夏も近い、ある昼下がりの公園。 俺、藤田浩之は木陰のベンチに腰掛けながら、モフモフと手作りサンドイッチを頬張り、 パックのカフェオレをすすった。 隣りに座った少女が、そんな俺をにこにこと笑顔で見つめている。 眩しい日差しが、耳から頭の後ろまで伸びた金属製のセンサーに反射する。 HMX−12型。通称『マルチ』。 世界でたった一体の『こころ』を持ったメイドロボ。 そして……俺の何よりも大切な宝物。 その無邪気な笑顔を横目で見つめながら、俺はウムムと考える。 『抱きしめてやる以外には何か、マルチを愛する術はないものだろうか?』 うーーん……。むう。駄目だ。思い付かん。 アイディアがない事も無い。だが、どれもピンとこない。 というのも、マルチは俺が何をやっても喜びそうな気がするからだ。極端な話、 『俺がマルチを喜ばせるために、一生懸命何かを考えている』 という事だけで、 『わ、わたし、とっても嬉しいです!』とか言いそうな気がする。 安上がりな事だぜ。まったく。 「いいお天気ですねー」 そんな俺の気も知らずに、マルチが嬉しそうに言った。 「ああ。ここ最近、すげー雨続きだったのにな。こないだなんて朝晴れてたから、傘いらねーだろとか思ってたら、 午後からいきなり大雨だったからな。まさに晴天の霹靂ってやつだったぜ」 「え? 晴天の……?」 キョトンとした顔で、マルチはたずねる。 「晴天の霹靂。『思いがけない事態にビックリする』って意味だ。何だ、知らなかったのか?」 「あ、はい。はじめて聞きましたー」 「全く、マルチはもの知らねーからなー。イヌ以下かもしれねーな」 ケケケ、と意地悪く俺は笑った。 「は、はい、そうかもしれません……」 そういってマルチは少し困ったような笑顔を浮かべた。 (だあぁ!! 何で俺は、こういう物の言い方しか出来ねーんだぁぁ!!) 俺は頭の中で、自分をポクポクと殴りつけた。 その時、俺はピンときた。 思い付いた。 抱きしめてやる以外にマルチを愛する方法。 それは…… 「よし、マルチ。今から海見に行こうぜ!」 俺は勢いよく立ち上がるとそう言った。 「え、海……ですか?」 「そうだ! まだ泳ぐには早いけど……マルチ、海見た事ねーよな? 約束してたろ? いろんな所に連れてってやるって」 「は、はい!」 「夏には山にも行こうぜ! 川で魚釣ったり、空いっぱいの星を見たりしようぜ!!」 「はい!」 「それから、花火も見に行こうな! なんか先輩がリゾートに招待してくれるって言ってたし。 みんなでパーっと騒ごうぜ! それから、それから……」 抱きしめる以外の、マルチを愛する方法。 それは、マルチに俺達の生きる世界の楽しさ、暖かさ、そして優しさを教えてやる事。 暖かな陽の光に満ちた俺達の世界。無限の可能性が広がっている俺とマルチの未来。 それをもっともっと、マルチに教えてやろう。 マルチが、この世界に生まれた事を心から幸せだと思えるように。 いつでもマルチが、俺の側で優しい笑顔を見せてくれるように。 マルチのひざの上に置かれた麦わら帽子をヒョイ、と手に取り、その小さな頭にボスッ! っとかぶせる。 マルチの宝物。二人の思い出が詰まった、大切な麦わら帽子……。 そして俺は、マルチをベンチからガバッ、と不意打ち気味に抱き上げた。 「ひ、浩之さん!?」 驚きの声と共に、マルチは大きな目をパチパチさせる。 「おう! 俺は今、ムチャクチャテンションが高いんだ!! このままバス停まで運んでいってやるぜ! うおりゃああああ!!!」 そういうと、俺はマルチを抱えたまま走り出した。 驚いていたマルチだったが、すぐに優しく微笑むと、そっと俺の胸元に手を当てた。 もうすぐ夏がやってくる。 俺とマルチの初めての夏だ。 最高に楽しい夏にしよう。俺は心からそう思った。 「……浩之さん」 腕の中で、マルチがぽそりと俺の名前を呼んだ。 「ん? なんだマルチ?」 俺は走りながら答える。 「ずっと……お側にいさせてもらえますか?」 ぴたり、と俺の足が止まる。 きゅ……とマルチの小さな手が、俺のTシャツの胸元を掴む。 麦わらで顔は見えないが、マルチがどんな顔をしているかは手に取るように分かった。 俺はすぅ〜……と息を吸った。 そして叫んだ。 世界中に聞こえるような大きな声で。 胸の中のありったけの思いを込めて叫んだ。 「あたりまえだ!!!!」 そして、再び俺は走り出した。 この腕の中の温もりを、二度と離したりはしない。 もう二度と、マルチの瞳を悲しみで曇らせたりしない。 そう固く心に誓いながら、俺は柔らかな陽だまりの中を走りぬけていった……。 <終> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− あ、どうも初めまして! 猫玉という者です。以前はリーフ伝言板でお世話になっていたのですが、 SSはこれが初めてということになります。 元ネタは筋少の『カナ、頭を良くしてあげよう』という曲です。いい曲ですので、一度聴いてみるのもよろしいかと。 元歌のように少し切ない感じで終わらせようかと思いましたが、なんとなく気分で『ワンピース』入っちゃいました(笑)。 「宝物の“思い出の麦わら帽子”……ときたら、これだよなー」みたいな感じで……(笑) 結果的にいい感じになったので良かったと思っています。 処女作の割には、見事に“ヤマ”も“オチ”も“イミ”もない話ですが(笑)、浩之とマルチの幸せな未来を思い描いて、 少しでも暖かな気分になって頂ければ、言うことないです。 それではまた! あ、感想など聞かせてもらえると嬉しいかも……(笑) タイトル:マルチ、頭を良くしてあげよう ジャンル:ほのぼのドラマ(?)/TH/浩之、マルチ コメント:マルチ、生きることに、君がおびえぬように……