ませる気? まあいいか。 千鶴姉とあたしが手伝えばいいよね。 「はい、耕一さん」 楓がビールを注ぐ前に、料理を耕一に取り分けた。 あたしの自信作。 結局、今日のメニューは中華料理で正解。 「お、すまないね、楓ちゃん」 耕一が箸をのばした。 取ったのは中華風鶏の唐揚げ。 っていうか、唐ってのが中国のことだよね。 「おお、美味い。また腕を上げたな?」 耕一は満面の笑顔であたしの方を見た。 えへへ。 耕一に美味いっていわせるために、たくさん練習したんだよ。 次いで青椒肉絲にも箸をのばす。 「うん、こいつも美味い。 梓をお嫁さんにしたら、毎日美味い料理が食えて、最高だな」 ええ? そ、そうかな。 そんなに喜んでもらえると、なんだか照れるよね。 その時、あたしは酔っていたんだと思う。 でないと気づかないはずがないもん。 「じゃあさ、耕一。 あたしをお嫁さんにしてみるかい?」 思えばとんでもないことを、あたしは耕一に聞いた。 耕一はそうだな…としばらく考え。 「立候補してもいいな。相手が梓だったらさ」 え。 ええ。 えええ。 あたしの顔は真っ赤に染まった。 自分では顔が赤くなるのを、もう止められなかった。 その時、あたしは酔っていたんだと思う。 真っ赤な顔で照れまくるあたし。 そんなあたしを優しく見つめる耕一。 千鶴姉も楓も初音も笑っていた。 顔はね。 でないと気づかないはずがないもん。 眼は赤く光っていた。 狩猟者エルクゥの血が騒いでいるみたいだ。 あたしも耕一も気づかなかったけど…。 ナニカアッタノカナ? (Fin) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「今回は早かったわね、斗織」 「そうですね」 「…………」 「あの後どうなるのか…ですか?」 (コクコク) 「秘密です」 「…………」 「ええ、ずるいですか」 (コク) 「でも耕一さんも災難よね」 「そうですか?」 「だってそうじゃない」 「…………」 「そ、それはそうですが…」 「何よ、斗織。姉さんの言う通りじゃない」 「それは、まあ」 「ピーマンを食べても食べられなくても、こうなるわけでしょ?」 「つまり、好き嫌いはよくないということです」 「…………」 「違うでしょ。姉さん、斗織に誤魔化されないの」 「綾香、好き嫌いは?」 「あ、あたし。…も、もちろん、ないわよ」 「…………」 「あ、なるほど。好き嫌いはしないけど、その分、お酒に目がないと…」 「ちょ、ちょっと、姉さん!」 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 感想をくださった皆さん、ありがとうございます。 葉岡斗織です。 前回の分岐を考えてみました。 こういう展開もありかなと(笑)。 ちょっとありがちな話になっちゃいました。 次回策は全然別のものを考えています。 ヒントは学園祭&演劇。 時間があればなんですけどね。 ま、のんびりやりましょうか。 それでは、またお目にかかれる日まで…。 最後になりましたが、まさた館長。 いつもお世話になってます。 図書館の管理、がんばってください。 旧作品は、まさた館長管理のこちらでどうぞ。 『は行〜ま行』の作家になります。 http://www.asahi-net.or.jp/~iz7m-ymd/leaf/masata.htm ――――――――――――――――――――――――――――――――――― コメント:99年2月。耕一が久しぶりに帰ってきた。ピーマンを克服して いた耕一は、第三次姉妹大戦勃発の引き金を…。 ジャンル:ハートフル?/痕/柏木梓・柏木家の人々