ちぇりー・ぶろっさむ 前編 投稿者: ヒトシ・オカダ
 昼休みも終わりというとき、葵が廊下を歩いていると琴音にあった。
「あのぅ・・・松原さん?」
声をかけたのは琴音が先であった。
「あ、あなたはさっきの・・・」
「はい、姫川琴音です。」
二人は以前、学食で会っていた。浩之の紹介で一応の面識はあった。
「何か、用?」
「あの、・・・藤田さんとはどういうご関係なんですか?」
「藤田さん?先輩との関係、ですか?」
「はい・・・」
まさか突然そんなことを聞かれるとは思っていなかった。葵は少し間を置いて言った。
「うーん、同じクラブとしか・・・」
「同じクラブ、ですか?」
琴音にとって、浩之がクラブに入っていると言うことは初耳であった。
「クラブと言っても、私と先輩で二人しかメンバーがいませんから、同好会としても認め
られてないんですけど・・・」
葵は照れたような顔をしていった。
 琴音は内心ホッとした。学食で浩之と葵が親しそうにしているのを見て、まさか、と思
ったのだが、この調子なら自分の思っていたようなことはなさそうだ。
「あのう、姫川さん?ちょっと聞きたいんだけど・・・」
「は、はい?な、何でしょうか?」
琴音は突然声をかけられ、うわずった声で返事をしてしまった。
「何かクラブに入ってますか?」
「い、いえ・・・」
琴音は嫌な予感がした。
「もしよかったら、うちのクラブに入ってくれませんか?」
やっぱりだ。琴音は思った。
「無理矢理とは言いませんから、ちょっと見学だけでも。先輩もいるし・・・」
「え、でも・・・」
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「たしか、1−Bでしたね、放課後、迎えに行きますから。お願いしまーす!」
そう言いながら葵はかけていってしまった。
「ちょっと、まってよ・・・」
そこには琴音一人が残されていた。

 放課後、琴音が帰ろうと廊下にでるとそこに葵が待っていた。
「松原さん・・・。」
「さあ、行きましょう。姫川さん。」
琴音は気が重くなっていくのを感じた。
「あの、松原さん?」
「何ですか?」
葵は少しほほえんでいた。
「私のウワサ、知らないんですか?」
「ウワサ?どういうのですか?」
「そ、それは・・・」
まさかそんな風に切り替えされるとは思っていなかった琴音は言葉に詰まってしまった。
「とにかく、行きましょう?先輩を待たせるといけないし・・・」
しょうがない。琴音はついていくことに決めたのだった。


 浩之は驚いた。それは葵が練習場に琴音をつれてきたからだ。
「琴音ちゃんどうしたんだ?こんなところに来て?」
「あの、ちょっと・・・」
琴音は浩之と目を合わせることができず、うつむきながら言う。
「私が無理を言ってついてきてもらったんです。見学でもしてもっらて、もしよかったら
クラブに入ってもらおうかと・・・」
琴音とは対照的に、葵は浩之の目を見ながら、実に楽しそうに言った。浩之は少し困った
ような、あきれたような顔をすると、
「琴音ちゃんには向かないと思うけどな・・・」
と、言った。

 バァン、バァン、と軽快な音が響く。葵がサンドバックを蹴る音だ。琴音と浩之は神社
の境内に腰を下ろしそれを見ていた。
「格闘技のクラブ、だったんですね。」
「ん、ああ。葵ちゃん、何にも言わなかったんだろ?」
「はい。」
「格闘技のクラブだってわかってたらこなかった?」
「・・・わかりません。」
琴音はサンドバックを相手にしている葵を見ながら答えた。
「すげぇだろ、葵ちゃん。俺も葵ちゃんから教えてもらってるんだぜ。」
「そう、なんですか」
琴音は何か興味なさそうに答えた。
「まぁ、今回だけは俺の顔を立てると思って付き合ってくれよ。」
そんな琴音の様子を見て浩之は言った。
 その時、琴音の頭に一つのヴィジョンが浮かんだ。身震いをすると「あ」と、小さく声
を漏らした。
「琴音ちゃん?どうした?」
琴音の異変に気づいた浩之は悪い予感がした。
「まさか、例の予知か?」
「ま、松原さんが、サンドバックに・・・」
それを聞いた浩之は立ち上がると葵に声をかけた。
「葵ちゃん!サンドバックはそこまでだ!キックミットを使った練習をしよう!」
急にそんなことを言われた葵はわからない顔をした。
「?急に、どうしてですか?」
「いいから!早くこっちに来るんだ!」
葵はまだわからない顔をしていた。そして何を思ったのかサンドバックを抱きかかえた。
「それじゃあ、サンドバック片づけますね。」
その瞬間。
「ああ!」
琴音の声とともにバキッとサンドバックのぶら下がっていた枝が折れた。
「きゃぁあ!!」
ドスン、とサンドバックが地面に落ちた。
「葵ちゃん!!」
浩之が駆け寄る。葵はサンドバックを抱きかかえた姿のままでひざを突いていた。
「痛たた・・・」
「大丈夫か?葵ちゃん?」
「はい・・・大丈夫です。」
そう言うと、葵は立ち上がった。
「おい、血が出てるじゃねぇーか。」
浩之の言うとおり、葵の膝は擦りむけ血が出ていた。
「このくらい、大丈夫です。」
しかし、その様子を見ていた琴音は大丈夫ではなかった。
「あ、あ、あ・・・」
そして、走り出す。
「いや、いやぁぁー!!」
「ひ、姫川さん?」
葵には何が起こったのか全くわからない。やがて視界から琴音の姿が消える。
「琴音ちゃん・・・」
浩之はボソッと言った。
「先輩、姫川さん、いったいどうしたんですか?」
葵は浩之に聞く。
「実は、琴音ちゃんはな・・・」


 昼休み、琴音は中庭で弁当を広げていた。しかし彼女が座り込んでいる場所は日当たり
の悪い隅の方であった。日当たりのいいところには人がたくさんいる。それをよけると必
然的にこういう所になってしまう。しかし琴音は、それはそれでかまわないと思っていた。
「あの、姫川さん・・・」
琴音は顔を上げる。その声の主は葵であった。手には弁当箱を持っていた。
「隣、いいですか?」
葵が聞くと、琴音は目線を下げた。しかし、その目線の先には絆創膏の貼られた葵の膝が
あり、さらに目線を下げてしまった。返事はなかったが、葵は琴音の隣に腰を下ろした。
「教室に行ってもいなかったから・・・、先輩に聞いたら、ここじゃないかと・・・」
葵は言う。が、琴音は目線を下げたままそちらを見ようともしなかった。
「あの、今日は天気がいいですね?」
「・・・」
「こういう日、中庭に来るといい気持ちですよね?」
「・・・」
葵は何か会話のきっかけをつかもうと話しかけるが、琴音の返事は沈黙のみだった。
「・・・あの。」
また葵が口を開いた。しかし今までとは言葉の雰囲気が違った。
「先輩から、聞きました。姫川さんの予知のこと・・・」
ビクッと琴音の体がふるえる。
「あの、木の枝が折れたのは私のせいです。私がサンドバックを強く蹴ってたから・・・。
だから、姫川さんのせいだとかそう言うことは・・・」
「もお、いい!」
琴音はそう叫ぶと立ち上がろうとしたが、その行動は葵に阻止された。葵が琴音の腕をつ
かんだのだ。琴音は怒りとも悲しみともとれない形相で葵を睨み付けた。
「はなして!!」
しかし、葵は話さなかった。逆に琴音の目を見つめた。その視線の強さに睨み付けた琴音
の方が臆してしまった。
「別に、姫川さんのせいじゃないです・・・」
琴音の頭に疑問符が浮かぶ。
「不幸の予知なんて、姫川さんが悪い訳ありません!!」
最後の方はほぼ叫び声だった。
「悪い未来が見えるからって、姫川さんのせいなんですか?姫川さんが見たくて見てるん
ですか?違い、ますよね?」
葵はそう言い終わると、琴音を見つめた。
「はなしてください・・・」
琴音は静かな調子で言った。葵はハッとなり、つかんでいた手を離した。
「ご、ごめんなさい。私・・・」
「私といると悪いことが起こります。・・・松原さんだって、怪我を、したじゃないです
か。」
琴音はさっきとはうって変わって悲しげな顔をして言った。
「でも・・・」
「ごめんなさい・・・」
そう言うと琴音はその場を離れた。
「今日も、神社で練習してますから、きっと来てくださいね!」
葵は琴音の背中に向かっていった。

 「姫川さん、来てくれるでしょうか?」
神社の境内に腰掛け、葵は浩之に今日の出来事を話した。
「怒鳴ってしまって・・・。私、嫌われちゃいましたね・・・」
落ち込む葵に浩之はどう声をかけていいのかわからなかった。
「きっと、来てくれませんよね・・・」
「葵ちゃん、気持ちは分かるけどよ、落ち込むもんじゃないぜ?」
そう言ってみたが、その言葉が慰めにはならないことを浩之はわかっていた。
「練習、しようぜ?」
練習をして少しでも気が紛れれば、そう思った。

その日、琴音はこなかった。


 次の日、琴音は学校に着くとすぐさま中庭に向かった。理由は弁当箱。昨日、葵と言い
争ったときに持ってくるのをすっかり忘れていたのだ。昨日、弁当を食べていたあたりを
くまなく探してみた。
(確か、このあたりに・・・)
が、弁当箱は見つからなかった。

 昼休み、琴音は学食に言って食事をとることにした。気は進まなかったが仕方ない。何
しろ弁当がないのだ。パンでもいいが、あの激しい争奪戦のなか自分が無事にパンを買え
るとは思えなかった。
 琴音は教室を出て学食へ向かう。
「あのっ。」
後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声だ。この声は・・・
「あの、姫川さん?」
「松原さん・・・」
葵の声だ。琴音と葵、二人の間に何とも言えない気まずい空気が流れる。
「実は、姫川さんのお弁当・・・」
その空気を破ったのは葵だった。見れば、葵は弁当箱を二つ持っている。そのうち一つは
紛れもなく琴音のものだった。
「・・・私のお弁当箱?」
「忘れて行かれたので、私が・・・」
琴音が忘れていった弁当箱を葵が預かっていたのだ。あの後すぐに持っていかなかったの
は気まずかったからだろう。差し出された弁当箱を受け取ると、琴音はある一つのことに
気づいた。ずしりと、重い。
「あの、これ・・・」
「はい。良かったら、一緒に食べませんか?」

 中庭の日のよく当たるベンチに琴音と葵は並んで座った。二人の弁当は内容こそ同じで
あったが、量の差が二倍ほどあった。無論、葵の方が多い。
「これ、松原さんが?」
「ええ。お母さんにも手伝ってもらったんですけど・・・」
琴音の質問に葵は照れくさそうに答えた。人が自分のために何かしてくれる。本当に久し
ぶりだった。本当に、久しぶりだったのだ。
「姫川さん・・・」
葵が話しかけた。琴音は何故か返事をしない。が、かまわず葵は続けた。
「昨日は、すいませんでした。怒鳴っちゃったりして・・・。でも、私、姫川さんがどう
しても悪いとは思えないんです。いえ、姫川さんは悪くありません。だからそんなに自分
を責めることは・・・」
と、ここまで言って葵は琴音の異変に気づいた。肩が小刻みにふるえている。葵は、また
もや琴音を怒らせてしまったのか、と思った。が、違った。
「うっ、うう・・・」
琴音は泣いていたのだ。
「姫川さん、私、また何か・・・」
「違う、違うんです・・・」
琴音はうれしかった。うれしかったのだ。誰かが自分のために弁当をつくってくれること
など、二度とあり得ないと思っていたのだ。
「姫川さん・・・」
理由のわからない葵にはただ心配するしか術がなかった。
「・・・松原さん・・・」
「はい?」
「・・・ありがとう。本当に、ありがとう・・・」

 その後、琴音は弁当を残さず食べた。が、松原家のボリューム満点の弁当は琴音に胸焼
けを起こさせるに至ったのだった。

(ちぇりー・ぶろっさむ第一話から第四話より)