一撃必殺 投稿者:日進月歩 投稿日:8月28日(月)22時00分

「綾香、俺と真剣勝負してくれないか?」
「…はぁ?」
 いつもの河川敷。澄み切った青空が、低くどこまでも広がる夏の日の昼下がり。 
 それまで黙り込んでいた浩之さんの突然のお願いに、綾香様は思いきり間の抜けた声を上げました。
 その惚けたお顔も素敵です、綾香様。
 私はその表情をしっかりとメモリーに焼き付けました。あとでソフト・フォーカス処理を施さねば。 今のは結構レアな表情ですから、私的コレクション『綾香カード(略して綾コレ)』の充実に一役買ってくれることでしょう。お屋敷で働く妹たちの羨ましがる姿が目に浮かぶようです。フフフ…。
 は、いけません。一瞬(コンマ04秒ぐらい)脱線してしまいました。
 綾香様と浩之さんの方に注意を戻します。
「どういう意味よ?」
「言葉通りの意味だよ。俺と本気で戦って欲しいんだ」
「だから何故?」
「実はな、俺、葵ちゃんから必殺技を伝授してもらったんだよ。それを実戦で試してみたくてさ」
「必殺技…?」
「ああ。相手が本気で強ければ強いほど威力を発揮する、一撃必殺の最終奥義さ」
「へぇ…」
 綾香様の目が細められ、剣呑な表情が浮かび上がりました。
「その技があれば私に勝てるとでも?…浩之、もしかして私のこと馬鹿にしてる?それとも女だと思って舐めてるの?」
「どっちでもねえよ」
 私はそっと浩之さんを観察しました。その表情は真剣そのものです。とても調子に乗ってるようにも、からかっているようにも見えません。
 それに腕や顔に残る無数の傷痕。この様子では恐らく全身が傷だらけの筈。
 綾香様もその事が分かったようです。表情を幾分柔らげて。
「奥義の伝授に際して、葵に相当しごかれたみたいね?」
「おう、まあな」
 答えてにやりと笑う浩之さん。
 今の不適な笑顔はちょっと素敵でしたので、メモリーに残しておきましょう。是非カード化してマルチさん達に見せびらかさねばなりません。そしてあわよくば、マルチさんが持つ激レア物の綾コレ・カード『バナナの皮で滑って「うひゃぁ」と悲鳴を上げた瞬間の綾香様』と交換してもらうのです…!
 はっ、いけません。また思考が脱線してしまいました。
 お2人の話し合いはまだ続いているようです。
「…浩之、悪いけど本気では戦えないわ」
「何でだよ?」
「貴方はまだ格闘技に関して素人同然なの。そんな人相手に本気は出せない。よしんば出せたとしても、きっとどこかで手加減するわ。その必殺技とやらは、相手が本気でなければ威力が発揮できないんでしょ?」
「…おう」
「そういう事。諦めて」
 浩之さんは俯いてしまいました。ショックを受けたでしょうか?そんなデリケートな人とも思えませんが…。おや、何やら決断した表情で顔を上げましたよ?
「仕方ねぇ」
「分かってくれた?」
「ああ。この手だけは使いたくなかったけどな」
 浩之さんはそう言うと、真っ直ぐ私に向かって近付いて来ました。何をする気なのでしょうか?綾香様も顔に疑問符を張りつけてこちらを見ています。
 やがて私の目の前に立った浩之さんは、その耳元で小さく呟きました。
「悪ぃ、セリオ」
 そして次の瞬間、何と浩之さんは、御自分の唇を私の唇の上に重ねてきたのです!
 そんな後無体な…って、おや?この感触は…。

 ぶぢぢぢんっ!!

 何やら、特殊繊維で何重にも編まれたワイヤーの束を力任せに引き千切ったような音が辺りに響き渡りました。
「ひーろーゆーきー…!」
 続いて、私の熱感知センサーと内蔵型ス○ウターが、爆発的に巨大化していく高エネルギー体を捕らえます。言うまでも無いことですが、その発生源は綾香様でした。
「…セリオは…私んだぁーっ!!」
 周囲に轟く綾香様の咆哮。
 ま、やだよこの娘は。そんな恥ずかしいこと大声で…もっと言っておくれ。
 …おっといけません。嬉しさのあまりオバさん化してしまいました。
 でも綾香様が私の為にこんなに怒ってくださるなんて…。
 ちなみに浩之さんは、私の頬の辺りに軽く唇を触れただけだったのですが。ここはお互いの為に黙っておきましょう。
「URYIぃぃぃっ!」
 何処かで聞いたような奇声を上げ、浩之さんに襲いかかる綾香様。完全に我を失っています。
「来い!綾香!」
 してやったりの表情の浩之さん。なるほど、初めからこれが狙いだったんですね。
 河川敷の中央辺りでぶつかり合い、戦いの火花を散らす2匹の獣。
 とは言え現エクストリーム・チャンプと、多少格闘技の心得があるだけのたらし高校生ではまともな勝負にはなりません。結果は初めから見えてしまっています。
「あたたたたたたっ!ほあたぁっ!!」
「ぎゃっ」
 綾香様の、師父を彷彿とさせる怪鳥音&一子相伝の何とか神拳のコンビネーション攻撃をまともに食らって、浩之さんは梅図かずをチックな悲鳴を上げました(もはや何のパロディのつもりなのやら…)。
 ガードごと貫くような、重く正確な攻撃がその体に深刻なダメージを与えていきます。
 あ、金的。続いて顔面にパンチ。綾香様ったらスポーツマン・シップなんぞハナから無視。
 まさにダーティ&ワイルド。…素敵過ぎます(うっとり)。
 逆に浩之さんの顔はみるみる脹れ上がり、もはや殆ど原型を止めていないほどです。
 …それでも、彼の目はまだ死んでいません。冷静な光を放ちつつ、何かを狙っている…?
 いいえ。何を狙っているにせよ、もはや遅すぎます。フラフラの浩之さんには反撃する力すら残っていないのですから。
 綾香様が止めを刺すための攻撃モーションに移りました。
 最後の最後まで隙を見せるつもりは無いようですね。
 決め技は「オーパー・ザ・レインボー」か、はたまた「キャラクティカ・マグナム」か。
 誰もが(と言ってもこの場にいるのは私だけですが)綾香様の勝利を確信したその時。
 満身創痍の浩之さんの口が、僅かに動いたのを私は見逃しませんでした。
「綾香、お前の次の台詞は『浩之、これでフィニッシュよ!』だ」
「浩之、これでフィニッシュよ…って、え?!」
 それは一瞬の出来事でした。
 お二人の体が重なり合った瞬間、眩いばかりの閃光が瞬く間に周囲を包み込んだのです。
 凄まじい光の渦。アイボール・センサーを保護するために自動的に視覚がカットされます。
 閃光が収まり私が視覚を取り戻した時、既に勝敗は決していました。 
「…そんな…アホな…」
 そう言って、音を立てて地面に倒れ伏す綾香様。戦いの勝者は…浩之さんでした。
「綾香様」
 私は慌てて綾香様の元へと駆け寄ります。浩之さんもこちらに近付いて来ました。
「大丈夫だ、セリオ。この技に殺傷力は無い。気絶してるだけさ」
「浩之さん。今の技はまさか伝説の…」
「そう、嘗て無敗を誇ったという高校生軍団の必殺技。その名も『奇○フラッシュ』…」
「奇面○ラッシュ…。理解しました。だから浩之さんは敢えて、顔がボコボコになるまで綾香様の猛攻を受け続けたのですね」
「そういう事。でも、まさか綾香のヤツに勝っちまうとは思ってなかったけどな」
「このような技に破れたとあっては、綾香様もさぞかし死んでも死にきれない事かと」
「おい、死んでないって」
 妙に和んでる私達。綾香様はまだ目をお覚ましになられません。
 私がそろそろ、このタレ目を道連れに綾香様の後を追いかけようかと思案し始めた頃…。

 ピピピピ!

 内蔵型ス○カウターが激しく反応を示しました。熱反応は綾香様の肉体から。戦闘力数値は…計測不能?
 何かがゆっくりと目覚めつつある気配を感じます。私はそっと綾香様のお顔を覗き込み…。
 あ、これはいけませんね。
 いそいそと荷物を片付け始めた私に、呑気な浩之さんが話し掛けてきます。  
「何してんだ?セリオ」
「それでは浩之さん、命があるようでしたら、またお会い致しましょう」
「はぁ?」
「じゃ」
 すちゃっと片手を上げて簡単な別れの挨拶を済ませると、私は未だ事態の飲み込めていない浩之さんを一人その場に残して全力疾走を開始しました。
 至急、河川敷と十分な距離を取らなければなりません。
「無意識の暴走…綾香様の勝ちです」
 そう呟いた次の瞬間。

「かかかかかかっ!」
 
 私が今来たばかりの方角から、綾香様の悪魔超人笑いが響き渡りました。
 続いて無数の爆発音と閃光。そして掻き消されがちに僅かに聞こえてくる、浩之さんの悲鳴。
 綾香様。一体、河川敷では何が行われているのでしょうか?
 考えるだけでゾクゾク…もとい、恐ろしくなります。
 …いや、まったく惜しい人を亡くしました。 
 浩之さん、貴方の事は決して忘れません。形見のこの写真は、カードにしてマルチさんとの取引に有効活用させて頂きますので、後の事は心配なさらず成仏して下さいね。

 ぎにゃあぁぁぁぁぁぁ…。

 ひときわ凄惨な浩之さんんの悲鳴が、長く尾を引いて夏の空へと吸い込まれるように消えていきました。

 以後、藤田浩之の姿を見た者はいない。  

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 現在、ソフトが壊れて『To Heart』が出来ません。細かい設定ミスは見逃して下さい(泣)。
 
 日比野英次様
 感想をありがとうございます。
 お返しに(?)『Martial low ――戒厳令――』』の感想を書こうと思ったのですが…恥ずかしながら僕は『痕』をやった事がありません。
 でも色々なSSを読んだので、どんなゲームなのかは分かっているつもりです。
 主人公の柏木耕一は、美人四姉妹を全員食っちゃった鬼畜大学生。
 四姉妹は人間ではなく、若く見えるけど実は昔話の時代から生きてる大年増。好物はポッキー。
 力の源はキノコ。緑のヤツは1UP。
 8−4クリア直前にカセット引っこ抜くと、幻の9−1が始まると言う…。
 …え?ぜんぜん違う?