今日、いつもと変わらぬ学校からの帰り道。 突然、外科手術用のメスで武装したセリオに襲われた。 スパッ! 「おわっ!」 メスの連続攻撃が、鋭く空を切る。 俺はセリオの殺気に押され、反射的にその攻撃を避けていた。 「…セリオ?!ど、どういうつもりだよ?!」 セリオは攻撃の手を休めずに、俺の問いに答えた。 「浩之さん、私にあなたの脳みそを貸して下さい」 唐突に凄いことを言い出すセリオ。 こいつが変わってるのは元々だけど、俺はその妙な申し出に思わず目が点になる。 「はぁ?」 「ちょっと借りるだけで、すぐにお返ししますから」 「セリオ、いったい何を言って…」 スパァン! 「お願いします。優しくします。痛くしません」 あかん。 何か彼女、目がイっちゃってるし。 暴走してんのか? 顔つきが無表情なだけに余計怖い。 「大丈夫です、天井のシミを数えてる間に終わりますから」 「アホか!」 「じゃあ先っぽ入れるだけでも」 「・・・・」 「三擦り半で終わらせますから」 「…お前、言ってる意味わかってんのか!?」 知らない人が聞いたら誤解しそうな会話を繰り広げながら、取っ組み合う俺とセリオ。 結局、俺が何とかセリオからメスを取り上げることが出来たのは、数時間後のことだった。 西日で一面赤く染まった夕暮れ時の河川敷。 「…ったく」 現在、俺の目の前では、セリオが俯きがちに正座している。 相変わらずの無表情だが、何となく、しょんぼりと肩を落としているように見えるのは気のせいか。 どうやら正気に返ったようだ。 ひとまず安心。 時々、こっちの様子をこっそり伺うセリオの仕草が何だか小さな子供っぽくて、俺は苦笑しながら、なるべく優しく彼女を問いただした。 「で、なんでこんな事したんだ?」 セリオは自分の暴走を相当反省しているせいか、素直に事情を話し始じめた。 事情を聞いて、眩暈を覚えた。 理由は簡単。 綾香だ。 …じゃねーかと思ったんだ。セリオがここまでおかしくなるなんてな。 実にくだらない些細なことから、セリオと綾香は喧嘩をしてしまったらしい。 多分、綾香の方がムキになっちまったんだろうけど。 あいつ、妙なところで子供だからなー。 ともかく一方的にヒートアップした綾香はセリオにこう言い放った。 『セリオには感情がないから、私の気持ちなんかわからない』 この一言がいけなかった。 「確かに私の頭脳…CPUには感情プログラムが存在しません」 そう言って、俺の顔を見るセリオ。 「そこで、綾香様の一番の理解者である浩之さんの脳みそをお借りして研究すれば、私にも少しは感情の何たるかが理解できるかと…」 「…おいおい」 …ったく、恐ろしくとんでもねー理屈だ。 多分セリオは、綾香に言われた一言がショックで錯乱してしまったのだろう。 なんだかなー。 『?』顔でこっちを見ているセリオの顔を覗き込み、俺は言い聞かせるように話し掛けた。 「なぁセリオ。その方法はともかくとして、人の感情を理解しようとするお前の態度は立派だと思う。でもな…」 俺は自分の頭を指差して。 「いくら脳みそ調べたって、何にも分かりゃしないよ。感情ってヤツが在るのは、ここじゃないんだから」 「…脳組織には無いと?では何処に…」 「多分この辺だよ」 セリオの怪訝な問いに、俺は胸の辺りを指し示した。 その顔が、一瞬驚きの表情に変わった…様に見えた。 「探す場所を間違えたな」 俺はセリオの手を取って立たせてやる。 その言葉の意味が分かったのかどうか、しばらく胸のあたりをジッと見つめるセリオ。 と、唐突に。 こっちに顔を寄せてくると、セリオは俺の胸元にぴったりと耳(センサー付き)を押し付けてきた。 「お、おい?」 「…音が聞こえます」 「え?」 「何だか不思議な感じのする音が」 「鼓動のことか?」 「…しばらくこうさせて貰ってよろしいでしょうか」 「ん、ああ。よろしいぜ」 何やらこそばゆいものを感じながらも、俺はしばらくそのままの態勢でいた。 どれくらいの間そうしていたのか。 やがてセリオはゆっくりと顔を離した。 「…確かに私は、探すところを間違えていたようです」 「な?」 「はい。申し訳ありませんでした」 「いいって、いいって。気にすんな…よ?!」 次の瞬間。 強烈な殺気。 スパッ! はっし! 「ぬぐぐ…!」 危機一髪。一瞬の隙を突いて繰り出されたセリオのメスを、真剣白刃取りで受け止めた俺。 流石なんちゃって格闘家。 って感心してる場合じゃなくて。 「何しやがる?!」 「はい。ですから脳ではなく、心臓の方を一撃で仕留めようと…」 「はあ?」 「…先程、浩之さんから教わった通りしたつもりなのですが?」 「誰がそんなこと教えたよ!」 だー。駄目だこりゃ。 こいつ全ッ然わかってねー。 「いったい何本メス隠してやがんだ、お前は」 「ああん」(田丸浩史風に) セリオからメスを取り上げた俺は諦め気味に溜息を付いた。 「もういいや。『人の感情』については明日また教えてやるから、今日はもう帰れ」 「…しかし私は綾香様を怒らせてしまいました。今の私のままでは、帰りたくとも帰れません」 深深と頭をたれるセリオ。 俺は肩をすくめた。 「何、寝ぼけたこと言ってんだか。綾香のことは誰よりも詳しいんだろうが」 「?。仰る意味がよく…」 「なぁ。あいつが本気でお前のこと嫌うと思うか?そんな器の小せぇご主人様だと思うか?」 セリオ沈黙。 「だったら早く顔見せに行かにゃ。きっと今頃、泣きべそかきながらお前のこと捜してるぜ」 「…はい」 セリオは伏せていた顔をゆっくりと上げると。 「ありがとうございます」 深くお辞儀する。 …おい。今、こいつ笑った? …気のせいか。 それから、また明日学校帰りに会うことを約束すると、セリオは何度も振り返りつつ来栖川家へと帰っていった。 そわそわと早足なのが妙におかしい。 その後姿を見送りながら、俺はポツリと呟いた。 「心、か」 …なぁセリオ。 たかがお嬢様の一言ぐらいで、そこまで暴走しちまうロボットに、心が無いわけねぇだろ。 と、俺は思うぞ? まぁセリオには言わないけどね。 俺が言ったってどうせ信じやしないだろうし、だいたい人に教わることでもないだろう。 当の本人が自覚出来なきゃしょうがない事だもんな。 頑張れ、セリオ。 「…なんちゃって」 ひー、恥ずかしいぞ。俺。 結局、俺はセリオが夕暮れ時の赤い景色の中へ完全に溶けて消えてしまうまで、その後姿を見送っていた。 ちなみに後日。 先輩から聞いて判明したことなのだが、綾香はあの日、本当に泣きそうな顔でセリオの事を捜し回っていたらしい。 俺、大爆笑。 …してたら、後ろから綾香にたこ殴り。 きゅう。 あと、セリオと綾香の喧嘩の原因は 『風船おじさんの行方について』 だったらしい。 …ほんとにくだらねー。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− サテライト・システムでも探知不能らしい。 うーむ…。 マイ・フェバリットSF映画『ダーク・シティ』よりアイデアを頂きました。