桜の季節を振り返ってみれば     第2話   「メイド in Japan」 投稿者: 葉岡 斗織
桜の季節を振り返ってみれば
     第2話   「メイド in Japan」

「う…あ…」
 意識がなかったのか…。
 視覚がぼんやりして、ここがどこだかわからない。
 耳…。
 耳もキーンとなっているだけで、音を感じなかった。
 私はいったい。
 記憶が混乱しているのか、何も思い出せない。
 とりあえず、ここはどこだ。
 眼にすべての意識を集中させる。
 すこしずつではあるが、私は視力を取り戻しつつあった。
 なるほど。
 どうやらここは、ベッドの上らしい。
 私は白い部屋のベッドの上に、寝かされているらしいのだ。
 そして、人影が3つ。
 あれは…妻だ。
 なぜ。
 なぜここに妻がいるのだ。
 たしか私は社の出張で…。
 そうだ。
 私は本社からの依頼を受けてここへ。
 妻がいるはずはないんだが…。
 何か叫んでいるようだが、耳は相変わらず鳴ったままだ。
 その後ろにいるのは、白衣の男。
 医者だろうか。
 するとここは病院ということになる。
 もう1人は入り口の近くに立っている。
 青年だ。
 面識は…ない。
 いったい、誰だ…。
「先生、先生。
 主人が…。
 主人が眼を…」
 耳が少しずつ聞こえ出した。
 妻の叫びがかすかに聞こえ始める。
 妻の呼び掛けに応えた白衣が、私に近づいてくる。
 やはり、医者らしい。
 ペンライトをつけ、私の眼を覗き込む。
 険しい顔だ。
 プロとはこういう顔の男をいうんだろう。
 しかし、医者の顔は突然和らいだ。
 妻の方へ振り向く。
「もう大丈夫でしょう、奥さん。
 峠は越えました。
 後は回復していくだけです」
 妻の頬を雫が伝う。
 喜びの涙か。
「先生、ありがとうございます。
 本当に、なんとお礼を…」
「いえいえ、礼なら彼にいって下さい。
 彼がいなければ、御主人はもっと危険だった。
 私は彼のお手伝いをしただけです。
 では、私は部屋に戻ります。
 なにかあれば、そこのボタンでコールして下さい。
 すぐ駆けつけます」
 医者はそういうと、部屋を出ていった。
 すれ違いざま、医者は青年と硬い握手を交わす。
 君のお陰だと、私には聞こえた。
「こちらへいらして」
 妻が青年に声をかける。
 青年はしばし躊躇したが、部屋の奥へと入ってきた。
 私の側に立つ。
 端整な顔立ちの日本人。
 私の第一印象だ。
 先程より顔がはっきりと確認できたが、やはり知人ではなかった。
「貴方のお陰です。
 本当、なんとお礼をいっていいか…」
「そんな。
 俺は別に何も…」
 謙遜。
 確か東洋の心遣いの1つだ。
 妻が青年を、さらに私の近くへとよせる。
「あなた。
 本当に無茶ばかりして…。
 貴方の命の恩人、柏木耕一さんよ。
 あなたをここへ運んで下さったの。
 そして、手術の時に足りなくなった血を補う為に、献血まで…」
 そうか、この青年が…。
「So…or…y…」
 私の口からもれた言葉は、力なかった。
 しかし、青年…耕一には伝わったらしい。
 私は満足した。
 安心したからか、急に睡魔が私を襲う。
 私はふたたび意識を失った。

「どういうつもりかね、ジョージ。
 君は任務を忘れてしまったのかね。
 それとも、趣味の貿易業の方が気になるのかね」
 目の前のいけ好かない男が、汚いつばを飛ばす。
 うるさい小心者だ。
 組織内ではすでに切られているというのに。
 そう、すでにこの組織にはもう後がないのだ。
「聞いているのかね、ジョージ。
 まったく、何を考えているのだ。
 わかっているのかね。
 もはやこれは、君の責任だぞ」
 おかしなことをいう。
 ここは自由の国だ。
 自分のケツは自分で拭くべきなのだ。
 私は思わず、この男を笑ってやりたくなった。
 それに、私はこの組織にもはや心残りはない。
「ふざけた報告書だよ、ジョージ。
 あの極東の黄色い猿共のロボットの方が、我々より優秀だと。
 しかも試作品は、すでに完成状態といっていいだって。
 馬鹿も休み休みいいたまえ」
 現実を理解できない男だ。
 もはや、我々に勝ち目はないというのに。
 基本コンセプトから違うのだ。
「いいかね、ジョージ。
 我々が遅れをとるなど、あってはならんのだ。
 スレイブドールプロジェクトは、我等の切り札なのだよ。
 あのメイドロボとかいうおもちゃには…。
 舞台を下りてもらわねばならん」
 スレイブドールか。
 SDP−12プロトタイプ“シルフ”。
 SDP−13プロトタイプ“フラウ”。
 確かにその性能は認めよう。
 だが、それでも…。
 私はこの2体の試作品が好きにはなれない。
 なぜなら…。
「この2体のスレイブドールにはな、ジョージ。
 莫大な費用がかかっているんだよ。
 いったい、どう責任をとるつもりかね」
 所詮、奴隷という発想で開発されているのだよ。
 だが、あの島国では違う。
 あれは、娘を創るプロジェクトだ。
 私にはわかる。
 あのロボットを話すヘレンの表情は、生き生きしていた。
 人に好かれるロボット。
 決定的な差だ。
「死になさいよ、ジョージ。
 死んで責任をとるんだ。
 上層部にはそれで私が何とかしよう。
 君の家族の面倒も、私が見てやる」
 お笑いだ。
 私が死ぬ理由などどこにもない。
 だが、私の前にいるこの男は机の引き出しをゆっくりと開いた。
 黒光りするそれをつかむと、私へと向ける。
 引き金を引く。
 銃口が火を噴く。
 1発、2発、3発…。
 カチカチ。
「弾は尽きたようだな」
「私は夢でも見ているのかね、ジョージ。
 ピストルの弾をよけるなんて…。
 ひいっ」
 男は怯えていた。
 私の肩の筋肉の、異様な盛り上がりを見て。
 狩るか。
 先に銃を撃ったのはあちらだ。
 それに対して、こちらは素手で戦おうとしている。
 ハンデだ。
 狩猟者が獲物に与える、ささやかなハンデだ。
 私は力を解放していく。
 そう。
 あの日私は、東洋の神秘を手に入れたのだ。

「では、日本に…」
 妻は驚いていた。
 私の提案は、突然すぎたのかもしれない。
「永住しようと考えている」
「あなた…。よろしいんですか」
 構わないと思った。
 そう。
 私は自由の国の生まれだが、心は…。
「もう決めたことだ。
 君の故郷となるあの島国…。
 あの国は、私の心を捕らえて放さない」
「まあ。日本びいきですわね」
 妻は笑った。
 私も笑った。
 妻は私の裏の仕事を知らない。
 妻にとって、私は貿易会社の社長なのだ。
 だが真実はそうではない。
 アンダーグラウンドでの私の肩書きは、極東支配人補佐。
 それももう過去の話だ。
 ここ数週間の連続殺人で、関係者は一掃されている。
 私を除いて…。
 さすがに7日間で25人も相手をするのは。
 いささか、骨が折れたものだが。
「シンディーとヘレンには?」
「私から話そう」
「まあ」
 妻と2人の娘。
 今の私の全てといえる存在。
 副業となっていた貿易業で、十分幸せにしてやれるだろう。
「ヘレンが喜びますわ。
 あの子、好きな男の子が出来たみたいで。
 お別れの日にこっそり泣いていましたもの…」
 ピク。
 妻よ、今何といった。
 ヘレンに好きな男だと。
「ほら、貴方も覚えてますでしょ。
 あの子がまだ小さかった頃。
 ほんの1週間だけの親友がいたって。
 そうそう。
 あなたが、迷子だった男の子を連れてきたんですものね」
 迷子の男の子。
 屋敷に連れてきた。
 私が。
 …まさか。
「そう、あなたが今思い浮かべた男の子ですよ」
 そうか。
 ヘレンはあのBoyと、また会うことが出来たのか。
 ジンジャの木の約束。
 ガラスの小瓶。
 私がヘレンに手渡してあげたものだ。
「フフフ。
 ヘレンに屋敷へ連れてくるよういっとかんとな」
「そうですね」
 再び妻が笑う。
 私も笑う。
 ある夏の朝の会話。
 今日も暑い一日が始まっていく…。


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「…………」
「えっ、誰のお話ですかって?」
 コクコク。
「ジョージ・クリストファーさんです」
「…誰、その人」
「綾香、知らないんですか?」
「知らないわよ。姉さんはどう」
 フルフル。
「ええ!? 本当に知りません?」
「だから誰よ」
「ヘレンのお父さんです」
「ヘレン? 姉さん知ってる?」
 フルフル。
「…………」
「誰ですかって、先輩」
「誰なの? 斗織」
「レミィですよ、宮内レミィ」
「ウソ」
「本当です」
「…………」
「そう。弓道部のフォーリナーです」
「…………」
「そうそう。春に転校して秋に戻ってきた、あのレミィです」
「じゃ、これはなぜあの子が戻ってきたかっていう…」
「家庭の裏事情SSです」
「…ちょっと、斗織」
「何ですか」
「…………」
「調べたんですかって、何をです?」
「裏事情」
「それは…秘密です」
「じゃあ、別の質問」
「はい」
「姉さんやわたしはいつ登場するの」
「はう」
「ごまかさないで」
「それは…」
「この前約束したでしょ」
「いや、前回は『灰色の“痕”』でしたし…」
「ほら、姉さんも何かいってやってよ」
「…………」
「がんばってくださいって、姉さん!!」
 クス。
「もう。どうして姉さんは、斗織に甘いのよ」


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 どうです、皆さん。
 ついにリーフSSの世界にも、新しい時代が。
 自信はないけど、断言します。
 初のレミィのオヤジ様メインもの。
 ついに彼も日のあたる舞台へ…。

 レミィパパファン(いるだろうか…)の皆さん、すみません。
 つい、やってしまいました(笑)。
 実はこの話、構想3秒です。
 タイトルに使った言葉を、コンビニのとある商品で見かけた瞬間…。
 こ、これは、これはぁぁぁ…使える(実話)。

 書き始めのきっかけなんて、案外こんなものです。
 でも、楽しんでいただけたらいいなあと思い、投稿しました。


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 <『Per favore mi porti il sale. 〜君は究極のバターを知っているか?〜>
 久々野さん。いつも感想ありがとうございます。
 思わず「あるあるー」って叫びそうなネタですね。
 自分で探すと全然みつからないのに、友達のところだと山積み。
 雑誌やCDを買う時に、よく体験します。
 それから、もうちょっといいモン食えよ、冬弥(笑)。

 <群青>
 なるるるさん。
 うまく言葉に出来ない。深い作品です。
 浩之が最後に選んだ結末は…。
 こういう結末もアリなんですね。
 私が書いたら、こう上手くは書ききれなかったでしょう。

 <雅史の想い>
 シラタキ王さん。感想ありがとうございました。
 しまったぁ、もろかぶってます(正直な感想)。
 友達以上の関係は、恋人と親友の2つのベクトルがある。
 私もそう思います。
 っていうか、そういうネタでSS書こうと思っていました。

 <耕一・イン・ザ・風呂>
 くまさん。
 ぜひ3番で話を続けて下さい(笑)。
 ダリエリとの過去の清算。
 ちょっと重いテーマですが、それを風呂場で考えてる耕一は…。
 シュールな感じですね。
 耕一と柳川とダリエリの話は、ハイドラントさんが得意分野です。
 図書館の方へいらして下さい。

 <関東藤田組>
 vladさん。
 社長になっても相変わらずの浩之。
 精神年齢変わりませんね(笑)。
 最後のシーンで出撃される側の人達…ちょっと心配かも。


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 連載系の皆さん、申し訳ないです。
 なにぶん時間のない生活まっただなかなもので…。
 第1話から読もうと、図書館からダウンしたところでストップ。
 がんばって読みます。

 コメント:98年6月。東洋の神秘を手に入れたレミィパパ、暴走す。
 ジャンル:ギャグ/TH/ジョージ&宮内一家