「父から二人に、祝福を」第八話 投稿者:ハイドラント


              第八話  雷鳴




>side.A  現実・・・あるいは虚構


 事件から数年後。
 大学を出て就職し、生活が安定してきた頃、俺は楓ちゃんと結婚した。
 式場は、もちろん鶴来屋だ。
 千鶴さん、梓、初音ちゃんを始めとする親戚たち、それに友人たちが集まり、俺
達を祝福してくれた。
 白無垢に身を包み、幸せそうに微笑む楓。
 俺はその笑顔を一生忘れないだろう。


 一年後。
 楓が妊娠した。
 医者に調べてもらったところ、男の子だという。
 俺は楓と相談した。
 産むべきか、堕胎するべきかを。
 男であるなら、いずれ必ず、鬼の力と戦わなくてはならない時が来る。
 勝てばいいが、もし負けたら・・・。
 俺達は、何日間にも渡って話し合った。
 そして、産む事を決心した。
 この子は力を制御できないかもしれない。殺戮の鬼と化すかもしれない。
 だが、制御できる可能性がある以上、俺達がその可能性を奪うべきではないと思
ったのだ。
 まだ楓のお腹の中にいるとはいえ、一つの命には違いないのだから。


 数カ月後、俺の息子は誕生した。
 元気な赤ん坊だった。
 俺は、自分の前世の名から字を取り、この子の名とした。
 柏木小次郎。
 小次郎は、すくすくと成長していく。
 歳月が、瞬く間に過ぎていった。


 そして、小次郎が二十歳になったとき。
 俺は、小次郎の鬼を、呼び起こすことにした。
 満月の晩。
 俺と楓と小次郎は、あの山・・・俺が力に目覚めたところにやって来た。


「これから、お前の中の鬼を、俺が目覚めさせる。
 自分の中の力を感じ取れ。だがそれに囚われるな。
 理性の力で、鬼を制御するんだ、小次郎。」
 俺の言葉に、小次郎は緊張した表情でうなずいた。
 小次郎には、柏木家の力の事を全て話した。その内容には半信半疑な様子だった
が、少なくとも俺が冗談を言っている訳ではないということは分かったらしい。
 俺の隣では、楓がじっと息子を見守っている。
「・・・始めるぞ、小次郎。」
 俺は、ゆっくりと鬼の力を解放していった。
 筋肉が、骨格が、変質していく。
 小次郎の顔が、驚愕に引きつった。
 体重が数倍に増化したため、俺の足が少しずつ地面にめり込んでいる。
 恐怖にかられて後ずさる小次郎に、俺は叫んだ。
「逃げるな、小次郎!
 これと同じものが、お前の中にもある。
 感じ取れ、自分の本当の力を!」
 びくり、と小次郎の足が止まる。
 俺と楓は、感じた。
 小次郎の中で、眠っていたものが、首をもたげたのを。
 それは、急速に強大化してゆく。
「小次郎・・・」
 楓が、祈るように呟いた。
 俺は、その肩にそっと手を置いた。
(大丈夫だ・・・・!)
 俺に出来たんだ。小次郎にも出来る。
 根拠になっていないのは分かっているが、それでも俺はそう信じた。
 ついに、小次郎の身体が変化する。
 全身の筋肉が増大し、服が破けた。
 それでもなお、身体の変化は止まらない。
(これは・・・)
 俺は内心でうめいた。
 小次郎の力は、かつて見た柳川の力を凌いでいる。
 もしかしたら・・・・・・・・
 そして、変化が終了したとき。
 小次郎の姿は、巨大な鬼に変貌していた。
 危惧した通り、俺にすら匹敵する力を持った鬼に。
(それでも・・・制御しているはずだ!)
 俺は、黙って小次郎の様子を見守った。
 力を制御しているのなら、人間の姿に戻ることが出来る筈だ。
 制御していなければ・・・・
「・・・・・・・」
 楓も、何も言わない。
 小次郎も、動こうとしない。
 長い、長い沈黙が過ぎる。
 そして・・・・・
「あ・・」
 楓が声を上げた。
 小次郎の身体が、再び変化していく。
 鬼の姿から・・・人間の姿に。
「やった・・・」
 俺と楓は、大きく安堵のため息をついた。
 俺は、用意しておいた服を差し出しながら、小次郎に声をかけた。
「力を制御できたんだな、小次郎。
 ほら、服を着ろ。お前素っ裸だぞ。」
 だが、小次郎はそれを受け取ろうとはしない。
 かわりに・・・
「ふ、ふ、ふふ、ふふふふ・・・」
 含み笑い。
 俺は思わず後ずさる。
「こ・・・小次郎?」
 楓が不安そうな声を上げた。
 小次郎が、顔を上げる。
 そして俺を、真直ぐに見据えた。
「力を制御・・・だと?
 妙な事を言う。
 前世から、この力は我のものだった。単にそれを取り戻しただけだ。
 制御できない筈があるまい。
 そうだろう、次郎衛門?」
 らんらんと輝く眼。
 そしてその声。
 それは、俺達の脳の底・・・前世の記憶を刺激し、一つの名を引き出す。
「・・・ダリエリ!!」
 俺と楓が、同時に叫んだ。




>side.B  幻・・・あるいは真実


 夜。
 耕一は、楓の部屋の前に来ていた。
 あんな場面を目撃してしまった後でもあり、顔を合わせ辛かったが、どうしても
今日でなくてはならない用事があったのだ。
 暫くためらった末、意を決して扉をノックする。
「・・・・・誰?」
 か細い声が返ってきた。
 耕一は、無理矢理に明るい声を出して言う。
「俺だよ。
 ちょっと、用があるんだ。入っていいか?」
「・・・・・・・」
 扉の向こうで、しばしの沈黙。
 やがて。
「うん・・・。開いてるから、入って・・・。」


 耕一が部屋の中に入ると、楓はベッドから起き上がったところだった。
「なんだ、こんな時間に寝てたのかよ。」
「う、うん・・。ちょっと具合が悪くて。」
 素知らぬ顔で尋ねた耕一に、楓はぎこちなく答えた。
(昼間の事で悩んでるんだろうな・・・。)
 そう思ったが、口には出せない。
「それで・・・なあに、用って。」
「ん、ああ・・・。これ。」
 耕一は、後ろ手に持っていた物を、楓の前に差し出した。
 包装紙に包まれた箱。
「? なに、これ?」
 きょとんとしている楓に、耕一は笑って告げた。
「誕生日おめでとさん、楓。
 もしかして、忘れてたのか?」
「あ・・・・・・」
 本当に忘れていたらしい。
 楓は少し呆然としつつ、箱を受け取った。
「あ、ありがとう、兄さん・・・。
 開けてもいい?」
「ああ。」
 楓の手が、ぱらぱらと包装紙を開いていく。
 そして、箱の中の物を取り出して・・・楓は、小さく声を上げた。
「これ・・!」
「うん。あの店にまだあったから・・・。」
 ガラス細工の、猫の置物。
 昨日、街で買ってきた物だ。
「覚えてて、くれたの・・・?」
「ん、まあ・・。
 いつだったか、街でアンティークショップの前を通りかかったときにさ。
 お前が見かけて、欲しいって言ってたやつだろ、それ?」
 信じられないという目で聞く楓に、耕一が答える。
「うん。もう、随分前の事なのに・・・。
 ありがとう、兄さん。本当に、嬉しい・・・。」
「そ、そうか・・・。」
 耕一は照れたふうで、あさっての方を向いた。
 そのまま、言う。
「なあ、楓・・・。
 いろいろ、悩み事とかあるんだろうけどさ。
 元気出せよ。俺も、愚痴を聞くくらいのことはしてやってもいいし。」
「・・・・兄さん」
 楓の声は、少し震えていた。
「ま、まあ、そんなわけだ。
 じゃあ楓、ゆっくり休めよ。」
 更に照れてしまい、焦った様子で部屋を出ようとする耕一。
「待って、兄さん!」
 だが、楓の声が彼の足を止めた。
 どこか思い詰めたような声。
 そして、立ち止まった耕一の背中に、柔らかい物が当たった。
「か、楓・・・」
 楓が、背中に抱き付いている。
 それを理解したとき、耕一の心臓がどきんと大きく跳ねた。
「兄さん、あのね・・・
 今日、わたし、祐也さんに告白されちゃった。
 でも・・・断ったよ。」
 知ってるよ。
 耕一は胸の内で言った。
 俺はその場面を、一喜一憂しながら見てたんだから。
「・・・何も言ってくれないの?」
「え、ああ。
 ・・・なんで断ったんだ?」
「うん・・・それはね・・・・」
 楓は、耕一の背に顔を埋めたまま、言った。
「わたし・・・好きな人がいるから。」
「・・!」
 耕一の心臓が、またどきりと跳ねる。
 いかに鈍い耕一とは言え、今まで全く気付かなかった訳ではない。
 楓の好きな人、というのが誰であるか。
 しかし、まさか、と思っていたのだ。
 ・・・しばし、沈黙する。
 耕一も、その背の楓も、何も言わない。
 ガラス細工の猫が、静かに二人を見守っている。
「・・・・・・・・・わたしね・・」
 やがて、楓が再び口を開いた。
「昔から、何度も見る夢があるの。」
「・・・夢?」
「うん・・・・。
 その夢の中で・・・わたしは、一人の男の人と向かい合ってるの。
 その人を見てるとね・・・切なくて、寂しくて、愛しくて・・・どうしようもな
くなるの。」
「・・・?」
 耕一は、思わず眉根を寄せた。
 その夢は・・・
「夢の中で、その人にはどうしても近付けない・・・。
 手を伸ばしても、走り寄っても、触れる事が出来ない。
 ただ、お互いに名前を呼ぶことしか・・・。」
「・・・!!」
(同じだ・・・俺がいつも見る夢と・・!)
「名を呼びながら、見つめ合うことしか、出来ない・・・。
 そして・・・」
「楓、お前・・・」
 耕一が振り返る。
 楓と目が合った。
(あ・・・)
「そして、その人の顔は・・・
 兄さんと、同じ顔・・・。」
 自分をじっと見つめる、澄んだ瞳。
 耕一は、それをどこかで見た覚えがあった。
(そうだ・・・あの少女と同じ・・・)
「だから、わたし・・・」
 桜色の唇が、震える。
 そして、言いたかった、言えなかった言葉を、紡ぐ。
「兄さんが、好き・・・!」


(とうとう・・・聞いちまった・・・・)
 耕一は、呆然とそう思っていた。
 これまで、互いを画してきた一線を、ついに楓が越えた。
 あとは、耕一がどうするか、だった。
 受け入れるのか、押し返すのか。
 楓は、全ての思いを込めて、耕一を見つめている。
(妹は誰にも渡したくない、なんて思ってません?)
 脳裏に、柚那の言葉が蘇る。
 ・・・思ってるよ。
 耕一は、心の中で彼女に答えた。
(安心したって・・・顔だな。)
 祐也の言葉。
 ・・・安心したよ。楓が断って。
 耕一は、心の中で彼に答えた。
 ・・・そうだ。俺は楓とずっと一緒にいたい。
 耕一は、自分の気持ちを認めていた。
 その楓が、目の前にいる。
 手を伸ばせば、すぐに届く。
 抱きしめてやることが出来る。
 夢の中ではどうしても出来なかった事が、今なら出来るのだ。
 ・・・だが。
 耕一は、まだ躊躇っていた。
 抱きしめてしまえば、もう後には引けない。
 きっとそのまま、楓を・・・・・・・
(そうしてしまって・・・いいのか?)
 耕一は自問する。
 どれほど引かれ合っていても、自分たちは実の兄妹。
 世間は、自分たちの事を決して認めないだろう。
(俺は・・・約束できるのか?
 これから先、何があろうと、楓を守っていくと・・・。
 できるのか?)
 耕一は自問する。
 じっと、考える。
 楓の、ひたむきな瞳を見つめつつ・・・耕一は、答を探した。
 ガラス細工の猫は何も言わず、二人を見守っている。
 降りしきる雨の音が、部屋の中にもかすかに響いていた。
 そして・・・
 耕一の手が、動く。
 楓を抱きしめるのか、それとも引き離すのか、答が出されようとした、
 まさに、その時。


 窓が、砕け散った。


「がっ・・・!」
 耕一は、飛び込んできた何かに弾き飛ばされ、壁に背を打ちつけた。
 強烈な衝撃に、意識が遠くなる。
 それでも何とか目を見開き、それを見た。
「・・・祐也!」
 部屋の真ん中に立つその男は、確かに祐也だった。
 腕には、気を失ったのか、だらりと脱力している楓を抱えている。
「祐也、お前・・・」
 耕一が叫ぼうとしたとき。
 祐也が、ぎろりと耕一を見た。
 その瞬間、耕一は総毛立った。
 肉食獣を間近で見たときの、あの恐怖。
 祐也の目は、もはや人間のそれではなかった。
 ・・・違う。こいつは祐也じゃない。
(少なくとも、俺の知ってる祐也じゃない・・・)
 耕一の思いを察したものか。
『祐也』が、にやりと笑った。
「エディフェルは貰っていくぞ、次郎衛門・・・!
 取り返したくば、追ってくるがいい!!」
 そう告げると、窓の外に身を躍らせる。
 ・・・楓を抱いて。
「あっ・・・!」
(楓!!)
 耕一は、痛む身体を無理矢理に起こし、自分も窓の外に飛び出した。
「待て、祐也!」
 そして、雨夜の中を走り出す。
 二人を・・・楓を追って。


 後には、砕けたガラスの猫だけが残された。




                               続く




               次回予告


 楓・・・!
 俺は、必ずお前を・・・・


 第九話 「嵐破」


 嵐の後には、何が残るのか。




===================================
HY=ハイドラント
柚那=姫路柚那

HY:第八話「雷鳴」、完了。
      遂にここまで来たか・・・。
柚那:あとはもう結末に向けて一直線ですね。
HY:うむ。次の第九話が事実上の最終話。第十話は単なるエピローグの予定
      だし。
      ・・・そうだな、だったら第十話を一日待たせる意味は無いな。
      同時に載せるか。
柚那:ちょ、ちょっと待って。じゃあ、合計してどれくらいの量になるんです
      か、明日の掲載は?
HY:うーん・・・大雑把に考えて、25から30KB位かな・・・。
柚那:・・・あんたね。一日10KBでもひーこら言ってる人間が、その三倍
      近くも書けるわけないでしょーが。
HY:今の俺なら可能。アストラル・レベルが過去最大に達しているからな。
      問題は、第九話をひとまとめにするか、半分に分けるか、ということだ。
      あまりに量が多い場合、幾つかに分けるというのがここの慣例のようだ
      し。
      さて、どうしたもんか・・・。
柚那:うう・・・・。テンションが極限に達した人間て、見てて恐い・・・。


>「雫 アナザー」意志は黒さん
  あ、これは前回ので最終回ではなかったのですか。
  あのまま終わっていても良かったんじゃないかと思いました、が・・・。
  読んでるうちに引き込まれてしまいました。
  最終回、期待してます。

>「メイドロボのお墓参り」AEさん
  はじめまして。全然場違いではないので安心して下さい。
  最初から、いきなり意表を突かれました。
  そういうのもアリか、ってな気分です。
  ところで、つかぬことをお尋ねしますが・・・。
  もしかして、臨死体験されたことが・・・?(笑)

>「マルチちゃんとセリオちゃん 第四話」まさたさん
  セリオが怖いよぅ(泣)。
  まさたさーん、ほんとにこの線でいくんですか?
  ううっ・・。いや、面白いからいいんですけど、でも時には可愛いセリオも
  書いてやって下さいね。(希望)

>UMAさん
  >これは鈴木静さんの「意見を聞かせてくれ」のレスだよね? 
    そのレスの一つとして、「言いたいこと」があったのでしょうから、別に
    問題ないと思うけど?
   それに、「文句(だけ)はメールで」って方が感じ悪いと思うぞ、儂は。
  いや、でもやっぱり、こういう場で喧嘩じみたやりとりは避けるべきでしょ
  う。当人たちはともかく、周りで見ている人が不愉快でしょうし。
  そう思ったので、私は謝罪しておきました。
  >まずはじめに、『お体はいたわりましょう』ね。マジで。
  有難う御座います。でも今の私はもう止まりません。このまま最後まで書き
  続け、そして終わったらぶっ倒れるでしょう。(覚悟完了)
  暖かく見守っていて下さい。

>無駄口の人さん
  毎度毎度、感想有難う御座います。
  ところで前から疑問に思っていたんですが、無駄口の人さんは全てのSSに
  感想を書く事を己の使命と課した人なのですか? だったら凄いです。
  大変でしょうが、今後も頑張って下さい。

>「魔法少女ぷりてー・りずえる」蛇寒 刃さん
  はじめまして(笑)。
  頑張って続き書いて下さいね。(どうやって・・・?)

>「スーパーLEAF大戦 第十七話」ジン・ジャザムさん
  今回はシリアスですね。上の反動ですか?(笑)
  柳川がかっこいい・・・。


HY:では、これから直ちに第九話「嵐破」、そして最終話「春風」を書き始
      めます。皆様、最後まで見届けてやって下さい。
      ちなみに西山さん、私は「あれ」やります! ちゃんと見てくださいね!
      それがあなたの義務っ!!(断定)
柚那:・・・もう、この男は止まらない・・・。
      皆様、どうやら明日が最後のようです。あと一日、どうかお付き合い下
      さい。