鏡の中のいじめっ子 第二話 投稿者:伊勢@ウッドボール二号 投稿日:11月30日(木)23時57分


これまでのお話

吉井ユカリ「どうも吉井です」
松本リカ「松本です」
吉井「事の起こりは数日前、松本がとある高級温泉旅館のパーティーに参加できる!って話を持ってきたの」
松本「で、最初は乗り気じゃなかったんだけど、『ひょっとしたらいい男いるかも!?』をキーワードに俄然やる気に!?」
吉井「で、私たちは松本のご両親に連れられて参加したんだけど、コレがジジババばっかりの大ハズレ!」
松本「唯一、岡田が見つけたイイカンジの男も声を掛けようとした目の前で他の女にかっさらわれるし、岡田さん受難続き!」
吉井「色気が無くなった女の行き着く先といえばそれは一つ!『食い気!』しかない! 怒った岡田、目に付く物手当たり次第食べる食べる! それはもうバキュームカーの如く!」
岡田「言い過ぎ……」
松本「いー加減それだけ食やぁ気分も悪くなるってモノで、岡田退場! 今日の所はこれでお開き!」
吉井「で、一晩寝たらすっきりしたのか、翌日は登校してきたんだけど、おーかださんちのメグミちゃん〜なんだか少し〜へんよ〜♪ どーしたのっかっな?」
岡田「歌うな!」
松本「つーわけで本編スタートォ!」

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「おはようございます、吉井さん、松本さん」
 岡田が登校してきて二人に放った第一声が、これだった。
「「…はあ?」」
 私と松本はわけが分からず首をかしげた、が、すぐにひとつの事に思い当たった。
「岡田ぁ、ホンっと昨日はゴメンねー」
 と、松本が謝る。
「ま、美味しい物も食べられたんだし今回は勘弁してあげなよ」
 私も松本が気の毒でフォローを入れてやる。
 しかし、いつもはストレートに怒鳴り散らしてくる岡田がこんな風に回りくどく、陰険な言い方してくるとはよほど腹に据えかねたのだろう。これは昼に学食ぐらい奢らせられるかもしんないなー……
 私が内心げんなりしていると
「そんな、とんでもないです。昨日はあのように素晴らしい席にお招きいただきまして、ありがとうございました。本当に楽しかったです」
「……おかだ〜、ホント堪忍してよ〜、そりゃあんなオジンばっかだった上に、目当ての人を目の前で他所の女にもっていかれて怒る気持ちはわらない事も無いけどさ〜」
「はい?…… いえ、あの、ですから本当に楽しかったとお礼を申し上げたかったのですが……なにか御気に障ることでも申し上げたでしょうか?」
「岡田! もうその辺にしてあげなって、いい加減に……」
 と、言いかけて、岡田の様子がおかしい事に気付く
 岡田は、怯える小動物のような目でこちらを見ている。
 しかも瞳にはうっすらと涙を浮かべて
「お、岡田……?」
 松本も岡田の様子がおかしい事に気が付いたのか、不安げに声をかける
 すると
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!うっ、うっうううぅぅぅ……」
 岡田は堰を切ったかのように泣き出した。
「ちょ、お、おかだ!? どうしたの? ねぇ!?」
 いきなり泣き出した岡田に私と松本はうろたえるばかりだ。
 クラスメイトの視線がこちらに注がれる。
 と、その時、
「おまえら……また」
 藤田君が丁度教室に入ってきて、こちらを確認すると、あの悪い目つきをいつもより更に15度ほどつりあげてこちらに向かって来て、そう言った。
「し、知らないわよ! 話してたら急に泣き出して……私たちにも何がなんだかわからなから!」
 松本が焦って言い訳する、こちらも思わぬ事態に少しヒステリックになっている。そして、助けを求めるようにこちらに視線を送る。
(私だって泣きたいわよ)
 とにかくこのままじゃ、じきに先生も来てHRが始まってしまう。
 私はうろたえる松本を席に着かせ(場が悪化しかねない)まだ泣き続けている岡田をあやしながら一旦席につかせた。
 意外にも岡田は素直に頷くと「すみません」と申し訳なさそうに呟きながら席に着いた。
 一体どうしたって言うのよ、私が何したって言うのよ……



 授業中、気分は最悪だった。
 今朝の事が気にかかっていて授業にはまったく身が入らず、ずっとその事ばかり考えていた。
 岡田、一体何の冗談なのよ……ホントに
 しかし、あれが冗談でない事は一年以上ずっとつるんできている私達(いや、松本はひょっとして気付いていないかも)にはよくわかった。第一、岡田はあんな事が冗談でできるほど器用じゃない。
 松本は、アレだけ動揺していたにも関わらず、授業中は気持ちよさそうに寝息を立てていた。まったく、あの娘は……。
 そして、岡田はというと……真面目にノートをとっていた。
 私は最初、目を疑った。あの岡田が? 真面目に? ノートをとっている?
 いつもだったらだるそうに、頬杖をつきながらあくびをかみ殺している、あの岡田が、だ。
 しかも、1限目は岡田が毛嫌いしている「ネー君」の授業なのに……
 私は確信した、あれは岡田じゃない。岡田の形をした別の何かだ。
 そうとでも考えないと、混乱して今度は自分がどうかしてしまいそうだった。

 キーンコーン カーンコーン……

 憂鬱な1限目がようやく終了する。
 私は席を立つとまっすぐ岡田の元へ向かった。
「お、岡田……さん」
 しかし、いざ岡田の元に来てみると、どうにも尻込みしてしまって上手く言葉が出ない
 思わずさん付けで呼んでしまう
「あ、吉井さんどうも、今朝は本当にご迷惑をお掛けしました。本当にすみません……」
 そう言って岡田は申し訳無さそうに頭を垂れる。うう、やりにくいなぁ……
「え、ああ、うん、いいの、別に……あ、松本……」
 私が何を言おうか言いあぐねていたちょうどその時に松本もこっちにやってきた。
「おかだ〜、一体どーしちゃったのよー? いつもの岡田らしくないよ〜?」
 私が言えずに困っていた事をすっぱりと言ってしまう。
 図々しいが、今はこの臆面のなさのおかげで助かった。
「はぁ……と、申されましても、私にも……よくわからなくって。あの、いつもの私ってもっと違いました?」
 そう言って首をかしげる岡田、なんだか目つきが優しい。
 密かに女子の目つきのわるさNo.1と噂されている岡田が、今日はなんだか目つきまで違う。まるで神岸さんみたいだ。
「うん!そりゃもう全然! いつもはもっとだるそうだし、口を開けば愚痴ばっかりだし、第一言葉遣いがもっと乱暴だよ!岡田は」
 松本が失礼な事を力説する。いや、当たっているんだけど。
 しかし岡田は松本の非礼を気にしたわけでもなく、ほかの事に驚愕していた。
「そ、そうなんですか!? どうしよう……あ、そういえば!」
 岡田は急に何かを思い出したようで、はっとした顔つきになった、と思ったら次の瞬間、泣き出しそ うな顔になって、目を伏せた。
「岡田!?ちょ、ど。どうしたのよ急に、またなんか悪いこと言った!?」
 私は慌てて岡田をなだめようとした。朝みたいな騒ぎはもう勘弁してもらいたい。
 岡田は何も言わず顔を伏せたままだったが、暫くしてゆっくりと顔を上げた。
 そして、そして開いたその目には何か、ある種の決意のようなものが宿っているように私には感じられた。
「吉井さん、松本さん」
 急に声をかけられる。
「「は、はい」」
 岡田のその声があまりにも真剣だったので思わず私も松本も尻込みしてしまう。
 岡田はちらりと時計を見やると
「今はもう時間がありませんから、昼休み、少しお付き合い頂けないでしょうか?」
「昼休み、って、ゴハン食べた後?」
 松本が訊ねる。
「そう……ですね。その方が都合が良いかと思います。」
「「???」」
 わけがわからず松本と私はきょとんとする
「それで、その、よろしいでしょうか、もし……」
「あ、べ、別に構わないよ。わたしは」
「う、うん、わたしも」
「そうですか。よかったぁ」
 岡田が心底安心したような表情でそう言った。
「そういえば松本さん……」
「な、なに?」
「さっきの授業中、よくお休みになってらっしゃったようですが……」
「あ、うん、昨日あんまり寝てなくってねー、あはは」
 笑ってごまかす松本、この娘は真面目に授業を受けていることのほうが少ないのだが。
「そうでしたか、でしたら、もしよろしければノートお貸ししましょうか?汚い字ですが」
「いいの? ありがとうおかだぁ〜」
 そういって松本が岡田に抱きつく、
「…………はぁっ」
 私は一人溜息をつく。

 キーンコーンカーンコーン

 チャイムが授業開始の合図を告げた。



 結局、その後の休み時間も岡田がどうして急変してしまったかはわからずじまいだった。
 一度は本気で別人ではないかと疑って、私たち3人しか知らない質問を幾つか投げかけてみたが、岡田は当然のように答えて見せた。
 それに時折見せる微妙なしぐさは、一年以上私たちが見つづけてきた岡田のそれだった。
(あの娘、実は私たちに黙って自己啓発セミナーにでも通っていたとか?)
 そんな考えすら思い浮かんだ。

 そして昼休み
 私たちは食事を採っていた。
 松本はこの岡田にもう慣れたらしく、和気藹々と楽しそうに話している。
 私はというと、まだ当然の如くこの岡田に慣れるわけもなく、さっきから時折相槌を入れるだけで、後はずっと箸が口とお弁当箱の間を行き来しているだけだった。
「あの、吉井さん……」
「なに?」
 私がそっけなくこたえる。今朝から頭の中が混乱しっぱなしで私は少しイライラしていた。どうもそれが言葉に出たようで、岡田を不安がらせてしまったようだ
 私は慌てて言い直す
「ん、どうしたの?岡田」
「い、いえ、そのさっきから黙っていらっしゃったので、お気分が優れないのかと思って」
 岡田が申し訳無さそうに声をかけてくる。
「う、ううん、なんでもないから、気にしないで」
 そう言って私は再び食事に手をつけ……ようとしたが、既にお弁当箱の中は空だった。
 二人も、丁度食べ終えた所のようだった。
 岡田は席を立つと
「それでは済みませんが少し付き合っていただけますか?」
 そう言うと、窓際の方へ向かって歩き、私たちの予想だにしない人物に声をかけた



 私たちは今、屋上にいる。
 ウチの学校の屋上は結構広く、昼休みともなると食事をとりにやってくる生徒も結構多く、私たちもたまにここへ来る。
 しかし、今日は薄曇で少し肌寒いせいか、屋上に居る生徒はいつもより疎らだった。
「で、私になんか用?」
 そう口を開いたのは、岡田でも、松本でも、ましてや私でもない。
 保科智子
 私たちとは一年生の時から同じクラスの生徒だ
 そして、以前まで私たちと反目しあっていた。(と言っても向こうには相手にされていなかったような気もするが)
 今思えば、なんともくだらない事をしたものだ。
 最初は、岡田だった。
 何か気に食わないことを言われたらしく、目の仇にしていた岡田がその頃つるんでいた私と松本に愚痴った事が最初。
 そして、保科さんのどこか冷めた、馬鹿にしたような態度に私たちも腹が立ち、いつしか私たちも嫌いになっていた。
 そしてそれがエスカレートして、くだらない悪戯をするようになったのが今年の四月。
 今にして思えば、馬鹿なことをしたものだ、と思う。
 その後、結局藤田君に悪戯の現場を目撃されて、お説教されてもうしなくなったんだけど(当然、保科さんには謝った)
 結局保科さんに悪戯したのはそれが最後で、それっきり何もなかったのだけど……
 岡田のヤツ、こんなところに連れてきてなにをする気なのかな?
 しばらく4人とも無言のままでいる。
 松本は昔っからこういう雰囲気が苦手で黙りつつもそわそわと落ち着かない
 そして岡田は……
「本当にすみませんでしたぁ!」
 いきなり大声でそう言うと保科さんに向かって深く頭を下げた。
「「「!?」」」
 唐突な、思いもよらぬ岡田の行動に私はなんと言って良いのかわからなかった
「許してもらえるとは思っていません!ですが、あれだけの事をしてしまってちゃんと謝らずにいるなんて! 本当に……ごめんなさい……」
 最後のほうは振り絞るような涙声だった。
「ちょ、ちょっと、いきなりなんやの!? どーいう冗談や?」
 保科さんもいきなりの岡田の行動に相当驚いているみたいだけど、無理もない
「本当にごめんなさい! 私が悪いんです! 吉井さんや松本さんは私に唆されただけで、本当は悪く無いんです! 殴って気が済むのならそれでも構いません」
「だから何のこと!?」
「ノ、ノートに落書きしてしまった事です……それ以外にも沢山意地悪なことして……うっ……ぅぅぅ……」
「え、ええから顔を上げてよ、頼むで! ちょっと!アンタ達も黙って見とらんと何とかしてよ!」
 保科さんが私たちに助けを求める、は、つい見入ってしまった。
 しかし、私が岡田に手をかけようとするより先に松本が岡田に近づいた。
「おかだ、もういいよ、もういいから」
 そう言うと松本は泣きじゃくる岡田の肩を抱き、頭をポンポンと撫でた。
 嗚咽は次第に落ち着いてきたようで、松本の胸に頭をうずめてた。
 松本はそんな岡田の頭を優しく抱き、また、ポンポンと撫でた
(まるで母娘みたいだな)
 松本の意外な一面を目の当たりにして、私はそんなことを思った。
「で、お取り込み中申し訳ないんやけど、一体これはどういうことや?」
 あ、忘れてた。
 見ると、保科さんは少し怒ったような困ったような顔をしている。
 しかし、そこには以前のような冷たさは無かった。
「私たちが聞きたいわよ」
 私は空を仰ぐとポツリとそう洩らした。

   (続く)