投稿者:ひめろく

ピン・ポーン。
・・・・・・・・・・。
カチャ。
「夜分遅くに失礼します。こちら藤田浩之さんのお宅でしょうか?浩之さんは?」
「浩之はオレだけど・・・」
訝しげな視線。まあ、それは当然だろう。雨の晩に、ずぶぬれの大男が訪ねてきた
のだから。彼の目に自分がどう映っているのか考えると少しだけ可笑しくなった。
雨でフニフニになった名詞を差し出す。
「来栖川電工HM開発課主任?HM開発課って・・・マルチの?」
「はい。いつも私どもの娘たちがお世話になっております。今日は、その・・・セ
リオがこちらにお邪魔していないかと思いまして・・・」
「セリオが?いえ、来てないけど・・・、セリオがどうかしたんですか?」
「いえ、お邪魔していないのなら結構です。夜分遅く失礼しました」
藤田家を辞して、夜の雨の中を歩き出す。
ふーむ、そうなると、もう少し辺りを探してみますか。

セリオが頻繁に機能停止を起こして倒れるようになったのは、2、3日前からのこ
とだった。原因はすぐにわかった。プログラムの中にできた小さなバグ。
すぐに消すことができるにもかかわらず、私はそれを消すことができなかった。
藤田浩之、彼との接触によって生まれたそれは、セリオに何をもたらす事になるの
か?
心が、生まれ初めているのかも知れない。ロボットとしての機能を追求して作られ
たセリオに心が?しかし、物事を体験することによって学習していく能力は、セリ
オにも備わっている。はたして、ロボットに心というモノが必要なのか?それが私
にはどうしても分からなかった。
私はいつか、その答えを知ることができるのだろうか?


しばらく藤田家のまわりを重点的に探したが、セリオの姿はどこにも見あたらな
かった。ひとまず研究所に戻ろうかと考えていると、目の前で何かが動いた。暗い
し雨も降っているのでよくは分からないが、人が誰かを抱きかかえて歩いている。
しかも、こんな雨の夜に。近ずいてみると、それは・・・。
「藤田君?」
彼が、こっちを向く。
「主任さん・・・セリオ・・・見つけましたよ」
そして、腕の中の娘を私に託すと、
「それじゃ・・・」
と、言ってくるりと背を向ける。
「浩之君」
「・・・・・」
「このこが目を覚ました時、側に居てやってくれませんか?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・わりぃ、オレ、セリオの気持ちに応えてやること、できない・・・」
「そう・・・ですか」
彼は、春の夜の雨のとばりにの向こうに消えていった。

「気分はどうですか?」
研究所。とりあえず、応急処置を済ませ、セリオを起こしたところだ。
「・・・・・。わたし、どうしていたんですか?」
「プログラムのバグで機能停止していたらしいんです。それで、どこかに倒れてい
るところを―藤田浩之君・・・知ってるでしょう?―彼が探して連れてきてくれた
んです」
「・・・浩之さんは?」
「ここにはいません。彼から・・・伝言をあずかっています」
「・・・・・。」
「君の気持ちに応えることは、できないと・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「主任」
「何ですか?」
「私には涙は流せないのですか?」
「・・・君の場合、涙はカメラを保護する為のものなんです。悲しいという感情に
よって涙を流すことはできないんです」
「・・・・・」
「涙、流してみたいですか?」
「・・・はい」
私はパソコンのディスプレイを見つめ、そしてキーボードに手を置いた。
カタカタカタ・・・・・。
「どうですか?」
「・・・・・」
セリオの目から1粒の雫が頬を伝った。
私はその、電源の入っていないパソコンをもう一度見つめた。
久しぶり煙草でも吸いたくなったなと、そう思った。
                                    終
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こんにちは。ひめろくです。
この話ですが。
セリオの成長物語を書きたかったんですが・・・。
ま、何はともあれ、読んでくれた方読んでくれてありがとう。
それでは。