ちぇりー・ぶろっさむ 中編 投稿者: ヒトシ・オカダ
青空の下、乾いた音が響く。夏も近いせいか、夕刻だというのにまだ明るい。
「ふう、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
サンドバックを相手にした練習を一通り終わらせた葵が一息つく。
「松原さん、タオル、どうぞ。」
そんな葵に琴音は駆け寄りタオルを渡した。
「ありがとう、姫川さん。・・・ふぁああ。」
タオルで顔を拭くと葵は瞳を閉じたまま伸びをした。
「今日もご苦労様。」
琴音は微笑みながら言った。琴音はほぼ毎回クラブに顔を出すようになっていた。だから
といって、格闘をやっているというわけではない。ほとんどマネージャーのノリである。
 弁当の一件依頼、琴音と葵は一緒にいることが多くなった。昼休みや放課後のみに限ら
ず、授業の合間のちょっとした休み時間にも顔を合わせるようになった。二人には特に共
通の話題もなかったが、二人でいると不思議と楽しかった。
 二人で境内に腰を下ろすと、葵が先に口を開いた。
「今日、先輩、いらっしゃいませんでしたね。」
その通りである。今日は浩之が顔を見せていなかった。
「どうしたんでしょうか?」
葵がつぶやいた。
「何か、ご用があったんだと思いますよ。」
そして、琴音が答えた。

 次の日の朝、琴音が生徒玄関で内履きに履き替えていると、外から浩之がやってくるの
が見えた。
(あ、藤田さん・・・)
そして、その後ろに人影がもう一つ見えた。
(神岸さん・・・)
その人影は神岸あかりという女性のものであった。浩之とあかりは幼なじみと言うことら
しく、校内でもよく一緒にいる所を見かけた。しかし、その二人の姿は幼なじみというよ
り恋人同士のように見えた。
 琴音が浩之のことを思うとき、影のようにつきまとい、胸中を不安にさせる、それがあ
かりという存在だったのだ。

 琴音は浩之のことが好きだった。

 その日の昼休み、葵が廊下を歩いていると、浩之とあかりにあった。
「よう、葵ちゃん!」
「こんにちは、松原さん。」
二人がにこやかに声をかけてくる。
「こんにちは、藤田先輩、神岸先輩。」
葵が返事をする。
「それじゃぁな、葵ちゃん!」
浩之はそう言うとあっさりと行ってしまった。あかりを伴って。
 葵は遠ざかってゆく二人の背中を見ながら、あかりにあこがれていた。いつか私もあそ
こに行きたい、藤田先輩のとなりに。そう言うあこがれを抱いた。
 葵は浩之のことが好きだった。


 放課後、葵と琴音は神社でクラブの用意をしていた。用意と行っても縁の下から、道具
を出すだけのことだが。
「んっ、んっ、んんっ。」
琴音はサンドバックを引っぱり出そうと息んでいた。
「あ、姫川さん、それは私が・・・」
「いえっ、私が・・・」
そう言うと琴音は葵の申し出を断り、自分一人でどうにかしようとがんばっていた。ズル
ッ、ズルッとと音を立てながら少しずつサンドバックが顔を出してきた。
「ふんっ、んんっ、んんっ・・・」
琴音が息むたび少しずつサンドバックが顔を出す。
「あのぅ、姫川さん、やっぱり私が・・・」
葵がそう言ったとき、
「・・・きゃっ!!」
「姫川さん!!」
琴音は尻餅をついて転んでしまった。
「だっ、大丈夫ですか?」
葵はしゃがみ込むと琴音を抱き上げた。
「ええ、大丈夫です・・・」
琴音はニコッと笑った。サンドバックの方はと言うと縁の下から、完全に顔を出し琴音の
足下転がっていた。
「いったい、どうしたんですか?」
「わかりません・・・、ただ・・・」
「ただ?何ですか?」
「サンドバックが、急に軽くなったような・・・」
琴音は何だかわからないような、難しい顔をした。
「おーい、二人とも何してるんだ?」
そこへ浩之がやってきた。

 「サンドバックが急に軽くなった、ねぇ・・・」
浩之はそう言うと神社の境内に腰を下ろし考え込んだ。
「本当、なんです・・・」
琴音は伏し目がちに言った。
「いや、琴音ちゃんを疑ってる訳じゃないよ。うーん・・・」
葵は二人のそんなやりとりを見て、自分は何をしたものかと困った。
「まあ、とりあえず練習すっか。」
浩之はそう言うと立ち上がり葵の肩に手をおいた。
「はい!」
葵はやっと自分に話が振られてホッとした。
「・・・」
琴音はずっと何かを考えているようだった。

 一通りの練習が終わり、浩之と葵は一息つくことにした。
「・・・?」
その時、浩之は一つの異変に気づいた。いつもであれば琴音がタオルを渡しに来るはずで
ある。しかし今日はそれがないのだ。琴音の方を見るとうつむいてピクリとも動かない。
何か考え込んでいるのだろうか?浩之がそんなことを考えている内に葵はさっさと琴音の
方へと歩いていってしまった。葵は琴音の横に置いてあるタオルをとるとうつむいている
琴音の顔をのぞき込んだ。
「?」
葵は不思議そうな顔をすると浩之の所へ戻ってきた。
「・・・、どうしたんだ、葵ちゃん・・・」
「姫川さん、寝ちゃってるみたいです。」
葵は浩之の問いに答えた。
「はぁ?」
「とっても、かわいい顔して寝てましたよ。きっと疲れてるんですね。」
葵は微笑むとそう言った。
(眠ってる?・・・サンドバックのことと言い、まさか?)
浩之の頭で一つの考えがまとまりつつあった。


 浩之と葵は神社の境内に座り、微かに寝息をたてる琴音を挟んで座った。
「かわいい顔ですね。」
葵は微笑みながら言った。
「ん、ああ。そうだな・・・」
しかし浩之はどこか上の空であった。葵は不思議に思い、聞いた。
「あの、先輩、どうかしたんですか?」
「いや、な・・・」
浩之は何か決意したようなそんな顔をして口を開いた。その時、
「・・・ん、あれ・・・」
琴音が目を覚ました。
「おはよう、姫川さん。」
「私、寝てたんですか・・・?」
「ちょうどいいや、琴音ちゃんも起きたし、話そうか。」

 「琴音ちゃん、俺、琴音ちゃんの超能力って、予知能力なんかじゃないと思うんだ。」
「・・・どういう、ことですか?」
琴音はわからない顔をしたが、浩之は続けた。
「琴音ちゃん、今日、サンドバックが急に軽くなったって言ったよな?」
「え、ええ・・・」
「それだよ。それが超能力じゃないかと思うんだ。」
浩之の言葉に熱がこもる。琴音と葵は顔を見合わせた。
「すいません、先輩、私、よくわからないんですけど?」
葵が言った。
「うん、要するにだな、サンドバックが軽くなったとかそう言うことじゃなくて、琴音ち
ゃんが超能力を使って動かしたんじゃないかと思うんだよ。」
浩之はそう言うと会心の笑みを浮かべた。
「・・・でも、私にはそんな力なんか・・・ありません。」
琴音はうつむき加減に言う。
「違う、違う。無いのは予知能力の方で、実は全部、念動力じゃないかと思うんだ。」
「え?」
琴音は浩之のあまりにも突飛な考えに首を傾げてしまう。
「琴音ちゃん、遠い未来を予知したことは?」
「・・・ありません。」
「じゃあ、遠い所とか、見えない所のことを予知したことは?」
「・・・それも、ありません。」
「それじゃあ、ごく近い未来で、自分の近くのことしか予知したことはないんだな?」
浩之が念を押す。
「・・・はい。」
琴音が答える。
「俺の考えだと、琴音ちゃんはそうなるんじゃないか、とか、こういうことが起こるんじ
ゃないか、と思ったら念動力を使ってその予感を現実にしているんじゃないかと思うんだ。
だから、ごく近い未来の、しかも身近なことしか予知できないと思うんだ。」
「・・・じゃあ、私が不幸を起こしているって言うこと、ですか・・・」
琴音はうつむき、浩之と目を合わせようとしない。
「ああ、俺の言い方が悪かったな、念動力を使ってるって言っても、それは無意識にって
ことなんだ。」
「・・・無意識、ですか?」
「そう、だから予知能力なんかと誤解しているんだ。」
「・・・でも、そんなこと言われても、私は・・・」
葵は二人のやりとりを黙ってみているしかなかった。
「それじゃあ、最後に聞いていいかな?」
浩之は琴音に聞いた。
「・・・はい。」
「今日、予知はあったか?」
「いいえ、一度もありませんでした。」
琴音は答える。
「琴音ちゃん、確か、予知があった後は眠くなるって言ったよな?」
「あ・・・」
琴音は何か気づいたような顔をした。
「そうなんだよ!琴音ちゃん!サンドバックを動かしたから、力を使ったから眠たくなっ
たんじゃないのか?だから、さっきまで寝ていたんじゃないのか?」
「でも・・・、でも・・・」
琴音は戸惑った。自分の力が予知でないなどと考えたことはなかったからだ。その時、浩
之が琴音の肩に手をおいた。琴音は顔を上げると浩之の顔を見た。その顔には優しい微笑
みが浮かんでいた。
「少しずつ、訓練していこうぜ。それで、使えるようになればいいんだからさ。俺も協力
するぜ。」
「・・・藤田さん。」
その時、葵は何故か少し寂しさを感じた。

(ちぇりー・ぶろっさむ第五話から第七話より)