ふう・・・
病院の自動ドアを通り抜け、雲ひとつない青い空を見上げた時、自然に溜息が出た。
由綺は、いや、由綺だけでなくコンサートに来ていた人達は、俺も含めみんな命に別状はないそうだ。
あの時は本当に由綺が死んでしまったかと思って、後を追って死のうかとまで考えたけど・・・・・・早まらなくてよかった。
大抵の人は、精密検査を受けたその日のうちに家に帰っている。
ただ、由綺は少しだけ症状が重いらしく、まだ意識が戻っていない。
まあ、寝言で「冬弥く〜ん。うふふふ・・・」なんて言ってたから大丈夫だろう。
(あの時はさすがに恥ずかしかったぞ。医者も看護婦も俺の事白い目で見てたし)
とりあえず家に帰ろう、そう思って一歩踏み出した時だった。
がしっっっ!!!
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
右のすねに激痛が走った。
思わずその場にしゃがみこみ顔を右に向けると、マナちゃんが憤怒の形相でこちらを睨んでいた。
そうそう、忘れていたが俺は彼女と一緒に由綺の見舞いに来ていたのだ。
「あなたねえ、私のお姉ちゃんが大変だってときになに腑抜けてるのよ!」
大変じゃないって・・・医者は意識が戻れば明日にも退院だって言ってたじゃないか。
そんなふうに心の中で反論していると。
「なにその目! お姉ちゃんをあんな目に合わせておいてそんなぞんざいな態度とるの? 信じられない!!」
俺が合わせたわけじゃない・・・
でも彼女は、しゃがんでいる俺の襟を持ってがくがく前後に揺する。
うわあ、通り掛かりの人達がちらちらこっち見てるよ。
「あなたのせいで〜〜〜!!」
「ま、まてまてまて・・・」
なんか客観的には、事故で人を殺した大人と、被害者の娘って感じ。
・・・って、洒落になってないよ!!
とりあえず俺は力ずくで立ち上がり、マナちゃんの攻撃から逃れた。
マナちゃんはまだ、俺を見上げてわーわー言っている。
とりあえず、俺はぶーぶー言うマナちゃんを引き連れ帰路についた。
帰り道、一定の距離を置いて歩いていたマナちゃんが突然俺の手を握ってきた。
「ね、ねえ、今日藤井さんの家に泊まっていい?」
「え?」
俺は耳を疑った。
いつもは人のことを変態あつかいするくせに・・・
「ご、誤解しないでよ! わたしはあなたがちゃんとお姉ちゃんのお見舞いに行くか見張ろうってだけなんだからね」
そういうわけか・・・
彼女はいつもこうだ・・・今日もいつもどおり気丈に振る舞ってはいたが、本当は由綺が心配で心配でたまらないんだ。
彼女にとって、唯一気を許し、甘えられる肉親なのだから・・・
そんな事を考えていると、なんだかいつも以上に彼女が小さく見えた。
「分かった、好きなだけいていいよ」
きゅっ・・・
俺はマナちゃんの肩を優しく抱き寄せた。
「ふ、藤井さんっ!?」
マナちゃんは真っ赤になって俺を見上げた。
しかし、俺がそれ以上何もしない事が分かると、おずおずと胸に頭を預けてきた。
「・・・手、出したら・・・・・・警察に通報するからね」
言葉の内容は相変わらずだったが、口調にいつもの刺は感じられなかった。
「はは、そんな事しないよ。安心して」
俺は彼女の頭を優しく撫でた。
☆★☆
「怪しい奴が見つかったわ」
あの事件の時、俺達はレミィの攻撃で逃げた犯人を追ったのだが、途中であっけなく撒かれてしまった。
俺達、鬼の追跡を振り切るなんていったいどういう奴なんだろうか?
ただの電波使いなら鬼から逃げるなんて無理だ。
まあ、乗り物を使えば別だけど。
警察の方では、あの事件は単なる集団ヒステリーだということで片づけてしまったようだ。
つまり、警察に頼る事はできないって事だ。
どうしようも無くなった俺達は、仕方なく地道に聞き込みをする事になった。
志保ちゃんは「ついに私の真の力を見せる時が来たようね」などと怪しげな笑みを浮かべていたが、はっきり言って捜査は雲をつかむようなものになるはずだった。
しかし、あっけなく犯人らしき人物は見つかった。
その名は緒方英二。
あの日のコンサートの主役、森川由綺の所属するプロダクションの若きボスだ。
なんでも彼は、あの事件の時、ひとりだけまったくの無事だったというのだ。
これは明らかにおかしい。
祐介の話だと、電波はどんな生き物にでも効き、効かないのは電波使いとロボットぐらいだという。
まさか緒方英二がロボットなわけないので、考えられるとしたら電波使いだろう。
そう仮定した俺達は、直接本人に会ってみる事にした。
ただ、相手は超有名人、アポ無しで行っても追い帰されるのがオチだろう。
「はいはい、では明日の昼頃にお伺いいたします」
どうやってアポを取るか考え込んでいると、なんか綾香ちゃんが電話をしている。
「誰にかけてたの?」
「緒方英二」
え・・・?
俺達は一瞬言葉を失った。
「ほら、うちって芸能関係にも顔広いからね。だてに来栖川を名乗ってないわよ」
あっけらかんと言い放った後、「でも、あんまり家の力には頼りたくないんだけどね」と付け加えた。
「えっと・・・んじゃ、明日は敵陣へ乗り込むわよ!!」
「敵だと決まったわけじゃあらへんよ」
「いいのよ敵で! あたしが敵と言ったら敵なの!!」
なんか志保ちゃんが危ない事を言っているが、ここは無視しておいたほうが吉だろう。
「耕一さん、ちょっといいかしら」
ホテルのロビーでぼーっとしていると、綾香ちゃんが話しかけてきた。
「明日の事なんだけど・・・耕一さんも一緒に来てくれる?」
「え? でも俺は芸能関係疎いよ」
「違うの、そういんじゃ無くて・・・大人の人に付いてきて欲しいのよ」
確かに・・・子供だけじゃまともに話を聞いてもらえないだろう。
その前に門前払いを食らうかもしれない。
「お願いできる?」
「いいよ。ボディーガードも必要だろうしね」
そう答えると、彼女は顔をほころばせた。
「ふふ、その点は抜かり無いわ。電波使いとロボットも連れて行くから」
「用意は万全ってわけか」
しかし、彼女は厳しい顔で首を振った。
「いいえ、あとは志保の撒き方を考えないと・・・一緒に連れてったらなにしでかすか分からないもの」
はは、確かにね・・・
☆★☆
「兄さん、ちょっと入・・・」
理奈は野暮用で兄の部屋に入ろうとしたが、その顔を見て沈黙した。
英二は鋭い目付き電話を睨んでいた。
「あ、後でいいわ」
理奈は逃げるように部屋を飛び出し、ブルッと体を震わせた。
「・・・・・・どうしたのかしら兄さん。あんな恐い顔初めて・・・」
続く・・・
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次回予告
英二宅へ向かった綾香達。
しかし彼は・・・
「一体犯人は誰なんだ!」