カノン VS トゥハート (1) 投稿者:猫玉 投稿日:9月18日(月)01時08分

「――ふわああああぁぁ……」

思わず大口を開けて、あくびを一発。
いつもとなにも変わらない、平凡な学校の帰り道。
いつもと同じ坂道を、あかりとふたりでゆっくりと下っていく。

「ふふっ。眠たそうだね、浩之ちゃん」

心なしか嬉しそうに言うあかりに、

「ねみーよ」

と、オレはぶっきらぼうに一言だけかえした。
サラサラと流れていく秋風が、街路樹の葉を静かに揺らしている。
そう、すでに季節は夏から秋へと移り変わり……
あれだけ派手に鳴いていたセミの声もすっかりなりを潜め、照り付けるようだった陽射しも、
今では分厚い雲にすっかりと覆われている。
街の雰囲気もどこか寂しげで、落ち着いたものへと変わり始めていた。

「……平和だな」

無意識のうちに、そんなことを呟いていた。
そんなオレの呟きを聞き逃すことなく、

「……そうだね。平和が一番だよ、浩之ちゃん」

あかりのヤツは、しんみりとした口調でそう言った。
まあ、平和なのはいいことなんだが……
こうも退屈な毎日が続くと、何か刺激が欲しくなってくるっていうか。

(『音も色彩も無い、代わり映えのない日常に、気が狂いそうだった』……か)

……今ならアイツが言っていたことも、何となく理解できるような気がする。
ぼんやりそんなことを考えていると、

「――えっ!?」

不意に、驚きと戸惑いの入り交じったあかりの声が聞こえた。

「どうした、あかり?」
「浩之ちゃん……雪だよ、雪!!」

――雪?
あかりの声につられて空を見上げると、そこには……
そこには灰色の空からゆっくりと舞い降りる、小さな雪の結晶があった。
視界を覆うように降りだした白い結晶に、オレは呆けたように天を仰ぐ。

「……おいおい、まだ9月だぜ?」
「うん。でも……綺麗だね」

小さく目を細めて、空に向かって両手を伸ばすあかり。
しかし……初雪にしちゃあ、ずいぶんと早すぎるぜ。
――ま、まさか!
これは……なにか天変地異の前ぶれか!?
例えば、明日学校に行ったら、委員長が標準語になってるとか?
はたまた……先輩が急に、ハキハキと明るくしゃべり出すとか……
そ、それとも、志保のヤツが一切の無駄口を叩かなくなるとか!?
……それは、ちょっとありがたいかもしれねーが。

「……アホらし」

んなわけねーか。
ちょっとした気候の変化が生み出した、偶然の産物。
それ以外のなにがあるってんだ?
まったく……
退屈な毎日が続くと、ちょっとしたことでもドラマチックに考えちまうもんなんだよなぁ。
どうにもいけねーぜ。
暗い灰色の空に向かって、両手を広げるあかりを見つめながら、この時オレはそんなことを思って
いた。
この雪が、後に体験する不思議な邂逅の前触れだということを……
この時のオレ達は、まだ知る由もなかった――。



―― SS・『カノン VS トゥハート』 ――



「うええええぇぇーーーーん……たすけ……たすけぇ……」

公園を通りかかった際、ふと泣きじゃくる子供の声が聞こえた。
聞き覚えのある声だ。
オレとあかりは顔を見合わせて、公園内へ急ぐ。
そしていつかの時と同じく、大きな木の下でわんわん泣いている赤毛の少女に、オレ達は声をかけた。

「よう。どうした、さおり。また猫が降りられなくなったのか?」

オレの声にハッ、と振り返る少女。
名前は……新城さおり。
ひょんなことから知り合った、明るく活発な近所の小学生だ。
その顔を涙でグシャグシャにしながらも、オレ達の元へ小走りに駆け寄ってくる。
そしてあかりの胸に飛び込んで、公園中に響き渡るくらいの大声で泣き出してしまった。

「うええぇぇーーーーん! 浩之お兄ちゃん、あかりお姉ちゃぁーーーーん!!」
「よしよし……どうしたの、さおりちゃん?」

さおりの頭を撫でながら、あかりが優しく問い掛けた。

「た、太助が……たすけがぁ……」

オレはさおりが来た方向の、少し先にある大木を見上げてみる。
案の定、そのてっぺん近くの枝にしがみついて、
『にゃー、にゃー……』
と鳴いている、哀れな子猫の姿が見えた。

「……ったく。猫ってのは、何度おなじこと繰り返しゃ気が済むのかね」

呆れた口調で、オレは正直な感想を口にした。

「どうしよう、浩之ちゃん……」

さおりをなだめながら、あかりが心配そうな顔でオレを見上げる。
以前は……偶然、綾香のヤツが通りかかったんだよな。
だが、今オレの側にいるのは勝手知ったる幼馴染み、神岸あかりだ。
コイツに、
『オレの肩を踏み台にして、枝にしがみ付いてる子猫を救出する』
何てことができる運動神経、およびバランス感覚を持ち合わせているかどうかくらいは理解している
つもりだ。
……無理だな、どう考えても。
うーん、どうしたものかな……
そんなことをつらつらと考えていると、



「……猫さん」



ぽつり、と呟く女の子の声が、オレの耳に届いた。
最初はあかりが言ったのかと思った。
だが、あかりはオレの顔を見て、ふるふると首を横に動かす。
その様子から察するに、どうやらあかりにも同じ声が聞こえたようだった。
あかりに似て、どこかおっとりしているが……それでいて良く通る、澄んだ声。
オレとあかりは、ゆっくりと声のした方へ顔を向けた。
そこには……

「……猫さん……か、可愛い。かわいいよぉ……」

まるで、世界一可愛い生き物を目の前にしたかのような……
そんな恍惚とした表情で、木の上のブチ猫を見つめる少女がいた。
腰の辺りまで伸びた、長く艶やかな髪の毛。
少し幼さが残るが、綺麗に整った顔立ち。
どこかあかりに似て家庭的で、落ち着いた感じがする。

「……浩之ちゃん、知ってる人?」
「いや……この辺りじゃ、見たことねー顔だけど……」

ひそひそと小声で、あかりと言い合っていると、

「ねこー、ねこー」

いつの間にか少女は木の下で両手を伸ばし、ぴょんぴょんと、しきりに飛び跳ねている。
……いや、届かねーだろ。どう考えても。

「ねこー……ねこー……」

それでも少女は諦めることなく、ぴょんぴょんと、何度も何度も飛び続けた。
……よく見ると、目が少し潤んでいる。
さおりの知り合いか? とも思ったが、当のさおりはキョトンとした顔で、木の下の少女を見つめている。
どうやらそうでもないらしい。
……とりあえず、声を掛けてみるか。
少女に向かって一歩足を踏み出した、その時、

「――おーーい、名雪ーーーーっ!!」

今度はそんな声が背後から聞こえてくる。
振り返ると、息を切らして公園内に駆け込んでくる男の姿が見えた。
歳は……オレと同じくらいか? 背丈もオレとそう変わらない。
そして『名雪』というらしい、その少女の側に駆け寄ると、

「どこ行ってたんだよ、お前は! 秋子さんも心配してるぞ!!」

開口一番、疲れたような口振りでそう言った。

「あ、祐一……ほら、猫さんだよぉ?」
「かぁっ……お前は本当に……」

そこまで言いかけて、その男……『祐一』と言ったか? は、ようやくオレの存在に気付き、顔をこちらに向ける。
交差する視線と視線。
その瞳を見据えて、オレは確信する。

(コイツ……できるぞ)

優れた格闘家同士は、向かい合ったその瞬間にお互いの技量が分かるという。
といっても、オレは別に格闘家ってわけでもなんでもない。
なんでもないが……
それでも、オレのくぐった『修羅場』の数は半端じゃない。
なんたって、『世界の存亡を賭けた戦い』に身を置いたこともあるくらいだからな。
だが……目の前の男も、恐らく同じくらいの『修羅場』をくぐっているのだろう。
例えるなら……祐介や、コーイチさんと同じ『におい』がする。
その圧倒的な存在感。とぼけているようで全く隙のない、身のこなし。
『主役格の人間』のみが持ち得る、『強者』の雰囲気をその身に纏っている。
オレは……

A.男だったら、熱き拳で語るべし!
B.できるだけフレンドリーに、声をかけてみよう。
C.しばらく様子を見て、相手の出方を伺おう。



――――ダッ!!

「――ひ、浩之ちゃん!?」

あかりの声を背に、オレは猛然と駆け出していた。
そう、男の挨拶に言葉は不要! 熱き拳で語るべし!!
コイツとは、馴れ合ってちゃいけない。
なぜかは分からないが、そんな気がした。
ヤツも同じことを考えていたのだろう、おもむろに背中から一本の木刀を取り出し……
……って、木刀ぉ!?
一体どこに隠してたんだ、そんなもん!?

「……くっ!」

オレはとっさに、振り下ろされるであろう刀の軌道から横っ飛びで逃れる。

――ビュン!!

耳元で風を切る音が唸りを上げる。
綾香直伝のフットワークでなんとか一撃をかわし、オレは隙を見せた祐一の懐に飛び込んだ。
いくぜ、今度はこっちの番だ!!

「ぶっ飛ぶなよ! 自己流……パァーーーーンチ!!」

オレの鉄拳が風を巻いて、祐一の顔面に迫る!

――フッ!

「……なっ!?」

拳の勢いにつられて、そのまま前のめりに体勢を崩す。
手応えが無い。 それどころか……祐一の姿が見えない。
き、消えた!?

……ぞくり。

背後に殺気ッッ!!
オレは本能の赴くままに、前方へ飛び込んだ。

――ザシュウゥッ!!

間一髪、空気を切り裂くような衝撃が背中から伝わる。
前方に転がりながらも、さっきまでオレがいた場所を木刀で薙ぎ払う祐一の姿を、横目で確認できた。
あの一瞬で、オレの背後を取ったっていうのかよ……。

「浩之ちゃん!!」

見かねたあかりが、おたま片手に駆け寄ろうとする。
だが、

「――来るな!!」

オレの制止の声に、ビクッとその動きを止める。

「え……ひ、浩之ちゃん?」
「来るんじゃねー、あかり。こいつは……オレがやる!!」

ゆっくりと立ち上がり、ズボンに付いた埃をはたきながら、オレはあかりに不敵な笑みを見せた。
しばらく立ちすくんでいたあかりだったが、やがて納得したように、

「……うん、わかった! 浩之ちゃんが負けるわけないもんね!」

明るい笑顔を見せながら、胸の前でしっかりとおたまを握りしめた。
……だから、どこに持ってたんだ? そんなもん……。

「祐一……」

そんなあかりの横で、名雪と呼ばれていた少女が不安そうな声を上げる。

「なんだよ名雪。もしかして、俺が負けるとでも思ってるのか?」

のんびりした口調でそう言って、祐一は彼女に向かって小さく笑ってみせた。
――ううっ、複雑な気分だぜ。
この戦いにオレが勝てば……あの名雪って娘はやっぱり悲しむんだろうなぁ。
かといって、オレが負ければあかりのヤツが悲しむだろうし。
ああ、オレって……女泣かせの罪なヤツだぜ……

「ううん、祐一。そうじゃなくって……」
「? なんなんだよ、一体……」
「わたし、お腹空いちゃったよ。どうしよう……」
「………………」

ヒュウウゥゥ〜〜……

オレと祐一の足元に、雪混じりの冷たい風が吹いた。
そんな空気をよそに、切なそうにお腹を押さえる名雪。
……よしっ!
これで何のためらいもなく、目の前のヤローをぶちのめせるってもんだぜ!!

「いくぞおぉーーーーっ!!」

気合一閃、オレは再び祐一に向かって突進する。
正眼の構えで、オレを迎え撃つ祐一!
よし、ここは……

A.食らえ! 『あかりの弁当』!!
B.いくぜ! 『ものまね』発動!!
C.見せてやるぜ! 『主役の意地』ってやつをなぁ!!

<続く>