Creators! 第三話『女神に捧げる鎮魂歌』  投稿者:へーのき=つかさ


「うわぁ……す、凄いですぅ…」
 千沙の第一声はそれだった。
 彼女の前にそびえるは、日本最高の高さを誇る巨大ビルディング。
 外壁は汚れ、所々剥げ落ちていたりはしていたが、その力強いシルエットは見る物に驚
嘆と畏怖の念を抱かせるのには十分だった。
 『メディアタワー』
 それがその建物の名前だった。
 メディアの繁栄期に作られた、あらゆるメディアを生み出し、取りまとめてきた要塞。
 だが、さすがのそれもメディアの崩壊には勝てなかった。
 今では膨大な敷地のうちの、ほんの僅かな区域で細々と出版活動をしているだけだ。
 その無様とも言える状態を嘆く者もいるが、大手のメディア関連会社がほとんど倒産し
たという事実を踏まえれば、この会社は実に幸せであるのだ。
 かつてメディアの中心にいたというプライドの成せる物なのだろうか?
 だが、何も知らない千沙にとってはそんな事は全く関係無い。
「おっきいですぅ……うわぁ、高いですー」
 彼女はまだ興奮覚めやらぬ様子で、うわごとの様な事を言い続けている。
 実に微笑ましい光景だ。
 由宇はにっこり微笑んで千沙に話し掛けた。
「どうや、こんなでかい建物は初めてか?」
「はいっ、初めて見ました!」
「そうか…」
 感慨深げにその建物を見上げる。
「お姉さん、今日はここに用があるんですか?」
「そうや」
「やったー!」
 千沙は手を挙げてぴょんぴょんと飛び跳ねた。
 このビルに入れる事が相当嬉しいらしい。
「詠美から仕入れた情報によると、ウチの探し物の手がかりはここにあるみたいやからな」
「詠美さん……ですか…」
 千沙の頭に勝ち気な女性の顔が浮かぶ。
「でも詠美さん、終いには『頼むからもうこれ以上昔の事を掘り返さないでくれ』って泣
いてましたよ」
「うう〜ん、なんかアイツの顔見ると泣かしてみたくなるんよ……ホラ、その……義務感
ってヤツ?」
「………」
「そんな蔑んだ目で見んでよ」
 気まずくなって目をそらす。
 その先には、メディアタワー。
(やれやれ、まさかまたここに戻ってくる事になるとはな…)



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                  Creators!
             第三話『女神に捧げる鎮魂歌』

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 由宇と千沙はスーツの女性に導かれ、応接間に通された。
「それでは、ここでしばらくお待ちください」
 パタン
 戸を閉め、その女性はどこかへ行ってしまった。
 それを見届けるや、千沙は応接間に飾られた物を興味深げに物色し始めた。
「お姉さん見てください! 高価そうな壷ですぅ〜」
「ああそれ、大量生産のコピー品や」
 ズルッ
 千沙が滑る。
「じゃあこの絵は…」
「カラーコピーして張り合わせただけや」
「………」
 ショックを隠せない千沙。
 彼女は自分の中の幻想がガラガラと音をたてて崩れていくのを感じていた。
 無理も無い。
 そのまましばらくあうあう言っていたが、千沙はある事に気がついた。
「……そ、そう言えば、何でお姉さんはそんな事が分かるんですか? 骨董品とかに詳し
いってわけじゃ無いみたいですし…」
「簡単や、ウチは昔ここにいた事がある」
「ここに、いた?」
「そう、正確には働いてたって言うべきかな? 詠美の奴もここにいたんや」
「そうなんですかー」
 驚いた風に千沙が応える。
「だからメディアの崩壊が起きた時、ビルにあった金目の物全て売っぱらったのも知って
るんや」
「へえ〜 お姉さんはこんな大きな会社にいたんですかぁ〜」
 しきりに感心している千沙。
「あれ? でも、それにしてはみんな素っ気無かったように思うんですけど。同僚の方と
かもいるんですよね?」
「いや、おらん」
 由宇は首を振った。
「ウチの同僚はみんな辞めてもうた」
「あぅ…」
 気まずい空気が流れる…
 しかし、そう感じていたのは千沙だけだったようで、由宇はケロリとした顔でソファー
にゴロンと転がった。
「さてと、それじゃウチは少し寝るわ」
「え? でも会いたい人がいるって…」
「ちょっと寝不足みたいでな、お休み」
「ああっ、お姉さん!」



「由宇…」
「喋るな! 喋ったらアカン!」
「頼む……俺の、俺の『システム』を…」
「分かったから! 分かったからもう喋るな!」

「どうして…」
「スマン…」
「どうしてなの…?」
「スマン…」
「なんとか言いなさいよ! どうしてアイツが…!」
「スマン…」
「由宇!」
「スマン…」
「………」
「スマン…」
「………」
「スマン…」



 ガバッ!
 由宇はソファーから飛び起きた。
 全身汗でびっしょり濡れている。
「ゆ、夢か…」
(なんで今更あんな夢を…)
 汗で額に張りついた髪を払う。
(って、ここで起きた事だもんなあ)
「お、お姉さぁ〜ん」
「ん?」
 振り返ってみると、涙で顔をぐしゃぐしゃにした千沙がいた。
「な、何泣いとるんや」
「だって……もう3時間経ってるのに誰も来ないんですぅ…」
「もう3時間か……まあ、多分そう来るとは思っとったけど」
「お、思っとったって…」
 千沙の顔に縦線が走る。
「相手は危険人物やからな、そう簡単に合わせてくれるとは思っとらん」
「き、危険人物なんですか!」
「とは言っても別に危ない人間とかそういうんじゃ無くてな、なんちゅーか……カリスマ
ってやつや」
「カリスマ?」
「多分アンタも知っとるよ。顔や名前は知らなくても、仕事でやってた事ならな」
「仕事ですか」
 由宇はソファーからのっそりと立ち上がると大きく伸びをした。
 首をクキクキ鳴らし、ドアに向かって歩き出す。
「さ、会いに行くで」
「ええっ!? 会いに行くって、どこにいるのか分かってるんですか!?」
「大体はな、詠美の情報にあった」
 ガチャンとドアを開け、廊下にでる。
 置いてけぼりをくらってはかなわないので、千沙も慌てて廊下に出た。
「でも……勝手にこの建物の中を歩いたりしたら怒られませんか?」
「怒られるだけで済めばいいけどな」
「そ、それって……ああっ!? 待ってくださいお姉さ〜ん!」


                   〜§〜


「にゃぁぁ……もう後へは引き返せないですぅ…」
「別に引き返す必要な無いやろ」
 ふたりが今乗っているのはエレベーター。
 扉の上に表示されている階数がぐんぐんと増えてゆく。
「お姉さん、何階に行けばいいのか分かってるんですか?」
「ああ、もっともその情報が合ってるという保証は無いんやけどな」
「そんなぁ〜」
「もし間違ってたら詠美の奴に蹴りの一発でも叩き込んでやらな」
「それはちょっと酷いと思います…」
 そんな事を話しているうちに、エレベーターは目的の階に近づいた。
「あ、もうすぐ着きますね。じゃあ…」
「待て」
 由宇は千沙を手で制した。
「千沙、壁際にへばりついてるんや」
「え?」
「いいからぴったりくっついとき。死にたくなかったらな」
 『死にたくなかったら』という言葉に、千沙の顔が引きつる。
「ど、どどどういう意味で…」
「ええからさっさとしい!」
 由宇はマントの下からスケブとGペンを取りだし、カラミティ・マルチを呼び出した。
 そのまま自分もマルチと共に千沙と反対側の壁に身を寄せる。

 チーン

 目的の階に着いた。
 そして、扉がゆっくりと開いてゆく。
 それと同時に…

 ズガガガガガガガガガガガガガガ…!!!

「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
 無数の銃弾がエレベーター内に飛び込んできた。
「ああああああ、じゅ、じゅ、じゅじゅじゅじゅじゅ銃がぁぁぁぁぁっ!? 弾が!? 
弾がぁぁぁぁぁ!?」
「ええい、黙っとらんかい!」
 由宇はマルチに拳銃を撃たせて応戦する。
 が、相手が見えないので当たっているのかどうかも分からない。
「うっとおしいなぁ……面倒や! スタンガンバースト!」
「ぐわっ!」
「うぐっ…」
 数人の男の声が聞こえ、ぴたりと銃撃は収まった。
「や、やっつけたんですか…?」
「いや、ただ単にやられた振りをしてるのかもしれん。それに伏兵がいる可能性もあるし
な」
 由宇はマルチを先頭に、慎重にエレベーターを出た。


 しかし、どうやら敵はさきほどの交戦で全て片づけられていたらしい。
 ふたりは何の妨害も無く、目的の部屋にまで辿り着いた。
「ここやな」
 『楽屋』
 その入り口の上にはそう書かれていた。

 ガチャン
 キィィ…

 ゆっくりと扉が開く。
 部屋は学校の教室ほどの大きさだった。
 電気は点いておらず、薄暗い。
 その中に、ひとつの人影があった。
「あ、あの……さっき凄い音がしたんですけど、何があったんですか…?」
 その影が、オドオドと話し掛けてきた。
 可愛らしい少女の声だった。
 どうやらこちらを先程の警備員達だと思っているらしい。
「残念ながらウチ等は警備員やない」
 由宇がそう答えると、影の人物がヒッと息をのむのが聞こえた。
「悪かったな、全員ぶちのめしでもうて……でも撃ってきたのは向こうが先やから正当防
衛やろ?」
「あ……あ…」
「見つけたで! 桜井あさひ!」
「こ、こ、こ、来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 カチッ
 その叫びを無視し、部屋の明かりを点ける。
 そこにいたのは恐怖に脅える少女……ではなく、大人の女性だった。
 デニム生地のオーバーオールを着て、顔には眼鏡、頭にはベレー帽。
 その地味な服装が彼女のオドオドした感じを際立たせている。
「ど、どどどうしてあなたがここに…」
「アンタに用があってな、少し付き合ってくれや」
 由宇はズカズカとあさひに近づいた。
 あまりにも無神経なので千沙は何か言おうとしたが、ちょっとやそっと言ったところで
止める事はできないと分かっているので──何度も止めようとしていいかげん懲りたらし
い──もう何も言わなかった。
 ただ、由宇とあさひのやりとりに耳を傾ける。
(あれ…?)
 その時、何かひっかかる物を感じた。
 この人と会うのは今日が初めてのはずである。
 にも関わらず…
(千沙、この人の声聞いた事あります!)
 彼女は腕を組んでうーんと考え込んだ。
(なんだろう…)
 あの独特の子供っぽい声。
 子供っぽい…
「ああーっ!」
 びくぅ!
 突然の千沙の大声に、由宇とあさひは背を縮み込ませた。
「な、なんや千沙……いきなり大声だしたりして」
「お姉さん! もしかしてこの人、『カードマスターピーチ』のモモちゃんの声やってた
人じゃないですか!?」
「そうや。なんや、今頃気がついたんかい」
 由宇は呆れ返った顔で千沙の方を向いた。
 その目は「おいおい、それでよう人として生きていけるな」と言っている。
 もちろんそこで言っている『人』というのは由宇の基準による物であって、世間一般の
物とは少しばかりっていうかかなりずれていたりするのだが。
「だって千沙、声優さんの事よく知りませんです」
「でもなあ、桜井あさひって言ったら…」
「言わないでっ!」
 あさひは突然大声をあげた。
「あさひ…?」
 由宇がバッと振り返る。
「やめて……その事は言わないで…」
 自分の体を両手で抱き締め、あさひがぶるぶる震え出す。
「やめて…」
 どんっと背中を壁に預ける。
「ま、まずいっ!」
 由宇は部屋に入った時消したマルチを大急ぎで呼び出した。
「な、何がまずいんですか!?」
 訳が分からないながらも、千沙は由宇にしがみついた。
 あさひは目を閉じ、動かない。
 由宇は動かない、いや、動けない。
 じっとあさひの動向を伺っている。
「お姉さん……良く分からないんですけど、今のうちに取り押さえてしまえばいいんじゃ
ないですか?」
「いや、それはでけへんのや」
 ゆっくり、あさひの目が開く。
「ひぃ…」
 憎悪に燃える目に射抜かれ、千沙が脅えた声を出す。
「この馬鹿が……いつまで昔の事に縛られとるつもりや…」
 由宇がグッと拳を握った、その瞬間。
 あさひが口を開いた。
「出でよ、『マジカルユキ』!」
 彼女の声と共に、虚空から一人の女性が生み出された。
 長い、やや茶色がかった髪。
 穏やかな瞳。
 ピンクを基調にした上着とスカート。
 大きな白い襟と袖、ニーソックスがコントラストとなり、その女性の可愛らしさを演出
している。
 そして、一際目を引くのは手に持ったピンク色のステッキと、背中に生えた──多分た
だの飾りだろうが──純白の羽。
 すっ…
 あさひが、その濁った目を由宇達に向ける。
 そして、一言叫んだ。
「我なびかせしは炎のカーテン!」
 その声に応え、ユキがバッと両手を挙げる。
 次の瞬間、部屋は炎に包まれた。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ヤバイっ!? このままじゃ焼け死ぬ!」
 由宇は慌てて出口に向かおうとするが、そこはすでに激しい炎で覆われていた。
(なんてこった……たったあれだけの言葉でこれだけの力を引き出せるなんて……全くの
計算外や!)
 今更後悔しても遅い。
 そんな事をしている間にも、炎はじわじわとふたりに向かって迫ってくる。
 なんとか突破口を開こうと辺りを見回す。
 すると、一個所だけ炎に包まれていない壁があった。
 由宇はすぐにこの建物の見取り図を思い浮かべる。
(よし!)
「千沙! 付いて来い!」
 由宇は絵を描きながら壁に向かって走る。
(頼むで、カラミティ・マルチ!)
「超電撃…」
 ズンッ!
 マルチの指が壁に突き立つ。
「ボルトフィンガァァァァァ!!!」
 ビシッ! ビシビシビシッ!
 青白い閃光と共に、壁に大きな亀裂が入った。
「そりゃあっ!」
 そこへ由宇が肩口から体当たりした。
 ゴウン……ズズズズズ…
 頑丈な鉄筋コンクリートの壁は、あっけなく崩れ落ちた。


 由宇と千沙が危機一髪飛び込んだ穴。
 その先にあったのは巨大な劇場だった。
 ずらっと彼方まで続く椅子の列。
 中世ヨーロッパの建造物を思わせる、荘厳な雰囲気。
「うわぁ…」
 今の状況を忘れ、千沙は思わず感嘆の声をあげた。
「すごいですぅ…」
 両手を胸の前で組んで、キラキラと目を輝かせる。
 だが、そんな事をしている暇は無い。
「コラッ! 何ぼさっと突っ立ってるんや!」
「うにゃぁっ!?」
 由宇が千沙にタックルをかけるようにして抱き上げた。
 そして、その場を飛びのいた瞬間…
 ズズゥゥゥン…
 天井から巨大な石の塊、いや、天井の破片が落ちてきた。
 大きさにして、3メートル四方程。
 人間……いや、人間でなくても確実に即死させられる大きさだ。
「あうあうあうあうっ…!?」
 流石にパニックを起こし、千沙が由宇の上でじたばたと暴れだした。
「コ、コラ! 暴れるんやない!」
「我与えるは閃光の裁き!」
 由宇のたしなめる声と共に、もうひとつの声が聞こえた。
(来るっ!?)
 いちいち振り返って確認する暇は無い。
 自分のカンだけを頼りに、由宇は千沙を抱きかかえたまま、座席と座席の間へと身を投
げ出した。
 うつ伏せになり、千沙に覆い被さるような体制になる。
 ジュッ…!
 何かが蒸発する音。
 そして、むわ〜っとビニールの焼けた刺激臭が漂ってきた。
(な、何が…)
 少し無理な体勢だったが、首を曲げて上に目を向けた。
 すると、そこにあるはずの椅子が無かった。
 いや…
 "蒸発"していた。
(ん、んなアホなーっ!)
 ガバッと立ち上がる。
 あさひは……いた。
 ステージの中央で、白いスポットライトを浴びたユキの"後ろ"に。
 まるで隠れるかのように、ただ、そこに立っている。
(このままじゃマズイな……よし、千沙には悪いけど仕方ない)
 由宇はマントの前を開けると何の脈絡も無く手ぬぐいと荒縄を取り出した。
 そして、あっというまに千沙の口を塞いでがんじがらめに縛り上げる。
「んーっ! んーっ!」
「堪忍な。でもパニック起こして暴れられると困るんや」
 一応そう謝っておき、すでに火の消えた楽屋に放り込んだ。
「さてと…」
 先ほどのゴタゴタで消えていたマルチを傍らに呼び戻し、ステージ上の二人を見据える。
「あさひ…」
 すぅーっと息を吸い込む。
「こんの馬鹿たれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
 由宇の叫びが劇場に響き渡る。
 しかし、あさひは一歩も引かない。
「な、なな、何が……何が馬鹿だっていうんですかっ!」
 逆に言い返してくる。
(ほう、ウチに反論してくるなんて随分と偉くなったもんやな)
 最も、その根性の向いているベクトルが彼女の望む物とは180°ずれていたりするの
だが。
「あさひ、いいかげんに現実を見たらどうや?」
「現実…?」
「そうや、今のアンタは警備員に囲まれた部屋の奥でひとりメソメソしとるだけ」
「……!」
「別にウチみたいに戦いに出向けとは言わん。でもな、せめて人並みの暮らししたらどう
や? 一生閉じこもって生きるんか?」
「もういい! そんなの聞き飽きた! うんざりよっ!」
 あさひは両手で頭を抱えるとイヤイヤと首を振った。
「知ってるでしょ! あたしのこの力が何をもたらしたか! あなたには分かるんですか!
何十万、何百万という人間の、人生を奪った苦しみを!」
 瞳から悲しみの色が消え、代わりに怒りと憎しみが現れる。
「出て行って! 今すぐここから出て行ってください!」
 由宇は動かない。
「出て行かないなら攻撃しますよ!」
「そうかい。心配してやってるウチを力ずくで追い出すんかい」
「ほっといてください! 我は…」
 それが戦闘再開の合図となった。


 ガガガガガガッ!
 マルチの二丁拳銃が火を噴く。
「我纏うは光のカーテン!」
 ユキが右手を大きく振り上げると、文字どおり光のカーテンが現れ弾丸を弾き返した。
「やるなやないか…!」
(声優を相手にした時の戦い方…)
 由宇は昔得た知識を反復する。
 声優は声を媒体にクリエイターの力を行使する。
 他の職業と比べ、声さえ出せれば他には何も道具がいらないという点で優れている。
 しかも、漫画などに比べればイメージを構成するまでの時間がかなり早い。
 だが、逆に大きな欠点もある。
 漫画は近づかれない限り自分が描いている絵を見られる事は無い。
 しかし、声は離れた相手にも聞こえてしまうのだ。
 だからキャラクターがどのような言葉でどのような行動を取るかを見切ってしまえばか
なり有利に動けるようになる。
 ところが…
「我呼び覚ますは大地の怒り!」
 ズズゥゥゥゥン…
「我は生む氷の結界!」
 カキーン!
「我は投ず光の槍!」
 ジュワッ!
「……台詞が短すぎるわっ!」
 由宇はマルチの背中で──自分の体とマルチの体の両方を動かすのは疲れるのでおぶさ
っているのだ──怒鳴り声をあげた。
 しかし、由宇がキレるのも無理は無い。
 普通ならこんな短い言葉でキャラクターを操れるはずが無いのだ。
 例えば火の玉を相手に向かって放つとしよう。
 すると、まずはキャラクターに『どのような種類の力』を『どのぐらいの大きさ、強さ』
で生み出すかを命令しなければならない。
 こうする事で火の玉は生まれるが、まだこの後『どの方向』に向かって、『どのような
軌道』で、『どれくらいの強さ』で放つか決めなければならないのだ。
 こう考えると、実は声優が力を行使するのはかなり面倒くさいのかもしれない。
 漫画家なら自分のキャラクターが相手に向かって火の玉を放っている絵を描くだけでい
いのだから。
(なのになんでコイツはこんな短い言葉で用が足りるんや!)
 由宇はマルチを走らせながら考える。
(とにかく、かなり『システム』に依存した戦い方なのは分かる。台詞を短くしようと思
ったらそれしか方法は無い)
 通常、「光を放て!」と言っただけではどのような光をどのようにどこに向かって放つ
のか分からない。
 しかし、システムに『「光を放て!」と言ったらどのような光をどのようにどこに向か
って放つ』と記述しておけばその一言だけで光を放つ事ができる。
(多分「我はなんちゃらうんちゃら」とかいう言葉ひとつでどうゆう風に攻撃するかきっ
ちり決まっとるんやろな。ただ、狙いをどこに付けるかってのは台詞で言ってないみたい
や…)
「我は振るう真空の刃!」
 ザクッ!
 ユキの手刀から生み出された見えない刀を飛び退いてかわす。
(そうすると、一度狙いをつけると命令されない限りいつまでも追い続けるようになっと
るのかもしれん。とすると、いつウチをロックオンしたんや? 考えられるのは始めのウ
チ等が炎に囲まれた時やな。あん時は炎の音が凄かったし、ウチも少し気が動転してた。
台詞を聞き逃しとってもおかしくない)
 パパッと考えを考えをまとめる。
(って事はや……あさひの奴、考えも無しにただ攻撃用の台詞乱発しとるだけなんじゃ…)
 ピタッ
 マルチの足が止まった。
「もし本当にそうやったら、ウチってむっちゃ馬鹿なんやないか?」
 由宇はマルチの背から飛び降りた。
「まあええ。まずは本当にウチの想像通りなんか調べてやる!」
 ガシャンッ! ギュィィィィィィィン…
 マルチのバーニアが大きく開き、低い唸り声をあげる。
「Go!」
 由宇が叫ぶ。
 衝撃波とそれに伴う爆音と共に、両手の銃を乱射しながらユキに向かってバーニア全開
で突進した。
「我纏うは光のローブ!」
 あさひはすかさず防御用の台詞で自分達の周りにバリアを張った。
(やっぱりな、普通ならここは逃げる場面や。あさひは『攻撃』と『防御』だけで精いっ
ぱい。『回避』にまでは手が回ってない!)
 一気にバリアに接近する。
「トドメやぁっ! 超電撃! ボルトフィンガァァァァァァァァァッッッ!!!」
 マルチの輝く指が光の膜にめり込む。
 バリアとは言っても所詮は『ローブ』
 熱や電気は散らす事ができても、渾身の突きは防げない。
 光る手はバリアを貫通し、細切れに引き裂いた。
「!?」
 あさひの表情に始めて驚きの色が表れた。
 だが、時既に遅し。
 マルチが左手であさひの頭を抱え込み、右手でしっかりとその口を塞いでいた。
 もうこうなってしまっては手も足も出ない。
「あさひ」
 由宇は彼女に近づき声をかけた。
「むぐーっ! むぐっー!」
 あさひな涙目になりながらも必至に抵抗しようとしているようだ。
 自分の口を塞ぐ手を引っ張ったり引っかいたりしている。
 もっとも、マルチには全然効いていないのだが。
「観念しい。ほれ、こっちにシステム渡し」
「んんんんん〜!」
 何と言っているのかは分からないが、嫌がっているらしいのは分かった。
 まあ、嫌がるのも当然な気もするが。
「別に取って食おうってわけや無い。ただ、口を放したとたん攻撃されたら困るからな」
 あさひは涙を溜めた目でじっと由宇を見つめている。
「な? ちゃんと後で返したるから」
 優しい声でそう言うと、ようやくあさひは説得に応じてくれた。
 あさひはオーバーオールの下からピンク色の可愛らしいファイルを取り出した。
「よし、確かに受け取った」
 由宇はファイルを受け取ると、あさひをマルチから開放した。



「まったく、いつまでもウジウジしとるんやない。一度は天下取ったんやからもっと堂々
としてればいいんや」
「でも…」
「んんーっ! んんーっ!」
「な? 昔は昔、今は今や」
「………」
「んーっ! んーっ!」
「誰やねん。さっきからうーうー唸ってるのは」
 見ると、千沙が縛られたままこっちに向かって這いずって来ていた。
「ありゃ、千沙。何時の間にこっちまで来たんや」
「んんんんんんーっ!」
「分かった分かった、解いたる」
「ぷはぁ」
 猿ぐつわを外され、千沙は大きく息を吐いた。
 そして、
「ひ、ひひ酷いですよお姉さんっ! いきなり縄でぐるぐる巻きにするなんて! 本当に
苦しかったんですからぁ!」
 堰を切ったかのように文句のオンパレード。
「堪忍してや、しょうがなかったんよ」
「だったら一言いってからにしてくれてもいいじゃないですか! いきなりですよ! い
きなり!」
「だって説明しとる暇無かったし」
「それに別に縛る必要無かったんじゃないですか!? どうせ楽屋に出すのなら!」
「そうかもしれん」
「お姉さ〜〜〜ん!」
「千沙、最近よく言うようになったなあ」
「真面目に聞いてくださいよぉ!」
「あー スマンスマン。反省」
「誠意が全然こもってないですぅ〜!」
「……あの…」
 いきなり始まる漫才のようなやり取りに、あさひはあっけに取られていた。
「おっと、そういやアンタとの話の途中だったっけ? えっとな…」
「あー もういいです」
 あさひはため息を吐いた。
「なんだかひとりで深刻に悩んでるのが馬鹿らしくなってきました」
「おう、それはええ傾向や。昔の事なんか忘れてまえ」



「なああさひ。ひとつ訊いてええか?」
「なんですか?」
「あんたのシステムの事なんやけど……どんな仕組みになっとるんや? ウチは、まずロ
ックオンして、後は攻撃合図をすれば勝手に狙ってくれるようになっとると思っとるんや
けど」
「はい、そのその通りです。護身用という事で簡単に扱えるように書いてもらったんです」
「ご、護身用…」
(ウチは護身用の攻撃相手に命かけて戦ってたんかい…)
 由宇は天を仰いだ。
 流石に泣きはしなかったが。
「って、あんなモンぶちかましたら死ぬで。ホンマに護身用か?」
「そのはずなんですけど……実は実戦で使ったのは今日が初めてで…」
(おいおい)
 思わず心の中で突っ込む。
「さっき書いてもらったって言ってたな。誰が書いたんや? それ」
「これは……その…」
 あさひは両手で抱いたファイル──もう由宇に返してもらった──に目を落とした。
 心なし、頬が赤くなっているように見える。
「『あの人』に…」
「あの人…?」
 由宇は天井を見上げ、少し考える。
「ま、まさか…」
 一転、さーっと顔が青くなる。
「そ、それが『神のシステム』…?」
「ち、ちち違いますよぉっ! 暇な時間を使ってちょいちょい書いてもらっただけです!」
 あさひもうろたえた声を出した。
「神のシステム?」
 ひとり、千沙だけが訳が分からずきょとんとしている。
「「あ…」」
 由宇とあさひの目が千沙に向けられる。
「………」
「………」
「………」
 そのまま、3分程フリーズ。
 そして…

 阿鼻叫喚

「忘れろっ! 何もかも全部忘れてしまうんやっ! 今の出来事はただの夢で起きたとた
んに霞のように溶けて無くなるんやぁぁぁぁぁ!!!」
「うにゃぁぁぁ!? 頭! 頭痛いですっ! ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「あ、あああああ……こんな小さい娘にとんでもない物を知らせてしまいました…」
「ち、千沙はもうすぐ二十歳ですっ!」
「えええええ〜〜〜っ!?」
「早よ忘れろっ! 忘れた方がアンタのためや!」
「い……息が…」
「猪名川さん……この娘、顔が青くなってきてますけど…」
「脳への酸素供給止めて記憶消去やっ!」
「死にますって!」


 ややあって。
「し、死ぬかと思いました…」
 千沙は首を押さえてむせている。
「いや、悪かった。ウチも取り乱したりなんかして……みっともない」
 みっともないで済めばいいが、今のは一歩間違えば殺人事件に発展していた。
「その、お姉さん。さっきの神……話題に出てた物は一体なんなんですか?」
 千沙はその名前を言おうとして、とっさに伏せた。
 どんな物なのかは知らないが、その名前を出すのは良くない事だというのは今の体験に
より身を持って理解していた。
「『神のシステム』の事か…」
 由宇は両手を腰に当て、目をつぶり、難しい顔をして黙り込んでしまった。
「アンタを連れてきたのは間違いだったかもな…」
 ポツリと、そんな事を洩らす。
「そんな……お姉さんが何をしようとしているのかは分かりませんけど、千沙は邪魔なん
ですか?」
「邪魔や」
「え…」
 千沙は一瞬、何を言われたか分からなかった。
「猪名川さんっ!」
「いや、千沙は何にも悪くないんや。全部ウチが悪い。考えてみればこれから"戦い"に行
くのにこんなウチ等とは無関係で何の力も持ってない娘を連れてくなんて、正気の沙汰や
無い」
「………」
「千沙はウチの事気に入ってくれてたみたいやからな……それはクリエイターの力を見た
後も変わらんかった。正直、ウチは嬉しかったんよ。クリエイターなんてのは、表では忌
むべき存在やからな」
「だったら…」
「でもな、懐いてくれてるからって危険な場所にまで連れていってええもんか? 違うや
ろ」
「………」
「始めは千沙への罪滅ぼしの気持ちが大きかったんやろな、いろいろ迷惑かけてしもうた
し、ウチの漫画の技術を必要としとったみたいやし。でも、違うんや。相手を必要としと
ったのはウチだったんや!」
「猪名川さんが…?」
「戦って、戦って、戦い続ける日々。正直、神経が麻痺しかけとったよ。戦うのは手段の
はずやのに、まるでそれ自体が"目的"であるかのようにな。でも、千沙はそんなウチを引
き止めてくれる。日常に引き戻してくれるんや」
 由宇は淡々と語り続けた。
 ただ、千沙にはずっと背を向けたまま。
「だったらなおさら一緒にいた方が…」
「駄目や!」
 一喝。
 あさひは勢いに押されて下がった。
「ただの一般人をウチ等の戦いに巻き込むわけにはイカン!」
「じゃ、じゃあこれからどうするんですか…?」
「………」
 無言の時間が過ぎてゆく。
 しばらくして、一番始めに口を開いたのは千沙だった。
「ご、ごめんなさいです……千沙、千沙…」
「なんでや…」
「え?」
「なんでアンタが謝るんや! アンタは何も悪くないんや!」
「で、でもっ!」
「あーっ! 自分で何言っとるか分からん!」
 由宇は髪をワシワシと掻きむしった。
「ウチはしばらくここに泊まって考える! 考えがまとまるまで話し掛けるなや!」
 そう勝手に言い放つと、ひとりで部屋を出て行ってしまった。
 そこには、呆然としたあさひと、涙を溜めた千沙が残された。
「お姉さん…」



                                第四話に続く

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次回予告!

 苦悩する由宇。
 そして、ひとりぼっちになってしまった千沙。
 打ちひしがれる二人に、新たな脅威が迫り来る。
 二人は、そしてあさひはどうなるのか!?

「千沙は、千沙はお姉さんと一緒にいたい……いえ、嫌だと言われても付いていきます!」



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