意味無き答 投稿者:ハイドラント
 注・これは「命令」の続きです。

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                 「意味無き答」


「・・・それで、マルチはどうしました?」
 俺の話を聞き終えると、長瀬さんは穏やかな口調で尋ねた。
 俺は、出来るだけ感情を出さずに言った。
「あなたは、知っているはずでしょう?
  そう命令を受けた場合、マルチがどうするのか・・・。」
「・・・・・・・」
 長瀬さんは、しばらく沈黙した。
 静寂が流れる。
 昼時の喫茶店の喧騒も、ここには届かない。
 俺は、カップの中のコーヒーを見つめつつ、答えを待った。
 やがて、長瀬さんが口を開く。
「・・・正解は三番、と言ったところですか。」
「?」
 訝しげに眉を寄せた俺に、長瀬さんは笑みを向けた。
「あなたはマルチにその命令を下す事が出来なかった。
  ・・・それが、正解でしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
 ・・・その通りだった。
 俺は結局、あの言葉をマルチに言う事は出来ず・・・友人も、
さっさと帰してしまった。
 その代わり、俺は長瀬さんにこの話を聞かせ、彼の口から答え
を引き出そうとしたのだ。
 だが、相手の方が一枚上手だったらしい。
 何も言えずにいる俺に、長瀬さんは静かに言った。
「私の答えを知りたいというなら、教えましょう。
  ・・・マルチは、命令に従うでしょうね。最終的には。」
「・・・!」
 俺の体が震える。
「・・・じゃあ・・やっぱりマルチは・・・」
「あなたに、主人に絶対服従するように我々が作った・・・とは
  言っていませんよ。」
「え?」
 俺は顔を上げた。
 長瀬さんは続ける。
「・・・その答えはさておき。
  私は、『愛の形』というものは色々あると思うのですよ。
  その中には、相手に絶対服従する、という形もあるのではない
でしょうか?」
「・・・・・・・・」
「愛した相手の言う事には何でも従う。
  自分の意志より、相手の意志を常に優先する。
  ・・・まあ、そんなに激しい愛というものは、滅多にないでしょ
うけどね。」
「マルチが・・・そうだって言うんですか?」
 俺は尋ねた。
 だが長瀬さんは、それには答えなかった。
 代わりに言う。
「愛にせよ、プログラムにせよ、マルチがあなたに絶対服従する
として・・・・。
  ではあなたは、マルチの意志を無視するような命令を下す事が
出来ますか?
  例えば、他の男に抱かれろ、とか。」
「それは・・・」
 俺は口篭もった。
 長瀬さんがにこりと笑う。
「そう、その答えは既に出ている。あなたはそんな命令を下す事
は出来ない。
  ・・・あなたは、マルチを愛しているから。」
「・・・・・」
 俺は、しばし沈黙して・・・うなずいた。
「あなたがマルチを愛しているか、否か。これは確かにあなたの
問題です。
  ですが、マルチがあなたを愛しているか否か、というのはマル
チの問題であって、あなたの問題ではない。
  突き放した言い方になりますが、私はそう思いますよ。」
「・・・でも!」
 俺は声を荒げた。
「でも、俺が人間を愛したのか、それともロボットを可愛がって
喜んでいただけなのか、それは俺の問題でしょう!?」
「・・・・・・・・」
 長瀬さんは目をそらして黙り込んだ。
 俺も口を閉じる。
 だがやがて、窓の外を見つつ、長瀬さんがぽつりと言った。
「・・・私は、反対したんですよ。」
「?」
「メイドロボにダッチワイフのような機能をつけることには、反
対だったんですよ、私は。
  人間に対する愛と、ロボットに対する愛は違う。
  性交は、人間に対する愛の行為です。
  それをロボットに行う事は、ロボットに対しても人間に対して
も冒涜・・・そう思ったんです。
  結局、無視されましたがね・・・。」
「・・・・・・・」
 俺は黙って、長瀬さんの横顔を見ていた。
 しばしの後・・・長瀬さんが俺の方に向き直った。
「答えを教えてあげましょう。
  私たちが、マルチを人間として作ったのか、それともロボット
として作ったのか。
  ・・・ただ、その前に一つ答えて下さい。」
 そう告げて、真っ直ぐに俺を見つめる。
「仮に、マルチが『ロボット』であったなら・・・
  あなたは、これからどうします?」
「・・・・・・・」
 俺は、考えた。
 ・・・さほどの時間は必要無かった。
「それでも俺は、マルチを愛し続ける・・・と思う。
  でも、マルチを抱く事は、二度としない。」
「・・・そうですか。」
 長瀬さんは、目を閉じた。
「では、言いましょう。
  マルチは・・・・・・・・・・・」


 喫茶店から出ると、俺は空を見上げた。
 雲一つない青空が広がっている。
 今の俺の心のようだ。さっぱりとして気持ちいい。
 ・・・結局、自分の気持ちを確認しただけだ。
 俺はマルチを愛しているという事を。
 その意味で、長瀬さんの答えは俺にはどうでもいいものだった。
「ふふっ・・・」
 俺は何だか可笑しくなり、思わず笑みをもらした。
 そして、マルチの待つ家へ、歩き出した。


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「すぐに出せるか分からん」と言っておいて、いきなり書いてし
まいました。いや、私のSS、「ひらめき」に頼るところが大な
ので、いつ書けるか、というのは自分でも把握し辛いんですよ。
 というわけで、「命令」の続きです。
 最初の予定とはだいぶ違う形になりました。
 本当は、長瀬の答え・・・つまり私の考えを明記するつもりだっ
たんですが。
 予定変更して、こういう風にしました。
 ここで私の個人的な意見を述べたところで意味がない、と思った
からです。
 これでもなお、「ハイドラントの考えをはっきりと聞きたい」と
いう方、もしいらっしゃいましたら、メールを御寄せ下さい。


 しかし今回は、言葉の難しさというものについて改めて考えさせ
られました。
 たった一語書き忘れただけで、とんでもない事になりましたから
ね。
 今後は注意しないと・・・。