鏡の中のいじめっ子 第一話 投稿者:夏樹@ウッドボール一号 投稿日:10月22日(日)23時49分
岡田は、あくびをかみ殺しながら教室に入ってきた。
「おはよ〜」
「あ、おはよ〜、岡田」
「朝から元気そうね、吉井。私は眠くて眠くて…」
 吉井の元気そうな挨拶に、岡田は眠そうに答えた。いつもはうるさいほど元気のある岡
田だが、朝には人一倍弱いのだ。
 そして、いつもの3人組の最後の一人、松本はいつも通り、朝だろうと夜だろうとハイ
テンションだった。
「岡田〜、今度の日曜日ひま〜?」
 朝一番の松本の声はそれだった。
「何よ朝っぱらから」
 岡田は不満そうに松本に言い返した。
「へっへっへ〜、これを見てもそんな態度が取れるかなあ〜?」
 そう言いながら松本は何かのチケットのようなものを岡田の面前につきつけた。
「えーと…鶴来屋グループ主催の食事会?」
「どう? すごいでしょ!」
「すごいって言われても…」
 岡田はどこがすごいのか全然分からなかった。鶴来屋グループなど聞いたこともなかっ
たし、たかが食事会に何故そこまで気合が入るのかいまいち分からなかったからだ。
「これのどこがすごいの?」
「あれれ、岡田、鶴来屋グループ、知らないの?」
 おおげさに驚く松本に、岡田はじごく簡単に答えた。
「知らない」
「マジで?」
「マジで」
 変な問答をしている岡田と松本を見て、吉井は横から苦笑しながら割りこんだ。
「ね、だから言ったでしょ、松本。鶴来屋グループなんて普通は知らないって。まあ、私
はたまたま知ってたけどね」
「で、その鶴来屋グループって何、吉井?」
「えーと、簡単に説明すると、レジャー施設とか旅館関係の企業の名前。もっとも、今は
いろんな事業をしてるみたいだけどね。テレビで宣伝してるわけじゃないから、岡田が知
らないでも全然不思議じゃないけど、けっこう大きな企業よ」
「へー、吉井詳しいんだ」
「たまたまテレビを見てたときに、紹介してる番組があってね。そこの会長が、すごく若
くて綺麗な女の人で、それをテレビで取り上げてたみたい」
「若くて綺麗?」
「うん、すごい美人だったわよ。年もまだ20過ぎぐらいだったと思う」
「私より美人?」
「岡田とじゃあ比べる間でもないわね」
 そう言って吉井は笑った。松本も一緒になって笑っている。
「何よ、2人で。どうせ私はブスですよ」
「ま、まあ冗談は置いておいて、本当に美人だったから、私も印象に残ってたのよ」
「私のパパがお仕事でその鶴来屋グループの重役さんに会ったときに、招待されたんだっ
て。で、5人分もらったから、チケットが余ったの。だから、2人を誘ってみようかな〜
と思ったわけ」
「でも、どうせ来るのってじじいばっかでしょ? そんなところ行っても楽しくないんじ
ゃない」
「それが、そうでもないみたいなのよ」
 吉井はわくわくしならが説明をしたがる松本を指差した。
「それがね、今回の食事会って、新しいホテルで出す料理の審査が名目なんだけど、本当
は単なるパーティーみないなものなんだって。で、その会長さんとかの親類も来るらしい
のよ」
「それが私らになんの関係があるっていうのよ」
「へっへっへー、つまりね、会長があれぐらいの年齢なんだから、その兄弟とか、従兄弟
とかも同じような年齢なわけ。あんな綺麗な人の血がまじってるんだもん、かっこよくな
いわけないじゃない」
 岡田は、吉井ばりのため息をついた。
「…なに、つまり、松本は私らが男を捜すために呼ぶって言うの?」
「そうよ、いいでしょ、この案。うまくすればお金持ちのハンサムゲットよっ!」
「あのねえ…」
 吉井も横で肩をすくめたが、松本はとてものる気のようだ。
「別に私は男なんて…」
 松本は、クイクイと教室の一角を指差す。
「何よ」
「あれ見てみてよ」
 岡田と吉井は、首をかしげながらもそちらを向く。
「よお、おはよ、委員長、今日も美人だな!」
「おはよ、藤田くん。朝からハイテンションやなあ」
 そういう保科の顔も、まんざらではないという表情だ。
「さすがに藤田くんのノリにはつきあわれへんわ」
「何いってんだよ、コテコテの関西人が」
「関西人が全員ノリがいいわけちゃう」
 そう言いながらツンと藤田をつっかえす保科の顔は、あきらかににこやかだった。
「この俺が朝から愛をこめた挨拶をしてるって言うのに…」
「ばっ、べ、別に藤田くんにそんなもんこめてもらったって嬉しくないわ!」
 そういう保科の顔は真っ赤だった。
 とても微笑ましい、朝の風景。
「…どう?」
 松本はいつになく勝ち誇った顔をしていた。吉井も岡田も、それに腹はたつものの、言
い返せる力はなかった。
「…わかった、行くわよ。行ってやろうじゃないの!」
「…私も、仕方ないわね」
「よし、きまり〜」
 そう言ったあと、3人はもう一度藤田と保科の方を見て、声を合わせた。
「「「…彼氏欲しいよね」」」
 実に切実な言葉だった。


「…で、これのどこがチャンスだって?」
「うーん、それはまあ…チャンスは自分でつかむもんだし…」
「騙されたわ、ほんとに…」
 3人は、すでに後悔していた。
 それなりのかっこうをして、勢い込んで来た食事会。しかし、残念なことにほとんど同
年代の男性はおらず、いたとしても3人のボーダーラインを完全に無視して下に突っ走っ
ていた。
「誰よ、ハンサムな男って…」
「言わないで、私だって期待外れだったんだもん」
 岡田に責められて、松本はしゅんとしてしまっていた。それを吉井がフォローする。
「岡田〜、松本責めたって何もかわらないじゃない」
「そりゃあそうだけど…」
 吉井はもしかしたら始めから期待していなかったのか、いつものこまった顔のままだっ
た。
「だいたい、もしかっこいい男の人とかいて、岡田は話しかけれる?」
「うっ…」
 岡田は痛いところをつかれたので言葉を止めた。
「私はできるよ」
 松本は不思議そうに首をかしげた。知らない人だからと言って松本がものおじするとは
思っていなかったので、吉井は岡田だけに聞いたのだ。
「だいたい、岡田はいつもはすごく押しが強いくせにいざってときに度胸ないじゃない」
「そ、そんなことないわよ」
「悪い意味なら意地をはることもあるけどね」
 吉井の言葉に、岡田は何も言い返せなかった。
 そこで、松本が声をあげた。
「あ、いい男発見」
 そう言ってパーティーの一角を指差す。
「え、どこどこ?」
 さっきまでの態度はどこへやら、岡田と吉井はそちらを見る。
「あそこあそこ」
 そこにいたのは、20歳ほどの男性だった。いまいちぱっとはしない地味な服装ではあ
ったが、表情も同年代の男よりも落ちついていたし、何よりかなりのハンサムだ。
「92点」
 吉井は冷静にその男性の評価を口にした。
「うーん、私は85点かな? ちょっと服のセンスが地味」
 それにつられて松本は辛口の評価をくだした。ただし、顔はけっこううれしそうだ。
 そして、岡田はと言うと…
「…」
「…岡田?」
 いぶかしく思った吉井が、岡田の肩をゆさぶる。
「あ、え、何?」
「何じゃないわよ。岡田の評価は?」
「え、えーと、まあ、かっこいいんじゃない。80点はあげてもいいわよ」
「…ねえ、岡田。もしかして、ばっちりはまった?」
 吉井は岡田のほほをつんつんとつつきながら訊ねた。
「…」
「ねえ、どうなの?」
 松本も楽しそうに岡田を観察している。
「…かなり」
「はまった?」
「…うん」
「へー、岡田ってあんなのがタイプなんだ」
 松本はじろじろとその男性を観察していた。
「まあ、岡田が気にいったんなら、私は岡田にゆずるわ」
「え?」
「私もー、ちょっとタイプじゃないし」
「え、え?」
「と、言うわけで、岡田…」
 吉井と松本は声を合わせた。
「「がんばってきなさいよ」」
「がんばれって言われても…」
「あれー、岡田。さっき声かけるぐらい平気って言ってなかったっけ?」
 吉井は意地悪くそう岡田に言った。
「まあ、別に私は強制はしないけど…」
「い、いいわよ、声かけてきてやろうじゃないの!」
 岡田が意地をはる癖はよく吉井は知っていた。が、もう少しごねると思っていたのだが、
岡田は予想よりも早く意地をはってきた。
「ちょ、ちょっと、岡田。別に意地はらなくても…」
「いいのよ、私は声をかけたいの!」
「じゃあがんばって〜」
 そこで、松本が追い討ちをかける。おそらく、ナチュラルな行動だろうが。
「行ってくる!」
「あ、ちょっと、岡田!」
 岡田は、ズンズンとその男性に近づいていこうとしたが、すぐに歩みが遅くなる。
 そりゃ確かにすごく好みのタイプだけどさあ…
 岡田はもちろん気遅れしていた。確かにハンサムであったので、声をかけてみたい気は
していたが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
 そうして岡田がとろとろしている間に、岡田の横をスッと一人の女性がその男性の方に
近づいていった。
 グレーのスーツを身にまとった、かなりの美人だった。 ショートの髪、きりっと通っ
た目鼻、歳は岡田よりも少し上、もしかしたら同じぐらいかもしれない。ただ、そのスラ
ッとした体にそのスーツはよく似合っていたし、何より胸はスーツの上からも分かるほど
大きかった。
 岡田達が3人集まったって相手にならないようなその女性は、まったく臆する様子もな
くその男性に近づいていった。
 そして、その女性は親しげにその男性に話しかけていた。
「あ…」
 しばらくその2人は親しげに話していたかと思うと、その女性に腕をひっぱられてその
男性は奥の方へと消えていった。
 あっという間に、岡田は一人そこに取り残されていた。遠くでその様子を見ていた吉井
と松本も、顔を見合わせて微妙な顔をした。
 岡田は、ばつの悪そうな顔で友達の方に戻っていった。


 現実にそこで何が行われていたかと言うと…
「あ、いたいた、耕一!」
「ん…?」
 耕一は見たこともない美人が自分に声をかけてきたので首をかしげた。
「…ああ、梓か。誰かと思ったぜ」
「私の他に誰がいるっていうのよ、もうボケた?」
「いや、なに…」
 耕一はニヤニヤしながら梓のその姿を観察した。本当はなかり胸を重点的に観察したか
ったところだが、自分の身の危険を感じてそれはしなかった。
「身間違えるよなあ、そんな格好したら」
 梓は少し恥ずかしそうに下を向いてぶつぶつと小声で言った。
「だ、だから私はこんな服なんて着たくなかったんだ。千鶴姉が無理やり…」
「いいんじゃねーか。似合ってるって」
 梓は顔を真っ赤にして腕をぶんぶんと照れ隠しにふった。
「ほ、ほめたって何も出さないよ!」
「いやいや、よく似合ってるって。特に胸とか…」
 と、耕一は自分が口を滑らせたのを自覚した。
「耕一、あんたってやつは…」
「ま、待て梓。ここでいつも通り暴れるわけにもいかんだろ!」
「…確かにね」
「それに、なんか急いでたんじゃないのか?」
「そう、それそれ! それが、千鶴姉が作った料理が一つ混ざってるらしいの!」
「な………何ぃ!!」
「今楓も初音も一緒になって探してるから、耕一も手伝って!」
「た、確かにこんなところで梓とちちくりあってる暇はないな」
「バカなこと言ってないで早く行くよ!」
「お、おい、こら、腕引っ張るなって!」
 耕一は梓の怪力にずるずると引きずられて行ってしまった。


 岡田は少しふてくされながらがつがつと置いてある料理を食べていた。バイキング方式
なので、食べようと思えばいくらでも食べれた。
 吉井はトイレで、松本は親に連れられて挨拶をしている。だからそこには岡田の知って
いる人は一人もいなかった。
 ふん、私が誘うはずだったのに…
 あのかっこいい男にあまり未練はなかったが、どこかの知らない人に自分が目をつけて
いた男が取られたのがしゃくにさわるのだと岡田は思っていた。
 岡田は気の長い方ではない。とは言え、ここでだだをこねるほど子供でもない。だから
やけ食いに走っていた。
 あんな女さえ来なければちゃんと私は話しかけれてたのよ!
 また、声をかけてくると2人に言った手前、それを実行できなかったのにばつの悪さを
覚えているのだ。その後、松本が「どうせ岡田が声かけたってダメだったろうし、気にす
ることないじゃん」と完全にフォローになっていない言葉を口にしたので、そのせいでよ
けい腹がたつのかもしれないが。
 もっとも、本当に岡田がその男性に声をかけれたかどうかが疑問だが、岡田に取っては
そんなことはどうでもよかった。あたる相手がいるのに、わざわざ自己嫌悪におちいるよ
うな岡田ではない。
 というわけで、岡田はそのやつ当たりの相手、料理に不満をぶつけていた。
 取っては食べ、取っては食べる。このさい、体重のことを少しも考えないわけではなか
ったが、今はこのむかむかとした気持ちをぶつける方が先決だった。
 おそらく、松本の親がいなければ、松本なり、吉井になりに愚痴を聞いてもらっていた
ところだろう。
 私は本当に男に声かけるぐらい平気なんだから。
 そう心で思ったし、2人にも言ったが、もちろん2人は苦笑するだけだった。いきなり
横からターゲットを取られた岡田に気をきかせて何も言わないのだが、その態度だって岡
田には頭にきていた。
 岡田は、よく出来た人間ではないのだ、だから、やつ当たりもしてしまう。今回は、そ
れが料理だったのだが一番の幸運と言うところだ。
 岡田は皿にのせていたチキンを平らげると、今度は横の方に置いてあったキノコのリゾ
ットに手を伸ばした。
 …でも、料理はおいしいな。
 どこか怒りきれない、というかもとから岡田は怒る理由がないのだ。
 あ〜あ、ほんとにかっこ良かったのになあ…
 本当はそういう未練が今の岡田を怒らせているのかもしれない。
 箸を動かして岡田はキノコのリゾットを口に運ぼうとした。フォークも使うことは可能
だったが、岡田はフォークはどうも好きではないのだ。
「あ、岡田〜、食べてる〜?」
 そこで、松本が親と帰ってくる。向こうからは、吉井もトイレから帰ってきた。
「やあ、岡田さん、料理はおいしかったかい?」
 松本とは似ても似つかない感じの、落ちついた松本の父親は、そう岡田に笑いかけた。
「はい、おいしかったです」
 岡田は、いつも人の親の前では猫をかぶっている。もっとも、これに関しては他の2人
だって大差はないが。
「それはよかった…おや、少し顔色が悪くないかい?」
「は、はい、ちょっと気分が…」
「それはよくないな。もう少しいるつもりだったが、もう帰った方がいいかい?」
「はい、お願いします」
 岡田はいつになく細い声でそう言った。
 岡田の父親は、ではまわりに挨拶してくると言って行ってしまった。
「どうしたの、岡田。人にでも酔った?」
「うん…」
 そこには岡田の母親もいたので、岡田もまだ猫をかぶっているようだ。ただし、どうも
気分が悪そうなのは吉井と松本にも分かった。
 しばらくすると松本の父親も帰ってきたので、会場を出て帰宅についた。
 その帰りの車の中でも、岡田はえらく静かだった。


「おはよ〜、吉井」
「おはよ、松本」
 朝一番でも、松本は元気一杯だった。朝はそこまで弱い方ではない吉井だが、松本ほど
の元気はない。まあ、一日中比べたって松本の方が元気なのは比べる間でもないことだが。
「昨日はごちそうさま」
「私がおごったわけじゃないけどね。ねえねえ、やっぱり岡田荒れてるかな?」
「うーん、あの子のことだから、多分朝から荒れてるんじゃないかな?」
 岡田は根に持つ、というか怒りが持続するタイプだ。昨日のことに関しては、おそらく、
後2日はぶつぶつ言うはずだ。
「まあ、いつものことだけどね」
「言えてる言えてる」
 そういう岡田の反応も、すでに2人にとってはいつものことだ。
 そういう岡田だが、結局、それを容認して2人は友達として付き合っている。あの藤田
に怒られたことがあってもだ。
 ガラッと教室の扉が開いて、岡田がいつもより早く来た。
「噂をすればなんとやらってね。おはよ、岡田」
「おはよ〜、岡田」
 岡田は、にこっと笑って二人に言葉を返した。
「おはようございます、吉井さん、松本さん」
「「…はあ?」」
 2人は、声をはもらせて首をかしげた。
 そんな2人の反応に別に何をするでもなく、岡田は、いや、多分岡田のかっこうをした
別の人物だと2人は思ったのだが、その岡田にそっくりの女の子は松本に頭を下げた。
「松本さん、昨日はご馳走さまでした」
 にこやかにお礼を言う岡田のかっこうをした…いや、間違いなく2人には分かった。そ
れは岡田本人だった、岡田はにこやかにそう言ったのだった。


続く

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どうも、こっちに投稿するのは初めての夏樹です。
今回、チャットの方で話をしているときに出たネタで、伊勢さんと競作をすることになり
ました。
ネタは…まあ読んでみてください。
キーワードは、ウッドボール(笑)
それでは、伊勢さんが次にどうつなげてくるのか楽しみにしながら…

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/4362/index.html