第七の狩猟者〜後編〜 投稿者:へーのき=つかさ
  レミィはひとり森の中にいた。
  どうしてこんなところに来てしまったのか・・・それは彼女自身にも分からなかった。
  ただ、ここでぼんやりと月を見ていると、とても気持ちが安らぐのだ。
  なんでだろう、何かを忘れているような気がする・・・
  ずーっと昔、ずーっと、ずーっと昔・・・


 「レミィ・・・」
 「ヒロユキ!」
  いつ来たのだろうか、彼女の背後にはひとりの青年がいた。
 「ひとりで何やってんだよ。いきなりいなくなったからみんな心配してたぜ」
 「Sorry・・・ゴメンネヒロユキ」
 「おいおい、オレにあやまってどうすんだよ。あやまるならみんなにあやまんな。ほ
 れ、一緒に帰ろう」
 「ウン!」



                                     ☆☆☆


 「ネエ、ヒロユキ」
 「どうした、レミィ」
 「アタシね、最近ヘンなの・・・」
  もう少しで森を抜けるというところで、唐突にレミィが言った。
 「トッテモ不安ナノ、なにかすごく悪いコトが起きるようナ・・・」
 「・・・・・・・・・」

  ビクンッ

  突然レミィの体が大きく脈打った。
 「ウウ・・・」
 「ど、どうしたんだ!」
 「ハア、ハア、ハア・・・」
  レミィの呼吸が速くなってゆく。
  目は大きく開かれ、額には脂汗が滲み出している。
 「おい、これってもしかして・・・」
  レミィの体からは強烈な殺気が湧き起こり、オレの体は動かなくなった。
  ズ、ズ、ズ・・・
  体重が増加し、足が地面に沈んでゆく。
 「れ、レミィ・・・」
 「ウウウウウ・・・」
  カッと開かれた目が、狂暴な赤い光を放った。
 「ウオォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
  レミィは鬼になった。


 「グウウウウ・・・」
 「落ち着けレミィ、オレだ! 藤田浩之だ!」
  レミィは完全に鬼と化していた。
  オレの全身からぶわっと汗が噴き出した。
  情けないが膝が笑っている。
  ちくしょう、ひとりでなんか来るんじゃなかった。
  その時だった、突然頭にガーンという強い衝撃を感じ・・・
  ・・・オレは意識を失った。


                                     ☆☆☆


  どうやら間に合ったようだ。
  浩之がレミィと対峙していたのを確認した僕は、すかさず圧縮していた電波をぶつけ
 た。
  レミィにではない、浩之にだ。
 「ふうん、君は面白い使い方をするんだね」
 「これから始まる戦いは、普通の人にはちょっと強すぎますからね」
  僕は電波で浩之の精神を覆い隠したのだ。
  おそらく今から始まる戦いは、月島さんの時とは比べ物にならないほどの規模になる
 だろう。
  ということは、その際に出る余波もかなり強力なものになる。
  その余波を防ぐにはこうするのが手っ取り早いのだ。


 「さて、それではいきましょう」
 「・・・うん」
 「ふふ、たのしませてくれよ」
  瑠璃子さんと月島さんの頭に電気の粒が集まってゆく。
 「・・・静かにしてて」
 「止まれ!」

  ちりちりちりちり・・・

  ふたりの電波がレミィを襲う。
  瑠璃子さんと月島さんが足止めをし、その間に僕がレミィの精神に侵入するのだ。
  ガクンッ
  あきらかにレミィの動きが遅くなった。
  しかし、遅くなっただけだった。
  こちらにじりじりと近づいて来る。
 「く、僕と瑠璃子の電波にも耐えるなんて・・・」
  少しずつではあるがふたりとレミィの距離は近づいてゆく。
  急がないと・・・僕は自分の心の奥底へと潜って行った。
  あの『爆弾』を再び封印から解くために・・・

                                       ・
                                       ・
                                       ・

  あれ? どこにも爆弾が見当たらない。
  どこにいってしまったんだろう。
  僕が手当たり次第に捜していると、
 「・・・長瀬ちゃん」
 「瑠璃子さん?」
  緊迫した顔の瑠璃子さんが現れた。
 「どうしたの瑠璃子さん。レミィの足止めをしてたんじゃないの?」
 「早くして・・・レミィちゃんに殺されちゃう・・・」
 「な、なんだって!」
 「時間が無いの・・・急いで・・・」
 「わかった、いますぐ戻るよ」
  しかし瑠璃子さんは首を振った。
 「だめ・・・先に爆弾を見つけて・・・」
 「なに言ってるんだよ。そんな事言ってる場合じゃ・・・」
 「長瀬ちゃんの爆弾じゃないと駄目なの・・・だから・・・・・・あっ!?」
  突然叫んだかと思うと、彼女の姿がふっと掻き消えた。
 「うそだろ?」
  瑠璃子さんが消えた、つまり電波が途絶えたという事だ。
  ・・・と言う事は・・・・・・
 「くっ・・・」
  いったいなにをやってるんだ、僕は・・・
  知らぬ間に目から涙が溢れて来た。
  くそっ!
  くそっ、くそっ、くそっ!
  くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!
  情けない、情けない、僕はなんて情けない男なんだ。
  瑠璃子さんを守る事すらできないなんて。

  こつん

  !?
  足に何かがぶつかった。
  いったい何だ?
  銀色に輝く筒。
  それは僕が血眼になって探していた爆弾だった。


                                     ☆☆☆


  ビュンッ!

  月夜に三匹の鬼が舞った。
 「千鶴さん、こっちでいいんですね!?」
 「はい、楓はそう言ってました」
 「ったく・・・祐介も、浩之も、勝手に行動するんじゃないよ」


                                     ☆☆☆


  僕は手に持った爆弾を見つめていた。
  すべてを焼き尽くす新型の爆弾。
  瑠璃子さんのいない今、もうなにもかもどうでもいいような気がした。
  引き寄せられるように爆弾のスイッチを入れる。
  その瞬間、僕の心は爆発した。



  目を開けて始めに飛び込んできたのは、こちらを脅えた目で見つめるレミィの姿だっ
 た。
  どうやら、僕のただならぬ気配を感じ取ったらしい。

  ふっ
  さっきまでの恐怖感が嘘のようだ。
  体の底から自信が湧き出て来る。
  そして、レミィを見る目も変わる。
  瑠璃子さんを殺した女。
  僕の中に殺意が生まれた。
  それはじわじわを広がり僕の心を黒く染めてゆく。
  壊してやる。
  瑠璃子さんを苦しめた女。
  粉々に砕いてやる!

  僕の前に、紫電を放つ巨大な光の塊が生まれた。
  極限まで圧縮された僕の電波だ。
 「壊してやるよ、お前の心を! 跡形も残らないぐらい粉々に!」
  光の塊はレミィの体を飲み込み、心の中に濁流となって流れ込んだ。
  その流れに見を任せ、僕の意識は、レミィの心の奥底へと潜って行った。


                                     ☆☆☆


  レミィの気が漂って来る。
  どうやら鬼化しているようだ。
  あともうちょっとだ、俺達が駆けつけるまで持ちこたえてくれ!
 「あうぅ!」
  突然千鶴さんが頭を抱えてうずくまった。
 「どうした千鶴さん!」
 「ああああああああ・・・」
 「ど、どうしちゃったんだよ、千鶴ね・・・ぐっ!」
 「あ、梓!?」
  梓まで頭を抱え苦しみだした。
 「やめろぉ・・・頭が割れる・・・」
 「梓、しっかりしろ! おいっ! ・・・うっ」
  頭の中に何かが飛び込んできた。
  電波だ・・・それも凄まじい強さの・・・
  こんなに強いのは今まで感じた事がない。
 「くぅぅ・・・いったい何が起きてるんだ・・・」


                                     ☆☆☆


  レミィの心の中
  真っ暗な空間にふたつの扉がある。
  ひとつは鍵が締められている。
  もうひとつは開け放してある。
  これはどういう意味なんだろう。
  しばらく考えていたが、ふっ、と笑みがこぼれた。
  なにを考え込む必要があるんだ。
  僕はここを壊しに来たんじゃないか。
  右手を胸の高さまで上げると、虚空から爆弾が現れた。
  この爆弾をふたつの扉に向かって投げつければすべてが終わる。
  爆風が扉を吹き飛ばし、中の部屋をも粉々に砕く。
  そして、業火が残った瓦礫をすべて焼き尽くすのだ。

 「いくぞ」
  僕は右腕を振りかぶった。
 「跡形もなく消し飛べっ!!」

  はしっ

 「えっ!?」
  突如右手を掴まれた。
  だ、誰だ!?
 「ダメです・・・一時の感情に流されてはいけません」
 「ど、どうしてここに・・・」
  僕の行動を咎めた人物、それは・・・
 「エルクゥは心を通わせる事ができると言いませんでしたか?」
  楓ちゃんだった。


 「あなたの力はわたし達エルクゥの力を凌駕する事があるのを自覚して下さいよ」
 「でも、アイツは、アイツは・・・」
 「月島さんは死んでいませんよ」
 「え?」
 「月島さんも、ほどほどにしてください」
  ぼおっ
  僕の目の前に瑠璃子さんが現れた。
 「ごめんね、長瀬ちゃん。心配させちゃって」
 「え、ど、ど、どうして?」
  本当に申し訳なさそうな顔で瑠璃子さんは謝った。
 「あれね、ぜんぶお兄ちゃんが考えた事だったの」
 「月島さんが?」
 「『彼は狂気の扉をほぼ完全に閉じてしまっている。きっと爆弾を探すのに手間取るだ
 ろう。もしそういう事態に陥ったら、死んだふりをして彼を狂気の縁に引きずり込むん
 だ』って言ってたの」
  まったく、月島さんは何を考えてるんだ。
  こっちは本当に狂気の扉を開けるところだったというのに。
 「それでも限度があります。もしわたしの気付くのがもう少し遅かったら・・・」
  楓ちゃんは刺すような視線を向けている。
 「ごめんね・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「あ、あのさ、それより本来の目的の方を、ね?」
  なんかいたたまれなくなって僕は話をそらした。
 「そうですね・・・」


  ふたつの扉が目の前にある。
  とりあえず開いている方に入ってみる事にしよう。
  現在レミィの心は僕が主導権を握っている。
  向こうから攻撃する事はできないはず。
 「よし、じゃあ行こう」
 「いえ、わたしはここまでしか来れないんです」
  申し訳なさそうに楓ちゃんは言った。
 「そ、そうか、この扉の中に入れるなら楓ちゃんが自分でなんとかしてるか」
  そう言うと、楓ちゃんは不思議そうな顔をして首をかしげた。
 「扉ってなんですか?」
 「え? すぐそこにふたつあるじゃない」
  僕の指す方をじっと見つめると、ふっと寂しそうな笑みを浮かべた。
 「きっと祐介さんにしか分からないんですよ」
 「そうなの?」
  僕は瑠璃子さんに訊いた。
 「うん、わたしも何も見えないよ」
 「そうなんだ・・・」
  本当の事を言うと三人で先に進みたかったのだが・・・仕方ない。
 「じゃあ行ってくるよ」
 「気をつけてください」
 「がんばってね・・・」
  僕は二人に見送られ、扉の中へと進んで行った。


                                     ☆☆☆


 「電波が・・・消えた・・・・・・」
  さっきまでの出来事が嘘のように、あたりはシーンと静まり返っている。
 「う〜っ、イテテ・・・」
 「梓、大丈夫か」
 「うん・・・大丈夫だよ」
  俺の言葉に、梓は弱々しいながらも笑顔を作った。
 「ん、耕一さん・・・」
 「しっかりして! 千鶴さん」
 「千鶴姉!」
  梓とは違い、千鶴さんの方は結構ダメージが大きかったようだ。
 「千鶴さん、鶴来屋に戻った方が・・・」
 「わたしは大丈夫です・・・早く、行きましょう・・・」
  千鶴さんの事だ、言っても聞いてはくれないだろう。
  こうなったら、できるだけ負担をかけないようにして連れて行くしかない。
 「よし、行こう」


                                     ☆☆☆


  扉の中にはレミィ・・・いや、レミィの中に巣くう鬼がいた。
  レミィの姿は無い。
 「おい、レミィはどこにいる」
 「What?」
  うわっ、しゃべり方までレミィと同じだ。
  やっぱり鬼も育った環境に影響を受けるのだろうか。
  いや、待てよ・・・・・・まさか!?
 「すでにレミィを取り込んでるのか?」
 「NO、NO、そんなコトありまセーン」
  首をぶんぶん振って否定した。
  しかし・・・この喋り方はどうにかならないのだろうか。
  緊迫感が無くなる・・・
  と、とにかく気を取り直して・・・
 「さあ、いろいろ説明してもらおうか!」
 「説明? ナニを?」
 「たくさんある。とりあえず・・・レミィは生まれた時から鬼なのか、それとも鬼の血を
 飲まされてむりやり変えられたのか?」
 「・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「・・・どうなんだ?」
 「ヤレヤレ、イジ張ってもショーガナイワネ・・・・・・アタシは産まれた時から鬼ヨ?」
  やけに物分かりがいいぞ?
  まあいいか・・・
  鬼は、ふぅ、と溜息をつくと語りだした。

                                       ・
                                       ・
                                       ・

 「アタシね、ホントは外に出るつもりは無かったのヨ」
 「え?」
 「レミィがハンティングするのがスキなのは知ってる?」
 「うん、浩之に聞いた」
 「ソノおかげでアタシ小さい頃から狩りの快感を得られたのヨ。ダカラネ、アタシ、レ
 ミィと同化する必要無いと思ったノ。レミィが代わりに、狩りしてくれるから」
 「狩りって言っても鳥や小動物だろ? そんなので満足できるの?」
  相手があまりにも親しく話すので、僕の口調も知らずのうちに柔らかくなる。
 「アタシは女だから・・・もともと狩りの欲求はそれほど強くないノ。ダカラそれで十分
 だった」
  そんなものなのだろうか?
 「だったらわざわざレミィに取り込まれる必要無いでショ? ダカラネ、アタシは心に
 『部屋』を作ってお互いを隔離した。レミィがアタシの事知らないのはそのせいヨ。」
  って事はあの鍵の締まった部屋にレミィがいるのか。
  それにしても・・・こいつって全然悪いやつには見えないぞ。
  でも芝居って事も有り得るし・・・
  いや、鬼っていってもレミィのだからなあ、素の可能性の方が強いような気がする。
 「アタシはそれで満足だった。だけどある時、あの人がアタシに呼びかけてきたノ」
  あの人?
 「アタシにいっしょに人間を狩ろうって言うの」
  !?
  その時、初めて鬼が辛そうな表情を見せた。
 「アタシ、興味本位でその話にのった。デモ・・・人間を襲って得られたのは・・・どうしよ
 うもない空しさだった・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「心に部屋を作ったって言ったでしょ? でもね、本当は完全に隔離してあるワケじゃ
 ないの。実は覗き穴があって、こっちからはレミィの事が少しだけど分かるの。」
 「・・・・・・・・・」
 「レミィはとても楽しそうだった。アタシもそれを見ててとても楽しかった・・・・・・なの
 になんでそんな話にのっちゃったんダローネ。鬼の性なのカナ?」
 「・・・・・・・・・」
 「アタシはもう人間狩りはやらないって言った。だけどあの人はアタシを無理矢理外に
 引きずり出すの・・・」
 「・・・そいつは一体誰なんだ?」
 「名前知らないの・・・・・・あっ!?」
  僕の背後に殺気が生まれた。
  それは僕が良く知っている気だった。
 「俺以外にこの部屋に侵入できる者がいたとは・・・」
 「や、柳川さん・・・」
 「どうやらみんな喋ってしまったようだな」
  柳川さんの冷たい視線に、鬼は、ひっと身を縮みこませた。
  そうか、彼が黒幕だったのか。
  気絶したレミィを抱えていたのも、くしゃみをして鬼を逃がしてしまったのも、すべ
 て作戦の内だったって訳だな。
 「とにかく・・・すべてを知ってしまったからには、死んでもらおうか。長瀬祐介」
  そう言ってこちらに視線を移す。
  が、僕は少しも恐れずに言った。
 「精神戦を挑もうっていうんですか? 爆弾の力を得た、この僕に」
  そう、今の僕は、その気になれば人の心など一瞬で破壊できるのだ。
  たとえ、それが鬼でも同じ事。
  僕の爆弾に耐えられる者はいない。
 「くっくっくっ・・・」
  しかし柳川さんは笑った。
 「!? 何がおかしい!」
 「ふふ、ずいぶんな自信だな」
  当たり前だ。
 「確かに、ここでは俺に勝ち目はない。しかし、外ではどうかな?」
  そう言うと、柳川は部屋から飛び出した。
  しまった!
  レミィの心の中に入り込んで昏睡状態の、僕の体を襲うつもりだ。
  早くここから出て目を覚まさないと。
  僕は部屋から飛び出した。
  それと同時に外へ続く道を探す。
  あった! これだ!
  僕はそちらへ走り・・・
 「待ってください!」
  ぐいっ
 「うわわわわっ!?」
  どしんっ
 「だ、誰だっ! 邪魔するな」
  僕は上にかぶさるように倒れている人物を蹴り飛ばした。
 「うう・・・ひどい、祐介さん・・・」
 「わっ! 楓ちゃん!?」
  楓ちゃんは地面に倒れたまま、泣きそうな顔でこちらを見つめている。
 「ご、ごめん、あとでちゃんと謝るから!」
  僕が走りだそうとすると・・・
  はっし
 「か、楓ちゃん・・・あの、僕急いでるんだ。だからさ・・・」
 「柳川さんの事は耕一さん達に伝えました。だから祐介さんが急ぐ必要はありません」
 「え、そうなの?」
  こくり
 「でも、僕も行った方がいいでしょ?」
  ふるふる
 「祐介さんはまだここでやらなければならない事があります」
 「やらなければならない事?」


                                     ☆☆☆


 「柳川・・・お前だったのか」
 「やれやれ、今までの計画が水の泡だ」
  俺達三人に囲まれているにかかわらず、柳川は余裕だ。
 「おいっ! 聞いてんのかよ!!」
  そんな態度に、梓はぶち切れ寸前だ。
 「柳川さん、あなたはどうしても狩りをやめられないのですか?」
  対照的に、落ち着き払った態度で千鶴さんが訊ねた。
 「俺は狩猟者だからな」
 「そうですか・・・」
  その感情の無い表情が、俺には辛かった。
  柳川を殺せば、千鶴さんの心に新たな痕を刻む事になる。
  できれば穏便に済ませたい。
 「柳川さん・・・」
  しかし、千鶴さんはそれを望むかのように言葉を続ける。
 「なんだ?」
 「わたしは、あなたを・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「殺さなければなりません!」
  その言葉と同時だった。
  柳川は千鶴さんに向かって跳んだ。
 「あっ」
  一瞬だった。
  構える暇も無く、千鶴さんは柳川の爪に貫かれていた。
  ズブッ
  柳川は爪を引き抜くと、ぴっと血を払い、ニヤリと笑った。
 「グオオオオォォォォォォォォォォ!!」
  俺は鬼になっていた。


                                     ☆☆☆


 「ほら、急いで急いで!」
 「あんまりせかすんやない! 事故ったらどうするんや!」
  レーサーのデータをダウンロードしたセリオが、すし詰め状態のワゴンをとばす。
 「浩之ちゃんだいじょうぶかな・・・」
 「だいじょうぶですよ。浩之さんはやる気になればなんでもできるって、あかりさんが
 自分で言ってたじゃないですか」
 「そうだよね、浩之ちゃんはなんでもできるんだもんね・・・」
  にっこりと微笑むマルチに、あかりは弱々しく答えた。
 「こらそこっ! 戦う前から湿っぽくなってるんじゃない!」
  楓はセリオのナビゲーターをしている。
 「ここを右に曲が・・・」
  キュキュキュキュ・・・
 「きゃっ!」
  どすん、ごろごろ、ずしんっ!
 「お姉ちゃん痛いよぉ〜」
 「うう、どうしてこんな目に・・・」
 「梓せんぱぁ〜〜〜〜〜い!!」
 「いたた・・・あ、そこの角をひだ・・・」
  キュキュキュキュ・・・
  どんがらがっしゃーん!
 「あううううぅ」



 「見えたっ!」
  サンルーフから顔を出していた綾香が叫んだ。
 「ちょっと、千鶴さんと梓さんやられてるじゃない!」
  志保の言葉通りだった。
  千鶴も梓もぐったりと倒れたまま動かない。
 「梓せんぱああああぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
  血を流す梓を見て、かおりは卒倒した。
 「あ、あれ? 祐くんは? 瑠璃子さんと月島さんは?」
 「沙織さん、そちらの方はもう問題ありません。あとは柳川さんを倒せば終わりです」
 「そ、そう・・・?」
  冷静を装っているが、楓からは強い殺気が発せられていた。
  特別な力のない沙織が引くぐらいなのだから、かなりのものなのだろう。
 「姉さん・・・」


                                     ☆☆☆


 「なんだ、騒がしいのが来たな」
  突然の援軍にも柳川の態度は変わらない。
 「みんな・・・」

 「──耕一さん」
 「セリオ?」
  俺に近づいたセリオが耳打ちしてきた。
 「──勝てそうですか?」
 「いや、ヤバイかもしれない」
  俺は正直に言った。
  事実、さっきの電波の影響からか体がいつもに比べて重いのだ。
  セリオは少し考え込んで、言った。
 「──軍事データをダウンロード、解析すれば、柳川さんに致命的なダメージを与える
 事ができます。」
 「ぐ、軍事データだって!?」
  んな物騒なものまでデーターベースにあるのか?
 「──ただ、厳重なプロテクトがかけられているため解析に時間がかかります。それま
 で足止めしていただけますか?」
 「分かった」


  俺の気がそれたのを見て、柳川は首を狙い斬撃を繰り出した。
  とっさにしゃがみ紙一重でかわした俺は、柳川を羽交い締めにした。
 「ぐっ!?」
 「こいっ! 今だ!」
 「どりゃああああぁぁぁぁぁぁ!」
  いち早く反応した葵ちゃんの崩拳が炸裂した。
  俺がしっかり押さえつけているため、衝撃を殺す事はできない。
  さすがの柳川もアゴが下がった。
 「はっ!」
  そこに綾香ちゃんのアッパー掌底がヒットし、アゴが上がったところへ、葵ちゃんの
 肘が首に突き刺さった。
 「グオオッ!」
  ブンッ
  しかし、それだけの攻撃をくらいながらも、柳川は一発の蹴りでふたりを吹き飛ばし
 た。
 「くはっ!」
 「あうっ!」
  吹っ飛ぶふたり。
 「え? ちょ、ちょっとまっ・・・・・・ぶぎゅっ!」
  しかし、ちょうど志保ちゃんがクッションになったため、ダメージはそれほど大きく
 なかったようだ。
  よかったよかった。
 「ふ〜〜っ、だめねぇ」
 「すごい打たれ強さですね」
 「──解析するまで持つでしょうか?」
 「あうぅ、落ち着き払わないでくださぁ〜〜〜い」


 「ぜえ、ぜえ・・・」
 「さ、さすがのあんたもだいぶ参ってるよーね・・・」
 「あ、あんたこそ・・・さっき潰れたんやなかったんか?」
  全員ふらふらだ。
  さっきから攻撃を仕掛け続けているからなのだが、あまり効いていないようだ。
  俺の方もだいぶ参っていた。
  柳川の腕を封じるので精いっぱいだ。
 「まだなのか・・・セリオ・・・」
 「・・・・・・グオオオオォォォォォォォ!!」
 「うわっ!?」
  一瞬の気の緩みを見逃さず、柳川は俺の束縛から逃げ出し、すかさず爪で切り付け
 た。
 「ぐわあっ!」
  突然の事に、避ける事も出来なかった。
  世界が赤く染まった。
 「耕一さんに何を・・・あうっ!」
  駆け寄るマルチも一刀両断にし、セリオに迫る。
 「あっ、セリオが!」
 「キサマを狩れば終わりだ!」
  カチッ
 「──解析完了。プログラムを実行します」
  セリオの言葉に柳川の動きが止まった。
 「──ジェノサイドバルカン、発射!」

  ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

 「グワァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
  セリオの砲撃は柳川の全身をズタズタに引き裂いた。
  そのまま、ゆっくりと前に倒れ・・・

  ドスッ

 「!?」
 「な、なんや?」
 「綾香さん・・・こ、これって・・・」
 「わたしが知るわけないでしょ・・・」
  柳川の背から鋭い爪が生えていた。
 「アナタはアタシをもてあそんだ。絶対に許さない!!」

  ズバアッ

  その爪は、そのまま柳川をまっぷたつに掻き切った。
  柳川の体がゆっくり倒れる。
 「レミィ・・・」
  手を赤く染めて俯いた、レミィの姿がそこにあった。
 「宮内さん・・・」
 「れ、レミィ・・・正気に戻ったんか?」
  ゆっくりと顔を上げる。
  その顔には、嬉しいような、悲しいような、複雑な笑みがたたえられていた。
 「ゴメンネミンナ・・・アタシ、もうダイジョーブダヨ・・・」


                                     ☆☆☆


  数日後、オレ達は柏木家代々の墓にお参りに来ていた。
  その墓石には、新しい名前が加えられている。
 『一応俺達の叔父だからな』
  コーイチさんはそう言っていた。
  そんなもんだろうか?
  まあ、オレごときが口を出す問題ではないのだろう。


 「あ〜あ、結局オレの見せ場は無かったな」
 「ずっと気絶してたんだってねー。ダメねぇ」
 「気絶してたんじゃねー! 祐介に眠らされてたんだよ」
 「そうですよぉ、志保さん」
  マルチ達は、緊急出張(?)してきた長瀬さんたちによって完全に修理されている。
 「どーだかねー、祐介に口合わせ頼んだんじゃないのぉ?」
 「てめー志保、いいかげんに・・・」
 「おいおい、いいかげんにしときなよ。ふたりとも」
  くすっ
 「お、楓が笑った」
  ぽっ・・・
  コーイチさん達はすっかり傷も癒え、普段とまったく変わらない。
  あいかわらずすごい回復力だ。
 「ネエネエ」
  そして、レミィは・・・
 「今日はこれからドーシヨーカ?」
 「ん〜、特に予定は無いと思うけど」
 「じゃあ・・・」
 「どこか行きたいところがあるのか?」
 「ハンティング!」
 「「「ダメ!!」」」
  普段とまったく変わらなかった。

 「おまえ自分の置かれてる状態が分かってるのか?」
 「ハハッ、クヨクヨしててもショーガナイネ。明るく行かなきゃ」



                                   〜Fin〜