例えばこんなお話 〜矢島君編〜 投稿者:ヒトシ・オカダ 投稿日:7月4日(火)00時05分
 様々な人達の想いが錯綜する毎日、皆さんはいかがお過ごしですか?
 え? 僕は、ですか?
 僕の方は毎日毎日代わり映えしない日々を過ごしています。例えば、彼女は毒電波
使いだったとか、うちの家系は鬼の家系だとか、そんなドラマチックなことなんて何
一つありません。でも僕はそんな日々に何の文句もありません。
 普通の日々を普通に過ごし、それを普通に愛しています。
 そして、そんな普通に流れる時の中にあるとある高校では、やっぱり普通の青春を
過ごしている少年少女達が普通に泣いたり、普通に怒ったり、普通に笑ったり…。
 そして例外なく、様々な想いを錯綜させながら毎日を過ごしています。
 青春って素晴らしいですね。
 あの日々が懐かしいですよ。
 あのころの想いはどこに行ってしまったんでしょうか?どこかになくしてしまった
んでしょうか? 尽きることのない情熱はどこから来るんでしょうか? どこかに眠っ
ているんでしょうか?
 …話がそれてしまいましたね。
 僕のことは今回はどうでもいいんです。
 今回お話ししたいのはその高校で青春を過ごしている少年のお話です。

 彼の名前は矢島君。
 矢島君はバスケットボール部で、身長も高く、顔もそれなり。女子生徒にもあこが
れを抱かれ、だからと言って、他の男子生徒からねたまれるようなこともない。簡単
に言えば人気者の少年でした。
 そんな矢島君、実はちょっと恥ずかしがり屋さん。
 当然年頃の男の子。彼にも好きな女の子がいました。が、告白するまでには至れず
にいました。
 いつか告白しよう。それまでは機会を待とう。
 彼が好きな相手は学校でもそれなりの人気者。男子生徒にも何人もファンがいて、
告白するなら早くしないと誰か他の男子にとられてしまうかもしれません。でも、そ
れだけに踏ん切りはつかず、そう思うだけにとどまっていました。
 ある意味、それだけでも満足な部分はありました。告白できなくても仕方ないな、
とも思っていました。人を好きになったことのある人なら何となくわかるでしょ?
 しかし、そんな矢島君に、ある転機が訪れました。

「なあ、藤田」
  ある日の授業の合間の休み時間。
 矢島君はクラスメイトの男子のところへと行き、そう声を掛けました。
「…ん、よう」
 声を掛けられ、上げられた顔は寝ぼけたものが張り付いています。
 彼の名前は藤田君。顔は矢島君と一緒でそれなりに格好良いのですが、どこかぶっ
きらぼうなところがあり、女生徒にはあまり人気がありませんでした。でも、ぶっき
らぼうなのは見た目だけで、女の子には優しい男の子だというのは、これを読んでく
れている皆さんには説明する必要はありませんよね?
「なあ、ちょっと、聞いていい?」
「あん? なにをだ?」
「神岸さんのことなんだけど…」
 神岸さんとは、藤田君の幼なじみのかわいらしい女の子の名前です。
 さて、矢島君が何で藤田君にその神岸さんのことを聞くのか?
 単純に考えれば矢島君が彼女に気があると言うだけのことですが、実はそうではな
いのです。それの説明をするため、何日か前、矢島君に訪れたちょっとした出来事の
お話をしましょう。

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 その日、バスケ部の練習は珍しく休みで、掃除当番でもなかった矢島君は寄り道せ
ずすぐに家に帰ろうと思っていました
「ねえ、矢島君」
 鞄を肩に、教室から出ようとしていた矢島君を誰かが呼び止めます。
「うん? …なんだ、佐藤か。なんか用事?」
 振り返ってみると、そこにいたのは佐藤君でした。
 佐藤君はニコニコと笑って矢島君を見ていました。けれど、その笑顔の中に、何か
ちょっとした苦笑が混じっていることに矢島君は気づきました。
「なんか、悩み事の相談?」
「う〜ん…、そう言えば、そうなるのかなぁ…」
 今度は本当の苦笑で佐藤君は答えます。
 矢島君は悩み事の相談と言われて、それを断れるような男ではありません。何せ彼
はオットコ前です。オットコ前が服を着て歩いているようなものなのです。言うなら
ば『漢』です。
「仕方ないな。…んで、なに?」
「ここじゃあ、ちょっと…」
「言いにくいのか?」
「うん。…それに、僕一人だけじゃないんだ」
「そうなのか?」
「だから、ちょっとつきあってくれないかな」
「…ま、役に立てるかどうかわからないけどな。いいぜ」
 矢島君の言葉を聞くと、佐藤君はにっこりと笑って、
「ありがとう」
 と言いました。

 さて、矢島君が佐藤君に連れられってやってきたのはとあるファーストフードのお
店。部活帰りなどには矢島君もよくよっている、この辺りの高校生達にはおなじみの
お店です。
「えっと…」
 佐藤君が店内を見回し誰かを捜しています。
「おかしいなぁ…」
「いないのか?」
「うん…。一階で待ってるって言ってたんだけど…」
「二階に行ってみるか?」
「…そうだね」
 そうして、佐藤君と矢島君が二階へと向かおうと階段の方へ足を向けると、
「お〜い! 雅史ぃ、こっちこっち!」
 どこかからそう声を駆けられました。
 女の子の声です。
「あ、志保。そんなところにいたの?」
「もう。この志保ちゃんに気がつかないってどういうこと?」
「ごめんごめん」
 アハハ、と笑う佐藤君。
 その佐藤君の首根っこを矢島君が捕まえます。
「おい、あれ、長岡さんじゃないか…」
「うん? そうだけど…」
 そのお店で待っていたのは矢島君達の学校でも特に有名な長岡さんでした。
「なあ、まさかもう一人って…」
「うん。志保のことだよ」

 四人座れる席に矢島君と佐藤君、それに長岡さんが座ります。佐藤君と長岡さんが
隣り合って座り、矢島君と向かい合う形です。
「矢島クン、今日は来てくれてアリガトね」
「う、うん…まあ」
 おやおや、矢島君、長岡さんにお礼を言われて、ちょっとあたふたしています。
「そ、それで、二人で、俺に相談があるみたいだけど…なにかな?」
 あたふたした矢島君は焦って、自分の方から話を切り出しました。
「いや…本当は僕は志保に頼まれて、矢島君を連れてきただけなんだけど…」
「は? そうなの?」
 佐藤君の言葉を聞いて矢島君は驚きました。何と矢島君に相談があるのは長岡さん
の方だったのです。
「そうなの」
 少し沈んだ様子で、「ああ本当に困ったわ」とでも言い出しそうな雰囲気を長岡さ
んは作っています。
「…なに?」
「実はねぇ…、言いにくいことなんだけどぉ…」
 長岡さんは本当に言いにくそうに、もったいぶります。
「ヒロ…藤田浩之と神岸あかりって、もちろん知ってるわよね?」
「え、まあ…クラスメイトだし、知ってるよ」
 藤田君と神岸さんと言えば矢島君のクラスにいる幼なじみのカップルです。
「実はあの二人を、つきあわせたいのよ」
 長岡さんがそう言いました。
 その言葉に、矢島君は少し驚きます。
「つきあわせたいって…、あの二人、つきあってるんじゃないの?」
「そうでしょ!? 普通そう思うわよね!? ところがどっこい、そうじゃないのよ
ぉ!」
 長岡さんが身を乗り出し大きな声でそう言いました。
「あの二人、全然駄目なの。あかりの方はその気なんだけど、ヒロのバカがさぁ…、
他の女の子ばっかりにちょっかい出してるのよ」
 長岡さんはフウッとため息をつきました。
「矢島クン、どう思う?」
「あ…、まあ、神岸さんが、かわいそうかな…」
「でしょ!? ホントにそうよね!」
 そう言うと長岡さんはコホンと咳払いをした。
「そこでね、ここはあたし達でひとつヒロをその気にさせちゃおうと思うのよね」
「へえ…」
「大体ね、ヒロだって間違いなくあかりのことが好きなはずなのよ。それが、こうは
っきりさせてあげようと思うのよ…」
「僕は、余計なお世話だと思うんだけどね…」
「なによ、雅史。あんたって、結構薄情よね」
「いや、余計なことしちゃ、二人に悪いと思うんだけどな」
 佐藤君はもっともなことを言うと相変わらずアハハニコニコと笑っています。
「余計なことじゃないわよ。ヒロの態度見てるとなんかムカツクのよ、フラフラしち
ゃってさ」
 どうやら長岡さんは神岸さんのためだと言うより、ただ藤田君の態度をはっきりさ
せたいだけのようです。
「でさ、その藤田の態度をはっきりさせるのに、俺に何の相談があるの?」
 矢島君が聞きました。聞いて当然のことです。聞かなきゃアホです。
「よくぞ聞いてくれました! あたしねえ、ヒロとあかりの関係がマンネリ化してる
からよくないと思うのよね。ずっと幼なじみやってるから、なんだかもう長年連れ添っ
た夫婦みたくなっちゃってるわけよ。空気みたいな存在って言うの?」
「へえ…、そんなもんかな」
 長岡さんは得意になって説明します。
「そこで、ここでカンフル剤を注入するわけよ。若いツバメが登場するわけ。ここは
もう旦那も黙っていられないわよね〜」
「その若いツバメって…まさか、俺?」
「ビンゴ〜! 大当たり〜」
 矢島君は焦りました。
 だってそうでしょう? そんな役、普通誰だってやりたくありません。損はしても、
得なことなんて何にもないからです。
「何で俺なの? そんな役、別に佐藤だって…」
「あ、僕は…」
「駄目なのよ。ヒロとあかりと雅史は三位一体なんだから。今頃雅史がそんなこと言
いだしたって、もう遅いの。だからここは第三者の、ね?」
「だったら他の奴だっていいわけじゃないかよ…」
 矢島君の言葉に、長岡さんがため息をつきます。
「いい? ここはヒロの危機感をあおらなきゃいけないわけよ。となると、そこら辺
の一山いくらのヘボじゃ駄目なのよ。知名度もあって、人柄もよくって、顔もいい。
この三拍子がそろった対抗バリバリになれるのは矢島クンしかいなかったのよ」
「…」
 矢島君はほめられてすごくうれしい気持ちになりました。その相手が長岡さんだっ
たからかもしれません。
「もしこれがうまくいって、ヒロとあかりが正式なカップルになったら矢島クンのお
願い何でも聞いてあげるから」
「…え?」
「ほら、雅史も頼みなさいよ」
「頼むよ、矢島君。そう言うわけなんだ」
「まあ、そうまで言われたら、断るわけにもいかないな」
「ホント?」
「ああ。一肌脱ぐよ」
 こうして矢島君と長岡さんと佐藤君(乗り気じゃない)の『藤田君と神岸さんをくっ
つけよう大作戦』が始まったのです。

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 まあ、今から数日前にそんなことがあったわけですが…。
 …おや? 僕が話している間に矢島君達の『藤田君と神岸さんをくっつけよう大作
戦』はどうやら終わってしまったみたいです。
「…ま、悪いことはいわねーよ。ここは素直にあきらめた方がいいんじゃねーか?」
「せめて相手が誰かぐらい教えてくれなきゃ納得がいかね〜って!」
 何とか、「それは俺だ」と藤田君の口から言わせようと矢島君は粘ってみますが、
藤田君はその矢島君の様子を見て肩をすくめ、廊下の向こうへと去って行こうとしま
す。
「おい! 藤田! 待てって! おい!」
 その背中に向かって矢島君は呼びかけますが、藤田君はまったくの無視を決め込み、
そのまま行ってしまいました。
「…こんなもんか」
 藤田君が廊下の角へと消えると、矢島君は大きく息を吐きました。
 すると矢島君の背中の方からタッタッタッとと駆けてくる足音が聞こえてきます。
「矢島クン、バッチリよ! バスケット部じゃなくて、演劇部にでも入った方がいい
んじゃない?」
 矢島君が振り返るとほとんど同時に、その足音の主の長岡さんがそう言いました。
「そ、そうかな…」
「ホントよう! 大したもんだわ! 志保ちゃん大賞あげちゃう!」
 照れる矢島君に興奮気味の長岡さん。
「でも、あれじゃ、成功なのかどうか…」
「バッチリ成功よぉ! あのヒロの様子見なかったの?」
「よく、わからないけどな。あれじゃあ」
「ダイジョーブよ、間違いなく。ヒロがあかりに告白するのはもうすぐだわ」
 長岡さんの言うとおり、彼女たちの作戦が成功したことは言うまでもありませんよ
ね。
「ところで、佐藤は?」
「あ〜、雅史は別の用事。こんなイベントを見られないなんて雅史も不幸よね〜」
「そう…」
 おや? 矢島君、何か考えているみたいです。
「あの、さ、長岡さん…」
「…ん? なに?」
「あのさ…」
 矢島君は少し言いにくそうにしています。頑張れ。
「成功だったんだよね。この作戦ってさ」
「そう。そうよ。間違いなく成功だわ」
「作戦が成功したら、何でもお願い聞いてくれるって、確か、言ってたよね?」
「ええ。ヤックでもカラオケでも、おごっちゃうわよん」
「じゃあ、お願いしたいことがあるんだけど…」
「あんまり無理なことは言わないでよ? 太平洋クルージングだとか」
「あ、そんなんじゃなくてさ。別にお金はかからないし…」
「えっ? そうなの? 助かるわ。…で、なに?」
 矢島君、意を決して長岡さんをまっすぐに見つめます。
「俺と、…その、つきあって欲しいんだ」
「えっ…」
 矢島君はついに告白をしてしまいました。
 長岡さんは呆気にとられています。
「…どこに?」
「…っ、そう言う事じゃなくてさ…」
 さて、矢島君の告白は長岡さんに受け入れて貰えるのでしょうか?
 皆さんはどう思います?


 それがまったく偶然だったとしても人が仕組んだものだったとしても、ちょっとし
たきっかけで人の間の関係は変わっていきます。普通の日常の中で、小さなきっかけ
で、その積み重ねでこの社会は成り立っているといったら言い過ぎでしょうか?
 願わくば、そのきっかけの全てが良い方へと動きますように。

 〜終わり〜


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