カノン VS トゥハート (4) 投稿者:猫玉 投稿日:10月16日(月)00時29分
ずいぶんと遅れました! 申し分けありません! m(_ _)m
SS『カノンVSトゥハート』、ようやく最終話アップです。
感想をくれた方への御返事は、後日キチンとさせて頂きます。
夢の対決も、いよいよ完結! 初めて見る方は、まず1〜3話を読んで下さいね。
あと、ネタバレありますので……特にカノンのあゆシナリオを未プレイの方は、
そちらを先にプレイして頂いた方がいいと思われます。

DC版『カノン』のプレイ状況は、今、舞シナリオを終わらせた直後だったりします。

『――奇跡を起こし得る力……それは、“希望”という名の光』

もう……『カノン』最高! Key万歳!! 『トゥハート』最高! Leaf万歳!!
どんなジャンルであろうとも、優れたシナリオ、心に響く音楽、そして……
『良い作品を作りたい』という情熱さえあれば、これだけ多くの人の心を打つモノを
作り得るという事を教えてくれた両社に、多大なる感謝と、敬愛の意を表しつつ……
『カノン VS トゥハート』、最終話をどうぞお楽しみ下さい(≧∇≦)!!

タイトル:カノン VS トゥハート (4)
ジャンル:ドラマ/カノン、TH/浩之、祐一他
==+++==

「――はい、猫ちゃんだよっ!」
「太助! たすけえぇ……」


陽も大きく西に傾きつつある、公園の中。
あゆの大きめの手袋から、さおりの小さな手に仔猫が渡された。
あの高さから、顔色ひとつ変えずに滑り降りたあゆの姿は、暮れゆく西日に赤く
染まって……
その無邪気な笑顔、背中の羽から、“地上に降りた天使”……なんて言葉を連想させた。
それにしても……

『にゃー、うにゃーん……』

まるで何事もなかったかのように、さおりの腕のなかで喉を鳴らす仔猫を見ていると、
今まで散々悩んでいたことがバカバカしく思えてくるぜ。まったく。
けど、

「ひっく、ひっく……た、たすけ……太助ぇ……」
「ううっ……よ、よかったですねぇ、さおりさん」

――ホント、良かったよな。
仔猫を胸に抱きしめてポロポロと涙を零すさおりと、その横でもらい泣きしてる
マルチを見て、素直にそう思えた。
やっぱ人助けってのはいいもんだよな、うん。
まあ……オレは今回、何もしなかったようなもんだけどな。
それでも、無事太助を救出できたんだから、結果オーライってやつだ。
ひとしきり泣いて、ようやくさおりも落ち着きを取り戻したようだ。
すっかり赤くなった瞳で、それでもにっこりと微笑んで、オレたちの顔をひとりずつ
見上げている。

「……ありがとう、あかりお姉ちゃん、マルチお姉ちゃん。それと……」
「ボクは月宮あゆ、だよ。あゆって呼んでね」
「うん! ありがとう、あゆお姉ちゃん! それから……」

くるりと体を反転させて、名雪と祐一のいる方へ振り向くさおり。
だが……

「――礼はいいから! 早くその猫を、どっかに連れてってくれぇ!!」
「いやっ、いやっ! 祐一、離してっ! ぜったい猫さん、抱っこするのぉ!」


――ガブリッ!


「噛むなぁっ!」
「うぅ〜〜、ねこぉ〜〜〜〜……」

………………。
あちらでは、相変わらずの修羅場が続いているようだ。
『必死で取り押さえる男の腕に、泣きながら噛みつく美少女』……か。
見ようと思っても、そうそう見れるもんじゃねーよな。
いい機会だ、しっかりとこの目に焼き付けておこう。
そんな馬鹿なことを考えていると、

「……さおりちゃん、ふたりには私がお礼を言っておくから。だから……ね?」

あかりが諭すような口調で、さおりの耳元に囁く。
さすがにこういう時、あかりのヤツは気が利くぜ。
さおりも少し残念そうな表情で、祐一と名雪に向かってペコリ、と一礼する。
そして大事そうに仔猫を胸に抱いたまま、元気よく走り去っていった。
やれやれ、これで一件落着だな。
………………。


「……って、待てぇ! またオレには礼なしかよぉ!!」


そう気付いた時には既に遅く、さおりの姿はもう公園には見えなくなっていた。
く、くっそーー、なんてこった。
また骨折り損かよ……。
確かに、礼を言われたくて手助けしたわけじゃない。
胸を張れるほど、大した働きもしてねーんだけど……
それでも腹立たしいこと、このうえねーぜ。
口を尖らせてブーたれるオレをなだめるように、

「まあまあ。さおりちゃん、きっと照れくさいんだよ。浩之ちゃんにも、ちゃんと
感謝してると思うよ?」

苦笑混じりの声で、にこやかにあかりが言った。

「……そうかぁ?」
「え? う、う〜ん、たぶん……って、あ、あううぅ〜〜〜〜〜〜っ」

曖昧な返事をかえすあかりの頭を、とりあえず両方の拳でグリグリしておく。
しかも、手加減ナシだ。
……世間一般にこれを『やつ当たり』、もしくは『憂さ晴らし』という。
そんなオレの不当な暴力から、あかりを救ったのは、



「――みんな、本当にありがとう!!

浩之お兄ちゃん! またいっしょに遊ぼうね!!」



そんな晴れやかな、少女の一言だった。
その声に、今の今まであかりの頭をグリグリしていた手が、ピタリと止まる。
いつの間に戻ってきたのか、公園の出入口で元気一杯に両手を振っているさおり。
まるで真夏のヒマワリのような、そんな眩しいほどの笑顔を残して……
くるり、とオレたちに背を向けて、さおりは駆けていった。

「………………」
「うぅ〜〜、だ、だから言ったのにぃ……」
「…………わりぃ」

目幅の涙を流しながら、うぐうぐとオレを見上げるあかりに、心からの謝罪を口にする。
……素直に喜んでいいんだかなぁ。
呆れるほど元気になったさおりを思い返して、苦笑混じりのため息が洩れる。
まっ、とりあえず良しとしておくか。
今度こそ本当に、一件落着……だな。

「それじゃ……そろそろ俺たちも行くとするか」

“んーーっ”……と、大きく伸びをしながら、名雪とあゆに声をかける祐一。
だが、あゆはマルチとの雑談に夢中のようだし。
名雪に至っては……
『どんより』とした重い空気を周囲に纏ったまま、その場にしゃがみ込んでしまっている。

「ほら名雪、行くぞ」
「………………」
「ん、どうした? どこか具合でも悪いのか?」
「……祐一、嫌い」

うずくまったまま、ぽそりと呟く名雪。
結局、猫に触ることすらできなかった名雪は、その場にしゃがみ込んで動こうとしない。
あーあ、すっかり拗ねちまってるみてーだなぁ。
やれやれ、と祐一も名雪の傍らに腰を下ろす。

「俺は賢明な判断だったと思うけどな」
「……紅しょうが」
「……は?」

唐突に名雪の口から洩れた意味不明な呟きに、祐一のみならず、全員がハニワ顔になる。
……紅しょうが?
なんのことだ、いったい?

「今日の祐一の晩ご飯……全部、紅しょうがだからね。紅しょうがをおかずに、
どんぶりいっぱいの紅しょうがを食べるの」
「………………」
「お味噌汁の代わりに……紅しょうがの絞り汁……」

………………。
うっぷ。
想像して、とんでもなく怖い食卓になってしまった……。
うずくまったまま、脅迫まがいのことを、抑揚のない声で呟き続ける名雪。
うーん、『ちょっと変わった娘だな』とは思っていたが……
これほどまでとは。まさに、驚きだぜ。
そんなオレの様子に気付いたのか、

「名雪さん……猫ちゃんが絡むと、人間が変わっちゃうんだよ」

あゆがこっそりとオレに耳打ちする。
……人が変わるほどの猫好きでありながら、触れることすら許されないほどの、
強い猫アレルギー。
つくづく不憫だよなぁ。同情しちまうぜ。
ん? ていうか……
猫飼ってて大丈夫なのか?
頭に浮かんだ疑問に対する答えが見つからずに、首を捻っていると、

「わかった、わかった。確かに俺も悪かった、ような気もする。イチゴサンデー
おごってやるから、機嫌直してくれ」

観念したように頭を掻きながら、ぶっきらぼうに祐一が言う。
だが、そんな祐一に追い討ちを掛けるように、

「……3杯だよ?」

名雪のぽつりと呟いた一言が、情け容赦なく祐一を襲った。

「ぐあっ……俺の経済状況も楽じゃないんだぞ?」

『勘弁してくれ』と言いたそうに、祐一は両手で頭を抱える。
それでも、小さく肩を震わせている名雪に、居たたまれなさを感じたのだろう。
大きくため息をはいて、

「……わかったよ。ちゃんと3杯おごってやる。それでこの件はチャラだ。いいな?」

肩をすくめながら、祐一はきっぱりと言った。
その言葉にようやく名雪も頷いて、ごしごしと頬の涙を拭う。
小さく鼻を鳴らしながら、名雪は祐一の顔をじっと見つめた。

「……うん。ゴメンね、祐一。わたしの身体のこと、心配してくれたんだもんね……」
「まあ、一応……な」
「……2杯でいいよ」
「……ありがたいな。涙が出そうだ」

言葉とは裏腹に、脱力したように肩を落とす祐一。
初めから思っていたことだけど……
やっぱり、端で見ていて面白いヤツらだよなぁ。
ま、人のことを言えた義理でもないとは思うが。
とりあえず無事、商談は成立したらしい。
ようやく名雪の顔にも、にこやかな笑顔が戻ってきたみたいだ。

「で、今いったい何時くらいなんだ? 名雪」

安堵の息と共に、ようやく祐一が本題にはいる。
その言葉に腕時計を見つめながら、

「えっと……あ、たいへん。もう、こんな時間だよ」

台詞のわりには、全然大変そうに聞こえない口調で、名雪が呟く。
オレも時計を見てみると、もう6時をまわろうかというところだ。
この公園に来てから、もう2時間近く経ってるのか。
なんだか、時間が経つのがずいぶんと早いような気がするぜ。
気がつけば沈みかけた夕陽が、公園の遊戯施設を、鮮やかな『赤』へと染めている。

「お母さんも待ってると思うよ? 祐一、急がないと……」
「かっ……元はといえば、おまえがフラフラしてるから……」

急かすように腕を引っ張る名雪に、文句のひとつも言おうかと、口を開きかける祐一。
だが、それが無意味なことであるのに、祐一自身とっくに気付いているらしい。
諦めたようなため息をついて、

「……そんなこと言ってる場合じゃないな。行くぞっ」
「うんっ!」

名雪に手を引かれるがままに、祐一は帰路につこうとする。
だが、



「……待てよ、祐一」



オレのぼそりと呟いた一言に、ピタリ、とその足を止める。
オレの周囲の空気が『グニャリ』と歪み……
足元の地面が、ミシミシ、と音を立てて沈み込んでいく。

「ひ、浩之ちゃん!?」

あかりの声に耳を貸すことなく、オレは全身にあるだけの闘気を開放する。
激しく髪が逆立つのと同時に、微かに気分が高揚するのがわかる。
オレの本気中の、本気。
ガディムのヤローをも、一撃でぶっ飛ばした……
葵ちゃんの言葉をかりるなら、『スーパー藤田浩之』……ってところか。
それに呼応するかのように、祐一も全身の闘気を、ゆっくりと開放しだす。

「………………」
「………………」


――ゴゴゴゴゴゴ…………


無言で睨み合うふたり。
周囲の砂塵が、音もなく宙に舞う。
あかりや名雪たちに口を挟むゆとりを与えないほどの、激しい闘気のぶつかり合い。
それは時間にして、ほんの数秒の出来事でしかない。
だが、少なくともオレと祐一は……
その何秒かの間に、千の言葉を語り合うよりも多くのことを、伝え合うことができた。



――バシュウウゥゥ…………ッッ!!!!



極限まで高まったお互いの闘気が、弾け飛ぶように霧散する。
何事もなかったかのように、互いの姿を確認するオレと祐一。
そして――


「――今度会う時は、決着をつけるぜ?」


オレはありったけの笑顔で、力強くそう言った。
そんなオレに、ガリガリと頭を掻きながら、


「……疲れるのは、あまり好きじゃないんだけどな」


祐一のヤツは最後の最後まで、飄々とした笑顔を浮かべていた。
オレがコイツに敵わないところが、ひとつだけあるとしたら……
それはこの、何事にも動じない、『強い心』ってやつなのかもしれねーな。

「……またなっ」
「――おうっ!」


――――ガシイッッ!!


かたい握手。
お互い『認め合った者同士』の……熱い、友情の握手。
そんな夕陽に滲むふたりの雄姿を、感動の眼差しで見つめている名雪やあかりたち。
……くうぅ!
これぞまさに、『青春の1ページ』って感じだぜ!!


「それじゃ、俺たちは帰るぞ。色々と世話になったな」
「みんな、元気でね。また遊びにくるからっ」


背中を向けたまま、ひらひらと手を振って去っていく祐一。
その後を、満面の笑顔で、ぱたぱたと名雪がついていく。
……犬だな、ありゃ。

(そんな所まで似なくても、いーだろうに……)

ニコニコ笑顔で手を振り続けるあかりを、ちらりと横目で見つめる。
“犬チック”なんて恥かしい言葉がしっくりくる、そんな幼馴染みの肩にポン、と手を
置いて、オレも去っていく祐一たちの背中に小さな笑みを浮かべた。
そんなオレとあかりのすぐ横で、


「さよ〜〜ならぁ〜〜、祐一さんも名雪さんも、お元気で〜〜〜〜」
「元気でね〜〜っ! ボクのこと、忘れないでね〜〜〜〜っ!」


少し寂しそうな笑顔で手を振り続ける、マルチとあゆ。
……そうだよな。
マルチにしてみりゃ、せっかく新しい友達ができたってのに……
健気に両手を振ってはいるが、やっぱりその横顔はどこか寂しそうだ。
そんなマルチの頭に手を置いて、クシャクシャと軽く撫で付けてやる。

「……オレたちも帰るか。いい加減、腹も減ってきたしな」
「あ……はい、浩之さんっ!」

そう言って、にっこりと微笑むマルチ。
うん。締めに相応しい、晴れやかな笑顔だ。


こうして……オレたちの長い一日は、ようやく幕を降ろすことになった。


思い返してみると……
今日は本当に、いろんなことがあったよなぁ。
太助がまた、木から降りられなくなって……見たこともない連中に出会って……
それから……

「……って、待てぇ! 何であゆが、こっちについてきてるんだよ!!」
「え? あ、あれ? なんでだろうね……」

あははは、と照れたような笑顔を見せるあゆ。
いや、なんでって……オレに聞かれても分かるワケねーだろ。
ジト目で見つめるオレを前に、あゆは居心地の悪そうな笑顔を浮かべている。
そんなあゆを庇うように、

「あ、わ、わたしが『できれば晩ご飯、ご一緒しませんか?』って……」

申し訳なさそうな声で、俯き加減のマルチがオレに呟いた。
そして慌てたように、オレに向かってペコペコやりだす。

「す、すみません! 浩之さんの許可なしに、勝手にそんなこと……」
「ち、違うよっ! ボクがマルチちゃんの前で、『お腹空いた』なんて言ったから!
だから、マルチちゃんが気を遣ってくれて……」
「ち、違います! あゆさんは悪くないんです! うぅ……わ、わたしの不注意で、
こんなことに……」

………………。
ふたりしてオロオロと、お互いを庇い合うマルチとあゆ。
その様子は、まるで二匹の子犬がじゃれついている様にも見えなくはなかった。
右手で額を押さえながら、小さくため息をはく。
……はぁ。ったく、しょうがねーなぁ。
オレは伏し目がちのマルチの頭に、そっと手を置いて、

「……友達と一緒にメシ食うのに、許可も何もねーだろ?」
「あ…………」


なでなで、なでなで……


優しくマルチの頭を撫でながら、はにかんだ笑顔でそう言った。
さっきオレを庇ってくれた分も含めて、いつもより多めに“なでなで”してやる。
ポーっと両手を口元に当てて、まるで酔ったように頬を赤らめるマルチ。
だがオレは、そんなマルチに少し憮然とした表情で、

「だいたい……『許可』なんて他人行儀なこと、二度と言うなよな。今度言ったらオレ、
本当に怒るぜ?」

そっぽを向きながら、ぶっきらぼうに呟いた。
そんなオレの言葉に顔を上げて、パチパチと目を瞬かせるマルチ。
その言葉の意味するところを吟味するように、マルチは少し間を置いてから、


「……はい! 本当に……本当にすみませんでした、浩之さん!」


やがてペコリ、とオレに深々と頭を下げた。
そんなマルチの謝罪の言葉は――どこか嬉しそうなものだった。
幸せそうな笑顔で、オレの顔を見つめているマルチ。
……むう。言ったこっちが照れちまうじゃねーか。
赤らんだ顔のオレに、あかりがクスクスと、小刻みに肩を揺らしている。
じゃあ今日はあかりも呼んで、賑やかに食卓を囲むとしよう。
女性3人に囲まれた、華やかな夕食風景を思い浮かべて、まんざらでもない気分になる。
だが、

「あ、でも……あのふたり、待ってるみたいだよ?」

オレたちのやり取りを見守っていたあかりの一言に、はたと現実にかえる。
公園の出入口を見てみると、腕組みした仏頂面の祐一と、にっこり笑顔の名雪がこちら
を眺めている。
名雪はともかく、祐一の表情には明らかに、

『――はやくしろっ!!』

との、あゆとオレたちに対する催促が含まれてるみてーだ。

「今日の所は帰ったほうがいいみたいだね、あゆちゃん」
「うぐぅ……残念」

そんなあかりの言葉に、ガックリと肩を落とすあゆ。
言葉通り、心底残念そうだった。

「マルチちゃんのお料理、食べてみたかったのになぁ……」
「は、はい……わたしも残念です……」

同じようにガックリと、マルチも肩を落としている。
ここ最近、あかりの元で修行を積んだだけあって、マルチの料理の腕は目を見張るほど
上達しているからな。
その成果を、ぜひ見てほしかったんだろう。
しょんぼりしているマルチの前で、名残惜しそうに立ちすくんでいたあゆだったが、

「……それじゃ、ボクも行かなきゃ! 浩之くん、あかりさん、元気でねっ!!」

やがて元気よく、オレたちに別れの挨拶を告げる。

「おう。おまえも元気でな」
「また、いつでも遊びに来てね。あゆちゃん」
「うんっ! ……それから」

そこで一度、言葉を区切るあゆ。
それから改めて、マルチの方を向き直り、

「本当にありがとうね、マルチちゃん。さっきも言ったけど……ボク、嬉しかったよ?」

ほんの少しだけ俯いて……
泣き笑いのような笑顔で、あゆは言った。

「なんだかボク、ヘンな気持ちなんだ。マルチちゃんとは、さっき出会ったばっかり
なのに……ずっと、ずっと前からのお友達みたいな気がして……」
「………………」
「もっともっと、おしゃべりしてたかった。ボク、うまく言えないんだけど……」
「………………」
「この街で、マルチちゃんに出会えて……本当に嬉しかったよっ!」

パッと顔を上げて、屈託のない笑顔で言うあゆ。
まっすぐな瞳。ハッキリとした口調。
その言葉がうわべだけのものではなく、本心からのものであることが、端で聞いて
いてもよく分かった。
だが、マルチは……
マルチは俯いたまま、あゆの顔を見ようとしなかった。
小さな口を真横に結んで、開こうとしなかった。
よほど照れくさいのだろうか。
いや……違うな。

『――泣いた顔は見られたくない』

おそらく、そんなところだろう。
そんなマルチの心情を察したのか、あゆは再びオレたちの方に向き直り、

「……それじゃあ、みんな元気でねっ! いつかまた、遊びに来るからっ!!」

そう言ってオレたちに背を向けて、走りだそうとした。
粉雪の舞う公園に、背中の白い羽がパタパタと揺れている。


「………………?」


……なんだ?
あゆの背中を見ていると、なんだか、その姿が虚ろになって……
どんどん、どんどん、その存在自体が希薄になっていくような……
なぜだか分からないが、そんな錯覚を覚えた。

(……何でオレ、こんなこと考えてんだ?)

自分でも、分からない。
自分でも、分からないが……
頭のスミでぼんやりと呟いた、その時、



「――ま、待ってください! あゆさんっ!!」



突然、あゆを呼び止めたマルチの声に、オレの意識も現実にかえる。
焦燥感をともなった、今にも泣き出しそうな声。
呼び止められた当のあゆは、キョトンとした顔で振り返り、

「なに? どうしたの、マルチちゃん?」

今までと変わらない、無垢な笑顔でそう答えた。

「あ、あの……あの……」

マルチは再び俯いて、何か言いたそうにモジモジしている。
だが、なかなか言葉を紡ぎ出すことができない。
そんなマルチを、あゆは優しい瞳でただ見守っている。
しばらくの間、モジモジと佇んでいたマルチだったが、やがて意を決したように顔を
上げた。そして、

「あの……わたし、どうしてかは分からないんです。けど、けど……」

その瞳に一杯の涙を溜めて、

「あゆさんたちとは、二度と……もう二度と会えないような……そんな……
気がして……」

震える声で、ぽつりぽつりと、そんなことを言った。
………………。
やっぱり……気のせいじゃなかったのか?
だからマルチは、あゆの顔を見れなかったっていうのか?
オレもさっき、同じことを思った。
そして……おそらくオレの隣りで、静かに佇んでいるあかりも。
祐一や名雪……そして、あゆがこの場からいなくなってしまった瞬間、その『存在』を
証明するものが何もなくなってしまう。
そんな気がして……
それを口にしてしまうのが怖くて……
オレもあかりも、ただ去っていくあゆの背中を、見送ることしかできなかった。

(――気のせいに決まっている)

そう自分に言い聞かせて……
オレは胸中に湧き出た得体の知れない不安に、あえて目をつぶろうとした。
けれど、マルチは……
マルチは精一杯の勇気を振り絞って、あゆの背中に声をかけた。


『もう二度と会えないような……そんな気がして……』


――大好きな人達との、永遠の別れ。
この世界から、自分の『存在』が消えてしまうということ。
それは、オレなんかには想像もつかないほどの、恐怖なんだろうと思う。
その痛みを、悲しみを、マルチは誰よりもよく知っていた。
だからこそ、そんな一笑に付されてもおかしくない感傷を、素直に信じることができた。
戸惑いながらも、素直に口にすることができた。
そんな気がする。

「何だか……うっく、と、とっても……ひっく、か、悲しいんです……」

とうとうこらえきれずに、マルチの瞳から大粒の涙が溢れだす。
小さく肩を震わせ、しゃくりあげるマルチ。
そんなマルチを前に、あゆは戸惑いを隠せない様子でいたが……
やがて微かに困ったような笑顔を浮かべて、その場に佇んでいた。

「マルチちゃ……」

マルチの側に駆け寄ろうとしたあかりの肩に手を置いて、それを制する。
驚いた顔でオレを見上げるあかりに、無言で首を横に振る。
やがてあゆは、ゆっくりとした足取りでマルチのすぐ目の前まで歩みを進めた。
そして――



「……会えるよ」



スンスン、と小さく鼻を鳴らすマルチを包み込むような……
そんな穏やかな声で、あゆはにこやかにそう言った。
優しくマルチの両手を、あゆは手袋をした手で、ギュッと握り締める。

「……そうだ」

やがて名案を思い付いたように、ぽんと手を合わせて、あゆは背中のリュックを
ゴソゴソとやりだす。
しばらく羽付きリュックと悪戦苦闘しながらも、ようやく目的のモノを手にしたようだ。
そして彼女が、マルチの手にそっと握らせたもの。
それは……


――それは、片手に収まるくらいの、小さな天使の人形。


白い服に、同じくらい真っ白な羽。
所々につぎはぎが見えるけど……
頭の上には黄色い輪っかがのっている、キーホルダー付きの天使の人形だった。

「……この人形はね、持ち主のお願い事を叶えてくれる、不思議な人形なんだよ?ボクの
お願い事も叶えてくれた……大切な宝物なの」
「う、うぅ……ひっく、ひっく……」
「でも、マルチちゃんのお願い事を叶えてあげるのはボクだから……ボクにできるくらい
のことしか、叶えてあげられないんだけど」

あゆは少し恥かしそうに、照れたような笑顔を浮かべながらそう言った。

「もしマルチちゃんが、この子に、“ボクに会いたい”って願ってくれれば……世界中
どこにいたって、ボクはマルチちゃんの側に駆けつけるよ? たい焼きいっぱい持って
……ね?」

マルチの瞳を、まっすぐに見つめるあゆ。
夕焼けの『赤』と、雪の『白』とが混ざりあった、この幻想的な空間の中で……
そんなあゆの台詞は、その場にいた全員に、不思議なくらいの安らぎをあたえてくれた。

「で、でも……そ、そんな大切なものを、頂くわけには……」

手のひらに乗った小さな天使を、大事そうに持ったまま、鼻声のマルチが呟く。
そんなマルチを優しく諭すように、

「みんなが出会えた記念と……再会の約束、だよっ」

まるで子供をあやす母親のような口調で、あゆは言った。

「だから、もう泣かないで? ボクは絶対に、マルチちゃんのこと忘れないから……」
「あゆさん……う、うぅっ……」

瞳から止めどなく零れ落ちる涙を、その小さな手でごしごしと拭って、


「――はいっ! わたしもあゆさんのこと、ぜったいに、絶対に忘れませんからっっ!!」


精一杯の笑顔で……
オレやあかりにいつも見せている、眩しいくらい輝いた笑顔で、マルチはそう言った。
そんなマルチに負けないくらいの、満面の笑みをたたえながら、

「うんっ! じゃあみんな、元気でねっ! またいつか、かならず遊びに来るからっ!」

そういってあゆは、登場した時と同じくらい元気よく、公園の出入口へと走っていく。
かと思うと、途中で思い出したように急停止する。
そして軽やかに体を反転させて、



『……約束、だよ』



そんな一言を、オレたちに残して……
今度こそ、あゆは両手を広げて、元気一杯に祐一と名雪の元へと駆けていった。
祐一に小突かれながら、照れ笑いを浮かべているあゆ。
やがて公園から去っていく祐一たちの背中が、少しずつ小さくなっていく。
その背中が見えなくなるまで、マルチはいつまでも手を振り続けた。
その後ろ姿が完全に見えなくなった後も……
オレたちはなかなか、その場を離れようとしなかった。


「……いいヤツらだったな」
「……うん、そうだね」


オレの言葉に、あかりが穏やかな微笑みをかえす。
今にして思う。
それは……ほんの少しの、刹那の邂逅だったのかもしれない。
ひょっとしたら、もう二度と会えないのかもしれない。
けれど、もしそうだったとしても……
何年か後、オレたちは、今日という日を懐かしく思い出すことだろう。

『あの日、公園で出会った、おかしなヤツらのこと……覚えてるか?』

そんなことを言いながら。
雪の降る街で、ほんのわずかな時間出会っただけの……
心を通い合わせた人間のことを思い出して、笑いあうことだろう。

「雪……止んじゃったね」

あかりの落ち着いた声に、ゆっくりと空を見上げる。
あれだけ降り続いていた雪は、いつの間にか止んで……
暮れかかった西日によって、ただ赤く染まるだけの、オレたちの街がそこにあった。

『――夢の終わり』

そんな言葉が、ぼんやりと脳裏をよぎった。
そんな思いを振り払うように、オレはパンパンッ、と頬を叩いて、


「――よしっ、オレたちも帰るとするか!!」


ゆっくりと、力強く歩き出す。
今日は、胸を張って帰ってやろう。
そして志保や雅史、他のみんなにも、今日のことを話して聞かせよう。
オレはそう心に決めた。


「あ! ま、待ってよ、浩之ちゃあん!!」
「は、はいっ! 帰ったらさっそく、御夕飯のしたくを……」


慌ててオレの後を追いかける、あかりとマルチ。
いつも通りの帰宅風景。
いつも見慣れたはずの、ありきたりな景色。
だが、オレはもう……それを退屈なモノだとは思わなかった。
いつまでも、このあくびが出るほどの退屈な日常が続けばいい。
そう思える自分が、ほんの少しだけ嬉しかった。


(今度、祐一たちに出会った時は……なんの話をしようか?)


そんな思いを、それぞれの胸の中にしまいながら……
オレたちは夕焼けに赤く染まった街を、ゆっくりと3人で歩いたのだった――。

<おわり>