「父よ、母よ」(完全版) 投稿者:ハイドラント
             「父よ、母よ」




 なあ、楓ちゃん。
 なんですか?
 子供、欲しくない?
 ……。
 ははは。唐突過ぎたか。でも、産むならどっちがいい?
 私は……男の子がいいです。




               ***




「鬼が現れた」
 それが、今日の仕事を終えて帰ろうとしていた俺を自室に呼び付けた
署長の第一声だった。
「鬼が……ですか?」
 鸚鵡返しに尋ねる俺に、馬面の署長は重々しく頷く。
「そうだ。正確に言うなら、帰ってきたと言うべきだろうな」
 鬼。
 そう呼ばれる存在による殺人事件が各地で散発的に起こるようになっ
てから、もう長い刻が経っている。
 今や鬼は、台風や地震と同じ、一種の自然災害の様に思われていた。
 その出現は、いつも死体の発見によって確認される。
 大型の肉食獣に襲われたかのような、惨たらしい人間の残骸。
 それは奴の仕業。
 奴の正体は知られていない。
 特殊な凶器を持った人間という説が有力であり、またある種の肉食獣
であるとの声もあるが、何せ奴を見て生き残っている者がいないので、
確かな所は不明。
 警察の必死の捜索にすらその実体を掴ませない、姿なき殺戮者。
 それが、鬼。
「そう言えば、奴の犯行が最初に確認されたのはここでしたね……」
「うむ。前の時もだが、今回も警察官が殺された。警邏中の巡査だ」
「はあ……」
 適当な相槌を打ちながら、俺は嫌な予感がひしひしと湧き上がって来
るのを感じていた。
 鬼が現れた、だから今後気を付けるように、というだけの話ならいい
のだが、どうも違うような気がする。
「……それで、だ。君を呼んだ理由だが……」
「はい」
(来やがった)
 俺は心中で身構えた。
「君と君の部下に、『鬼』の捜索、及び捕縛を任せたい」
「……」
 思わず、天を仰ぐ。
 予測していたことではあったが――
 試験のヤマは必ず外れ、悪い予感は必ず当たる。俺だけでなく誰しも
大概そんなものなのだろうが。
 そう思ってはみても、溜め息が出るのは止められない。
「それは、命令ですか?」
「……その通りだ」
 視線を床に落とし、署長は呟くように答える。
 日頃はどこか軽そうな雰囲気のある人間だが、さすがに今は表情の翳
りを隠せていない。
 俺はもう一度溜め息をつくと、頷いた。
「分かりました。全力を尽くします。
 ご用件は以上ですか?」
「うむ……」
「では、失礼します」
 俺は敬礼し、踵を返す。
 扉を開け、部屋から出ようとした時、独り言のような言葉が俺の背に
当たった。
「……すまない」
「………」
 口元が歪む。
 この状況でその台詞は、死の宣告以外の何物でもない。
 もう少し他の言いようをすれば良さそうなものだが……妙な所で真面
目な人間らしい、この署長は。
 俺は湧き起こり掛けた笑いを消して振り返ると、もう一度敬礼して部
屋を出た。


 俺は、会いたくはなかった。出来るなら、一生。
 あの鬼、には。
 ……だが、同時に誓ってもいた。
 もし、奴が俺の前に現れる時が来たら、決して逃げはすまいと。
 その時が来たのだ。




 寄り道をせずに帰宅したが、家に着いた時には既に夏の陽も残影すら
なく、辺りはすっかり暗くなっていた。
 五階建てのマンションの一階、俺の部屋の窓からは、カーテンの隙間
をぬって漏れる光と共に、トントントン……という規則的な音が聞こえ
てくる。
「ただいま」
 俺がドアを開けると、包丁の音が止まり、代わって台所の方からぱた
ぱたと小走りに駆け寄ってくる音がした。
「お帰りなさい、耕一さん……」
 小柄な人影が、いつものように小さく微笑んで俺を出迎えてくれる。
 楓。
 俺の、最愛のひと。
 そういう体質なのか、彼女の容姿は殆ど昔と変わらず、若々しい。
「ごめんなさい、ご飯の準備、もう少し掛かります」
「いや、いいよ」
 靴を脱いで上がり、漂ってくる匂いに鼻をひくつかせながら自分の部
屋に向かう。
「いい匂いだな。これは……肉じゃが?」
「そうです。耕一さん、好きでしょう?」
「うん」
 ……実の所、別に好物では無かったが。
 嫌いという訳でもないが、子供の頃からしょっちゅう食べさせられて
いたせいで、「またか」という気持ちの方が強い。
 だが、そんな事を言えば楓を悲しませるだけだ。喜んで食べて見せれ
ば、彼女は笑ってくれる。その事を思えば肉じゃがも悪くない。
 そんな事を思いつつ自室に入ると、俺はすぐに息苦しいスーツを脱ぎ
捨てた。
 後ろに控えた楓がそれを受け取り、手早く畳んでいく。
 その姿を眺めつつ、俺は疲れた肩をほぐしながら、何気なさを装って
切り出した。
「……あのさ、楓……」
「はい?」
 畳んだ服をクローゼットに仕舞いながら、彼女が答えてくる。
 その背中に向けて、俺は続けた。
「……鬼が、現れた」
 びくり――
 楓の肩が震えた。
「命令でね……俺が捜索にあたることになった。
 だから――」
「いやぁっ!」
 俺の言葉を遮り。
 楓が、飛びつくようにして俺にしがみついてきた。
「楓……」
「いや……いや、です……。
 もう……もう、置いていかれるのは嫌です……耕一さん!」
 楓の顔が押し付けられた胸の辺りに、冷たい感触がある。
 俺は、彼女の頭をそっと撫でた。
「大丈夫……大丈夫だ。楓を一人にはしないよ。
 俺は楓を置いてどこかへ行ったことなんか、一度もないじゃないか。
 そうだろう?」
「……あ……」
 彼女の顎をそっと掴み、上向かせる。
 そのまま、唇を重ねた。
「ん……」
 甘い唇を、奪うように吸う。
 楓が、俺の背に回した手をぎゅっと握る。
 俺は暫くして唇を離すと、彼女の慎ましやかな胸のふくらみに手を伸
ばした。
「あ……」
 小さく声を上げる楓。
 俺はその唇を再び己の唇で塞ぎ、そして彼女の身体をゆっくりと床に
横たえた。


 ……そうだ。
 俺は、楓を守り抜く。
 置いていったりはしない……俺は。




「柏木先輩、あの人……」
「ん?」
 数日後の昼下がり。
 奴の捜索のためアーケードを歩いていた俺は、一緒にいた部下の刑事
の一人である鈴木に腕を引かれ、そちらに目を向けた。
 銀行の前で、グレイのスーツを着た女性が黒塗りの乗用車に乗り込も
うとしている。
「……千鶴さん」
「? ……あっ、耕一…君」
 二人の部下をそこに残し、歩み寄りながら俺が声を掛けると、その女
性は少し驚いたように顔を上げた。
 柏木千鶴。楓の姉であり、ここ隆山の一大リゾートホテル『鶴来屋』
の会長でもある。
 楓と同じく、彼女の容貌も時の経過というものを殆ど感じさせない。
「こんにちは。……お仕事、ですか?」
「ええ……」
 彼女の問いかけに頷きながら、俺はその顔が僅かに強張っているのに
気が付いた。
 直感的に、理解する。
「聞きましたか、鬼のこと」
「……ええ。帰ってきたそうですね……隆山に」
 苦しげな表情で頷く千鶴さん。
 彼女は奴に関して辛い記憶がある。楓と同じく彼女も、昔の事件の当
事者なのだから。
 俺に昔の事件の一部始終を教えてくれたのは千鶴さんである。楓には
それは出来なかったからだ。
「……それで、耕一君。どうするつもりなの?」
「幸い、と言っていいのか分かりませんけどね。奴の捜索及び捕縛を任
されました。
 ……だから、やりますよ。俺の手で、全て終わらせます」
「耕一君……」
 千鶴さんの表情が更に苦しそうなものになる。
 彼女は暫く躊躇っていたが、やがて思い切ったように口を開いた。
「……こんなことは言うべきではないのかもしれないけど。
 耕一君、あなたはいつまでも楓に縛られていなくてもいいの」
「…………」
「あなたには、あなたの人生があるべきなんだから……」
「そうだよ」
 千鶴さんの言葉を遮る俺。
「その通りさ。でも……彼女と共に生きることが、俺の人生なんだ。
 俺は、その為に生まれてきたんだから」
「耕一君、それは……!」
「いいんだよ。大事なのは、俺がそれを望んでるってことだ。
 ……心から、ね」
「…………」
 彼女は口を閉ざした。
 憐憫と、そして後悔の色がその表情にある。
 彼女には、やはり間違っているとしか思えないのだろう。今の、俺と
楓の姿が。
 ……間違ってなどいないのに。そう、絶対に。
「それに、俺しかいないでしょう。奴を止められるのは」
「それはそうだけど……でも、君だって勝てるかどうかは……」
「大丈夫ですよ」
 俺はにっと笑って、拳を握って見せる。
「俺は、力を制御出来るんだから。……奴とは違って、ね」




 千鶴さんと別れてから暫く街を歩き回ったが、これといった手掛かり
も見つからず、ふと気付くと日が沈みかけていた。
「今日も収穫なかったですね」
「いいじゃないか、その方が安全だし」
「それが警察官の台詞ですか? ……まあ、僕もそう思いますけど」
 二人の部下、鈴木と佐藤の会話を聞き流しながら、俺は思索を巡らせ
ていた。
 ……奴を捕捉することは、予想以上に難しいようだ。
 ある程度奴に近付けば、その気配を感知できるはずなのだが、今のと
ころ何も感じない。
 ……もしかすると、奴はもうここにはいないのだろうか?
 その可能性に思い当たって、俺は失望と、小さな安堵を感じた。
 そうかも知れない。これまでの事例を見てみても、奴が一ヶ所に長く
留まった例はない。
 まだ、その『刻』ではないのだろうか。
 だが、奴にとって隆山は特別な地だ。同族が多く住む地なのだから。
 なのに、他と同じようにほんの数日で去ってしまうなんて事は……
「ないよな、やっぱり」
「はい?」
 突然足を止め、呟いた俺に、鈴木が訝しげに問うてきた。
 立ち止まるまで気付かなかったが、ここは公園の中だ。警察署までは
まだかなりの距離がある。
 辺りに人の姿はない。
 ……好都合だ。
「鈴木、佐藤」
「はい?」
「署まで走れ」
「……は?」
 二人ともぽかんと口を開けた。
 俺は構わず、畳み掛けるように続ける。
「着いたら署長に言って、機動隊を出動させるんだ。いいな?」
「え、あの……まさか、鬼が…!?」
「いいから行けぇっ!!」
 俺が一喝すると、二人は転がるようにして走り去っていった。
 ……これでいい。
「邪魔者はいなくなったぜ……」
 低い声音で、呟く。
 瞬間。
 ざわりっ……
 それに応えるように、背後に気配が出現した。
 圧倒的に強大な、力の気配。
 俺はゆっくりと振り向く。
 ……薄闇の中に、奴が、いた。
 人の倍はあろうかという巨体を有する、鬼が。
「ルゥゥゥゥウウウウウウウウウ……」
 俺を見て、奴は地の底から響いてくるような唸りを上げた。
 嬉しそうに。
 ……嬉しいのは俺も同じだ。
「会いたかったぜ……」
 奴に語り掛けつつ、俺は力を解放してゆく。
 腕が。足が。胸が。腰が。
「力を制御出来なかった、哀れな鬼!」
 筋肉と骨格が膨れ上がり、巨大化して服を押し破る。
 柏木の血の内に眠る力。
 その全てを解放した時、俺は地上最強の獣になる。
「俺のこの力は、お前を殺すためだけにあった!」
 もはや俺は人ではなかった。
 奴と同じ……鬼。
「行くぜェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
 俺達は同時に地を蹴った。


 殺す。
 こいつを、殺す。
 こいつを殺さなければ……俺は『俺』になれない。
 こいつを殺せば……もう誰も、俺と楓を脅かさない。


 血。咆哮。斬撃。激突。血。打撃。掴む。投げる。殴る。蹴る。血。
噛み付く。引き剥がす。血。絶叫。絶叫。血。血。血。血。血……


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
 血を吐き散らしながら咆哮し、俺は奴の胸板に拳を叩き付けた。
 重い手応え。
「グフゥゥゥ……ッ!」
 呻きを上げながらも、奴は俺の横腹を蹴りつけてくる。
 みしりっ……
 肋骨が数本、砕ける音が聞こえた。
「オオオオオオオオオオオオオ!!!」
 よろめいた俺に向かって、奴が爪を振り上げながら突っ込んでくる。
 血に濡れた凶器が閃く。
「ウ……ガアアアアアアアアアアアアアア!!!」
 俺は歯を食い縛ると、奴に向かって大きく踏み込んだ。
 間合いを外された爪が空を薙ぎ、奴の上腕が俺の左肩にめり込む。
 それと同時に、俺は額を奴の鼻柱にぶち込んだ。
「ギィィィィィィ!!??」
 絶叫を上げ、奴が後ろに転がる。
 好機!
 俺は追撃しようと――
「グゥッ!?」
 右足を踏み出した瞬間、脇腹に走った激痛に膝を崩した。
 ……折れた肋骨が、内臓に突き刺さっている。
 苦痛を堪えて体勢を立て直しつつ、俺はそれを自覚した。
「フゥゥゥゥゥゥ……」
 唸り声に目をやると、奴がゆらりと立ち上がっている。
 その全身は、己の血と返り血とで、真紅に染め抜かれていた。
 奴の視線と俺の視線とが真っ向からぶつかる。
 ……あと、一撃。
 全力の攻撃を繰り出せるのは、あと一度が限度だろう。
 そして、それは恐らく奴も同じだ。
 俺達は、暫しの間、微動だにせず睨み合った。
 満月の光が、俺達の姿を照らし出している。
 穏やかな風が俺の頬を撫で、そして奴の髪を揺らす。
 ……来る。
 奴がゆっくりと爪を振り上げた。
 俺は僅かに腰を落とし、迎え撃つ体勢をとる。
 そして――


「こう、いち、さん……?」


「な……!」
 声のした方を振り向き、俺は絶句した。
 楓。
 黒髪をゆらめかせ、彼女がそこに立っている。
「何故、ここに……危ない、離れろ!」
 俺は楓に向かって叫んだ。
 彼女も鬼の力を有しているとは言え、奴の力には抗すべくもない。
「耕一……さん……」
 だが、楓は俺の声を聞いた様子もなく、再び呼びかけた。
 ……俺に、ではない。
「グ……ウゥゥゥゥゥ……?」
 奴が訝しげに唸った。
 自分を真っ直ぐに見詰めてくる、彼女の姿に。
 楓は、ゆっくりと奴に歩み寄ってゆく。
 その表情に、血だらけの鬼に対する脅えは微塵もない。
 ――いや。むしろ。
「耕一さん……」
 歓喜に震える声で、楓は三度、俺の名を口にする。
 奴の方を見て。
 俺には一度も見せたことのない、心からの笑顔を浮かべて。
 ……待てよ。
 ……待てよ、楓……!
「楓っ!!」
 俺は彼女に向かって叫んだ。
 だが、楓は……俺の方に視線を向けることすらない。
「やっと、会えた……」
 泣いていた。
 涙を零しながら、彼女は奴に向かって手を差し伸べる。
「耕一さん……!」
 俺の名を口にしながら。
 俺でない男を見詰めて……
 俺は、折れそうなほどに、歯を噛み締めた。
「……耕一は……」
 血を吐くような想いで。
 俺は、絶叫した。
「耕一は俺だよ!! …………母さんっ!!!」
 生まれて初めて、だったろう。俺が彼女をそう呼んだのは。
 一生、この言葉を口にすることはないと思っていたのに……
 ……だがその叫びすらも、彼女には届かない。
 彼女は、ただひたすら真っ直ぐに、奴を見詰めている。
「ウ……グゥ……?」
 奴の様子がおかしい。
 身に纏っていた凄まじい殺気が、次第に消え失せていく。
「…………カ……」
 声の調子が、僅かに変わった。
 自分を迎え入れようとするかのように、手を差し出してくる楓を前に
して、奴の中で何かが目覚めようとしている。
「カ………エ……デ……?」
 奴が、ゆっくりと、楓に向かって手を伸ばした――


「…………!!!!!」


      ――のは、俺の爪が奴の首を斬り飛ばしたのと同時だった。


「あ……」
 楓が、小さく声を上げた。
 首を失った鬼の身体が、ゆっくりとくずおれる。
 噴き出した鮮血が、楓の身体を斑に染めた。
「こういち……さん……?」
「耕一は俺だ」
 奴の身体を抱き止め、呆然と呟く楓に、俺は低い声で告げる。
「柏木耕一は、ここにいる。
 それは……ただの、鬼だ」
「耕一さん……耕一さん!」
「……違う」
「耕一さんっ……」
「っ……!!」
 俺の言葉に耳を貸さず、ひたすら奴の骸に呼びかけ続ける楓の姿に、
俺の中で何かが弾けた。
「俺が耕一だ! そうだろう、楓!!」
 彼女の胸座を掴んで引き起こし、喚き散らす。
「お前が俺をそうしたんじゃないかっ! だから、俺は、ずっと……
 ……母さんっ!」
「…………耕一さん…………」
 楓は――
 虚ろな瞳に、俺の姿を映すこともなく、その名を呟く。
 俺の名前。
 だがそれは、楓にとっては、俺ではなく奴の名前――
「……………………!!!!」


「ウァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 迸った鮮血が目に飛び込み、俺は何も見えなくなった。




(そして、少年は――)




「……先輩っ! 柏木先輩っ!!」
 叫び声と多数の人間の足音が、近付いてきた。
 鈴木だ。その横には佐藤、それに数十人の機動隊員が続いている。
「先輩っ! 何処ですか……っ!?」
 鈴木が、息を呑んで立ち止まった。
 首の無い巨大な生物の骸と、それに折り重なるように倒れる女の骸を
目の当たりにして。
 それが現す意味を、鈴木が知ることは出来なかった――考える事すら
も。
 出来る訳がない。思索を巡らせる為に必要な頭は、刹那の間に、俺の
腕で叩き潰されていたのだから。
「す……すず――」
 同僚の名を叫ぼうとした佐藤もまた、果たせなかった。
 俺の爪が喉笛を切り裂き、最後の一音の代わりに笛のような甲高い音
を鳴り響かせる。
 空気と共に、血が噴き出た音だ。
「う――」
「――うわぁぁぁぁぁあああああああ!!??」
 一瞬の内に二人の人間が死体と化したのを見て、機動隊員たちが一斉
に動く。
 動いたのは一斉だったが、内容はばらばらだった。
 背を向けて逃げ出す者。銃を構える者。意味もなく死体に駆け寄ろう
とする者……。
 ――しかし。


 五分後には、皆同じ姿になっていた。




(――母を求め――)




 俺は柏木耕一。
 柏木耕一に、なるのだ。
 それが俺の存在意義だ。……母から与えられた、俺の命題だ。
 楓。お前は、側にいてずっとお前を守ってきた俺は、柏木耕一ではな
いと言うのだな?
 数多の命を奪った殺戮の鬼が、本当の柏木耕一なのだな?
 ならば俺は、その『柏木耕一』になろう。
 お前から与えられた命題を果たそう。
 だから。
 俺が耕一になったら、俺の名を呼んでくれよ。
 いつものように。




(――父を後継する。)




 楓。
                          ……母さん。




               ***




 なあ、楓ちゃん。
 なんですか?
 子供、欲しくない?
 ……。
 ははは。唐突過ぎたか。でも、産むならどっちがいい?
 私は……男の子がいいです。
 どうして?
 だって……きっと、耕一さんに良く似た子に育つから……。








                              終

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 えー、皆様、お久しぶりです。てーか大半の人は初めましてなんじゃ
なかろーか(笑)
 前のやつから一年経ってるんじゃないかなー(笑)

 「父よ、母よ」(完全版)。
 何が完全版かというと、実はこれ、8/14のLeaf総会で配布さ
れたオフセット本に収録して頂いた作品なんですね。
 ただ、その時はページ数の都合で、かなり削った上に結末も少々当初
の予定とは変えてしまったので……修正前の完全版を、この場を借りて
発表させて貰おうと思った次第です。
 闇に葬ってしまうのも遺憾だしねえ。

 次回作の予定は……無し(笑)
 気の向き方次第では、またある日突然短編でも出すかも知れんですが。
 ではまたいずれ、近いか遠いか分からぬ時に〜。