灰色の“痕”
梓 − Lovers change fighter, cool −
梓は絶妙なバランス感覚で、椅子に腰掛けていた。
4本脚の椅子なのに、2本しか使ってない。
身体を支えているのは、机の上に乗った右足。
左足は、ブラブラと落ち着かない。
「うーん」
あたしは考えていた。
最近、気づいたちょっとしたこと。
なんか変なんだよね。
千鶴姉と楓。
「特に千鶴姉」
別にダイエット中ってわけでもないくせに。
なんで。
絶対、納得いかない。
「今日のは3本の指に入るデキだったのに」
肉じゃが。
たっくさんのジャガイモ。
色を添えるニンジン。
柔らかくとろけるタマネギ。
肉じゃがといっても、肉は脇役。
「結構、気合入ってたし…」
醤油と味醂と日本酒が味付けのメイン。
ポイントは肉を最初に焼くこと。
隠し味にちょぴっとウイスキーを入れること。
鷹の爪は初音がいるから使わない。
初音、辛いのダメだから。
「味見もバッチリだったし…」
色は完璧。
香は最高。
味は抜群。
あたしの自慢の一品。
耕一だったら1人で3人分くらい食べてしまう。
いや、4人分はかたい。
それを…。
「なんで残すわけ」
千鶴姉が変になるのは、別に昨日今日の話じゃない。
毎日笑っていてような。
毎日泣いているような。
ぽーっとしてるような。
ちょっと世話焼きのような。
うん。
あたしから見ても、千鶴姉ってわりかし矛盾の人。
「んで、最近、落込み気味だから」
晩御飯、気合入れたのに。
梓は、両手を頭の後ろに回した。
落込む原因には、思い当たるフシもあった。
叔父さんが他界して、もうすぐ2ヶ月になる。
もう、2ヶ月か…。
あたしは、結構こたえた。
「あの頃は、みんな普通じゃなかった」
お父さんとお母さんが死んだ後、ずっと世話してくれた叔父さん。
優しい人だった。
特に、楓は叔父さんっ子で。
初音も叔父さんになついてて…。
「そうじゃない」
叔父さんは、あたし達のもう一人のお父さんだった。
梓は目を閉じ、叔父さんを思い浮かべる。
浮かんでくる叔父さんは、なぜか困った顔だ。
そうだね。
あたしは叔父さんを、困らせてばかりだった。
「だって、いきなり一緒に住むっていうし」
お葬式が終って、2・3日目だっけ。
お父さんもお母さんも死んじゃって。
あたし達、4人だけになって。
どうしていいかわからなくて。
でも、4人でがんばろうって。
「千鶴姉、あの時泣かなかった」
あたしはかなり泣いた。
それも大きな声出して。
今思えば、ワンワン泣くってのはあんな感じだと思う。
楓も静かに泣いてた。
あれは、ポロポロ泣くってとこかな。
初音はまだ良くわかってないみたいで…。
「でも4人でって…」
千鶴姉、泣いてなかったから。
千鶴姉といっしょなら、がんばれるかなって。
でもあたしの心は、グラグラしてて。
いまにも押しつぶされそうだった。
それで…。
「あ、ああ、うわあああああ」
ドシーン。
梓はひっくり返った。
無茶な体勢で無茶な座り方して、それで目を閉じたんだから仕方ない。
「あいたー」
梓は頭をさすった。
なにをやってんだ、あたしは。
椅子を立てる。
今度は、ちゃんと座る。
なんとなく視線が前にいく。
教科書の背表紙が並んでいる。
「あ、そうか」
さっき思い浮かんだ、叔父さんの困った顔。
あの時だ。
あたしが高校にはいかないって。
千鶴姉を手伝って、働くっていった時の…。
梓は再び目を閉じた。
「あたし、生意気ばっかいって」
もちろんあたしは今、高校に通っている。
すっごい口喧嘩して。
叔父さん困らせて。
でも、本当にあたしのこと考えてくれてて。
叔父さんのおかげだよね。
大っ嫌いだった叔父さんの。
「大っ嫌いか」
あたしは叔父さんのこと、あんまり好きじゃなかった。
一緒に住み始めた頃、楓と初音が叔父さんになついていって。
そうそう。
楓と初音を取られるとか思って。
でも、叔父さん優しくて。
ちゃんと考えてくれてて。
その叔父さんも、もういない。
「やっぱりつらいよ」
死に別れるなんて。
あの夜の電話。
今でも血の凍るような知らせ。
嘘だと思った。
性質の悪い悪戯だと思った。
梓の頬から、一粒の雫が落ちる。
雫は左手の甲に当たり、弾けていった。
「あ、ダメ…」
泣かない。
涙は出さない。
あの日、そうあたしは決めたんだ。
お父さんが、お母さんが、叔父さんが。
心配しなくてすむように。
「それに…」
なんとか立ち直ること、できてきたし。
千鶴姉も。
楓も。
初音も。
「耕一のお陰もある、かな」
梓はちょっと笑った。
耕一。
会うのは、なんか久しぶりで。
でも、小さかった時とぜんぜん変わってなくて。
優しい悪戯好きのまんま。
特に、あたしと話する時。
「耕一、精神成長止まってるから」
わかった梓、送ってほしいんだろ。
耕一の馬鹿。
あたしは高校生だぞ、高校生。
普通聞かないよ、そんなこと。
だいたい、送ってほしいなんて。
送ってほしいなんて。
うう。
あたしって素直じゃないのかな。
「やっぱり、まだ弟なのかな」
耕一から見て、あたしってなんなんだろ。
昔はなにをするのもいっしょで。
走り回るのも、遊ぶのも、悪戯するのも。
耕一は最初、あたしの事を男だと思ってて。
いっしょにお風呂に入った時、驚いてた。
「でもあたしは…」
好きなのかな。
耕一の事が。
そうなのかもしれない。
料理を始めたきっかけだって、耕一が原因だし。
あたしは女の子なんだぞって、精一杯のアピール。
「料理の腕、上がったし」
料理は愛情。
不器用な千鶴姉に、いつもいってるあたしの口癖。
愛情が料理の秘訣だ。
つまり、あたしは耕一のこと…。
梓の表情が、だんだん赤味を帯びてくる。
「あー、やめやめ」
こんなこと考えるなんて、らしくない。
あたしの料理の腕が上がった。
そう、それだけのことよ。
いつでもどこでも。
食べて美味しい、家庭的な味。
どこへ嫁に出しても恥ずかしくない…。
「はあ、お嫁さんか…」
あたしの花嫁姿か。
あたしがいうのもなんだけど、綺麗だろうなあ。
いや、かわいいって方かも。
初々しいって感じかも。
それで、横には…。
「だーかーら」
梓は思わず、机をバシバシ叩いた。
さっきからなに考えてんのよ、あたしは。
だいたいなんであたしの横に、耕一が出てくんのよ。
耕一は、千鶴姉とでもさっさとくっついちゃって。
うん、そうよ。
千鶴姉と耕一、結構仲いいし…。
「あれ、もしかして」
千鶴姉が元気ないの、耕一が帰ったから。
実は千鶴姉、耕一のこと好きなんじゃ。
ありえる。
千鶴姉だったら、ひょっとすると。
耕一が帰ったから、単純に元気がないだけだったりして。
意識せずに、梓は腕を組む。
「もしかするかも」
ひょっとして、ライバル出現てことになるわけ。
うーん、千鶴姉が相手か。
千鶴姉は、まあ美人だよね。
あたしはというと、イイ線はいってると思う。
千鶴姉は、料理が下手。
あたしは料理は好きだから、そこは大丈夫。
千鶴姉と耕一、仲いいよね。
でも、あたしだって…。
「なんだ、結構互角」
千鶴姉なんだから、あたしの方が若いし。
それと、あと…。
ごめん、千鶴姉。
プロポーションも、あたしの方がいいよね。
なんとか大丈夫っぽい。
あたしは、性格もかわいいし…。
「ああっ」
まずい。
耕一の前だと、あたし素直じゃないんだ。
つい、口喧嘩っぽくなるし。
ひょっとして、結構減点になるんじゃあ…。
梓は頭をかかえた。
このままだと、耕一は千鶴姉のに…。
「あれ」
さっきまで、あたしは千鶴姉と耕一がくっつけばって思ってたのに。
え、なんで。
なんでこんなに、あたしの心が不安に…。
落ち着け。
人、人、人…。
梓は右手の人差し指で、左手の平に人という字を3度書いた。
そして、それを飲み込む。
「よし、落ち着いた」
嘘。
そんな簡単に、落ち着くわけない。
胸に手をあてると。
ほら、ドキドキしてる。
梓はしばらくのあいだ、息を整えることに専念する。
「やっぱり、あたし…」
耕一のこと、好きなんだ。
あーあ、らしくない。
全然、らしくない。
でもそういって誤魔化してる方が、あたしらしくない。
だよね。
「よし、決めた」
次、耕一がきた時は。
もっと美味しい料理、作ったげよ。
ポイント稼がないと。
うんうん、あたしてば結構健気。
なんにせよ、千鶴姉1人ぐらいならなんとかなる…。
あれ。
ちょっと待って。
最近、楓の元気がなくなったのも…。
「げっ」
考えてみれば、楓が元気なくなったのも。
耕一が帰ってから。
っていうより、帰るって決まった日ぐらいから。
ううん、もうちょい前から。
「楓って、耕一になついてるよね」
あたしは楓の感情が、雰囲気でわかる。
まあ楓の姉を、10年以上続けてるわけだし。
楓は口数少ないから。
別の方法でコミュニケーションしてるというか。
とにかくあたしは、雰囲気でわかる。
「まずいかも」
あの雰囲気、今考えるとただならない感じよね。
好きなのかな、楓もやっぱ。
楓、耕一にお酌してたし…。
そ、それって。
考えてみたら、結構すごいことなのかも。
耕一はニブいから、気づいてないみたいだけど。
「うーん」
千鶴姉に続いて、楓もライバルか。
耕一から見たら、楓もポイント高いんだろうなあ。
あたしから見ても、楓は控えめで。
おしとやかで。
しかも、普段無表情な分、たまに笑うとすっごく可愛い。
まあ可愛いってのは、柏木家の血のなせる技だけど…。
「耕一、転ぶかな…」
千鶴姉より楓の方が、断然マズいかも。
それに楓だと、これから成長するわけだし。
予測ができないよね。
あのままいけば、千鶴姉のパターンで成長するかもしれないけど。
ひょっとするとあたしくらいのプロポーションに…。
「ないない、それはない」
良く考えたら、楓って食べないもんね。
あたしのは、食事と運動の賜物よ。
楓の食べる量考えたら、とても胸までエネルギーがいかないよ。
だいたい、ダイエットが最近流行らなくなったんだって。
胸から瘠せちゃうからなんだよ。
よし、まずはあたしが1ポイントリード。
となると後は。
「はぁ、性格か」
もういい。
考えるまでもなく、楓に1ポイントね。
まったく、楓と初音くらいだよ。
耕一の前であんなに素直なのはさ。
あーあ。
こればっかりはどうしようもないよ。
あたしは耕一の前だとさ…。
「千鶴姉と楓が相手かぁ…」
歩がいいんだか悪いんだか。
そういえば、初音はどうなんだろ。
今は耕一が、お兄ちゃんの代わりになってるんだよね。
だから、耕一が家にいる間はいつもくっついてる。
「微妙なトコ」
今の初音の愛情は、どっちかというと家族的。
兄妹愛って感じ。
でも、初音だってもう高校生なわけだし。
やっぱり、ちょっとは意識してるのかも。
「ああっ」
梓は、突然立ち上がった。
その反動で、座っていた椅子が後ろへ倒れる。
ちょっと待って。
もし意識してるんだったら…。
意識していっしょにいるってことよね。
ということは、初音も耕一のこと好きなんだ。
「もう、なんでなんで」
なんで4人そろって、従兄弟の耕一にホの字なのよ。
ばっかみたい。
そろいもそろって。
まあ、あたしもそうなんだけど。
この異様な展開になった原因は、いったいなに。
思い当たるのは、そう。
「鬼の血」
特殊な血筋の柏木家。
そこにすむ見目麗しい4人の娘達は、ある日1人の男に恋をする。
それが、悲劇の始まりだった。
なんて、テレビドラマじゃあるまいし。
ひょっとしたら、全然関係ないことなのかも。
「それ以外となると…」
4姉妹は前世でも、恋のライバルであった。
そして、その時果たせなかった恋を、現代で成就させようとしている。
だから、それじゃテレビドラマだって。
あたしの発想って貧困なのかな。
「まあいいか」
あたしの見た感じがそうってだけで。
千鶴姉も楓も初音も、本当に耕一のこと好きなのかわかんないし。
それに、もしそうだとしても。
最後に選ぶのは耕一なんだしさ。
「よーし、そうと決まれば」
梓は倒れた椅子を元に戻した。
話は簡単。
あたしが自分を磨けばいいわけよね。
耕一があたしのこと、思わず見直しちゃうぐらいにさ。
「まってろよ、耕一」
絶対、あたしに振り向かせてやるからね。
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「投稿2発目だね、斗織」
「…………」
「綾香に先輩。ありがと」
「今回は、結構書くの早かったね」
「ちょっと時間があったからですね」
「…………」
「大丈夫です。無理はしてません」
「ウソでしょ」
「はい」
「…ちょっと、斗織?」
「…………」
「やっぱり無理してますねって、先輩そう見えます?」
「斗織がいったのよ、無理してるって」
「ええ!? いってませんよ」
「…………」
「ほら。姉さんもいったっていってるでしょ」
「いってません」
「いった」
「いってませんってば」
「…………」
「そんな、先輩まで。ホントに私がいいました」
「いったの」
「でも、大丈夫です。ほら、元気でしょ」
「…まあね」
「…………」
「はい、わかりました。先輩の言う通りにちゃんと寝ます」
「ところでさ、斗織」
「なんですか?」
「…………」
「感想が…きてるんですか?」
「ほら。悠朔さんとAEさんから」
「ううう…」
「あ、泣いてるう」
「泣いてません。感激してるんです」
「…………」
「そうそう、先輩の言う通りです。感想がくるなんて…」
「…………」
「嬉しいです」
「姉さんはやっぱり斗織に甘い気がする…」
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悠朔さん。AEさん。
感想ありがとうございました。
がんばって私の作品を増やしていきたいと思います。
実は、今読んでいるところなんです。
悠朔さんに図書館の蔵書をコピーさせてもらって。
もうすごい作品数ですね。
埋もれてます。
他の作家さんの感想を書けるのは、ずいぶん先になりそうです。
Lメモってのにも参加してみたいですよね。
ああ、私にだけ48時間の世界が欲しい。
では、また次の作品を作ります。
悠朔さんのアドバイスによりメールアドレスが必要と判明しました。
すみません、今メールアドレス変更中なんです。
悠朔さんが代理で受け取って下さるそうなんで。
悠朔さん、しばらくご迷惑をおかけします。