カノン VS トゥハート (2) 投稿者:猫玉 投稿日:9月20日(水)19時46分
「――はああっ!!」

――ダンッ!!

オレはヤツの攻撃範囲ギリギリまで突っ込み、おもむろに宙に飛んだ。
ヤツの握ってる木刀の射程距離は、当然ながら素手のオレよりも相当に長い。
まともに突っ込んでいけば、こちらの攻撃が届く前にのされちまうからな。

「……む?」

木刀を構え直しながら、警戒の声を上げる祐一。
技かりるぞ、葵ちゃん!
――いくぜ! 『ものまね』発動!!

「はッ、はッ、とああぁぁーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

――ゴオオオオオォォーーーー!!

紅蓮の炎を纏ったオレの蹴り足が、祐一を襲う!!
これぞ葵ちゃん必殺の……『炎の空中三段げり』!!!!
だが……

――スカッ、スカッ、スカアッ!!

ヤツはほんの少し身を翻しただけで、オレの蹴撃をいとも簡単にかわしてみせた。

「……ちぃっ!!」

着地して体勢を立て直しながら、思わず舌打ちする。
なんてヤツだ!
あの攻撃を……すべて見切ったっていうのかよ!?
これほどまでに見事な『見切り』、そして『躱し』の技術を見たのは初めてだ。
まるで、霞か霧でも相手にしてるみたいだぜ。
この防御術は、天性の才能か……いや、我流ではこうはいかねーだろうな。
だれか、優秀な師範がいると考えて間違いないだろう。
オレ達は一旦間合いを取り、激しく睨み合った。

「どーでもいいけどよ、素手相手に木刀ってのは……ちょっと卑怯じゃねーのか?」

おどけた口調で、凄みのある笑みを浮かべるオレに、

「いやいや、全然そんなことはないぞ」

飄々とした口調で祐一は返した。
……台詞が棒読みだぜ。いい性格してやがる。
精神面にも隙はない、ってわけか。
さて、どうしたものか……

「――――ッ!!」

……油断したつもりはなかった。
だが、
『ヤツから仕掛けてくることはないだろう』
そんな一瞬の気の緩み。
それをヤツは見逃さなかった。
さっきまで防御一辺倒だった祐一は、オレの意識が一瞬だけ途切れたのを見逃さず、
稲妻のような速さでオレの眼前に迫った。
マズイ! この間合いでは……

A.右に飛び退く!
B.左に飛び退く!
C.避けない!



――避けねぇ!
……というより、この間合いでは避けきれない!
体勢を崩した所を打ちのめされるのがオチだ。
――このまま迎え撃つ!!
オレは左腕に闘気を集中させ、打撃の衝撃に備える。

――ガシイイィィィィーーーーッッ!!

「ぐうううぅ……っ!!」
「ひ、浩之ちゃあぁーーーーん!!」

鈍い音とオレの呻き声と、あかりの悲鳴がキレイに重なった。

(……ってええええええぇぇ!!)

ともすれば口から洩れそうになる叫びを、無理矢理に飲み込む。
柄に近い部分を受けりゃあ、何とかなるだろうと思ったんだが……
半端じゃなく痛い。
木刀を受け止めた左腕が、ミシミシいってるぜ。
……ひょっとしたら、骨までイッちまったかもしれねーな、こりゃ。

「くっ……うぅ……」

ガクン、と力なく片膝をつく。
そんなオレの様子に、勝利を確信した祐一の闘気がほんの少しだけ緩む。
それを確認してからオレはゆっくりと顔を上げる。
そして……
そして、祐一に勝者の笑みを見せる!!
待ってたぜ、この時を!!

「うおおおおおぉぉぉぉ…………ッ!!!!」

オレは全身に残っている全ての闘気を、右腕に掻き集める。
この距離なら外さねえ! 一撃で決める!!
闘気に満ちたオレの右腕が、眩いばかりの黄金の輝きを放ち出す!!

「な……っ!?」

ヤツの本能が察知したのだろう、『この一撃はヤバイ』と。
慌ててバックステップで、間合いを離そうとする祐一。
だが……遅せぇ!!
――理解不能のパワーが、今炸裂する!!


「食らいやがれぇ!! 主・役・の……意地いいぃぃーーーーーーーーーーッ!!!!」


――ズドオオオオォォォォーーーーーーン!!!!


雷鳴が轟くような爆音と共に、『くの字』に折れ曲がった祐一の体が宙に吹き飛ぶ。
そして……

……ドシャアアァ!!

派手な土煙を上げて、祐一の身体は大地に叩き付けられた。

「はぁ……はぁ……はぁ……っ」

………………勝った。
心地良い脱力感と共に、オレはその場にへたり込む。
……もう、指一本動かす力も残っちゃいねーぜ。

「やったぁ、浩之ちゃん!! あ……」

オレの勝利に、歓喜の声を上げようとするあかり。
だがそのすぐ隣りで、じっと、倒れたままの祐一を見つめる名雪に気づかったのだろう、
無言でオレの側に駆け寄ってきた。

「……へへっ、どうだあかり。勝ったぜ?」

荒い呼吸と共に、あかりにぎこちなくも、勝利のVサインを見せる。

「もう、浩之ちゃんたら無茶ばっかり……左腕は大丈夫?」
「こんなもん、ツバでもつけときゃ治るって。それより……」

「……束……したよね」

……え?
オレとあかりは声のした方向……
ピクリとも動かない祐一に向かって、小さく呟く名雪の方へと顔を向けた。

「約束……したよね、祐一。『心配するな』って……『俺は負けない』って……」

泣き笑いのような表情で、倒れた祐一を見つめながら、名雪はポソポソと呟き続ける。

「祐一は……約束やぶったりしないもんね?……遅れることはあっても」
「…………」

……あっちゃ〜〜。
やっぱこうなっちまうよなぁ。
こういう戦いって、当事者同士は結構サバサバしたものなんだけど……
第三者が、けっこう遺恨残したりするんだよなぁ。
うつむき加減に言葉を紡ぐ名雪を見ていると、勝利の余韻に浸る気にもなれない。
ちょっとした後味の悪さを感じた。

「……ふぁいとっ、だよ。裕一っ!」

そう言って健気にも、にっこり微笑みを浮かべる名雪。
……その直後、オレは信じられないものを見ることになる。

――バンッ!!

勢いよく立ち上がり、

「くっ……はあっ……はあっ……はあっ!!」

そして……そして鋭い眼光でオレを見据える、祐一の姿を。

「…………ッ!!」
「…………っ!!」

オレとあかりは、バカみたいにぽかんと口を開けて、その光景をただ眺めていた。
眺めること以外、何もできなかった。
あ、アレを食らって……立つ……かよ。
それどころか、ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。

「……悪いな。あのまま寝ててやろうかと思ったが……気が変わった」

足元はふらついているが、口調はしっかりしている。
むう。これが『愛の力』ってやつか……
などと、ふざけてる場合じゃねーな。

「……下がってろ、あかり」
「ひ、浩之ちゃん……」

ガクガクと震える膝を叩いて、かろうじて立ち上がる。
そして半身の構えで、オレは祐一と対峙した。
間違いない。
コイツ……コーイチさんと同じレベルだ。
死ぬ気でやらねーと……勝てない。
やがて祐一は歩みを止め、両手で木刀を握りなおし、ダラリと全身の力を抜いたような……
俗にいうところの『下段の構え』を取った。
そして……


「…………『華音』」


低い声で、短く、ぼそり、と呟いた。
その言葉を聞いた途端、オレの背中にかつてない緊張が走る。
『華音』。
それがどんな技かは知らねーが……
祐一の持ち得る、最大の奥義であると思って間違いはないだろう。
ヤツの周囲の空気が、ピリピリと張り詰めたものになっていく。

「……なあ、あかり」
「……え?」

オレは祐一に意識を向けたまま、後ろのあかりに話しかけた。
急に声をかけられて、呆けたような返事をかえすあかり。

「……お前さ、あれからなにか『新しい必殺技』とか、開発してねーのか?」
「えっ……う、うん。特に……」

あかりは申し訳なさそうな声でオレに呟いた。

「ったく、しょうがねーなぁ。修行サボりやがって……」

小さく舌打ちしながら、少しからかうような口調でオレは言った。
まあ……あかりの場合、『後方支援』が主な役回りだからな。
仕方ないといえば、仕方ないのかもしれねーが。

「うぅ……ご、ごめん」

すっかり落ち込んでしまった様子のあかりに、オレは平然とした口調で続ける。

「こっちは……死ぬ気で『新技』開発したってのによ」
「うん、そうだよね……え? えぇ!?」

驚いて目を丸くしているだろう、あかりに背を向けたまま、オレは決意を固める。
アレを……使うしかねーな。
とはいえ、今の状態で、祐一相手に成功するかどうか……
五分五分ってところだろう。
だが、出し惜しみをしていて勝てる相手でもねーしな。
『主役の意地』をさらに超える……対・柏木耕一、長瀬祐介戦用のとっておき。
あかりにも内緒の新必殺技だ。
まさか、こんな所で使うハメになるとはな……

「…………」
「…………」

お互い無言で、じりじりと間合いを詰めていく。
……間違いなく、次の一撃で勝負は決まる。
満身創痍ながらも、体中の細胞が活性化し、血がたぎっていくのが自分でも分かる。
どうやら祐一も同じ気持ちらしい。
その唇の端に、微かな笑みを浮かべている。
見知らぬ地で出会った『好敵手』に、心踊っている……
そんな顔つきだ。
絶え間なく降りしきる粉雪のなか、ゆらり、と闘気の渦が揺らめく。
お互いの『必殺』の間合いが、今まさに交わらんとする……その時!!


「……うええぇぇーーーーん!! 太助ぇ、たぁすぅけええええぇぇ……っ!!!!」


「………………」
「………………」

思いがけない声に不意を突かれたように、オレと祐一は硬直する。
今の今まで、すっかり忘れ去られていた少女の、公園中に響き渡るような泣き声が
オレ達の耳に届いた。

「ご、 ごめんね、さおりちゃん! そうだね、太助ちゃんを何とかしないとね……」
「うわああぁぁーーん!! たああぁぁすううぅぅけええぇぇーーーー……っ!!!!」
「ね、猫さん! ……可愛いよぉ……抱きしめたいよぉ……」

…………………。
ううっ……空気が冷たいぜ。
どうやら、決着どころの雰囲気ではなくなっちまったみてーだ。

「……続けるか?」

オレは短くため息をはいて、祐一に言った。

「……冗談だろ」

白いため息をはきながら、間髪入れずに答える祐一。
どうやらオレと同じ気分のようだ。
今回は……痛み分けってところだな。
お互い戦意を失くしたのを確認してから、地面にへたり込む。

「ハァ……ハァ……ハァ……」
「……ふぅ……ふぅ……」

しばらく荒い息をはいた後、

「……よお、やるじゃねーか。まだお前みてーなヤツがいるなんてな。世界は広いぜ」

そう言ってスッキリした笑顔を浮かべるオレに、

「……こっちの台詞だ。こんなことじゃ、また舞に『修行不足……』とか言われちまうな」

そう言いながら祐一は、とぼけたような、どこか憎めない笑顔を見せた。
『舞』?
そいつが祐一の師匠ってわけか?
そこら辺のところを聞こうとしたが、

「うわああああぁぁぁぁーーーーーーん!! たああぁすううぅ……」

……ハイハイ。
分かった、分かりました。
それでは全身全霊を持って、太助救出作戦に臨むとしますか。

<続く>