http://www.geocities.com/Tokyo/Pagoda/4793/menu.html自分の心臓の鼓動が異常な程に、速くなっているのを感じていた。 俺は、未だ目の前にある現実を直視することができないままに、思考の袋小路の 中を漂っている。もしも、これが夢だとしたならば、どれだけ幸せな事だろう。 だけど、真実はあまりにも残酷で、いくら瞬きをしても目の前の光景が無くなる 訳でもなく、自分に科せられたあまりもの業の深さを呪わずにはいられない。 俺は、口の中がカラカラに乾いてゆくのを感じていた。 「ちゃんと、食べて下さいますよね?」 今日は二月十四日。 世間一般で言うところのバレンタインデーなのだ。 少し、はにかむように微笑んだ千鶴さんの手には、パッと見には綺麗にラッピン グされた、見るからに普通っぽいチョコレートが握られている。 普段の俺ならば、バレンタインデーに美女から差し出されたチョコレートを貰っ ただけで浮き足立ってしまっていただろう。 だけど、見た目にだまされてはいけない。 千鶴さんは天性の味覚音痴で、その腕によりをかけて作った料理というのは、旧 日本軍の細菌兵器すらをも凌駕するといわれるほどの破壊力があるのだ。 事実、以前にはセイカクハンテンダケを用いたキノコリゾットを作り、この柏木 家を大パニックに陥れた。 ただ、千鶴さんに悪意はまったく無い、というのが一番のネックなのかもしれな い。 小首をかしげて、俺の顔を覗き込む千鶴さんは、まるで子どものように無垢な瞳 をしていた。きっと、俺がチョコレートを受け取ってくれる事を疑わずにいるのだ ろう。 ----こんな顔されたら、断われない、よ、な。 それに、ここでチョコレートを突っぱねるということは、千鶴さんの想いを突っ ぱねる事と同じ事になってしまうのではないだろうか? 俺は、今の自分に出来るだけの笑顔を貼り付け、千鶴さんからチョコレートを受 け取った。 「あ、ありがとう。千鶴さん。う、うれしいな。これって、手作り、なんだよね?」 それは疑いようも無い真実だった。少なくとも市販のチョコレートは、ここまで 形の崩れているものは売っていないだろう。 だけど……。 だけど、ここで否定してくれたら、どれだけ嬉しかったことだろうか。 そんな、俺の希望も空しく、永遠にも感じられる程の一瞬の後に、千鶴さんはにっ こりと微笑んだ。 「はい。ちょっと形は悪いですけど、きっと美味しく出来てると思います」 ゾクリと俺の背筋に悪寒が走り抜けた。 「……」 「……」 俺は、思わず手の中にあるチョコレートを、呆然と眺めていた。 「食べて下さらないのですか?」 千鶴さんは、そう言うと悲しげに瞳をおとしてしまう。 「いや……そんな……いただきます!」 ----ええい、ままよ。 俺は腹を決めて、千鶴さんお手製チョコのラッピングを剥がすと、一気にかぶり ついた----。 「……」 「……」 思わず、俺と千鶴さんは無言で見詰め合ってしまう。 「……あの……」 「……」 「……耕一さん?……」 「……うまい!」 「本当ですか!」 俺の方を見て、ぱっと華が咲いたように微笑む千鶴さん。 信じられなかった。 口の中で広がる、ほろ甘く、少し苦みの効いたチョコレートの味は、今まで食べ たどんなチョコレートよりも美味しく感じた。 そして、俺は、あっという間に、貪るようにしてチョコレートを平らげてしまう。 その時、俺の中で、何かが動き出した。 ドクン! ドクン! ドクン! その何かは、俺の鼓動に合わせて激しく脈動していた。 ドクン! ドクン! ドクン! 「……あ、あの、耕一さん。大丈夫ですか?」 俺の変化を見て、思わず立ちすくむ千鶴さん。 全身の血液が、逆流を始めるのではないかと思う程に鼓動が速くなっていた。 頭の中は靄がかかったように、ぼんやりとして何も考えられなくなってきていた。 そして、身体の中に湧き出してくる力。 俺の目の前の景色がピンク色に染まる----。 ……女……おんな……オンナ…・。 理性は激しい本能の波に飲み込まれ、自分ではどうすることも出来ないままに、 俺は千鶴さんの首筋にむしゃぶりつく。 「あぁ。駄目です耕一さん。こんな所じゃ----」 何故か、嬉しそうな千鶴さんの顔。 俺は、そのまま千鶴さんを床へと押し倒そうとする。 その時、俺の後ろから激しい怒気を感じた。 「テメェーーー! 何してやがる!」 俺が本能的な反射でそちらの方へ振り向こうとした瞬間、総ては闇の中へと包ま れた----。 「お、目が覚めたみたいだな」 俺は、気が付くと客間に敷かれた布団の中にいた。 激しい頭の痛みを必死でこらえながらも何とか起き上がると、枕元には済まなそ うな顔でうなだれた千鶴さんと、その千鶴さんをジト目で睨んでいる梓がいた。 「ったく、結局はまた千鶴姉の手料理が原因なんだって?」 「……」 悲しげな顔で、無言のままうなだれている千鶴さん。 千鶴さんって、料理さえしなければ、本当に理想の女性なんだけどな。 「結局、なんだったんだ? あのチョコレートは」 「台所に怪しげな材料がゴロゴロと転がってたから、まさかとは思ったけどな」 「怪しげな材料?」 俺が聞くと、梓は大きくため息をついた。 「ああ、工業用アルコール----ま、もっともエタノールだったから目が腐る事はな いけどな----やら、カカオ粉末、カフェイン、果てはガラナエキス、麻黄、イモリ の黒焼きと来たもんだ。怪しげなホレ薬か媚薬でも作ってるのかと思ったぜ。 ----まあ、千鶴姉の顔と、耕一の反応を見たら当たらずとも遠からずって感じだな」 「ホレ薬か媚薬〜?」 千鶴さんは、顔を朱に染めて、もぞもぞと恥ずかしそうにしていた。 しかし、千鶴さんが、そんな材料を一体何所から集めてきたのか、不思議だった。 俺が、疑問に思い、思わず千鶴さんの方を見ると。 「てへっ。来年は頑張らなくっちゃ」 と、俯いたまま舌を出して小さく呟く声が聞こえてきた。 背筋に寒い物が走る。 俺は、来年のバレンタインデーの事が、今から本当に心配だった----。 ----------- ご無沙汰してます(^^; 僕は、しばらく来てない間に風邪で寝込んだり、OSをクラッシュさせたりしていま した(涙) と、いう訳で病み上がりに書いたお話しです。 今、痕が手元にない(ソフトはあるんだから、98が手元に無いってのが正しいか) ので、口調とかのチェックが全然出来なかったので喋りかたに違和感あるかもしれませ んが(汗) 一応お約束な話しですので、よかったら読んでやってくださいね♪