「父から二人に、祝福を」第六話 投稿者:ハイドラント


              第六話  陰雲




>side.A  現実・・・あるいは虚構


 奴が足を止めたとき、既に辺りは暗くなっていた。
 ここは、柏木家の裏山の河原。
 あの時、俺が鬼の力を覚醒させた所。
 柳川が、ゆっくりとこちらを向く。
「ここなら、邪魔は入らん。
 狩りの本番を、始めるとしようか・・・。」
「!」
 俺は目を見開いた。
 奴の身体が、変貌していく。
 腕が、胸が、腿が・・・全身の筋肉が膨れ上がり、服を内側から押し破る。
 そして。
 奴の姿は、身長三メートルにも達する巨大な鬼と化した。
 柏木の鬼・・・その真の姿に。
「グルルルルゥゥゥー!!」
 唸り声。
 地の底から響くような声をもらすと、奴は確かに、俺を見て笑った。
 次の瞬間、消える。
「!?」
 消えたように思えたのは、奴の速さに俺の視力がついていかなかったからだ。
 一瞬後には、奴は俺の目前で、腕を振りかぶっていた。
「くっ!!」
 何とか受け止める。
 だが奴の圧倒的な力に、俺の身体は十メートル程も吹き飛ばされた。
 木々を薙ぎ倒しつつ、俺は地に転がった。
「ちっ・・・」
 痛みをこらえつつ立ち上がろうとした俺の目に・・・上から何か黒い塊が、月を
背負って落ちてくるのが見えた。
「・・!!」
 奴の身体だった。
 全体重を乗せ、俺を踏みつけるつもりだ。
 俺は手と足で地を叩き、身体を転がす。
 その直後、今の今まで俺がいた場所を、奴の足が踏み砕く。
 ドォォォォン・・・!
 凄まじい地響きが轟いた。
 それが収まったとき・・・俺と奴は再び、距離をとって向き合っていた。
(強い・・・・)
 俺は内心で呟く。
 奴の力は、あの夜戦った千鶴さんの力を凌いでいた。
「グルルル・・・・」
 奴が唸る。
 エルクゥの精神感応だろうか。その声を聞いたとき、俺は奴の言おうとしている
事が分かったような気がした。
 ・・・どうした。お前も正体を現せ。
 ・・・真の狩猟者の力を見せてみろ。
 真の力。
 俺の中にある、地上最強の鬼の力。
 それをもってすれば、奴を倒す事が出来る。殺す事が出来る。
「・・・・・」
 そして、俺が変身をためらっているのは、それが理由だった。
 最強の力をもって、奴を殺したとき。
 俺は果たして、理性を保つ事が出来るだろうか?
 殺戮の快感に酔いしれ、そのまま野獣と化してしまいはしないだろうか?
 その不安が、俺に全ての力を解放する事を、思い止まらせていた。
「グゥゥゥ・・・!!」
 奴が、苛立たしげに唸る。
 そして、その姿が、また消えた。
「!!」
 後ろか、と思ったときには既に遅かった。
 奴の剛腕が、背後から俺の身体を捕らえ、締め上げる。
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
 俺は絶叫した。
 肋骨が、みしみしと音を立ててきしむ。
 必死で振り解こうとしたが、奴の腕は万力のように締まり、びくともしない。
 ぴしり、とどこかの骨にひびが入る音を、俺は聞いた。
(死ぬのか・・俺は・・・)
 もうろうとする意識の片隅で、そう思ったとき。
「・・・耕一さん!!」
 声が、届いた。


 そうだ。
 俺には、楓ちゃんがいる。
 俺はあの子を守らなくてはならない。
 そして俺の心は、あの子が守ってくれる。
 だから・・・・・


「グゥゥゥ・・・?」
 奴が、訝しげに唸る。
 力を失いかかっていた俺の身体が、突然、圧倒的な力と共に膨れ上がったのだ。
 俺はそのまま、奴の腕を強引に引き剥した。
「グルルゥー!!」
 奴は慌てて飛び下がり・・・そして、見た。
 自分よりも更に巨大な身体。
 柏木一族最強の鬼。
 その、真の姿を。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
 咆哮。
 俺の叫びが、山一帯に轟渡る。
 奴の身体が、一瞬びくりと萎縮した。
 ・・今だ。
 俺は突進し、右手の爪を奴の腹に繰り出した。
 奴は辛うじて身を捻ったが、脇腹をざっくりと裂かれる。
「ガアアアア!!」
 奴は苦痛に絶叫した。
 叫びながらも、奴は爪で俺の喉をえぐろうとする。
 だが俺は易々とその腕を掴み、そのまま奴の身体を上に振り上げた。
 そして、頭から地に叩きつける。
「!!」
 最後の瞬間、奴は何かを叫ぼうとしたのかもしれない。
 それが形になる前に、頭が砕け、血とそれ以外のものを撒き散らす。
 俺は見た。
 炎。
 光輝く、大きな炎。
 それは弾け、消えた。
 このうえもなく美しい光景だった。


 それでも、俺の心がそれに捕らわれることはなかった。
 なぜなら。
「耕一さん・・・。」
 背後から、不安そうな呼び声がする。
 俺は彼女を安心させるため、変身を解いた。
 巨大な鬼の肉体が、もとの、柏木耕一の人間の身体に戻っていく。
 そして、ゆっくりと振り返った。
「楓ちゃん・・・。」
 愛しい名を呼ぶ。
 楓ちゃんは、黙って俺の胸に飛び込んできた。
 俺はそれを、優しく抱き止めた。


 これで終わった、と俺は思った。
 だが運命は、俺に休む時間を与える気などさらさらなかったらしい。
 帰途に着こうとした俺達の頭に、声が響いたのだ。


「・・次郎衛門・・・・エディフェル・・・」




>side.B  幻・・・あるいは真実


「ふああああ・・・」
 耕一は、大きな欠伸をしながら階段を登っていた。
 今日の朝、珍しく早起きした反動か、午後の授業は殆ど寝て過ごした。
 寝ぼけた頭を覚まそうと、風に当たるために屋上に向かっている。
 階段を登りきり、屋上に出ようとしたとき。
「・・!」
 耕一は、思わず物陰に身を隠していた。
(何やってんだ、俺・・・)
 自分でも疑問に思ったが・・・祐也と楓の姿を見たとき、そうしなくてはならな
いような気がしたのである。
 二人は、向き合って立っていた。
 祐也は、なにやら随分と緊張した様子だ。楓の方は、どうにも分からないという
表情である。
 楓が、おずおずと口を開いた。
「あ、あの、祐也さん。
 お話っていうのは・・・?」
「う、うん・・・・。」
 祐也はどぎまぎしている。どう切り出すべきか、迷っているという風情だ。
(こ、このシチュエーションは・・・まさか・・・・)
 その様子を、耕一は胸をどきどきさせながら見ている。
 見てはいけないと思う。だが見なくてはいけないとも思う。
 相反する気持ちを抱えて、結果耕一はそこから動けずにいた。
 彼がじっと見守る中、やがて祐也が口を開く。
「え、えーと。
 楓ちゃん、耕一と・・・姫路さんて人の事、知ってるかな。」
 それを聞くと、楓はびくりと身体を震わせた。
(い、いきなり何言い出すんだ、あいつは?)
 それを見つつ、耕一は思わず飛び出しそうになるのをこらえていた。
 祐也は続ける。
「昨日、あの二人はデートしたらしい。
 俺が見たところ、あの二人は、お似合いって言っていいんじゃないかと思う。」
 楓は黙って、顔をうつむかせた。
(だから何が言いたいんだ、お前は!?)
 物陰では、耕一が声に出さずに叫んでいる。
「だから、その・・・・。
 ・・・俺、楓ちゃんの気持ちは分かってるつもりだ。」
(?)
 いきなり脈絡のない事を言い始めた祐也に、耕一は眉根を寄せた。
 だが楓は、それを聞くとますます顔をうつむかせた。
 祐也の言葉は続く。
「でも、やっぱり、そういうのって間違ってると思うし・・・。
 だから・・」
「分かってます!」
 唐突に、楓が大声を上げた。
 祐也がぐっと押し黙る。
 耕一はというと、その場で思わずのけぞっていた。
「・・・・・分かってるんです。そんなこと・・・。」
 数秒の沈黙の後、楓が今度は消え入りそうな声で呟く。
「楓ちゃん・・。」
「・・・そのことは、もう言わないで下さい。
 それじゃ・・・」
 そう言うと、楓は祐也に背を向けた。
(こっちに来る!?)
 慌てて隠れる場所を捜す耕一。
 だが、祐也が楓を呼び止めた。
「待って、楓ちゃん!」
 何か、決意を込めた声。
 楓が足を止める。
 耕一も思わず息を呑む。
 そして、祐也が言った。
「俺、楓ちゃんの事が好きだ。」
「え・・・」
 楓が振り向く。
 祐也は、顔を紅潮させながら、もう一度言った。
「好きだったんだ、楓ちゃんの事が。
 昔から、ずっと。
 だから、俺と・・・付き合って欲しい。」
 楓は、呆然としている。
 そして耕一も。
(・・・とうとう、言いやがった・・・)
 祐也はそれきり黙り、じっと楓を見つめている。
 楓も、口を開かない。
 もちろん、階段の陰の耕一も。
 沈黙が、その場を支配した。
 そして。
 刹那か、永遠か・・・。
 それが破れる。


「・・・ごめんなさい。」


 楓の声が、風の中に消えた後。
 彼は、黙って彼女の横を走り抜けた。
「・・・・ごめんなさい・・祐也さん。」
 それを見る事なく、楓はもう一度呟いた。


 屋上の出入口に駆け込んできた祐也は、そこで立ち止まった。
 彼の視線の先には、彼女の兄がいる。
  耕一は、何も言わずに祐也を見た。そして祐也も。
 その沈黙は、すぐに破れる。
 耕一から目を逸らし、祐也が抑揚の無い声で言った。
「安心したって・・・顔だな。」
「・・!」
 それだけ言うと、祐也は階段を駆け降りて行った。
 何も言えずにその背中を見送る耕一。
 ふと、楓が出てこない事に気付き、そっと覗いてみる。
 楓はまだ、その場に立ち尽くしていた。
 耕一からは表情が見えない。背中しか見えない。
 彼女は、ただじっと、校庭を見下ろしているようだった。
「・・・・・・」
 耕一は、声をかけようとして・・・思い止まる。
 黙って背を向けると、彼は静かに階段を降りていった。




                               続く




               次回予告


 分かっていた・・・。
 分かっていたんだ。
 それでも、俺は・・!


 第七話 「豪雨」


 土砂降りの雨は、人の心を重く濡らす。




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HY=ハイドラント
柚那=姫路柚那

HY:というわけで、急転直下の第六話「陰雲」をお届けします。
柚那:・・・どうやら、極限状態を過ぎたようですね。
HY:うむ。今の俺はドライアウトでセカンドウィンドなパパチャ様状態だ。
      第六感までもが発動している。
柚那:取りあえず一安心ですね。「津軽海峡冬景色」を歌いながら床に悪魔召
      喚の魔法陣を描き始めたときは、黄色い救急車を呼ぼうかとも思いまし
      たが。
HY:・・・そんなことしたのか、俺?
柚那:はい。他にも夜中の二時に「楓ぇぇぇぇ!」と叫びながら外を走り回っ
      たりとか。
      近所の人はさぞ迷惑していることでしょーね。
HY:・・・と、ともあれ、これからいよいよ後半に入ります。
      この話から、いよいよ私の本領発揮! て感じになっていると思うんです
      が、どうでしょう?
      今後、更にテンションが上がっていきます。
柚那:それが最後まで続けばいいんですけど。
HY:続くと思うよ。終わったら反動で一月くらい屍になるかもしれないけど。
      では、感想とレスを。


>Lメモへーのき番外編 その3」へーのき=つかささん
  もちろん、ワルです。詳しくは、「私的外伝」を参照(笑)。
  あんな感じでOKですので、今後とも使ってやって下さい。
  あ、へーのきさんも「私的外伝」に使っていいですか? 次はいつになるかは
  分かりませんけど。

>「そして伝説へ」福永さん
  魔王と戦う話ではなかったのですね。
  しかし、どうして女の子ってのは薔薇ネタが好きなんだろう・・・。

>「初音の甲斐性っ!」ゆきさん
  あ、あんな夢をみたんですかっ!?
  うーむ・・・ゆきさんの頭の中の初音っていったい・・・。
  ・・・・・うっ・・・(コワい想像した)

>「Lメモ怪奇報告書類 悪霊の巣食う館の主」まさたさん
  そ、そーだったのですか。こうしてまさたさんの図書館が開かれたのですね。
  しかし・・・なんか行くのが怖くなってきた・・・。
  あ、まさたさんもデータが公開されている。これはLメモに使っていいとい
う事ですね(ニヤリ)。

>「夢で逢えたら 2」春夏秋雪さん
  うーむ・・・またも意味深な・・・。
  刻は満ちた・・・力は満ちた・・・心は・・・レギオン、復活期待。(違う)

>「What’s マルチュウ? 第八話」ARMさん
  こ、耕一はまだしも・・・・・。
  柳川・・・まさかお前が三枚目に・・・哀れな。
  でもまあ、笑えるからいいか。(薄情)


HY:第七話「豪雨」は明日。日曜日も休みません。
      休むとテンションが切れそうなんで。
柚那:では、また明日、この場所で。