カノン VS トゥハート (3) 投稿者:猫玉 投稿日:9月28日(木)01時07分
「さて……どうするかな」
『にゃー、にゃー……』


哀れなブチ猫をのせた木の下で、水瀬名雪と相沢祐一、神岸あかりと新城さおり……
そしてこのオレ、藤田浩之の計5人は、ホトホト困り果てていた。

「――いやっ、放してっ! 祐一、嫌いっ!」
「まったく、お前は! 家に帰れば、ぴろがいるだろうが!!」
「だって……だってあの子も、猫さんだもんっ!!」
「ぐあぁっ、全然理由になってないぞっ!!」

……とりあえず祐一は、スキあらば木によじ登ろうとする名雪を取り押さえるのに精一杯
といった様子だ。
聞く所によると、この名雪って娘は、
『無類の猫好きにも関わらず、猫アレルギー』
という、ややこしい体質の持ち主だそうだ。
それでも最近、ひょんなことから家に仔猫(『ピロシキ』って名前)が住みついたらしく、
祐一としては頭の痛いところらしい。
何とも不憫な話だ。

「……お前はクマアレルギーじゃなくてよかったなぁ、あかり」

そんなオレの言葉にあかりは、

「え? う、うん。そうかも……」

と、何とも歯切れの悪い返事をかえすだけだった。
それはともかく……本当にどうするかな。
正直『マズイ』と思った。
一向に降り止む気配を見せない白い雪は、刻一刻と仔猫の体力を奪っていくことだろう。
さらに今回、太助が降りられなくなった木は、この公園で一番の樹齢を誇る大木だ。
以前オレと綾香で助けた時の、ゆうに倍以上の背丈を誇っている。
よじ登ろうにも高すぎるし、手足をかける枝すらない。

(……いっそのこと、木ごと吹き飛ばしちまうか?)

などと考えもしたが、この木は公園の名物であり、オレ達が幼い頃から馴れ親しんできた……
思い出の詰まった、大切な木だ。
そんな真似はできない。
それに、太助を助けることが目的なんだからな。
ふっ飛ばしてケガでもさせたんじゃあ、何の意味もない。
ちなみに……
さっきの戦闘で負ったオレと祐一のキズは、それぞれ『あかりの弁当』と『名雪のジャムパン』を
食したところ、瞬く間に完治してしまった。
我ながら低燃費な体だぜ、まったく。
……そういう問題でもないか。
そんなことを考えていると、


「――あ! 浩之さん、ひろゆきさぁーーん!!」
「……うぐぅ、ま、待ってよぉ〜〜〜〜」


オレの名を呼ぶ、あどけない少女の声が聞こえた。
公園の入口を見てみると、案の定小走りに駆け寄ってくる少女の姿が見えた。
小さな身体、肩で切り揃えた髪、特徴的な両耳のセンサー……。
間違いない、マルチだ。
買い物帰りなのだろう、右手には大きく膨らんだ買い物袋をぶら下げている。
それと……誰だ?
また見たことのない顔だ。
マルチに負けず劣らずの、ちびっこい身体。
茶色がかった髪の毛、くりっとした大きな瞳。
両手には大きめの手袋、頭には真っ赤なカチューシャ。
そして背中に生えた真っ白な羽が、風にたなびいてパタパタと揺れている。


…………羽ぇ!?


いや、まてよ。
マルチと一緒にいて、なおかつ背中に羽が生えている。
ってことは……

「ほほう。今度のメイドロボは、飛行機能までついてんのか……」
「え?……あっ」

そう言ってオレは、駆け寄ってきた少女の茶色い頭をクシャクシャと撫で付けた。
間違いない。
こいつが開発中の新型メイドロボ……『HMX−14』なのだろう。
商品として正式採用されたのが『HMX−13』のセリオだったんだから、今後、来栖川製のメイドロボは
セリオみたいなのが主流になるんだろうと思っていたんだが……
目の前の『HMX−14』は、明らかにマルチの方に近い感じがする。
個人的には嬉しい限りだぜ。
にしても……飛べるのか。
いやはや、科学の進歩ってヤツは凄いもんだねぇ。
そのメイドロボはしばらくの間キョトンとしていたが、やがてオレの手から逃げるように身をよじると、

「うぐぅ……ボク、メイドロボじゃないよっ!」

少しむくれた声でそう言った。
そーかそーか、メイドロボじゃないのか……。
…………なぬ!?
とすると、この娘は人間なのか!?

「で、でも、背中に羽が……」

少女の肩をむんず、と掴んで強引にうしろを向けさせる。
確かにそこには、風にたなびく真っ白な翼があった。
ただし……背中のリュックのアップリケとして。

「うぐぅ……痛いよぉ……はなしてよぉ」
「あ、わ、わりぃ!」

そんな恨めしい声を聞いて、オレはパッと、その肩を掴んでいた両手を離した。
少女はおもむろに振り返って、えぐえぐと目尻に涙を浮かべながら、

「うぐぅ……キミ、なにかボクに恨みでもあるの?」

半べそ顔でそんなことを言った。

「い、いや、違うんだって! その……どこかマルチと雰囲気が似てたからさ! おまけに
『背中に羽』だろ? 絶対に、新型のメイドロボなんだろうなーって思っちまって……」

あたふたと慌てながら、オレは必死になって弁解した。
別に、場を取り繕うための言い訳がしたかったわけじゃない。
ただ、目の前の少女からマルチと同じ空気……
ふわりと温かい、優しい雰囲気を感じたということ。
だからこそ、彼女をメイドロボだと誤解したということ。
それだけは信じて欲しかったんだ。

「こ、声までソックリだったもんだからさ! いやほんと、悪気はなかったんだって!!」
「そ、そうですよ、あゆさん! 浩之さんは女性にひどいことをするような、そんな人じゃ
ありませんから!!」

オレと同じか、それ以上に慌てながら、必死になって弁護してくれるマルチ。
ううっ……すまねー、マルチ。
あとで目一杯、“なでなで”してやるからな。
そんなマルチの言葉に、ようやく納得したのか少女は、

「……うぐぅ」

と、一言だけ洩らした。
……なんなんだろうな、この『うぐぅ』ってのは。
とりあえず、この場合は『了承』の意味と受け取って……いいのか?
そんなやり取りをしていると、

「お、あゆじゃないか。名雪なら、やっと見つかったぜ」
「ごめんね、あゆちゃん。心配かけちゃった……」

何とか木をよじ登ろうとする名雪と、それを取り押さえていた祐一だったが、有翼の少女の姿を
見つけて、こっちに近づいてくる。
なんだ、こいつら知り合いなのか?
会話から察すると、この『あゆ』と呼ばれた少女も、名雪を探していた一人……
ということらしいが。

「う、うぐっ……な、名雪さん、祐一くーーーーんっ!」

そんな涙声と共にあゆは、一目散に祐一達の元に駆け寄ろうとして、


――――ずしゃっ!!


まるで漫画かアニメみたいな効果音を残して、顔から地面に突っ込んだ。
うわっ、痛そー……。
うつ伏せに転がったまま、ピクリとも動こうとしない。

「はわわっ! だ、だいじょうぶですか、あゆさん!」

大慌てであゆの元へと走って、その傍らにしゃがみ込むマルチ。

「うぐぅ……鼻が痛いよぉ……」

赤くなった鼻を両手で押さえて、うずくまったままのあゆ。
幸いにも雪のあまり積もってない場所で転んだため、『服が泥だらけ』という、最悪の事態は
免れたようだ。
だがダメージは相当でかいらしく、なかなか立ちあがろうとしない。
そんなあゆの背中をさすりながら、

「だいじょうぶですよぉ、痛くないですよぉ……」

優しく穏やかな声で、マルチはあゆを慰め続けた。

「………………」

そんな光景を見つめながら、無言で深いため息をつく。
まったく、今日は珍しいことが立て続けに起こる日だぜ。
オレと互角に渡り合える、とんでもねー『強敵』(“とも”と読む)の出現。
そして……
マルチをさらに超える、とんでもなくトロい少女の出現。
いたのか、そんなヤツが……。
まったく、世界は広いねぇ。

「なあマルチ。おまえ、その娘と知り合いだったのか?」
「あ、いえ。さっき知り合ったばかりなんですけど……」

明るい笑顔で、オレの方に向き直るマルチ。
それから一つ一つ確認するように、ゆっくりと状況を説明しだした。

「ええっと……まず、わたしがお買い物を終えて帰る途中で、キョロキョロと辺りを、不安そうに
見回している方を見かけたんです」
「ほうほう」
「えっと、それから……わたしが『どうしたんですか?』とたずねました所、『人を探している内に、
自分が迷子になってしまった』と言われまして……」
「なるほど。その『迷子になった人』ってのが、そこにいるあゆだったわけか」
「そうなんです! ですからわたし、何とかあゆさんのお役に立とうと思いまして……」

ポン、と両手を胸の前で合わせて、マルチはニコニコ笑顔を浮かべている。
どうやら、ちゃんと状況を説明できたことが嬉しくてしょうがないらしい。
……ま、一言でいえば『買い物帰りに、迷子を見つけた』ってだけなんだけどな。
それでも、本当に嬉しそうに微笑むマルチを見ていると、こっちまで幸せな気分になってくるから
不思議なもんだ。
そんなマルチとは対照的に、

「うぐぅ……ごめんね、マルチちゃん。ボク、迷惑かけっぱなしだね……」

座り込んだまま、あゆはすっかり落ち込んだ様子で、マルチに向かって頭を垂れる。
そんなあゆに、マルチは慌てて首を横に振りながら、

「そ、そんな! 気になさらないで下さい! わたしたちメイドロボが、人様のお役に立とうと思うのは、
当然のことですから! それに……」

そう言って、ちらりとこちらに目をやる。
それから少し恥かしそうに微笑んで、

「本当はわたしも……よく迷子になっちゃうんです。今日はたまたま、浩之さん達がいつもの公園に
いてくださったからよかったですけど……」

そこでいったん言葉を区切って、

「わたし、ダメなメイドロボですから……ひとりじゃ、あゆさんのお力にはなれなかったと
思いますし……」

どこか寂しそうな口調で、俯いたままマルチは呟いた。
だが、

「――そんなことないよっ!!」

さっきまで沈み込んでいたあゆの、はっきりとした強い口調に、マルチはハッと顔を上げる。
いや……マルチだけじゃなく、その場にいた全員が圧倒されそうな勢いだった。

「ボク、すっごく心細かったんだから! 知らない街で、誰も知ってる人がいない街で迷子になって……
ひとりぼっちで……“どうしよう、どうしよう”って……」
「………………」
「そんな時、『どうしたんですか?』って声を掛けてくれたマルチちゃんの笑顔が……ボクには、本当に嬉しかったんだよ? 本当に、天使みたいだって思ったんだから。だから……」
「……あ、あゆさん」
「だからマルチちゃんは……ダメなメイドロボなんかじゃないよ?」

そう言ってあゆは、まっすぐにマルチの瞳を見つめたまま、屈託のない笑顔を見せた。

「あ、ありがとう……ございます……あゆさん……」

聞き取れないくらいの小さな声で呟いて、静かに顔を伏せるマルチ。
……俯いたマルチの頬に、一筋の涙が伝うのが見えた。
ひとつ、確信したことがある。この『あゆ』という女の子。
間違いない、こいつは……
こいつは、『いいヤツ』だ。
オレの周りにいる『大切な人達』と同様に、ロボットであるマルチのことを、決して奇異の目で
見ようとしない。
ロボットだからどうとか、そんなことを気に留めることもなく、ごく自然に接し、感謝し、励ましている。
そんな彼女の“心からの言葉”は、少なからずオレの胸を打つものがあった。
まあ、道に迷ってマルチに助けられるってのは……
それはそれですごいことなんだが。
この娘もある意味、『本物』なのだろう。

「なんだよ、あゆ。名雪のこと探しに行っといて、自分が迷子になってりゃ世話ないぞ?」

しんみりした空気を振り払うように、祐一が明るく笑ってみせる。

「だ、だって……知らない街なんだもん……」
「知ってる街でも、あゆの場合は怪しいもんだけどなぁ」
「うぐぅ……祐一君、いじわる……」

からかうように笑う祐一に、ふたたび落ち込んで肩を落とすあゆ。
その様子を見かねて、

「でも、本当によかったね。みんな無事に会うことができて……」

あかりが穏かな笑顔でフォローを入れた。

「そうそう。なんだかんだ言っても、こうして無事合流できたわけなんだから、それで
いいじゃねーか。なぁ?」

軽く祐一の肩を叩きながら、オレもあかりに賛同する。
そんなオレ達に苦笑混じりのため息をはいて、祐一はマルチの方へと向き直った。

「えっと……マルチ、だっけ? ありがとうな、あゆの面倒見てもらって……」
「そ、そんな……わ、わたしは……」

はにかんだような笑顔で礼を言う祐一に、マルチは俯いたままモジモジしている。
“人見知り”なんて言葉とはおよそ縁がないマルチだが、他人に面と向かってお礼を言われることに
軽い違和感を覚えることは、相変わらずのようだった。
そんなマルチを安心させるように、

「わたし、メイドロボって初めて見るよ。すごいね。もっと『機械』みたいな感じがすると
思ってたのに……」

とろんと間延びした口調で、名雪が柔らかい笑顔を見せる。

「わたし、水瀬名雪っていいます。よろしくね、マルチちゃん」
「は、はい! こちらこそよろしくお願いします、名雪さん!」

ぱっと顔を上げて、マルチは潤んだ瞳でにっこりと微笑んだ。
やっぱり……こいつら、いいヤツらだな。
一度に3人も新しい友達ができて、マルチは本当に嬉しそうだ。
かくゆうオレも、マルチの『心』を理解してくれる人間が現れるのは、自分のことのように嬉しい。
自然と気分も、晴れやかなものになるってもんだ。
だが……ちょっと待てよ?

「なあ、名雪さん……でいいかな? ちょっと聞きたいんだけど」

オレはマルチ、あかり、そしてあゆと談笑している名雪に声をかけた。
しっかし……この4人が並ぶと、まるで本当の姉妹みてーだなぁ。
『はわわ〜』とか、『うぐぅ〜』とか言ってる妹ふたりを、笑顔で見守る姉ふたり……
そんな感じだ。
さぞかし緊張感のない、のほほんとした一家になることだろう。

「え、なに? えっと……」
「藤田。藤田浩之。“浩之”でいいよ」
「あ、じゃあ……なに、浩之くん?」

無邪気な笑顔で、オレの次の言葉を待っている名雪。
オレはさっそく、さっきの会話の中で少し気になっていたことを尋ねた。

「さっきさ、『メイドロボを見たことがない』って言ってただろ? なんでだ? けっこう全国的に
普及されてんだろ?」

そう。
天下の来栖川グループが世界に誇る『HMシリーズ』は、セリオ・マルチの試験運用成功をきっかけに、
以前にも増して世間一般に普及されるようになった。
街を歩いていてメイドロボの姿を目にすることも、もう珍しいことでも何でもないはずだ。
そんなオレの質問に、名雪は少し困ったような顔で、

「うーん、わたしたちの街では全然見掛けないよ? あんまり目立って普及されてないのかも……」

なぜか、恥かしそうにそう言った。

「……携帯の普及率すら怪しいくらいだからな、俺達の街は」

肩をすくめながら、祐一がフォローを入れる。
なるほど……よっぽどの最果てに住んでるってことか。
もっとも、マルチが標準のメイドロボだと思われても、それはそれで問題なのだが。

「マルチちゃん! 今度お礼に、たい焼きいっぱい買ってくるね! ボク、すっごくおいしいお店
知ってるんだから!」
「あ、でも、わたしロボットですから……物は食べられないんですよ〜」
「え……そうなの? ……うぐぅ」

……マルチがロボットだという意識すらない者も、約一名いることだしな。
『いいヤツ』っていうよりは、『天然』なのかもしれねーな、この娘は。
などと思っていると、



「――うわあああああああああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!

たああああぁぁすううううぅぅけええええええええぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!」



………………。
あゆとマルチを除いた全員が、思わず顔を見合わせる。
し、しまった!! また忘れてた!!
すっかり忘れ去られていたさおりは、真っ赤に泣きはらした目で、同じく忘れ去られてしまった可哀相なブチ猫を見上げるばかりだ。

「ご、ごめん! 本当にゴメンね、さおりちゃん!! お姉ちゃん達が悪かったよぉ!!」

急いで駆け寄って、ギュッとさおりを抱きしめながら、あかりが涙声で謝った。
だがさおりは、溢れ出る涙と鼻水を拭おうともせず、

「うえええええぇぇ……もういいよおぉ……太助をころして、あたしも死ぬからぁ……」
「さ、さおりちゃあぁーーーーん!!!!」

………………。
やばい、かなり錯乱してるみてーだ。
まあ二度も放ったらかしにされたんじゃ、無理もねーな。
ほんと悪かったよ……ゴメンな、さおり……。
心の中で、とりあえず謝罪しておく。
そこはかとなく頭痛のする頭を抱えながら、オレは問題の木を見上げた。

『にゃー、にゃー……』

飼主の惨状とは対照的に、こちらは何とも能天気な鳴き声を上げている。
なんだ、結構タフなヤツだな。
将来、大物になるかもしれねーぜ。
……なんて思ってる場合かぁ!!
あーくそ、いったいどうすりゃいいんだよ!?
しょーがねぇ、こーなりゃレスキュー隊でも呼ぶしかねーのか?
あれやこれやと、目を閉じて思索にふけっていると、


「――なに? あそこにいる猫ちゃんを連れてくればいいの?」


緊張感のない、のんびりした声に思わず顔を上げる。
そこには、あかりに抱き上げられたさおりの頭を撫でながら、

「大丈夫だよっ! ボクに任せて!」

自信満々といった様子で、胸を叩くあゆの姿があった。
“ボクに任せて”……か。
マルチ以上にトロいこの娘に言われても、説得力のかけらもねーぞ。
はぁ〜〜、どーすっかなぁ……。

「…………あゆ」
「平気、平気! 任せといて、祐一君!」
「…………仕方ないか。でも、気を付けろよ」
「――うんっ!」

そう、仕方ないよな。あゆに任せて……
――って、オイ!
オレは『太助救出作戦』の全権を、軽々しくあゆに委ねてしまった祐一の首根っこを掴んで、
思いっきり後ろに引っ張った。
そのまま顔を近づけて、ヒソヒソと話し始める。

「……なんだ? 男に求愛される趣味は、あいにく持ちあわせていないぞ?」
「バカ! それより何考えてんだよ! あんなすっトロい娘に頼んで、どうこうなる問題じゃ
ねーだろ!?」
「ああ、それは……」

『そんなことか』とでも言いたそうに、口を開きかける祐一。
そんな祐一の言葉を遮って、



「――祐一くーーーーーーーーんっ!!」



遥か上空から、朗らかな少女の声が聞こえた。

「………………」
「………………」

無言でクイッ、クイッ、と人差し指で上空を指し示す祐一。
それにつられるように、オレは大きく天を仰ぎ見た。
そこには……


「みんなぁ〜〜、猫ちゃん大丈夫だよぉ〜〜〜〜〜〜?」


舞い降りる粉雪の中、遥か上空の木の枝に腰掛けて、膝の上の仔猫を撫でるあゆの姿があった。
――う、ウソだろおおぉ!?
どうやって登ったっていうんだ、あの大木を。
しかもこの雪の中、この短時間で……

「す、すごいです〜〜! かっこいいです、あゆさん!」
「ほんと……すごいね。あっとゆう間に登っちゃった……」

木の下では、女性陣が拍手喝采している。
あかり達の反応からすると、その登木技術(?)は相当なモノだったらしい。
マルチとさおりに至っては、涙ぐんでさえいる。

「あいつ昔から、木登りだけは得意なんだ。あの程度の木なら、5秒あれば登りきれる」
「ごっ……」

5秒って……
まるで世間話をするように平然と語る祐一と、太い木の枝に座って両足を揺すっているあゆの姿を
見比べながら、オレはしみじみと思った。


――『世界』ってヤツは……どこまで広いんだろうなぁ。


<続く>