「父から二人に、祝福を」第四話 投稿者:ハイドラント


              第四話  白雲




>side.A  現実・・・あるいは虚構


「・・・あなたを、殺さなくてはいけません。」
 千鶴さんは、俺にそう言った。


 柏木家に伝わる、忌まわしい血の真実。
 あのあと、楓ちゃんは俺にそれを教えてくれた。
 柏木家の一族・・・次郎衛門の子孫には、「鬼の力」が備わっている。
 それは人を、人を越えた怪物にする力だ。
 鬼と化した者は、熊や虎のような野獣すらも凌駕する肉体を得る。
 だがその力は、肉体と同時に心も獣に変えてしまうのだ。
 女性の場合はそれほどでもないのだが、男性の場合、ほぼ間違いなく、強烈な殺
戮欲に支配され、血を求める獣となってしまう。
 四姉妹の父親も、そして俺の親父も、次第に目覚めてゆく自分の中の鬼と戦った
が、やがて抑えきれなくなり・・・
 四姉妹の父親は妻の手で共どもに心中、俺の親父は警察に他殺の可能性を思わせ
るほど手の込んだやり方・・・酒と睡眠薬で自分の鬼を眠らせ、その状態で車を運
転・・・で事故死、というか自殺した。
 例外がない訳ではない。例えば俺達の祖父、柏木耕平は、鬼の力を制御し、それ
に振り回される事はなかったという。
 だがそれはあくまで例外である。祖父がなぜ力を制御できたのか、制御するには
どうすればいいのか、全く分からない。自分自身を賭けたギャンブルのようなもの
かも知れない。
 そしてそのギャンブルを、俺もすべき時が来たのだ。


 ・・・あなたの中の鬼を、わたしが目覚めさせてみます。あなたがそれを制御出
来ればよし、出来なかったときは・・・・
 俺は千鶴さんの言うとおりにした。
 このまま何もせずにいれば、もう暫くは平和に過ごせるかも知れない。だが、い
つ鬼が目覚めるか、びくびくしながら生きるなど、俺には耐えられなかったのだ。
 俺達は裏手の山の水門のところへ行った。楓ちゃんも同行した。
 そこで千鶴さんは、俺の鬼を呼び起こすべく、自らの鬼を解放した。
 俺は震え上がった。
 柏木の鬼、人を超えた力。
 肉食獣を前にしたときと同質の恐怖を、俺は感じた。
 だがそれは、俺の中にもあるのだ。
 そして、千鶴さんの力に反応した俺の鬼が、目覚めた。


 俺の鬼は、ついに覚醒した。
 圧倒的な力。
 地上最強の肉体。
 俺の鬼の力は、永きに渡る柏木の血脈の中でも、最大のものだった。
 恐らくは、次郎衛門と同等の。
 俺の・・・耕一としての意識は、その力に呑み込まれた。
 楓ちゃんが必死に呼びかけたが、完全に鬼と化してしまった俺に、その声は届か
なかった。
 それどころか、俺は殺戮欲に任せ、二人を殺そうとしたのだ。
 千鶴さんは、余りに強大な俺の力に恐怖したが、俺がまだその力を完全にはコン
トロール出来ていないことを見抜き、襲いかかってきた。
 人知を超えた戦いを繰り広げる俺と千鶴さん。
 そして、互いに必殺の一撃を繰り出そうとしたとき。
 楓ちゃんが千鶴さんの前に飛び出し、その爪を己が身体で受けた。
 ・・・俺を守るために。


 血を流して倒れる楓ちゃんを見たとき・・・俺は、一つの光景を思い出していた。
 前世。裏切り者として、姉達の手で殺されてしまったエディフェル。
 俺は、死にゆく彼女に約束したのだ。
 生まれ変わったら、必ず会いに行くと。そして今度こそ、お前を守ると。
 それなのに・・・・・


 ・・・楓ちゃんは生きていた。
 最後の瞬間、千鶴さんがとっさに爪を逸らしたからだ。
 そして、我が身を投げ出して俺を守ろうとした楓ちゃんを見たとき、俺の意識が
目覚め、鬼を制御した。
 俺は・・・いや俺と楓ちゃんは、鬼に打ち勝ったのだ。


 だが、それで全てが終わった訳ではなかった。
 その事を、俺達はすぐに知ることになる。




>side.B  幻・・・あるいは真実


「でも、分からないよなあ・・・。」
 冷えたコーラを喉に流しつつ、耕一は独り言のように言った。
 今、耕一と柚那はヤクドナルドの中にいる。
 約束通り十時に駅前で会い、その後耕一がデパートや書店など、柚那が立ち寄り
そうなところを案内していると丁度お昼時になったので、手近な所にあったこの店
に入ったのだ。
「何がです?」
 フライドポテトを口に運びつつ、柚那はその瞳を耕一に向ける。
 耕一は、なお独白のように続けた。
「俺は別に美形ってわけじゃないし、特別に目立つ奴だってわけでもない。
 まあ、特に不細工だとか、根暗だとも思わないけど。
 その俺に、なんで姫路さんみたいな人が、あれこれと構うんだ?
 ・・・分からん。謎だ。」
「ふふっ・・・」
 真剣に悩んでいる耕一に、柚那は思わず笑みをもらした。
 オレンジジュースをストローでかき混ぜながら、柚那は告げる。
「柏木君に、興味があるから。
 それではいけませんか?」
「そりゃ、光栄だけど。
 俺、別に姫路さんに興味を持たれるような所は無いと思うけどな・・・。」
 柚那の言葉にやや照れながらも、耕一は言う。
「いいえ。柏木君には、確かにありますよ。
 自分では気付いていないだけで。」
「そ、そうかな・・・。
 でも、他の奴・・・例えば、祐也なんかは?
 あいつなんかは、姫路さんの興味を引かないわけ?」
 真顔で言ってきた柚那に、さらにどぎまぎした耕一は、取ってつけたように尋ね
た。
 その姿に再び微笑みつつ、さらりと告げる柚那。
「そうですね。柳川君も興味深いとは思いますけど。
 でも彼には、もう心に思う人がいるでしょう?」
「え? だ、誰の事?」
 思い当たる節はあったが、耕一は尋ねてみた。
「楓さんのことですよ。柳川君は彼女の事が好きなんじゃないですか?
 柏木君は、そうは思いません?」
「・・・うん、実は最近、そうなんじゃないかって思い始めてた。
 でも姫路さん、良く気付いたね。こんな短い間で・・・。」
 目を丸くしている耕一に、思わず柚那は吹き出しそうになった。
「それは、柏木君が鈍すぎるんです。
 柳川君が楓さんを前にしたときの様子を見れば、誰でも分かりますよ。
 柳川君が、成績優秀、スポーツ万能、おまけにルックスもいいのに、なぜ女の子
があまり近付かないのか、不思議に思った事はありませんか?
 それは、彼が楓ちゃんに気があることをみんな知ってるからなんですよ。」
「そ、そうだったのか・・。」
(全然気付かなかった・・・・・)
 耕一は、他人の噂話などには殆ど興味を持たない質なので、今の今まで全然知ら
なかったのである。
 心底驚いている耕一に、柚那はフォローするように言った。
「でもまあ、気付かないのも無理はないのかも知れませんね。
 こういう事は、近くにいればいるほど見えなくなるものですし。」
「うん・・・でも、そうか・・・。
 やっぱり祐也は楓を・・・。
 うーむ・・・。」
 ぶつぶつと呟く耕一。
 その彼に、柚那はいたずらっぽく言った。
「嫌ですか? 楓さんを柳川さんに取られるのは。」
「えっ?」
 耕一はどきりとした。
「妹は誰にも渡したくない、とか思ってません?」
 笑みを浮かべつつ言う柚那。耕一は慌てて言った。
「そ、そんな訳ないだろ? シスコン兄貴じゃあるまいし・・・。
 あんな可愛くない妹を貰ってくれる奴がいるなら大歓迎さ。
 相手が祐也ってのがちょっと何だけど、まあ気心の知れた奴ではあるし・・・」
「本当にそう思ってます?」
「本当だよ!」
 むきになって言う耕一。
 柚那はくすりと笑った。
「・・・分かりました。
 そういうことにしておきましょう。」
 そう言うと、彼女はジュースの残りを飲み干した。


 ヤクドナルドを出た後、二人は中央公園に来た。
 良く晴れた空の下、子供たちが走り回っている。
 この公園の広さは隆山でも最大規模で、休日になると親子連れやカップルの姿が
多く見られた。
 その南側、木々が生い茂り、ちょっとした森になっているところ。
「いい空気・・・。」
 柚那は目を細め、うっとりと呟く。
 大きな木の下に座り込みつつ、耕一が言った。
「姫路さんて、本当に自然が好きなんだな・・。」
「ええ。緑に囲まれていると、とても静かな気持ちになれるんです。」
 柚那もその隣に腰を下ろす。
 二人はしばし黙って、何をするでもなく辺りの景色を眺めていた。
 やがて、柚那が目を閉じ、その口が静かに言葉を紡ぐ。
「ここは森。
 木と、鳥と、リスと、私だけがいる。
 ここには誰もいない。
 静寂を乱すものは、何もない。
 ここは女神の森。
 彼女に選ばれた者のみが、ここには集う。
 白い光の下、私はトレントと話をした。
 彼は風と共に歌を歌う。
 それを聞くために、女神は彼を呼んだのだという。
 では、私はなぜ呼ばれたのだろう。
 私は、ここにいても良いのだろうか。
 トレントが、私に尋ねた。
 君は森が好きなのかい、と。
 私はうなずいた。すると彼は言った。
 ならば、君はここにいて良いのだと・・・・・。」
「・・・・・それって、誰かの詩か何か?」
 耕一がためらいがちに声をかけると、柚那は目を見開いた。
「ええ。あまり、有名な詩人ではありませんけど。
 彼は、その短い生涯のほとんどを、森の中で過ごしたそうです。」
「ふうん・・・。」
(自然と共に生きるってのもいいのかも知れないけど・・・。
 俺ならきっと一週間で飽きるな。)
「・・・柏木君。」
 そんなことをぼんやりと考える耕一に、柚那が声をかけた。
「え? 何?」
「先ほど、なぜわたしが柏木君に近付くのか、聞いたでしょう?
 わたしも聞きたいです。
 柏木君は、わたしの事をどう思いますか?」
 その謎めいた双眸に笑みをたたえて尋ねられ、耕一はどぎまぎした。
「ど、どう思うか? 俺が姫路さんを?
 ・・・・ちょ、ちょっと待ってくれ、今考えるから。」
 くすくすと笑う柚那に背を向け、耕一は顎に手を当てて考え込んだ。
(どう思うか、って言われてもな・・・。
 ここでいきなり「好きだよ」なんて言えるほど俺はアホじゃないし。
 どう答えよう・・・?)
「そんな真剣に考えて下さらなくても結構ですよ。
 軽い気持ちで聞いただけですから。」
「そう? それじゃあ、思った事をそのまんま言えばいいかな・・・。」
 柚那の方に向き直る耕一。
 言葉を選びながら言う。
「何て言うか、さ・・・。
 姫路さんは、何か俺達とは違うものを見ているような気がする。」
「え?」
 柚那は、虚を衝かれた表情になった。
 耕一は続ける。
「うまく言えないけど。
 姫路さんには、何か大事な目的があって、常にそれを見て行動している。
 今、姫路さんの目は俺に向いてるけど、実は俺を見てはいない。もっと先の、何
かを見ている・・・。
 俺には、そう思える。」
「・・・・・・・・・・。」
 柚那は沈黙した。
 耕一も、それ以上は何も言えず、黙り込む。
 ・・・子供の騒ぐ声が、遠くに聞こえた。
 ややあって、柚那が口を開く。
「柏木君って、不思議な人ですね。
 ちょっと鈍いところがあるかと思うと、別のところではとても鋭い・・・。」
「そう、かな。
 じゃあ、姫路さんはやっぱり・・・」
「柏木君。」
 柚那は、耕一の言葉を遮って、立ち上がった。
「え?」
「確か、柏木君も街に用事があるような事を言っていたでしょう?
 そろそろ、行きませんか?」
 そう言って、耕一に顔を向ける柚那。
 そこには、いつもの笑顔があった。
(あ・・・)
 耕一は気付いた。
(そのことは、話せないんだ・・・。)
 そして、自分が彼女の心の中に、土足で踏み込もうとしていたことに。
 耕一は、自分も慌てて立ち上がると言った。
「そうだった、すっかり忘れてた。
 ・・・じゃあ姫路さん、付き合ってくれる?」
「ええ、喜んで。」
 柚那は、にこりと微笑んで答えた。




                               続く




                次回予告


 わたしは、二人の姿を見た。
 お似合い、と言って良かった。
 そうしたら、すごく悲しくなった。


 第五話 「愁雨」


 雨が、静かに降り始めた。




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HY=ハイドラント
柚那=姫路柚那

HY:やっとのことで第四話完了。あー疲れた。
柚那:ご苦労様。でも言っときますが、まだ半分にも到達してませんよ。
HY:そうなんだよなあ。しかもこれからはさらに大変になるし。
柚那:そうですね。これまでは、side.Aの方は単なる原作のあらすじで
      したが、次回からはオリジナルになりますから。
HY:単純計算で、疲労が倍になるわけだ。ふっ・・・。
      なんか、急に冬の日本海が見たくなった。じゃ、そういう訳で。
柚那:逃がすかっ! 紅い牙!
HY:くっ! プアヌークの魔剣よ!
柚那:狂昇拳! と見せてキャンセル狂撃掌!!
HY:なんの! 稲妻キーック!!
柚那:おーほっほ! と狂喜にむせかえりながらクラーリン召喚!!!
HY:甘いわ、大陸に通ずる龍脈の力を見るがいい! 四神聖獣!!!
     (・・・以下、割愛)

  上の技その他が全部分かった方。私の仲間です(笑)。
  では、感想とレスを。

>「セリオちゃんとマルチちゃん」久々野彰さん
  内容に関係ありませんが、疑問が一つ。
  なぜ執事の名前はセバスチャンと決まっているのだろう?
  東鳩だけでなく、スレイヤーズでも、GS美神でもそうだった。
  真実はいずこ。

>「お昼寝」OLHさん
  なんか、二人とも可愛いですねえ。こういう話を読むとほっとしてした気分
  になります。
  琴音が小悪魔? どうかなぁ・・・。私は、琴音は不器用なタイプだと思い
  ますが。器用な人間であれば、超能力の件でももう少しうまく立ち回ったで
  しょうし。

>「死ぬほどHな救世主」カレルレンさん
  ちょっと大人の雰囲気ですね。ここの作品では珍しいんじゃないですか?
  あとがき読まないと、タイトルの意味が分かりませんね(笑)。もとの話が
  どんなだったのか、少し気になる・・・・。
  綾香SS、楽しみにしてます。

>「初音の甲斐性っ!」ゆきさん
  >彼女の切なさが届いたでしょうか?
  う、うーん、なんかそれらしいものは届いたような気がしますが。
  しかしそれ以上に私の心を占めるのは、「恐怖心」かも(汗)。
  あの手の「イタい女」ってのは恐いですね・・・と思ってしまうのは、つま
  り私がガキだからでしょーか? むぅ・・・。

>「Starting Over」西山英志さん
  おお、西山さんが書くのは楓だけではなかったのですね(失礼無礼)。
  私は、あまり梓って好きじゃないのですが、それでもこの作品の梓の可愛さ
(と言うより、「良さ」と言うべきかな?)は、無条件に認めてしまいました。
  次はLメモですか? 西山さんのLメモを読むのは確か初めてだったはず。楽
しみにしています。
  ところで、「あれ」ですが、私はほぼ覚悟完了。もう止まらない・・・。
  
>まさたさん
  感想有難う御座います。
  期待にお応えするべく、ハイドラントは「力と命の全てを賭けて」SS書い
  てます。
  どうか最後までお付き合い下さい。
  あ、そう言えば「図書館」を開設されたんですね。連載が終わったら、一度
  お邪魔させていただいていいですか?

>「あくあ・しゃわあ」NoGodさん
  みんな可愛い子供たちですね、ホント。(笑)
「好みじゃない」て言われてしまったんですか? 残念でしたね・・。そのHP
  ってもしかして、ダーク路線専門とか?
  私は、こういう話を読むのは好きです。いずれ続きを書いてくれませんか?

>「鬼畜琴音物語」風見ひなたさん
  ゴブーリキって、「ラムネ」でしたっけ? あまりよくは知りませんが、ダ・
  サイダーのギャグはなんか好きでした。
  新企画、もちろん参加希望します。お好きなように扱って下さい。(なんて
  書いてしまったが、ほんとにどんな目にあわされることやら。不安と期待)
  ところで、先日私が出した不躾なメール。誠意あるご返事を頂き、恐縮して
  しまいました。未熟者の私が言うべき事ではなかったのではと懸念していた
  のですが・・・。
  しかし、流石はひなたさん。まさかそういう考えがあったとは・・・。
  ひなたさんがどれほどのものを書かれるのか、私には想像もつきませんが、
  それはこの目で確かめさせていただきます。
  あ、感謝状は下さい。私、昔から貰えるものは何でも貰ってしまう、素直な
  奴なんです。(笑)
  最後に一言。私の「ダーク」も、ちょっぴりの「優しさ」も、全てこの「父
  から二人に、祝福を」の中に込めるつもりです。厳しい目で吟味して下され
  ば幸いです。
      
>Runeさん
  L学園HP、ご苦労様です。私も今の連載が終わったら顔を出させていただ
  きます。
  しかし、お忙しいようですね・・・。ひょっとしたら私以上?
  さすがの私も直接書き込んではいないし。
  あまり人の事をいえる状況ではありませんが、お体には気を付けて。

>「もう一つのToHeart 第四話」kuramaさん
  高校生でありながら女と同棲・・・。
  浩之、もしかして別のゲームの世界に入ってしまったのでは?(爆)


柚那:とどめ! 焔螺爆龍滅覇!!!!
HY:ぐはっ・・・。む、無念・・・(がく)
柚那:・・・ふう。いらぬ手間をかけさせて・・・。
      あ、というわけで、作者の逃走計画は粉砕しましたので、皆さん安心し
      て次回をお待ち下さい。
      では、また明日。