神岸家の暴走2『超一流と究極』 投稿者: へーのき=つかさ
 このSSは大変危険です。
 お読みの際は、精神科医の指導の下、斜めにお読み下さい。
 このSSを読んで精神的、肉体的異常を起こした際は、直ちに使用をやめ、速やかに最寄りの精神科医で診察を受けてください。

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                 今までのあらすじ

 あかりは超一流の主婦目指して修行している。

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 ざっ…
 あかりは戦いの場をゆっくりと見上げた。
 長方形を組み合わせた薄いクリーム色の建物、屋上から浮かんでいるアドバルーン、そして正面入り口に掛けられた巨大な垂れ幕…
 そこにはこう書いてあった。

『倒産寸前出血大バーゲン』

「バーゲンを征する者は家計を征す…」
 あかりは落ち着いて、しかし素早くバーゲン会場へと向かった。

                    ☆★☆

 あかりはぐるりとバーゲン会場を見回し自分のターゲットの在り処を見つけ出した。
 今日のターゲットは自分が部屋で着るTシャツだ。
 しかし、ひと口にTシャツと言ってもピンからキリまである。
 なよなよした無地の物からしっかりとした厚手の物に派手なイラストの描かれた物まで。
 これら無限とも言える種類の中から最良の物を選びだすのだ。
 今回は部屋着なのでそれほど高級な物でなくてもいい。
 だからと言って安物を買うわけにはいかない、夫がそれを見て幻滅してしまうからだ。
 できれば自分の長所である可愛さ、可憐さを引き出すデザインの物が望ましい。


 彼女はTシャツ売り場に近づく、しかし売り場の周りは既に主婦達で満杯になっていた。
 が、彼女は慌てず騒がず、押し合いの中で生まれたわずかな隙間を見つけそこからするりと売り場の中に潜り込んだ。
 このような時、力ずくで無理やり押し入るのは愚かな者のする事だ。
 あかりのような小柄な体格では太ったおばさん相手に勝てるわけがない。
 それに、もし勝てたとしても体力を大幅に消耗してしまう。
 あかりは売り場のすぐ前を陣取ると品物をすっと見回した。
 一流の教育を受けている彼女にとっては、それだけで品定めは十分だった。
 一瞬のうちに、品物の値段、素材、デザインを検討し、最良の品を選ぶ。
「あった!」
 白いTシャツ、生地もなかなかよく、襟や袖もしっかりしている。
 値段もお手頃だ。
 が、何より彼女の目を引いたのはそのワンポイントであるクマ。
 きっと自分の魅力を引き出してくれるに違いない。
 あかりはそのTシャツに向かって素早く手を延ばした。
 しかし!

 ばっ!

「えっ!?」
 あかりの手は空を切った。
「な、無い…? 違う…奪われた!? そんな、私の超一流の選別を破るなんて…」
 彼女は唖然とした顔で、そのままぼーっと突っ立っていた。
「ちょっと、買わないならどきなさいよ!」
 ドンと輪のなかから押し出され、彼女は力なく床に倒れこんだ。
(嘘よ…嘘よ………)
 彼女の目には、自分が買うはずだったTシャツを手にレジへ向かう、青い服の小柄な少女の姿が焼きついていた。

                    ☆★☆

「はあ…」
 あかりは憂鬱な気分で帰路についていた。
「結局何も買えなかった…」
 あの後、ショックで放心している間に目ぼしい物は全て買われてしまったのだ。
 惨めだった。
 バーゲンに行きながら何一つ買えなかった自分が…
 悔しかった。
 名も知らぬ、ただの主婦達に負けてしまった事が…
 許せなかった。
 見習いといえども、超一流の主婦の称号に泥を塗ってしまった事が…
 たった一度の失敗で落ち込んでしまう、ひ弱な自分が…

 ぽんぽん…
「!?」
 道端で立ち止り俯いていると、誰かに肩を叩かれた。
 振り向いてみると、そこには芹香が佇んでいた。
「来栖川先輩…」
 芹香はじっとあかりの顔を見つめている。
「な、なんでも無いです…」
 何か恥ずかしくなってあかりは芹香から一歩離れた。
「じゃあ、私は家に帰りますので…」
 あかりが背を向けたその時、芹香の口から信じられない言葉が紡ぎだされた。

「…クマのTシャツは手に入りましたか?」

 あかりはぱっと振り返り芹香の顔を見た。
 にやりと口の端を歪ませた芹香の顔を…
「な、なんで知ってるの…?」
 芹香はパチンと指を鳴らした。
 すると彼女の背後から小柄な少女が現れた。
「マルチちゃん…? えっ!? 嘘っ!」
 その少女は青いメイド服に身を包んでいた。
 そう、青い服を…
 芹香がぽそぽそとマルチに話しかける。
 するとマルチはゆっくりと頷き小さな紙袋を取り出した。
「嘘でしょ…お願い…嘘だと言って…」
 しかしマルチは紙袋を開けてしまう。
 そして中から、あのクマのTシャツを取り出した…
「い…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



「嘘よ…そんなはずは…嘘よ…」
 あかりは地面に膝をつけたまま言葉にならない言葉を呟いている。
 制止の利かなくなった涙がぼろぼろとこぼれてゆく。
「…所詮は主婦…究極のメイドには敵わないようですね」
 ぴくっ
 芹香の嘲りを込めた言葉があかりの意識を呼び起こした。
「なんですって…メイドは主婦より上だって言うんですか…?」
 あかりはよろよろと立ち上がった。
 そして芹香を殺気のこもった目で睨む。
「…そうだと言ったら?」
 芹香は少しも動じずに、さらに挑発する。
「そんな訳ない!」
 あかりは叫んだ。
「メイドが主婦より優れてるなんて…そんな訳ないよ!」
 そしてあかりは無表情に立っているマルチの肩をがしっと掴んだ。
「マルチちゃんも一体どうしたの! なんで黙り込んでるの! なんで以前みたいに笑ってくれないの!」
 マルチは淡々と答えた。
「私はメイドですから、御主人様の命令が無ければ話しませんし、笑いません」
「嘘…」
 あかりは変わり果ててしまったマルチに愕然とした。
「…あなたはまだ自分の真の実力を知らないようですね………いいでしょう、後日勝負の場を設けましょう。そこであなたの無力さを教えて差し上げます」
 そう言うと、芹香はマルチをつれて去って行った。

                    ☆★☆

「マルチちゃん…」
 あかりはその場にへたり込んだまま、昔のマルチの事を思い出していた。
 笑うマルチ、泣くマルチ、走るマルチ、転ぶマルチ、優しいマルチ、怖がりのマルチ…
 彼女は人間以上に人間らしかった。
 そして人間以上に純粋で優しかった。
 正直、あかりは彼女の人間には持てない清らかな心を妬んだ事もあった。
 でも彼女の笑顔はそんな荒んだ心をも溶かし、優しく包みこんでしまう。
 あかりはマルチの事が好きになった。

 しかし今のマルチはどうだろう。
 感情を全く表に出さない、芹香の言葉に以外には全く反応しない、それはまさにロボットだった。
「どうして…どうしてあんなになっちゃったの………昔の優しいマルチちゃんは一体どこに行っちゃったの…」
「美咲の楼蘭…」
「えっ?」
 あかりは背後からの声に振り返った。
 そこには腕組みをして、芹香とマルチの去った方向をじっと見つめている母の姿があった。
「お母さん…見てたの…?」
 あかりはびくびくしながら母に目を向けた。
 不意打ちとはいえ、自分はマルチに破れたのだ、お仕置きされても仕方がない。
「ええ、超一流の買い物を究めるには過程も大切ですからね…それにしてもまさか美咲の楼蘭が出てくるとはね…」
 しかし母親はそのような素振りは全く見せず、ふたりの去った方をずっと見続けている。
「お母さん、その美咲の楼蘭って何?」
 あかりがおずおずと訊ねる。
「そうね、いずれ言おうとは思っていたけど…今言ってしまいましょう。」
 母親はふうと息を吐くと、淡々と話始めた。
「美咲の楼蘭は、一言で言えばメイド養成学校よ」
「メイド養成学校…」
「ただ、普通と違うのは世界規模の非合法組織って事」
「非合法…?」
「そう、非合法。奴らはその弱点にして最大の長所を使い、非人道的な教育をしているのよ。借金のかたに売られてきた少女や孤児にね!」
 あかりの目が大きく見開かれる。
「うそ…じゃあ、じゃあマルチちゃんは…」
「そうね…究極のメイドはもっとも優秀な生徒に送られる称号、おそらく想像もできないような苦しみを味わったんでしょう…それで心が壊れてしまったのよ」
「そんな…嫌! 嫌よ! もう二度とあのマルチちゃん笑顔を見れないの!?」
 あかりは母の胸を掴んでゆっさゆっさと乱暴に揺すった。
 そんな事をしても意味はない、そんな事は分かっていた。
 でもそうでもしていないとその場に泣き崩れてしまいそうだったのだ。
「もしあなたが本気であの娘を助けたいと思うなら…」
 母親はゆっくりと、しかし力強く言った。
「勝ちなさい、何がなんでもあの娘に勝ちなさい!」


                                   続く…
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次回予告
 あかりとマルチはついに戦いの舞台に立つ
 主婦の、メイドの誇りをかけて…

http://moon.numazu-ct.ac.jp/~hirano/rabo/