「父から二人に、祝福を」第五話 投稿者:ハイドラント


               第五話  愁雨




>side.A  現実・・・あるいは虚構


 その夜、俺はまた奇妙な夢を見た。


 俺は、どこかの部屋で、一人の女を犯していた。
 俺の知っている人だ。
 由美子さん。
 大学の友人で、今この隆山に旅行に来ている。
 先日、街で偶然会い、俺に鬼の伝説の話をしてくれた。
 俺は、その由美子さんを犯していた。
 嫌がる彼女を、無理矢理に・・・。


 翌朝、目覚めた俺は、少し悩んだ末、楓ちゃんに相談した。
 そんな話など聞かせたくはなかったが、無意味な夢とは思えなかったからだ。
 話を聞くと、楓ちゃんは言った。
 ・・・鬼、エルクゥは意識を信号化して伝える事が出来ます。もしかすると、こ
の近くにいる誰か別の鬼の意識が、耕一さんの意識と同調したのかも知れません・
・・・。
 そしてふと新聞を見たとき、俺は楓ちゃんの推測が正しい事を確信した。
「旅行中の女子大生、拉致される」
 被害者の名前は小出由美子。場所は鶴来屋。
 食事の皿を下げに来た女中が、部屋の鍵が破壊されているのを見て中に入ってみ
ると、そこには誰もおらず、ただ窓が大きく開いているだけだったと言う。
 由美子さんのいた部屋は五階だ。にも関わらず窓から降りるのにロープなどが使
われた形跡もなく、警察は捜査の糸口が掴めずにいるらしい。
 ・・・間違いない。
 鬼だ。
 鬼の脚力をもってすれば、五階から飛び降りることなど造作もない。


 俺と楓ちゃんは、犯人捜しを開始した。
 手がかりは俺の夢の記憶だけ。
 当然、捜査は難航したが、幸運に恵まれ、日が沈む頃には奴がいると思われるマ
ンションを突き止めた。
 その、401号室。
 なぜか鍵の掛かっていないドアを開けて、俺達は中に入った。
 そして、見た。
 夢でみたそのまま、無惨に汚された由美子さんの姿を。
 予想していたとはいえ、やはりショッキングな光景だった。
 だがとにかく彼女を助けようと、俺が彼女を繋ぐ鎖に手をかけたとき。
 ・・ガチャン。
 扉が開く音がした。
 はっと緊張する俺達。
 足音は、真直ぐこちらに向かってきた。
 俺は楓ちゃんを背後にかばい、慎重に鬼の力を解放していった。
 それを感じ取り、楓ちゃんが不安げに俺を見つめるのが分かった。
 だが、足音の方は止まる気配もない。
 既に気付いているのだ。部屋の中に、自分と同じ鬼がいるということに。
 そして・・・・・・
 奴が、姿を現した。


「あんたは・・・!」
 その顔を見て、俺は思わず声を上げた。
 見覚えのある顔だった。
 名は、確か柳川。
 親父の死に関して、聞き込みに来た刑事の一人。
「あんたが、鬼だったのか・・・」
 俺の言葉に、柳川はにいっ、と唇を歪めて応えた。
 そして、宣告する。
「気高き我が同族・・・狩猟者よ。
 お前の命、狩らせて貰うぞ!」
 そう言うや否や、突進する。
「っ!」
 顔面に繰り出された拳・・・いや爪を、俺は身体を沈めてかわし、すぐさま奴の
腹にカウンターをたたき込む。
 だがそれは奴の左腕で防がれた。
 奴はそのまま低い蹴りを打ってくる。飛び下がって外す俺。
 だがそれで僅かに体勢を崩した俺は、その一瞬、奴の姿を見失っていた。
(・・上かっ!)
 俺が下がった瞬間、奴は上に飛んで天井を掴み、そのまま腕の力と体重とで、矢
のような飛び蹴りを放って来ていた。
 避ける暇はない。俺は顔の前で両腕を交差させ、奴の蹴りを受け止めた。
「がっ・・!」
 支えきれず、俺は床に叩きつけられた。床板が割れ、俺の身体がめりこむ。
 普通の人間であれば、全身の骨がばらばらになっていただろう。
 だが俺の鬼の肉体は、その強烈な打撃にも屈することはなかった。
 すぐさま起き上がると、やはり起き上がったばかりの奴の腹に、渾身のボディー
ブローを食らわせる。
 今度は奴が吹き飛び、壁に背中を打ちつけた。
 どうん、という重い音が響く。
 普通なら即死の筈だが・・・奴も俺と同じ鬼だ。
 にやり、と笑みを浮かべてこちらを見た。
「さすが、狩猟者だな。実に楽しいぞ。
 だが・・・・・」
 ふと、奴は欝陶しそうな表情で玄関の方を見た。
「!」
 俺も気付く。
 物音を聞きつけたのだろう、数人の人間がこの部屋に向かってくる気配がする。
(まずい・・・)
 戦いに巻き込んでしまうかも知れないし、それに鬼の力を見られるのも困る。
 だが、不都合なのは奴も同じらしい。
「場所を変えるぞ、柏木耕一!」
 言うと、奴はベランダに飛び出し、外へ身を躍らせた。
「柳川っ!」
 俺もすぐさま飛び出す。
 四階の高さから難なく飛び降り、奴の背中を追って走り出す。
「耕一さん!」
 背後から楓ちゃんの声が聞こえたが、俺は止まらなかった。




>side.B  幻・・・あるいは真実


 その朝、耕一が起きたのは七時三十分だった。
 この頃、妙な夢を見ることが多いせいか、寝起きが余り良くない。
 だが今日は幸運が働いたようだ。
 耕一は久しぶりにゆとりをもって身支度し、居間にゆく。
「おはよ、耕ちゃん。今日は早いわね。」
 そこには千鶴だけがいた。
 姉の初音はいつも朝早く出かけるため、朝食の席で顔を会わせることはない。
 それはいいのだが・・・。
「母さん、楓は?」
「用事があるからって言って、もう学校に行っちゃったわよ。」
「ふーん・・・。」
(そういや、昨日帰ってきてから顔を見てないな・・・。
 夕食の時も気分悪いとか言って出てこなかったし。
 何かあったのか?)
 何とはなしに暗い気分になりつつ、耕一は朝食の前に座った。
(まあ、いいか。
 学校から帰ったら、あれ渡すついでにそれとなく聞いてみよう。)


 今日の隆山は、曇空だった。
 その下を、楓はとぼとぼと歩いていた。
 別に、学校に用事などはない。
 ただ、兄と顔を合わせるのが辛かっただけだ。昨日、兄が帰宅してから、楓は一
度も彼に顔を見せていない。
 兄は心配してくれているだろうか。それとも・・・。
(きっと、何も気にしてないよね・・・。
 兄さんの頭は、姫路さんの事で一杯だもん・・・。)
 昨日、兄が出かけてからしばらくして、楓も街に出た。
 何をどうしよう、というあてがあったわけではない。
 だが、商店街に来ると、楓は兄の姿を捜していた。見つけてどうするのか、考え
など何も無かったのに。
 そして、見つけた。
 柚那と二人、並んで歩く兄の姿を。
 思わず駆け寄ろうとして・・・楓は、動けなかった。
 耕一は、楽しそうに笑っていた。そして柚那も。
 あの二人が何に見えるか、と聞かれれば、答は一つしかないだろう。
 恋人同士。
 ・・・そう思ったとき、楓は二人の姿に背を向けて駆け出していた。
 それから何があったのか、良く覚えていない。気がついたとき、楓は自分の部屋
のベッドの中で、枕に顔を押しつけて泣いていた。
(兄さん・・・)
 兄。
 血の繋がった、実の兄。
 幼い頃から、ずっと楓の側にいてくれた兄。
 子供の頃、彼女がいじめられると、必ず倍にして仕返ししてくれた兄。
 彼女が泣いていると、泣き止むまで黙って隣に付いていてくれた兄。
 料理の勉強をしていたとき、文句を言いつつも最後まで付き合ってくれた兄。
 いつからだろう。
 兄のことを、愛しく思うようになったのは。
 きっかけは、あの夢の意味を知ったときだろうか。
 母から、柏木家の血の真実を聞かされたとき、楓は毎夜のように見る夢が、ただ
の幻ではないことを知った。
 あれは、自分の前世の記憶なのだ。
 そして、その記憶の中の、彼女の最も大事な人。彼は、兄と同じ顔をしていた。
 自分と兄とは、前世では恋人同士だったのだ。
 そう思ったとき、楓は聞かされた忌まわしい話のことも忘れてしまいそうになる
くらい、嬉しくて仕方がなくなった。
 前世で結ばれていたのなら、現世でも・・・・・。
 そう思ったのだ。
 だが、耕一と柚那の姿を見たとき、楓は現実を思い知らされた。
 自分たちは、実の兄妹。結ばれることは許されない。
 耕一はいずれ、他の女性と結ばれる。
 その事実と、楽しそうな二人の姿が脳裏にちらつき、楓は昨夜一晩泣いて過ごし
た。
 朝になり、幾らかは落ち着いたものの、やはり暗い気分は抜け切れず、楓は兄と
顔を合わさぬようにして、早々に家を出た。
「ふう・・・。」
 楓は、ため息をついた。
 足が重い。こんな気分で学校になど行きたくはない。
 だが、学校に行っている間は、兄の顔を見なくて済む。
 ・・・・・それでも、いつまでも会わずにいるという訳にはいかないが。
「はあ・・・。」
 また、ため息。これで、今日何度目になるのか。
 ふと気がつくと、楓はもう学校に着き、校門をくぐっていた。
 周りには、部活の朝練があると思しき生徒たちの姿がちらほらと見える。
(いけない・・・。こんな顔友達にみせたら、余計な心配させちゃう。)
 気を取り直し、いつもの表情を浮かべようとしたとき、
「楓ちゃん、お早う。」
 彼女に声をかけてきた者がいた。
「あ、祐也さん。お早うございます。」
 兄の親友、柳川祐也だった。
 彼は楓に歩み寄りつつ、気遣わしげに言う。
「どうしたの、楓ちゃん?
 なんか、すごく元気なさそうだったけど・・・。」
「い、いえ、何でもないんです。その、ちょっと頭が痛くて。
 あ、でも、もう平気ですから。」
 そう答えて、楓は無理に笑顔を浮かべた。
 楓は、祐也のことは好きだった。兄の親友だから、という理由ではあったが。
 彼に心配は掛けたくなかった。
「そう・・・? なら、いいんだけど・・。」
 祐也はまだ心配げではあったが、それ以上は追及してこなかった。
 彼には、もっと重大な用事があったのだ。
 息を一つ吸うと、口を開く。
「あ、あの、楓ちゃん・・・。」
「はい?」
 なぜかいきなり緊張した声を出してきた彼に、楓は訝しげな声を返した。
「え、えーと、その・・。実は、ちょっと話があって・・・。
 その、良かったら放課後、屋上に来てくれないかな?」
「? はあ、いいですけど・・。」
「う、うん、じゃあ、そういう事で。
 それじゃ、放課後にね!」
 それだけ言うと、祐也は後も見ずにグラウンドの方へ走り去って行った。
「?? どうしたんだろ、祐也さん・・・。」
 後には、何が何だか分からず呆然としている楓が残された。
 ・・・鈍感遺伝子は、彼女の中にも確実に受け継がれているようであった。




                               続く




              次回予告


 楓、お前の瞳はいったい誰を見ているんだ?
 まさか・・・・・


 第六話 「陰雲」


 嵐を乗せた雲が、近付いてきた。




===================================
HY=ハイドラント
柚那=姫路柚那

HY:あ〜がった、あ〜がった。だ〜いごわ〜が、あ〜がった。
柚那:・・・だいぶ壊れてきましたね。
      なんか最後の方はトランス状態になりながら書いていたようだし。
HY:るるる、ららら。そしたら今度は第六話、あーこりゃこりゃ。
柚那:まあ、この状態を過ぎればドライアウトするでしょう。そうなれば・・・。
HY:俺のSSを読めぇ!! 捕鯨はワシントン条約違反!? そいつは愉快だ、
      HAHAHAHAHA!!
柚那:・・・更に酷くなるような気がする・・・。
HY:うひゃらほへらうほほのほー!
柚那:・・・・・・・・・・・・・・・・。

 
>「心、優しさ 外伝6 マルチのひな祭り」セリスさん
  人の小さな心遣いに涙することが出来るマルチ・・・。
  人間が失った心を、メイドロボが持っている・・・。

>「夢で逢えたら」春夏秋雪さん
  ドッペルゲンガー?
  それとも時を越えたサムライ?
  真実は如何に!?

>「柳川のれぽーと」幻八さん
  はじめまして、幻八さん。
  初投稿がLメモ系ですか。出来るなコヤツ。
  私もLメモは書いてみたいんですけど、まだ情報不足かな・・・。
  いずれまさたさんの図書館で過去の作品を調べさせてもらおう。

>「続痕」佐藤昌斗さん
  おお、楓が心を開いている・・・なんか感動。
  それにしても、謎の少女の正体。次回に持ち越しですか。気になる・・・。
  もしかして、鈴鹿御前?(違う)
  やがて、謎の刀で鬼を切る学ラン姿の少年が登場!?(絶対違う)

>「東鳩SS 予告編」風見ひなたさん
  おお、これが新企画ですか。もの凄く期待感を煽る予告ですね・・・。
  私もなんか意味深なセリフを言っているし(笑)。
  発表、楽しみにしています。
>「フィギュアでGO! 後編」同氏
  おお、私が出ている! しかも結構活躍している! きたみちさん踏んづけたり、
  久々野さんに光熱波当てたり(笑)。有難う御座います。
  でも、私ら新人を組み込むために、随分と苦心されたみたいですね・・。ご苦
  労様でした。

>「優しさの結末 三日目深夜」智波さん
  う、ひょっとして私、言ってはいけない事を言ってしまったのでは・・・。
  はっはっは、では耕一はコート着用という事で。これで万事解決。めでたし
  めでたし。
  ところで、アリスのHPにも顔を出してらっしゃるんですか? 私も、あそこ
  の図書館に小説載せたりしています。HNは・・・そのまんま(笑)。

>「保健室で新城」カレルレンさん
  はっきり言って、笑いました(笑)。
  瑠璃子さんが実にいい味出してます。
>「勝負師伝説 浩之 雀聖と呼ばれた男」同氏
  あ、私このマンガ読んでます。
「コロ」役は誰なんだろう・・・まさか長瀬源五郎!?(爆)

>「Lメモ超外伝SP13 お前はいったい何様なんだ!?」久々野彰さん
  コミクロン+ハーティア+ハイドラント的なキャラですね、私(笑)。
  そうか、私はウオール・・・もとい吉川の元にいたのか。掘られてないとい
  いけど(爆)。
  こんな調子でOKですから、続き書いて下さいね。
  ところで、執事の件。
  そ、そーだったのですか! まさかそのような隠された真実があろうとは!!
  ・・・しかし、「犬」って・・・。
  風紀委員長の件、取りあえず私は様子見ときます。候補者たくさんいそうだ
  し(笑)。


柚那:では、次回「陰雲」は・・・
HY:歌えイシュタル、死の歌を!! お〜〜お〜〜お〜〜。
柚那:・・・・・明日、お届け出来ると思います。多分・・・。