「お前がコンサートを襲った犯人だな・・・」
僕は電波を集めつつ相手を見据えた。
ショートカットにジャケットを羽織った、スポーツマンらしき・・・・・・・・・女?
うん、よく見ると女の子のような気がする。
「・・・何?」
結構かわいらしい声、やっぱり女の子だ。
彼女は僕をじっと見つめている。
ドロリと濁った、鯰のような目。
僕は以前にもこんな瞳を見た事がある。
・・・瑠璃子さんだ。
月島さんに襲われ、壊れてしまった瑠璃子さんだ。
「祐介! こいつか!?」
耕一さん達が駆けつけてきた。
「おい、女の子じゃねえか」
浩之が具合が悪そうに鼻の頭を掻く。
「男だろうが女だろうが関係ない。敵は叩きのめすまでだ!!」
僕達を押しのけ、梓さんが一気に飛び出した。
電波を集める前に倒してしまおうというのだろう。
実に彼女らしい単純な、でも効果的な作戦だ。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
梓さんの必殺の拳が・・・空を切った。
拳が生み出した衝撃波は、床の絨毯と壁の塗装を削って掻き消える。
「!?」
相手の姿が消えていた。
「避けた!?」
「どこに行った?」
「まさかワープしたとか・・・」
僕たちはあたりを見回した。
しかし、彼女の姿は見えない。
「お、おばけですかぁ〜」
「んなわけあるか!」
あっちではマルチが浩之に泣き付いている。
「・・・危ないなあ」
その時、横の通路からひょっこりと顔が覗いた。
しかも平然としている。
なんであんな自然体でいられるんだ?
それ以前にどうやって梓さんの拳を避けた?
「・・・不思議?」
突然、彼女が僕に話しかけてきた。
思考が電波になって出てたか?
出ないように気を遣っていたつもりだったんだけど・・・
彼女はホンモノだ。
にわかじこみでは断じてない。
もしかしたら、電波の扱いは僕を上回るかもしれない。
僕のそんな考えを知ってか知らずか、彼女は穏やかな笑みを浮かべてこっちを見つめ続けている。
しばらくの間、膠着状態が続いた。
それを破ったのは彼女だった。
「・・・じゃあね」
ガシャーン!!
「!?」
突然窓を突き破ると、彼女は夜の闇に身を投げた。
「きゃあああああ!!」
マルチが悲鳴を上げた。
ここは三階だ、普通の人間が飛び降りようものならただではすまない。
投身自殺・・・?
僕達は窓に駆け寄り、下を覗き込んだ。
だが僕達の予想に反し、彼女はしっかりと二本の足で立ち、恐らく自分のであろう自転車の鍵を外している。
どうしてこの高さから飛び降りても大丈夫なんだ?
鍵を外しおわると、彼女は自転車にまたがりすーいっと走り出した。
まるで何も無かったかのように・・・
はっ!?
しまった、ぼーっとしてた。
「逃がすかっ!!」
耕一さん、梓さん、レミィ、セリオが割れた窓から下に飛び降りる。
「祐介! しゃあねえからオレ達は階段から行くぞ!」
「うん!」
「待ってくださ〜〜〜い」
僕と浩之とマルチは階段に向かって足を踏み出した。
「待って長瀬ちゃん!」
「瑠璃子さん?」
倒れた月島さんにすがり付いていた瑠璃子さんが、僕を呼び止めた。
「・・・私も連れてって」
「え? でも危険だよ。瑠璃子さんは月島さんを・・・」
でも瑠璃子さんは涙を流しながら首を振った。
「駄目・・・・・・あの娘泣いてる・・・」
「泣いてる?」
かつて、彼女は僕にも同じ事を言った。
僕が、さびしいさびしい、消えちゃいそうだ、と泣いていると。
「彼女も・・・泣いてるの?」
珍しく取り乱した瑠璃子さんの頭を抱きながら、僕は改めて訊いた。
「うん・・・助けてあげなきゃ」
「僕にはそれができる?」
「・・・分からない」
え、分からない?
僕じゃ駄目なのか?
「あの娘と私は違うから・・・」
・・・そうか、言われてみればそうだ。
僕は何を自惚れてたんだ。
人間はみんな、ひとりひとり・・・
ぎゅぅぅぅぅぅぅ・・・
「いててててててててて!!」
浩之が突然僕の耳を引っ張った。
「いきなり何するんだよ。酷いじゃないか・・・」
痛む耳をさすりながら文句を言うと、浩之はジト目でこちらを睨んできた。
「ふたりの世界に入るのもいいけどな、ヤツが逃げるぞ?」
あ・・・忘れてた。
「行くぞ!」
「はいぃ!」
「瑠璃子さんも行くよ!」
「・・・うん」
僕達はホテルを飛び出した。
☆★☆
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ぶんっ!!
ひょいっ
「くそーっ! ちょこまかと」
梓の何度目かの悪態。
一体コイツは何なんだ。
電波を使い、そのうえ俺達鬼の攻撃をもひょいひょい避ける。
しかも自転車に乗ったまま。
このままサーカスにでも出れそうな感じだ。
・・・ってそんな事はどうでもいい!!
「──耕一さん」
セリオか、一体何だ?
「──彼女の個人データが検索できました」
「こ、個人データ!?」
そんな事までできるのか。
・・・敵に回したくないな。
「──河島はるか、19歳。父親と母親との三人暮しで・・・危ない!」
「うおっ!?」
セリオの右手から高圧電流がほとばしり、紫色の火花を散らした。
どうやらこちらに向かって電波が放たれていたらしい。
危なかった・・・
今のメンバーで電波に対抗できるのはセリオしかいない。
祐介を置いてきてしまったのは失敗だったな・・・
でも今は、彼が早くやってくる事を祈るしかない。
「ったく。これじゃうかつに近寄れないぞ」
俺の後ろに下がりながら梓がぐちぐち言っている。
「祐介とか拓也相手なら、先制攻撃一発で撃沈できるんだけどなー」
おいおい、仲間を倒してもどうしようもないだろ。
だが、梓の言っている事は確かだった。
接近しても攻撃をひょいひょい避けられる。
そして、その間に電波を集めて放ってくる。
俺達は慌ててセリオの後ろに逃げる。
これの繰り返しだった。
「せめて飛び道具でもあればな・・・」
飛び道具ならセリオも持っているが、彼女は電波を防げる唯一の味方なので、できるなら守りに徹して欲しい。
「飛び道具? アルヨ」
「え?」
レミィが得意そうな顔をしてこっちを見ている。
でも彼女はいつもの弓は持っていない。
「あのさ、飛び道具って言っても何も持って・・・」
「イクワヨ・・・」
全然聞いてない。
当の本人は、セリオの前に出るとぐっと屈み込んだ。
力を溜めているみたいだ。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
夜の闇を引き裂く鬼の咆哮と共に、彼女の瞳孔が縦に裂け、狂暴な金色の光を放った。
ハンターモードだ!
「フフ・・・ユーをHUNTするネ。この『鬼の矢』でネ!」
その叫びと同時だった。
突如はるかの立っていた石畳が爆発した。
ガシャン!
予想外の攻撃にバランスを崩し転倒する。
「これでGetネ!!」
はるかが地面を転がる。
その直後、彼女のいた場所で再び爆発が起こった。
「一体これは何なんだ?」
俺はセリオに耳打ちした。
セリオはしばらく考え込んでいたが「──恐らく日本武道の遠当てを応用したものでしょう」と言った。
遠当てねえ・・・ようするに見えない波○拳か。
レミィは狂ったように笑い声を上げながら鬼の矢を乱発している。
「キャハハハハハハハハハハハハハハ!! 逃がさないワヨ!」
なんか恐いぞ。
客観的に見るとレミィの方が圧倒的に悪に見えるんだが・・・
それにしてもすごい攻撃だ。
あれだけの『気』を連発するとはただ者では・・・
「ヤ、ヤルワネ・・・ハア、ハア、ハア・・・」
もうバテてるよ・・・
何も考えずにポンポン撃つから。
「おい何やってんだよ! あんただけが頼りだったのに!!」
「もうダメネ〜」
梓がレミィの襟を掴んでがくがく揺すっている。
くそっ、打つ手は無いのか・・・
祐介達が駆けつけてきたのはそんな時だった。
「遅いぞ祐介! 一体何やって・・・」
梓の言葉がそこで切れた。
襟を掴んでいた手が離れ、吊られていたレミィが顔から地面に落ちた。
「イタイワネ〜、急に放さな・・・」
顔をさすって抗議の声を上げたレミィも、そこで言葉を切った。
そこにいたのはいつものなよなよした少年ではなかった。
狂気とはまた違う、何か言いようの無いどろどろしたオーラをまとったハンターだった。
☆★☆
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
すでに爆弾を開放していた僕は、躊躇することなく電波の塊を相手に叩き付けた。
僕の電波は相手の防御を打ち崩し、体中の穴という穴から体内へと流れ込んだ。
これで彼女は動けない、主導権は完全に僕に移ったのだ。
「・・・長瀬ちゃん、いい?」
瑠璃子さんの声が頭に響いた。
強い電波が頭の中を飛び交っていても、彼女の電波だけはすぐに分かる。
「いいよ、じゃあ送るからね」
僕は瑠璃子さんの意識を相手の意識と結び合わせた。
そして、用の無くなった爆弾をいったんしまう。
後は瑠璃子さんの説得次第、後は傍観しているしかない。
意識が無くなった瑠璃子さんを抱えると、僕はそのまま地べたに座り込んだ。
「おい祐介、お前何やったんだ?」
一息ついたところで、耕一さんが話しかけてきた。
「なんか月島が説得するんだって言ってましたよ」
僕の代わりに浩之が答えた。
「説得の通じる相手なのか?」
「瑠璃子さんは大丈夫だって言ってましたよ。彼女がそう言うんだからうまく行きますよ」
「月島が絡むといきなり強気になるんだよなー」
「な、何言ってるんだよ!」
少し時間が経ち、僕達の緊張が解けてきた時だった。
「ううっ!」
僕が抱いていた瑠璃子さんが呻き声を上げた。
それと同時に、
「おい! あいつが起きたぞ」
相手もゆっくりと起き上がった。
「・・・・・・・・・」
彼女はそのままじーっとこちらを見つめている。
説得はどうだったのだろうか?
うまくいったのなら彼女はもう・・・
チリチリチリチリ・・・
「うわあっ!?」
僕は慌てて電波を放ち、相殺した。
「説得は失敗だったみてーだな」
浩之が分かりきった事を言う。
彼女は電波を防がれたのを見るや、自転車に素早くまたがった。
「!? 待てっ!」
しかし、僕たちが追おうとした時には、既にその姿は無かった。
「逃げられたか・・・」
耕一さんが悔しそうに呟いた。
それから少し経って。
もぞっ
「・・・長瀬ちゃん」
「気がついた?」
瑠璃子さんは、ようやく意識を取り戻したものの、両の目からは止めど無く涙を流していた。
説得が失敗したのが悲しいの?
「違うよ・・・私、あの娘の心の中を見て来たの」
瑠璃子さんは僕の疑問に言葉で返してきた。
「あの娘、このままじゃ死んじゃう」
何だって・・・?
「でも私じゃ駄目。あの娘を助けられるのは・・・」
瑠璃子さんの視線の先にいたのは・・・
「お、オレ!?」
続く・・・
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次回予告
買い物に出た冬弥は、道端に倒れたはるかを見つける。
一生懸命看病するマナ。
しかし、はるかの狂気は止まらなかった。
「うーん、強いて言えばお兄ちゃんかな?」