やってしまいました 投稿者:猫玉
『転校生、入場ォォーーーー!!!』
平和な朝の教室に、思いきり気合いの入ったアナウンスが響き渡った。
『生徒達の表情が! 一瞬にして凍り付いたぁーーーー!!!』
浩之やあかり達は固まった表情のまま、開かれた扉を凝視している。
ゴゴゴゴゴゴ……
圧倒的な闘気を身に纏い、彼女は教室に姿を現した。
【人類最強の 女子高校生】
来栖川綾香 十七歳。
彼女はおもむろに、背中に背負っている巨大な石柱をズドン! と地面に投げ下ろした。
『墓だっ! 墓を背負っているぅーー!!』
「……さっきから何なんだよ、このアナウンスは」
「……ていうか、何で墓なんか背負ってんの?」
ジト目でつぶやく浩之と志保。そんなつぶやきを完璧に無視しつつ、綾香は静かに墓前で合掌する。
「……セリオ」
かの人との思い出の日々が綾香の頭をよぎる。その頬をひとすじの涙がツー……と伝った。
ちなみに当のセリオは、今日も元気に寺女で稼働中である。
『脅威の転校生に! びびりまくる生徒達!! 恐るべき神童、来栖川綾香!! ……完全孤立ゥーー!!』
生徒全員、綾香を遠巻きにして青い顔で見つめている。
「ひ、浩之ちゃん、怖いよぅ!!」
「ちょっとヒロ、あんた何とかしなさいよ!!」
「ば、バカ言ってんじゃねーよ! あんなのどうしろってんだよ!!」
そんな浩之達の悲鳴の中で、綾香は苦悩に満ちた溜息をはいた。
「……私だってみんなと一緒に、普通の高校生活を送ってみたい……。でも、周りの人間は私のことを“地上最強の生物”とか“オーガ”とかいって離れていってしまう……」
そう言うと綾香は机に突っ伏して、滝のように涙を流した。あっという間に教室が綾香の涙で洪水状態になってしまう。
「…………」
「はっ! ひ、浩之ちゃんが“しょうがねーなー”っていう目になってる!!」
バシャバシャと水面でもがきながら、あかりが叫ぶ。
「だって……ほっとけねーだろ」
「だあぁ! なんであんたはいつもそうなのよおぉぉ!! ブクブクブク……」
教室中に響き渡る叫び声を残して、志保は豪快に水没していった。

昼休みのグラウンド。
「それ、浩之ーー!」
「おい雅史、どこ蹴ってんだよー!!」
雅史の蹴ったサッカーボールは、浩之の頭上を大きく飛び越えてグラウンドを転がっていく。ちょうどそこに人影が通りかかった。
「お、あれは……」
他でもない、来栖川綾香その人だった。周囲の空気が陽炎のようにゆらゆらと揺れている。
ふっと息を吐いて、浩之は優しい笑顔と共に綾香に声をかけた。
「おーい、綾香ーー! ボール取ってくれよーー!!」
その声に反応し、綾香はゆっくりと浩之のほうを向いた。その足元にコロコロとボールが転がってくる。すぅ……と静かに腰を下ろす綾香。そして次の瞬間……
「破唖ッ!!!!」
ボッ!!!
蹴撃が閃光となり、ボールを直撃する。パラパラ……と粉微塵になったボールの破片が四散した。
「ボ、ボールは……?」
「うわあぁ!! じ、地面えぐれてるぅーーー!!」
シュウウウゥゥ……と綾香の足元に底無しの亀裂ができていた。
うぎゃあああぁぁ!! と叫び声をあげながら逃げていく生徒達。その姿を見て、綾香は地震兵器のような重い溜息をはいた。
「…………」
「はっ!! ひ、浩之ちゃんが“ったく、しょうがねーなぁ……”っていう目になってるー!!」
砂煙の中でジタバタしながら、あかりが叫んだ。
「やっぱ……ほっとけねーだろ」
「もう放っておきなさいよーー!! あの娘は背中に“鬼の面”を持つエクストリームチャンピオンなんだからー!! あ、あ〜れ〜〜!!」
グラウンド中に響き渡る絶叫を残して、志保は大地の底に消えていった。

「よーし、この問題を解いてもらうぞ。では、来栖川。やってみろ」
五時限目の数学の時間。教師の声を聞くと同時に、綾香は苦悶の表情を浮かべる。黒板の前に立ちチョークを握り締める綾香。カッ……と渇いた音と共に、チョークを黒板に押し当てる。
“わ……”
ビキビキビキ!! 激しい音を立てて、チョーク及び黒板にヒビが入っていく。
“解らない……”
ガッシャーーン!! 綾香の呟きと同時に、まっぷたつに割れた黒板が地面に落ちた。その後ろの壁がクレーターと化してしまっている。
「な、何だよ綾香。お前、勉強できないのかよ!?」
浩之は少しおどけた声で言った。
「はは、浩之と同じだね」
「その通りね! アンタたち2人で、この高校におバカ旋風を巻き起こしてちょうだい! それ、バーカ♪ バーカ♪」
「うるせえ! お前に言われたくねえよ! 大体てめえは隣りのクラスだろーが!! なんでこの教室にいるんだよ!!」
お約束の口喧嘩を始める浩之と志保。そんな中、生徒達から沸き上がる“バカ”コールに包まれながら、綾香は今までに無い感動を味わっていた。
(何? 何なの、この感じは……。みんなの“バカ”コールが、私の胸の中の孤独を消していってくれる……。これが……戦友なの!?)
空を仰ぎ見て、熱い涙をこぼす綾香。
そんな綾香にあかりは頭を抱えながら、言えない言葉を胸にしまい込んだ。
(違う! 絶対に違うよ!! 間違ってるよおぉぉーーー!!)

あっという間に放課後。すっかりクラスに溶け込んだ綾香は、浩之達と下校を共にする事になった。
「それじゃ、じゃんけんで負けた人がみんなの荷物を持つのよ〜♪」
嬉々とした表情で志保が言う。
「ったく、ガキじゃあるまいし……」
「まあまあ。たまにはこういうのもいいと思うよ、浩之」
にこにこと笑いながら、雅史が言った。そんなやり取りを、綾香は楽しそうに見守っている。
「それじゃ、いくわよー!! じゃーんけーん、ほいっ!!」
志保の掛け声と同時に、ぼりゅっ!! と綾香の音速を超えるチョキが繰り出される。だが浩之、あかり、雅史、志保、全員がグーを出していた。
「綾香さんの負けだね。じゃあ悪いけど、荷物……ヒッ!」
引きつった叫びを上げ、思わず絶句するあかり。こめかみに血管を浮かべながら、綾香はブルブルと身を震わせている。
(十七年間無敗のこの私が……負けた!?)
激しく頭を振りながら、綾香は声を荒げる。
「私は負けてなんかいない!!」
「負けてないって……あんたチョキ出してたでしょうが!! 私達みんなグー出してるんだから!!」
そういって拳を突き出す志保。
そのグーを、静かに綾香のチョキが挟み込んで……
“私のチョキは……岩をも砕く”
ボキベキバキ……
派手な音を立てて志保のゲンコツが変形していく。
「ぎょ、ぎょえええぇぇぇ!!て、手の骨がああぁぁぁ!!」
「素直に負けを認めなさぁーーい!!」
パコーーーーン!!
あかりのクマパンチがきれいに綾香の後頭部を直撃する。
「はっぱ!!」
奇声を発しながら、綾香はザシャッ! と頭から倒れこんだ。
「……とりあえず、今日は疲れたから帰ろーぜ。んじゃま、綾香。また明日な」
「あ、待ってよ、浩之ちゃーん!」
「志保、手は大丈夫なの?」
「だ、大丈夫なわけないでしょーが……。な、何で志保ちゃんだけこんな目に……」
誰もいなくなった校門前で静かに眠る綾香。その寝顔はやり遂げた者のみが成せる、安らかな寝顔だった。そんな綾香を祝福するかのように、熱いアナウンスが周囲に響き渡った。
『勝負ありっ!!!!!』 <完!>


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個人的にはメチャクチャ気に入ってるSSです。まだPS版THの綾香シナリオが未プレイなので、恐らくこんな感じだろうと(笑)。ちなみに『浦安鉄筋家族』22巻のパロです。それではまた!