ちぇりー・ぶろっさむ 後編 投稿者: ヒトシ・オカダ
昼休みの中庭、琴音と葵は仲良く弁当を広げていた。その弁当箱は相変わらず二倍ほど
の差があった。無論、葵の方が大きい。
「今日は天気もいいし、絶好の練習日和ですね。」
葵が空を見上げながら言う。
「天気、午後から崩れるみたいですよ。」
琴音が何気ない顔で言った。
「こんなに天気がいいのに・・・。」
葵は納得いかないといった表情を顔に浮かべた。
「雨降っちゃうと練習できないのに・・・」
「でも、天気予報なんて、結構あてになりませんよ。」
そんな葵の顔を見て琴音は微笑みながら言った。
 しかし、天気予報は見事的中し昼休みの終わった頃から雨が降り出してきた。

 昼休みの終わり頃には小降りだった雨も放課となる頃には大降りになっていた。「バケ
ツをひっくり返したような」とは昔の人もうまいことを言ったものである。
 琴音が教室を出ると廊下には葵が待っていた。葵は琴音の姿を確認するとニコッと微笑
んだ。
「早いですね、どうしたんですか?」
琴音はそう葵に聞いた。
「うちの先生、ホームルーム早いですから。」
葵はそう言いながら琴音に歩み寄った。
「今日、雨も降ってるし、クラブ、中止にしようかと思って・・・」
葵は何故か苦笑いを浮かべながら言った。
「やっぱり部室とか無いと大変ですよね。」
琴音も同じように苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、そう言うことで・・・」
要件をすませると葵はその場をはなれようとした。
「あれ、松原さんどこに行くんですか?」
葵の行こうとした方向は玄関とは全く逆の方向であった。
「先輩にも伝えないと・・・」
葵は振り返りながら言った。
「あ、じゃあ、私も一緒に行きます。」
琴音は小走りに葵の隣りに並んだ。

 二人は階段を上ると二年生廊下についた。二年生も今ホームルームが終わったらしく、
廊下には人があふれていた。その中に浩之の姿があった。
「あ、藤田さん。いましたよ。」
琴音がそう言うのとほとんど同時に浩之の前に立つ、一人の女性の姿も見えた。
「あれは・・・」
「神岸先輩、ですね・・・」
浩之とあかりはなにやら親しげに話している。当たり前である。二人は幼なじみなのだか
ら。
「じゃあね、浩之ちゃん。」
「おう、じゃあな。」
話は終わったらしく、浩之と別れたあかりが二人の方へ、つまり階段の方へと向かってき
た。あかりは二人の姿を確認すると、屈託ない笑顔を浮かべた。
「姫川さん、松原さん、どうしたの?こんなところで?」
「こんにちは、神岸さん。」
「藤田先輩にちょっと用事が・・・」
二人は何故か不自然な笑みを浮かべながら取り繕うように言った。
「浩之ちゃんなら、あそこにいるわよ。」
そんな二人の様子を特に気にするそぶりもなくあかりは浩之のいる方を指さした。
「あ、ありがとうございます・・・」
「それじゃあ、さようなら、神岸先輩。」
「ええ、さようなら。」
あかりはそう言うと階段を下りていった。
「どうしたんだ、二人とも。こんなところでよ。」
いつの間にか二人の所まで浩之が来ていた。
「あ、藤田さん・・・」
「あかりと話してたみてーだけど、あかりになんか用事か?」

 その後、クラブを中止にすることを浩之に伝えると、二人は一緒に帰ることにした。葵
は傘を持ってきていなかったので、二人で琴音の傘に入っていた。
「・・・藤田先輩と神岸先輩って仲がいいですよね。」
自分と琴音、二人分の鞄を持った葵が唐突にそんなことを言った。
「そう、ですね。何でも小学校にはいる前からの幼なじみらしいですから。」
傘を持った琴音はそう答えた。
「本当に、それだけかな、って思うんです。」
葵は言った。
「どういうこと、ですか?」
琴音は葵の言っていることの意味が半ばわかってはいたが、そう聞き返した。
「私、お二人って、お付き合いしているんじゃないかって思うんです。」
葵は深刻な顔で言った。
「私も、時々、思います。」
本当は時々ではなかったが、琴音はそう言った。
「私、明日にでも、聞いてみようかな・・・」
「聞くって、お付き合いしているのかどうか、をですか?」
葵の言葉に、琴音は必要以上に驚いた声で答えた。
「はい、はっきりさせたいんです。」
葵はきっぱりとそう言った。
「姫川さん。気付いてるかもしれませんけど、私、先輩のこと好きです。」
葵は琴音の方に顔を向けてそう言った。
「そしてわかってます。姫川さんも先輩のこと好きだって。」
琴音も葵の方を見る。二人は歩みを止め向かい合う。
「だから、はっきりさせておきたいんです。」
「松原さん・・・」
そう言う葵の目はまっすぐであった。そして琴音もまっすぐに受け止めた。
「それじゃあ、私の家こっちですから。」
葵は琴音に鞄を渡すと傘からでた。
「あ、あの、松原さん!」
「じゃあ、また明日!」
葵はできたばかりの水たまりの水をはねさせながら、走っていってしまった。
「相変わらず強引なんだから・・・」
そう言うと琴音は二人の出会いを思い出しクスリと笑った。

 放課後の神社。そこには浩之、琴音、そして葵の姿があった。
「・・・じゃあ、先輩、神岸先輩とお付き合いなさってるんですね。」
葵が言うのを聞くと浩之は静かに頷いた。
「そう、なんですか・・・」
琴音が沈んだ調子で言った。
「琴音ちゃん・・・」
浩之はすまなそうなそんな顔をした。
「いえ、いいんです。お二人とも、とても自然ですし、よくお似合いです。」
琴音は顔を上げると笑顔でそう言った。
「先輩、私、先輩に言っておきたいことがあるんです。」
「私もです、藤田さん。」
二人はありったけの笑顔と気持ちを込めて言った。


 空が夕日色に染まる頃、琴音と葵はまだ神社に残っていた。
「こういうのも、ふられたって言うんでしょうか・・・」
葵は自嘲ともとれる笑みを顔に浮かべ、空を見上げた。
「わかりません・・・」
琴音はうつむいていたが、やはりその顔には笑みを浮かべていた。
「先輩、明日来てくれるかな・・・。姫川さん、どう思います?」
葵は聞いた。
「琴音でいいです・・・」
「え?」
「琴音でいいですよ、松原さん。」
琴音は微笑みながらそう言った。
「じゃあ、私のことも、葵って呼んでくださいね!」
「わかった、葵ちゃん、ね。」
「うん、琴音ちゃん!」
二人は笑った。笑ったが、その瞳からは夕日色の雫がこぼれ落ちていた。


 桜の花の咲く季節。琴音は二年生になった。
 玄関のところで新しいクラス表をもらうと自分の名前を探した。
「2−Cか・・・」
そうつぶやくと指定の下駄箱の方へと足を向けた。その時である。クラス表の中の一つの
名前に目が止まり動き始めた足を止めた。
「琴音ちゃん!」
それとほぼ同時に声をかけられ、そして振り返る。そこにはあの顔があった。
「同じクラスになったね。これからもよろしく!」
そう言われた琴音は満面の笑みで答えた。
「うん、よろしくね。葵ちゃん。」

桜の花の咲く季節。琴音と葵は二年生になった。