「父から二人に、祝福を」第七話 投稿者:ハイドラント


              第七話  豪雨




>side.A  現実・・・あるいは虚構


「次郎衛門・・・エディフェル・・・・」
 その声は、途切れ途切れに、しかし何度も俺達の頭に響いた。
 俺と楓ちゃんを呼んでいる。
 俺達は、その呼ぶ者がいる・・・と思われる・・・方向に、行ってみることにし
た。
 二人とも、その声をどこかで聞いたような覚えがあったのだ。
 それはすぐに見つかった。
 山肌に、ぽっかりと開いた洞窟。
 楓ちゃんに聞いてみると、こんなものを見た覚えはないと言う。
 怪しい。
 俺達は少し悩んだが、取りあえず中に入ってみることにした。


 洞窟の中は真っ暗だった。
 だが、エルクゥの眼は闇を見通すことが出来る。俺達は別に不自由することもな
く、奥へと進んで行った。
 楓ちゃんは、俺の手をぎゅっと握っている。いつも冷静なこの子も、さすがに不
安なのだろう。
 変身したときに服を破ってしまったため、今の俺は楓ちゃんの上着を腰に巻くと
いう、かなり情けない格好である。だがこの状況でそんなことは関係ない。
 俺は彼女の不安を少しでも和らげるべく、手をしっかりと握り返してあげた。
 洞窟は、どうやら緩やかな下り坂になっているらしい。
(まるで黄泉の国へ通じる穴だな・・・・)
 俺はそう思ったが、口にはしなかった。
 そうして、かなり長い時間、洞窟を降りて行った末。
 俺達は、そこに辿り着いた。


「・・・!!」
 その部屋を見て、俺達は絶句した。
 そう、そこは自然の洞窟ではなく、明らかに人工・・・という表現は適当ではな
いかも知れないが・・・の部屋だった。
 妙に生物的な印象を与える場所であった。壁や床はうねうねとのたくる軟体動物
のような形をしている。かと思えば、その床を踏みしめた足の下からは、しっかり
とした金属的な感触がある。
 だが、俺達を驚かせたものはそれだけではなかった。
 その中にうごめく、無数の黒い影。
 亡霊、という表現が一番適当であろう。
 亡霊たちは、部屋の中心にある、サッカーボールほどの大きさの光る球体に向け
て、何やら一心に呼びかけているようであった。人間には発音が極めて困難と思わ
れる、不気味な声で。
 ただ、しきりに「レザム」という言葉を繰り返しているのは聞こえた。
 今の所、俺達に気付いている様子はない。
「な・・・何なんだよ、これ・・・」
「・・ヨーク・・・です。」
 俺のうめきに、楓ちゃんが呟いて答えた。
「ヨーク?」
「エルクゥの、箱船です。星から星へと渡るための・・・。」
 要するに、宇宙船であるらしい。
 俺の頭は、目の前の事実を受け入れるのに時間を必要としていたが、取りあえず
別の事を尋ねてみた。
「それで・・・この亡霊たちは、一体何をしてるんだ?
 楓ちゃん、分かる?」
 それを聞くと、楓ちゃんは目を閉じて、亡霊たちの声に耳を傾けた。
 やがて、言う。
「・・・呼びかけてる。レザムに・・・」
「レザム?」
 さっきから、亡霊たちの言葉の中に何度も登場している言葉だ。
「真なるレザム・・・エルクゥの故郷。
 そこに、助けを求めているんです。」
 目を開きながら、楓ちゃんが答えた。
「助けを・・・」
 そうか、何も地球に流れ着いた者達だけがエルクゥの全てという訳じゃない。
 彼らの故郷には、当然さらに多くのエルクゥ達がいるはずだ。
 ・・・そこまで考えて、俺ははっと気付いた。
「ちょ、ちょっと待った、楓ちゃん。
 じゃあ、もし奴らの声がレザムとやらに届いたら、どうなるんだ!?」
 俺に言われて、楓ちゃんも気付いたらしい。顔色が蒼白になった。
「そうなれば、きっと真なるレザムからヨークが派遣されて・・・。
 地球に、再びエルクゥ達が!」
「そんなことになったら・・・!」
 俺はもう一度部屋の中を見た。
 やはり、怪しいのはあの光る球体だ。
「楓ちゃん、もしかしてあれを壊せば・・・」
「・・・はい、おそらく呼びかけを絶つことが出来ます。
 でも・・」
 俺は最後まで聞いてはいなかった。
 亡霊たちの中に飛び込み、球体をめがけて走る。
「・・!」
 身体が亡霊たちに触れた瞬間、氷のような冷気が全身に走った。
 それでも俺は、スピードを緩めない。
 その時になって、奴らはようやく俺に気付いたらしかった。
「オオ・・・」
「オオオ・・・・」
「・・・ジローエモン・・・・」
「オオ・・ジローエモン・・・・・」
 亡霊たちが、俺の前世の名を呼ぶ。
 怨念に満ちた声で。
 その声の中、俺はついにあの球体の前に到達した。
「おりゃあああ!!」
 渾身の力で、殴る。
 堅い手応え。
「つっ・・!」
 拳に激痛が走った。
 ・・・だが。
 俺が殴った所から、徐々に球体全体にぴしぴしとひび割れが広がって行き・・。
「オオ・・!」
「オオオ・・!」
 亡霊たちが、悲痛な声を上げる。
 球体は、最後に一度強い輝きを発すると、粉々に砕け散った。


「恨めしや・・次郎衛門・・・」
「憎しや・・次郎衛門・・・」
 恨み声を俺に浴びせつつ、亡霊たちが消えていく。
「我らの狩猟の日々を奪い・・・」
「そして、我らの最後の希望まで・・・」
「恨めしや・・・次郎衛門・・・」
「憎しや・・・次郎衛門・・・」
 一つ、また一つ。
 最後に、炎のような輝きをぱっと弾けさせ・・・消えていく。
「・・・・・・・・」
 俺は黙って、その様を見つめていた。
 俺としては、こうする以外にはなかった。この地球にエルクゥたちが再びやって
来たら、どれほどの惨劇が起こるか、想像も出来ない。
 だが、奴らにしてみれば、それこそが最後の望みだったのだ。
 それを俺が打ち砕いた。
 奴らが俺を恨むのも、当然と言えば余りに当然な事だった。
 だから俺は、黙って亡霊たちの恨み言を聞いていた。
 ・・・それも、終わる。
 最後の炎が弾けて消え・・辺りは静寂に包まれた。
 立ち尽くす俺に、楓ちゃんが歩み寄りつつ、静かに言った。
「彼らも・・・いつかきっと、転生します。
 私達のように・・・。」
「・・・・・・・うん。」
 俺はうなずいた。
 そうだ。
 奴らはいつかきっと、この地球で新たな生を得るだろう。
 人間としてか、それとも俺達のような鬼としてか・・・それは分からないが。
「帰りましょう、耕一さん。
 もしかすると、ここが・・・」
 楓ちゃんが言いかけた、まさにその時。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
 地響きと共に、地面がぐらぐらと揺れ始めた。
 転びそうになった楓ちゃんを何とか支える。俺自身も、立っているのに必死だっ
たが。
「な・・何が起きたんだ!?」
「ヨークが・・・崩壊するんです!」
 叫ぶ楓ちゃん。
「さっきの球、あれはヨークの魂そのものだったんです。
 それが砕けたから・・・!」
「くっ!」
 俺は鬼に変身した。
 楓ちゃんを抱き上げる。
(こんなところで、生き埋めになってたまるかっ・・!)
 そして、出口に向けて、全速力で走りだした。


 二人は気付かなかった。
 彼らを見送る、黒い影があった事に。
 駆けていく二人の背中を見ながら、彼は呟いていた。
「強い生命の力を感じたから、まさかとは思ったが・・・。
 最後に、貴様らを見ることが出来るとは。」
 それは、二人をこの場に招いたのと同じ声だった。
「次郎衛門・・・エディフェル。
 いずれまた、必ず会う時が来る。
 エルクゥは互いに呼び合い、引かれ合う。
 我はこの地で輪廻し・・・そして、貴様たちの前にゆく。
 待っているがいい・・・。」
 その言葉を最後に。
 影は揺らめき・・・・そして、弾けた。


 俺達は、何とか無事だった。
 一体どういう奇跡が働いたのかは分からないが、来るときはあれ程長かった洞窟
なのに、逃げるときはほんのしばらく走っただけで出口に着いてしまったのだ。
 ともあれ、俺と楓ちゃんは柏木家に帰り着くことが出来た。
 鬼にまつわる事件は、これでひとまず、決着を見たのである。




>side.B  幻・・・あるいは真実


 土砂降りの雨の中、祐也は走っていた。
 どこを走っているのかは分からない。どこに走っているのかも分からない。
 ただ、胸中の激情を宥めるには、それしかなかった。
 ・・・分かっていた。
 楓の気持ちは、耕一にしか向いていない。
 例えそれが間違った想いであっても。
 ずっと前・・・楓の事を意識するようになったときから、分かっていたのだ。
 二人の間に、自分の割り込む余地は無い。
 だから祐也は、何度も諦めようと思った。
 もう楓の事を考えるのは止そう、と思った。
 だが、そう思えば思うほど、逆に想いは募っていった。
 それはついに、抑えきれなくなり・・・
「・・・くそっ!」
 どれぐらい走ったのか。
 祐也は力尽き、足をもつれさせて転がった。
 ぶつけた身体に痛みが走る。
 だが今の祐也には、いっそ心地よく感じられた。
 大の字に寝転がり、空を見上げる。
 黒い雲が広がっていた。
 そこから落ちる雨が、周りの木々と祐也の身体に降り注ぐ。
(ここは・・・裏山か・・。)
 子供の頃、耕一たちとよく遊んだ場所。
 あの頃は、悩みなど何もなかった。
 耕一と、楓と、一緒に遊んでいれば、それで良かった。
 だが、今は。
(耕一・・・・・)
 お前さえいなければ。
 あるいは、彼女は俺のものに・・・。
(死ね・・・柳川祐也。)
 そんな浅ましい考えを持ってしまう自分が、祐也は疎ましかった。
 このまま死んでしまえばいい・・・。
 雨に打たれつつ、そう思う祐也が目を閉じたとき。
 声が、聞こえた。


「・・・来い・・・・」


「・・?」
 祐也は、訝しげに眉を寄せた。
 今の声は、耳から聞こえたのではない。
 頭の中に、直接響いたのだ。
 一応、辺りを見回してみるが、誰もいない。
「・・・・来い・・・・」
 また聞こえた。
 やはり耳ではなく、頭の中に直接伝わっている。
 にも関わらず、その声がどの方向から発せられたのか、祐也には分かった。
 ・・・狂ってしまったのだろうか。俺は。
(それなら、それでもいい・・・。)
 祐也は自虐の笑みを浮かべると、起き上がった。
「・・・来い・・・」
 そして、その声に向けて、歩き出した。


 柚那は、窓の外を眺めていた。
 大粒の雨が、街を重く濡らしている。
 だが、彼女は街並みを見ているわけではない。
 その向こうにある山。
 かつて、「雨月山」と呼ばれていた山。
 彼女の瞳は、それを見ている。
 いや・・・違う。
 彼女が見ているのは、もっと別のもの。
 おそらく、彼女にしか見えないもの。
 ・・・そして、彼女は呟いた。
「時が・・・来た。」


 ・・・ほう。
 どこかの、暗闇の中。
 彼は、自分の新たな肉体・・・その本来の持ち主の意識を調べ、面白そうに呟い
た。
 ・・・つまりお前は、エルクゥと原住民の混血なのか。
 同族の匂いを感じたから、呼びかけてみたが・・・そう言う事か。
 彼は、さらに深く意識を探っていく。
 ・・・なるほど。お前は次郎衛門とエディフェル・・・あの二人の転生と親しか
ったのか。
 ・・・そしてお前は、エディフェルの転生が欲しいのだな?
 彼の口が、にやりと歪む。
 ・・・面白い。あれから五百年、ただひたすら真なるレザムに呼びかけるだけの
日々だったが・・・待った甲斐はあった。
 次郎衛門、それにエディフェル。貴様らと再び見えることができるとは。
「柳川祐也・・・。お前の望み、叶えてやろう。」
 闇の中に、哄笑が響き渡った。




                               続く




               次回予告


 兄さん・・・覚えててくれたんだ。
 そんな兄さんだから。
 わたしは・・・。


 第八話 「雷鳴」


 神の鉄槌は、全てを打ち砕く。




===================================
HY=ハイドラント
柚那=姫路柚那

HY:とうとう「奴」が登場! の第七話、「豪雨」をお届けします。
柚那:確かにテンション上がってますね。それはいいんですけど・・・。
      今回の話、side.BよりAの方が分量多くありませんか?
HY:・・・あ。そうかも。
      ちょっとミスったかな? 作者としては、あくまでメインはBの方だと思
      ってるのだが・・・。
      まあいいか。あとでその反動が来るし。
柚那:第九話「嵐破」ですか?
HY:うむ。やはり九話は分量が多くなりそうだ。ひょっとしたら倍くらい。
      しかも、増えるのはBの方だけ。
柚那:バランス悪いですね・・・。
HY:しょうがない。俺は量ではなく内容の区切りで話を分けてるんだから。
      ま、それは第八話を書いてから考えよう。
      では、感想とレス。


>「Lメモ裏設定 久々野周辺編」久々野彰さん
  確かにゲームの設定資料集って感じですね。今後の参考にします。
  >タイトルをかなり深読みしている久々野です。
  うわっ、深読みしてるんですか? 
  ううっ、実は大して深い意味はないんです。(泣)
  >で、貴方様は今の所、募集に当てはまってません。全体を読み直して頂け
    れば・・・
  これはつまり、設定的に私が久々野さんに忠誠を誓うとは思えない、という
  意味ですか? それとももう一段深い意味ですか? 予測が一つある事はある
  んですが・・・・。

>「わるちなワルツ 夢見る事を夢見る少女」SEAユニットの方々
  私は「ワルチ」ってあまり良くは知らないんですが・・可愛いですね。
  マルチとは別の意味で。
  あ、ところで、先の書き込みについて少し補足を。
  私が、鈴木さんの意見に対して「一理ある」と思ったに留まり、全面的には
  賛成しかねたのは、二つの理由からです。

1.確かにLメモは、他の作品に比べればLEAF作品との関係が薄い。でも、
    関係がない訳ではないのも確か。この点だけを理由にして、Lメモを即興
    小説コーナーから追放して良いものかは、疑問の余地がある。
2.内輪ネタ、つまりここに来たばかりの人などにとっては、内容が分かり辛
    い。それは確かだが、それを言うなら連載物も同じ事である。上で述べて
    いるように、私は「ワルチ」の事を良く知らないし、またARMさんの「W
    ha’ts マルチュウ」も以前の話を知らない。でも、私は楽しく読めた
    し、前の話を知りたければ過去のページをめくるなり、まさたさんの図書館
    にお邪魔するなりすればいい。
    また、そんな事をしなくても、一、二週間ほどもここに顔を出していれば、
    Lメモの話も大体理解できるようになると思う。私の場合はそうだった。
    よってこれも、このコーナーからの追放に値する問題かどうかは、疑問。

  ・・・ということです。皆さんのLメモ問題に対する検討の材料になれば幸
  いです。

>アルルさん
  ごもっともで・・・。不快な思いをした皆さん、申し訳ありません。
「SEAユニット」にメールを出して鈴木さんの所に届くかわからなかった、
  という言い訳もあることはあるのですが、あの時点ではそこまで考えていた
かどうか・・。配慮が欠けていたと言わざるを得ません。
  今後は注意致します。

>「ファンタジア from リーフ」意志は黒さん
  なるほど、こういう書き方もありましたか・・・。
  今度私もやってみよう。


HY:次は第八話「雷鳴」、いよいよクライマックスに突入です。
柚那:明日、この時間にお届けしましょう。