隣のロボット 投稿者:なるるる
「おはようございますー 吉田さん」
 隣との境の生垣越しに、洗濯籠を持った緑の髪のメイドロボが間延びした幼い
声で話し掛ける。
「あぁ、おはようさん」
「いい天気ですねー。こんな日はお洗濯物がよく乾きますよー」
「そうね」
 私はそっけなく返事すると、植木の水遣りを止めて濡れ縁から居間に戻った。
 サンダルを脱ぐときにちらっと後ろを振り返ると、例のメイドロボはいかにも
楽しげに鼻歌なんか歌いながら(鼻歌を歌うロボットなんて…)シーツを干して
いた。

 あのメイドロボがお隣の藤田さんとこにやってきたのは2ヶ月ほど前だったかし
ら。3年ほど前に両親が仕事の関係で引っ越してから、あの家にはずっと息子さん
が一人で住んでいたけど。
 まったく、高校生の息子に一人暮しさせる神経ってのも理解できないって思っ
てたわ。案の定、ゴミの日は守らないし、家の前は掃除しないし庭も荒れ放題だ
し。
 一度文句を言ったら「うるさいな〜」ってな顔でにらみつけてくるし、まった
くどういうしつけしてるのかしら。まぁ、そのあとはゴミも一応収集日には出す
ようになったし、庭も家の前もそれなりに掃除するようになったと思ったら、と
きどき女の子が来て掃除してるのね。ほんと、今の若い子は何考えてるんだか私
には理解できないわ。
 それでも、まだ人間だからましだと思うわよ。あのメイドロボとやらが来るま
では…

 春木さんとこが最初の型のメイドロボを買ったときは、おしゃべりする自動掃
除機ぐらいにしか思わなかったし、その後で佐竹さんとこに来た新型も見た目は
人間ぽくなってるけどやっぱりロボットだとしか思えなかったもの。
 でも、こないだから藤田さんとこに居るあのメイドロボットときたら、あの耳
飾りさえなければどう見たって人間の子供みたいだし、それに、にこにこ笑うし、
やたらお喋りだし、それも妙に力の抜ける舌足らずで間延びした声で、ロボット
っていかにも機械のような冷たくてきぱきした喋り方するもんなのに、佐竹さん
とこのも角のローソンに居るのも、その上あのロボットときたら喋る相手がいな
いと時々独り言言ってるし……故障してるんじゃないの?

 あそこの息子さんも息子さんで、日曜日なんかあのメイドロボットとうれしそ
うに手をつないで買い物に行ってるし、先週なんかサティの子供服売り場であの
ロボットに着せるのだろうけど楽しそうに服見てたし……
 こないだ美容院で一緒になった越後さんが言ってた話もあんがい嘘じゃないか
も

−−藤田さんとこの息子さん、あのメイドロボットと寝てるんだって−−

 歩くワイドショーの呼び名も高い越後さんだけどねぇ、毎日隣で見てるとさも
ありなんって気がするわ。
 あぁ、気持ち悪い。あんな電気仕掛けの人形が毎日隣で主婦してるなんてねぇ。

 適当に残り物で昼ご飯を済ませて、連ドラを見ながら洗濯をして、で、洗濯物
を干そうと庭に出たら、あのロボット縁側でうたた寝してるわ。生成りのトレー
ナーに水色のミニスカート、素足にひまわり柄のサンダル。あれもあの藤田さん
の息子が買ってやったのかしら。
 ロボットも、コンピュータを休めるために寝るらしいけど縁側で日向ぼっこし
ながら寝るなんて…
 良く見たら、右手の手首が外れててそこから電線が延びて横においてある箱に
繋がってる。あぁ、充電してるのね。それにしてもなんでいったいわざわざ縁側
で。
 目を閉じて少し下を向いて寝息でわずかに肩が上下してる。そういえば電池に
使うんだかなんだかで空気が要るので息するロボットっているのよね。
 のんきなものね、縁側でお昼寝なんて。
 亭主のパンツやら息子のシャツやらを干しながら見てると、スズメが1羽やって
きてロボットの肩にとまった。ずいぶん人なれしたスズメも居たものねと思って
たら、その1羽を合図にしたみたいに2羽3羽とやってきて、ロボットの肩やら頭や
らにとまってくちばしをつつきあわせてちゅんちゅん鳴いてるのね。
 まるで電線みたいに、そう思ってちょっと吹き出したわ。確かに電気流れてる
からねあのロボット。
 いくら人間ぽく見えても、やっぱり機械は機械だからスズメも安心してとまっ
てられるのね。そうよ、本当の人間ならいくら寝てたってスズメがとまったりす
るもんですか。

 ジーパン、カッターシャツ、枕カバー、ぴんと張って干していく。もう一度あ
のロボットの方を見ると、どこから入ってきたのかトラ縞のネコが抜き足差し足
でロボットのほうに近寄っていってる。あのスズメを狙ってるのね。ネコが飛び
かかってスズメが一斉に飛び立てばロボットもさぞかしびっくりするでしょうね。
慌てふためくところをみてやりましょ。
 ネコはぴょんっと縁側に飛びあがって、水色のミニスカートはいたロボットの
おしりの横で上を見上げてタイミングを狙ってる。ふふ、あのままロボットの肩
に飛びかかるのかしら。そうなればきっとロボットは飛び起きて「きゃーーっ」
っとかまたあの間の抜けた声で悲鳴を上げて庭を走りまわるに違いないわ。
 別に必要も無いのに息を凝らして身をかがめてロボットの方を見ていると、そ
のネコ、にゃーんと一声鳴いてロボットの腕に顔を2,3度すりつけると、ロボット
の膝の上に乗って、その上で目を細めてあくびを一つすると丸くなって寝ちゃっ
たわ。
 スズメは相変わらずロボットの肩や頭でちゅんちゅん井戸端会議、ネコのこと
なんか一向に気にしてやしない……。ネコもロボットもすやすやと日溜りの中で
寝息を立てている。

 あ〜ぁと伸びを一つして、洗濯物の残りを干し続けた。ついさっきまでの自分
がなんだかずいぶん変に思えてあははと笑ってみたりした。


 夕食も終って、息子はさっさと自分の部屋へ。どうせまたファミコンするんで
しょうけど。
 茶の間に亭主と二人、亭主はあいも変わらずごろりと横になって野球を見てる。
私はぼんやりとおかきを食べながらお茶を飲んでる。
「ねぇ」
「ん、なんだ」
「隣のロボット変なのよ」
「どこが変なんだい?あの藤田さんとこのロボット」
「それがねぇ……」
 私、何が変だって言おうとしたのかしら……
「とにかく変なのよあのロボット」
「あぁ、前から気に食わないって言ってたじゃないか。気持ち悪いって」
「だから、そうじゃなくて」
「おっ、いけいけ〜 そこだ、よっしゃ〜〜〜〜〜っ」
 亭主は私の言葉を無視して、また野球に熱中している。まぁ、いつものことだ
けど。

 それにしても、私、あのロボットのどこが変だって言おうとしたのかしら。