泣くよ うぐいす 『浩之、号泣!!』 投稿者:猫玉
「浩之ー、校門であかりちゃんが待ってるよ?」
ガラガラ……と教室の戸を開けて、雅史が浩之に声をかける。
その声に顔を上げる事も無く、浩之は深刻な面持ちで語り出した。
「今から俺はすごい事を言うから……驚かないように」
「はぁ? 何でお前の話を聞いて俺らが驚かなきゃならんのだ。死んでも驚かんから、さっさと言ってみろ」
雅史の後ろにいた矢島が、冷ややかに浩之に言う。そんな矢島の言葉に耳を貸す事も無く、浩之は話を続けた。
「校門で俺を待ってる神岸あかり。あいつは……俺の女だ」
浩之、衝撃の告白。それは眼前の二人を絶句させるには十分なものだった。
「つ、ついに……ついに言ってしまった。な、なんて素晴らしいひびきだ……。もう一回言ってみようかな……俺の女だ……」
フルフルと感動に身を震わせる浩之。
「……ハン! 迫真の演技だったが……あかりさんがお前の彼女だという証拠はどこにもない!!」
ビシッと人差し指を立てながら、矢島が声を荒げる。そんな矢島の希望を打ち砕くように、浩之は言葉を続けた。
「今日、俺はあかりとネズミーランドでデートする」
ビシッとポーズを決めながら、浩之がはっきりと告げる。二人の間に緊張の糸が張り詰めた。
(ちょ……超うらやましい!!!)
水無月徹氏の描く可愛らしい顔から、やけに写実的な顔になって矢島は唇を噛んだ。
「ねえ、浩之。どうやってあかりちゃんと付き合う事になったの?」
「ふっ、雅史。それはだな……『浩之ちゃん見ーつけた』って公園で言われちまってさ。いわゆる逆ナンてヤツだよ」
「嘘だね!!」
ビキビキと額に血管を浮かべながら、矢島は魂の叫びをあげる。
「何で貴様ごときが神岸さんに逆ナンされんだよ!! 俺でさえ全く相手にしてもらえなかったっていうのに!!!」
そんな矢島に、浩之はトドメとも言える一言を発する。
「だってお前、メインキャラじゃないじゃん」
「――――!!!!」
くるりと背を向けて嗚咽を漏らす矢島。そして、ガンガン! と壁に頭を打ち付けだした。
「なんか……気にしてたみたいだよ」
「ほっとけ。それでは僕は彼女が待ってるんで」
哀れみを込めた顔で矢島の背中を一瞥して、浩之はすたすたと教室の戸に向かって歩き出した。
「矢島くん。君は僕たちがスプラッシャマウンテンに乗っている時に、家に帰って『フィルスノーン95はいつ出るのかな――』とか言ってリーフの心配でもしてなさい」
浩之の言葉に、矢島は瞳孔の開いた眼からドバドバと血涙を流す。
(生かしてはおけない!!!)
ふっと体を回転させ、渾身の後ろ回し蹴りをみまう矢島。
「お、靴紐が……」
だがその蹴りは、とっさにしゃがみこんだ浩之の頭上を通りすぎて……
「ちょっと、ヒロ! あかりずっと待ってるんだから早く――」
ごりり。
教室に入ってきた志保の首根っこを直撃した。
きりもみしながらうつ伏せに倒れこむ志保。だがその顔は天井を向いていた。
『…………』
しばしの沈黙。そして……
『ぎ、ぎえええええぇぇぇぇ!!!』
浩之、雅史、矢島の絶叫が教室に響き渡った。
「く、首が向いてはいけない方向にぃぃぃ!!!」
「し、しまったああぁぁぁ!!!」
志保の肩を揺さぶりながら、矢島は叫んだ。
「長岡さんの首をこんなにしたのは藤田浩之ですよ! 僕じゃないです!!」
「……どさくさ紛れに俺のせいにする気か」
血の泡を吐きながら、志保が呟く。
「ヒロ……絶対……殺す……」
その言葉を聞いた浩之は、静かに志保の頭を持った。
「俺のせいになっちゃったならもう一周っと」
ポキカキコキ……と浩之は志保の頭をもう一回転させた。
『ちぎれちゃう〜〜〜〜!!』
再び矢島と雅史の絶叫が教室にこだまする。
「それでは事件にならないように、後は始末しておいてくれたまえ」
はっはっはっと笑い声を上げながら、浩之は教室を後にした。
「ヒロ……お……おぼえてなさいよ〜……」
「い、生きてる……」

「わりい! すっかり遅れちまった!」
日も暮れかかった校門前。浩之は息を切らせながら、あかりの元へと走った。
「もう。遅いよ〜、浩之ちゃん」
タタタ……と駆け寄り、浩之に抱きつくあかり。
「……すごく待ったんだよ?」
しあわせ一人占めかとも思える浩之だったが……実は浩之はこういうアツアツの付き合いが大嫌いだった。そういうラブラブのカップルを見ると、よく注意してあげたものである。

「そこの遊び人二人! 図書館でいちゃついてんじゃねーよ!!」
一月ほど前、浩之は図書館にて志保と三年生の橋本先輩を注意した事があった。だが浩之には迫られていた女性が志保だったという記憶はなく、ただ『図書館でいちゃつく二人が許せない』という本能のみで行動していたらしい。
「ヒ、ヒロ……」
情けない声を上げて浩之に助けを求める志保。
「何だお前……邪魔すんじゃねー!」
ドスッ! 橋本のヒザが浩之のみぞおちに入る。その瞬間、浩之の眼が野獣のものになった。
「殺す!!!!!!」
橋本の頭を掴んで……ヒザ地獄、ヒザ地獄!!
ガツガツガツガツガツ……!!!
白目をむいて意識が無くなったのを確認してから……バゴーン!! その顔を地面に叩き付けた。
「……次は命をもらうぞ」
ドクドクと血の海に沈んだ橋本を見下ろしながら、浩之はくるりと背を向ける。
「ちょ、ちょっと、ヒロ! これマズイってば! 息してないよ!? ま、待ちなさいってばぁぁぁぁ!!!」
図書館に響く志保の叫びを背に受けて、浩之は静かに去っていった。

「ねえ、どうしたの? 浩之ちゃん?」
回想に浸っていた浩之の腕を取って、ぴったりと体をくっつけるあかり。そんなあかりに浩之は鋭い眼光を向ける。
「おい、やめろ……殺すぞ」
浩之はベタベタが本当に嫌いだった。
「はっはははは……殺しちゃうぞ♪」
――が、今では大好きだった。あかりを抱きかかえくるくるとターンする浩之。キラーンと光る前歯がやたらに眩しかった。
「ねえ、浩之ちゃん。今日はね……」
(浩之ちゃんだ〜〜あ!?)
藤田浩之は、どうしてもこの『浩之ちゃん』というニックネームが好きになれなかった。
「なんだよ、あかりん」
――のは過去の事で、今ではすっかり浩之ちゃんと化していた。その上あかりんとか言っていた。
「今から浩之ちゃんの家に行っていい?」
「あん? 何でだよ。今日はネズミーランドに……」
あかりは浩之から目をそらし、顔を赤らめて言葉を続けた。
「だって、浩之ちゃんの家……だれもいないんでしょ?」
その言葉を聞いて、浩之はハッとあかりの方へと振り向いた。静かに顔を上げ、浩之を見つめるあかり……だが、あかりはその顔を見て絶句した。『水無月徹氏の描く浩之』の顔ではなく、『水無月氏、本人』の顔になって浩之は驚愕している。
(な、何でわざわざ水無月さんになって驚くの!?)
頭の中が疑問符でいっぱいになるあかり。だが、それにも増して浩之の頭の中はパニクっていた。
(だめだよ、申し訳ないよ。僕たちはまだ高校二年生なんだよ? まだ早いよ、そんなの駄目だよ、汚らわしいよ……)
などと思っていた浩之であったが――こんな時のために毎日、部屋及びベッドの掃除だけはしっかりと行なっていた。
「そうなんだよなー。俺ん家の両親、共働きだからなー」
そんな事を言いながら ピー が半立ちになっていた、いけない浩之であった……<終>


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…………。なんだこりゃ(笑)。とりあえず、マガジンにて新連載の木多康明先生『泣くよ うぐいす』のパロです。まだ続きがあるのですが、これ以上は僕には書けません(笑)。それではまた。